オーダーズギルド出陣
トライアル・ハーツの協力も取り付けてから2週間、トラレンシアに派遣するオーダーが選抜された。
オーダーは総勢488名となり、レックスさんをジェネラル・オーダー、ローズマリーさんとミューズさんを補佐になるセカンダリ・オーダーとし、さらに海戦になるということでアルジャン・モントシュタイン公爵も相談役として同行している。
アルジャン・モントシュタイン公爵は57歳の男性ヒューマンだが、本人はトレーダーということもあって、戦場で戦える訳じゃない。
だけどモントシュタイン公爵家は、過去のアバリシアの侵攻を領海で食い止めた海戦のエキスパートでもある。
アルジャン公爵も同様で、トレーダー登録をした理由は海や船の研究を行うためなんだそうだ。
だからソレムネの蒸気戦列艦やフィーナが作った試作魔銀船には並々ならぬ興味を持っており、迎えに行った際に見せた試作船体を、凄く物欲しそうな目で見ていたのが印象的だった。
「此度のトラレンシアへの援軍は、我が国の命運を担っていると言っても過言ではない。僅か488名ではあるが、諸君らは間違いなく、我がアミスターの精鋭である。相手がソレムネの新鋭艦であろうと、諸君らの敵ではない。平穏を乱すソレムネを討ち、我が国、友であるトラレンシア、そしてフィリアス大陸の安寧のために、諸君らの活躍を期待する」
ラインハルト陛下の演説が終わると、オーダーは一糸乱れぬ動きで敬礼を返す。
陛下も何度かトラレンシアに赴いているが、今回は執務が立て込んでいるため、同行することはできない。
だからマナが代理となって、トラレンシアに挨拶をすることになっている。
「トラレンシアに赴く勇ましきオーダー達よ。これより転移を行うわ。総員、獣車に乗りなさい」
「「「はっ!」」」
マナの号令に従い、オーダー達がそれぞれに割り当てられた獣車に分乗する。
獣車の数は10台だが、この獣車はラインハルト陛下の依頼で急いで製作された、俺達の試作獣車と同じコンセプトのオーダーズギルド専用多機能獣車の試作だ。
材質こそ檜だが部分的に翡翠色銀で補強され、車輪はグランド・ワーム製の6点独立懸架式だ。
御者席のある前部デッキに10平米ある後部デッキ、7.5平米の展望席を設け、9平米のキャビンを下ることでミラールームに至る。
ミラールームは30倍付与のため600平米だが、6平米の寝室が50部屋、指揮官室と貴賓室が30平米で1つずつ、運動不足を解消するために訓練室を70平米で設け、食堂兼集会場に90平米だ。
寝室は俺達が使ってる試作獣車とは異なり最初から個室になっているが、こちらも仕切りが可動式だから状況に応じて広さを調整出来るし、ベッドも指揮官室や貴賓室同様にジャイアント・ロックワームを使ってるから、寝心地は良い。
風呂は脱衣所を含めて男性用が20平米、女性用が30平米だから、交代で入れば何とかなるだろう。
厩舎は30平米だが、バトル・ホース2頭立てだから、これぐらいの広さがあれば大丈夫だと思う。
トイレはそれぞれの寝室に用意してあるから、これも問題ないだろう。
定員は50名としてあるが、詰めれば倍はいけそうな気もする。
トラレンシアでは基本的にこの獣車で過ごしてもらうことになるが、トラレンシア側が宿舎を用意してくれていた場合は、そちらを使っても良い事になっている。
ただ試乗も兼ねてるから、できれば獣車を使って、使用感を報告してもらいたいと思う。
「殿下、総員搭乗完了致しました」
試作1号車に乗り込んだレックスさんが、御者席のある前部デッキから声を上げた。
試作1号車には当然ローズマリーさんとミューズさんも同乗して指揮官室が宛がわれているし、アルジャン公爵も1号車の貴賓室に入っている。
使用人室はないから、同行しているバトラー3人には寝室を1つずつ使ってもらっているため、1号車に搭乗しているオーダーは38名と、他の獣車より少ない。
ちなみにフィールから参加したルーカスとライラも試作1号車に割り振られていて、人数が少ないこともあって個室は3部屋ぶち抜いて使うことになったとか言ってたな。
3部屋使うとなると18平米ってことになるから、2人で使うなら十分過ぎる広さだぞ。
「分かったわ。それではフロートの外に出て、そこから転移を行います。御者を務めているオーダーは、事前に通達のあった地点まで獣車を進めなさい」
「「「はっ!」」」
マナの指示に従って、1号車から順に獣車が天樹城前広場から進発していく。
街中じゃトラベリングはもちろん転移石板やゲート・クリスタルも使えないから、アルカに転移するためには一度外に出ないといけない。
同じ理由でベスティアへの転移も、ベスティアの外になる予定だ。
転移でオーダーを送り届けることはトラレンシア側にも伝えてあるが、明確な日時までは伝えられてないから、しばらくはアルカで時間を潰してもらう。
俺はレックスさんを伴って一度ベスティアに赴き、そこで予定を確認することになっている。
「500人近いオーダーの移動ともなると、場合によっては100台近い獣車を使わないといけないのに、大和のおかげでたった10台で済んだわ」
「50倍付与が出来てれば、さらに半分ぐらいで済んだと思うけどな」
「それは仕方ありませんよ。50倍付与が出来るクラフターは、大和様しかおられません。ですからハイクラフターでも可能な、30倍付与にしておく必要があります」
ユーリの言わんとすることも分かるから、仕方ないとは思ってるけどな。
「獣車は、アルカのどこに停めてもらうんだっけ?」
「鳥居の東側だ」
「ああ、あそこか」
どれぐらいアルカで待機になるかは分からないが、さすがに500人近い人数を日ノ本屋敷に入れることは出来ないからな。
というかルディア、その辺のことは陛下達と一緒になって決めたし、お前も同席してただろ?
「さすがにアルジャン公爵とファースト・オーダーは招待するけどね」
そりゃ当然だ。
特にアルジャン公爵はテュルキス公爵家に劣るとはいえ、れっきとした王位継承権も持っている公爵様だからな。
一応1泊は確実だと思ってるが、どうなるかはトラレンシアの都合にもよるから、オーダー達も湯殿ぐらいは交代で入ってもらおうと思ってる。
そのままフロートを出た獣車は、街の外を少し進んでから停車した。
「殿下、所定地点に到着しました」
「ええ、わかったわ。大和、お願い」
「了解」
マナに促されて、俺はストレージから転移石板を取り出し、そのまま起動させた。
「おお、魔法陣が……」
「マナ、先に入ってくれ」
「分かったわ。皆も私に続いて、1台ずつこの魔法陣を通過しなさい」
「はっ!」
出発した時と同様、試作1号車から順に魔法陣を通過していく。
そして最後の試作10号車が魔法陣を通過したことを確認してから、俺も魔法陣を通ってアルカに転移した。
Side・真子
ヘリオスオーブに来てから3週間近く立つ。
ようやくこの生活にも慣れてきたけど、それでも戸惑うことは多いわね。
隊伍を組んでの戦争なんて、まさにその典型だわ。
だけどその戦争が本当に間近に迫っていて、さらに私も関わろうとしてるんだから、人生何が起こるか分かったもんじゃない。
いえ、転移前でも大きな事件に巻き込まれたことはあるし、その中心が大和君の両親でもある私の親友だったことがほとんどだから、それに比べたらまだマシな気もするんだけどね。
「おかえりなさい、マナ様」
「ただいま。獣車は予定通りの場所に停車させるから」
「分かりました」
オーダー達を案内するのは、バトル・ホースの楓とブリーズに跨った私とミーナの役目よ。
ギルド登録をした日に、フィールにあるラグナルド騎獣牧場で運命的な出会いをして私の召喚獣になったバトル・ホースの楓は、私が背中に乗ると凄く機嫌が良くなる。
マナ様やミーナのように剣を使えるわけじゃない私は、前線に立つというより後方で支援を行うことの方が多い。
支援に集中していると動きが鈍ることもよくあるけど、楓はそんな私をフォローして動いてくれるから、本当に助かってるわ。
召喚獣も進化することがあって、実際マナ様のスピカはウォー・ホースっていう種族に進化してるそうだから、出来ることなら楓も進化してもらいたいと思う。
「こ、ここは!?」
「来たわね。詳しくは後でするから、彼女達に着いていきなさい」
「は、はっ!」
御者をしている女性オーダーが驚いてるけど、転移先が空の上なんだから、そりゃ驚くわよね。
「こちらです」
ミーナが獣車を先導して進んでいく。
私も案内役なんだから、続かないといけないわね。
ブリーズに並んでもらうように頼むと、楓は分かったといったような感じで一声鳴いてから、軽く駆けてブリーズに並んでくれた。
一応乗馬経験はあるけど、楓は賢いから、口頭での指示でもすぐに対応してくれる。
従魔や召喚獣だからだって聞いてるけど、それでも助かるわ。
鞍もグラン・デスワームっていうMランクモンスターの革を使ってるから、すごく座り心地が良いし、長時間座ってても疲れにくいんですって。
名前からしてミミズのお化けみたいなヤツだと思うけど、その魔物の革で作ったベッドとかクッションは寝心地や座り心地が最高だから、素材が何なのかは全く気にならない。
本当に天にも昇る心地だったもの。
「ここを車場代わりに使って頂くことになります」
「分かりました」
ミーナの指示に従って、御者を務めているオーダーは獣車を停車させる。
その後も次々と獣車がやってきて、合計10台の試作獣車がアルカの草原に停車することになった。
ヨットハーバーとかに見えなくもないけど、場所が草原の上ってことを考えると、やっぱり違和感が凄いわ。
「総員、降車!」
ジェネラル・オーダーでミーナのお兄さん レックスさんが号令を掛けると、オーダーが次々と獣車から、しかもキャビンのステップを使って降りてきた。
ハンターとかだったらデッキから飛び降りることも珍しくないって聞いてるけど、この辺はさすがにアミスター騎士団、オーダーズギルドね。
纏ってるコートは大和君が刻印具に入れてるゲームの装備をマリーナがマイナーチェンジさせた物だそうだけど、みんな普通に似合ってるし、コスプレ感も感じないわ。
「ここはOランクオーダー ヤマト・ハイドランシア・ミカミ殿が所有している、天空島アルカだ。後ろに見えるのが彼らの屋敷だが、さすがに全員が入ることは出来ない。よって本日はこの場で野営となる。だがここには魔物がいないため、夜番は必要ない。各人、今日はゆっくり休んでくれ」
私もこの3週間で何度か野営をしたけど、魔物だけじゃなく盗賊とかも警戒しなきゃいけないから、気は抜けなかったわ。
でもアルカには魔物はいないから、オーダーも夜番をする必要はない。
緊張感を保つためや経験のためにするのはありだと思うけど、魔物も盗賊も出ないアルカじゃ良い経験になるとは言えないから、これは判断が難しいと思う。
「獣車に搭乗しているファースト・オーダーは、打ち合わせを行う。場所は大和殿が提供してくれているから、アルジャン公爵と共に後程移動する。またオーダー達も、大和殿のご厚意で、湯殿という大浴場の使用が許可されている。獣車ごとに纏まって入浴してもらうことになるが、移動は獣車を使って構わない」
レックスさんの一言で、オーダーからどよめきが起こった。
オーダーが使ってる獣車にもお風呂はあるけど、広さは湯殿とは比べるべくもないもの。
ヘリオスオーブだと、王侯貴族でも毎日入浴することはないみたいだし、一般だと週に一度あるかどうか。
だけど日ノ本屋敷のお風呂は、24時間いつでも入れるから、私にとっても凄くありがたい。
本殿と副殿は個別にお風呂があるそうだけど、場所は最上階だから、さすがに私は入りにくい。
だから湯殿を使ってるんだけど、スパリゾートみたいなお風呂だから私的には文句なんてないわ。
「順番は1号車からだが、入浴時間は済まないが30分とさせてもらう。2号車以降は先発の30分後に移動を開始。先発が獣車に戻り次第湯殿で入浴し、ここまで戻るように。食事のタイミングは獣車ごとに任せる。以上だ」
確かに湯殿は広いけど、それでもさすがに100人は入れない。
50人ぐらいなら大丈夫だけど、オーダーも女性の方が多くて、男性オーダーは全部で100人程しかいない。
だから女性はちょっと窮屈になっちゃうけど、そこは勘弁してもらうしかないわ。
「ではアルジャン公爵、並びにファースト・オーダーは、ウイング・クレストの獣車に移動を」
おっといけない。
アルジャン公爵や9人のファースト・オーダー、それとジェネラル・オーダーにセカンダリ・オーダーの2人は、大和君が最初に注文した獣車に乗って日ノ本屋敷まで移動することになっていて、その獣車は楓とブリーズが引くことになっている。
私とミーナが案内役に選ばれた理由は、これが大きな理由ね。
「うむ。ではすまんが頼む」
「かしこまりました。真子さん、私は中を案内しますので、御者をお願いしてもいいですか?」
「ええ。私もそっちの方が助かるから」
アルジャン公爵は悪い人じゃなさそうだけど、エンシェントヒューマンに進化した私を嫁にって思ってる貴族は多いそうだから、貴族とはあんまり関わりたくないのよ。
大和君はアミスターの王女様を娶ってるし、プリムも大和君と結婚してるからそんなことを言われることはないけど、私にはそんな相手はいないから警戒した方がいいって言われてる。
アミスターやトラレンシアの貴族はそこまで強引じゃないそうだけど、他国の貴族はそうじゃないから、私との縁を作るためなら何をしてくるか分からないんだとか。
一番注意しなきゃならないのは、お隣のバリエンテっていう国の元第二王子レオナス・フォレスト・バリエンテね。
女好きで女癖の悪い放蕩王子で、一度抱いた女には目もくれなくなるって聞いているわ。
今は反獣王組織のトップとして活動してるそうだけど、その反獣王組織が活動した地域では、少なくない若い女性が姿を消してるっていう噂まであるから、普通に女の敵と断じれる。
もし出会ったりして口説かれたりしたら、普通に殺っちゃいそうな自分がいるけど、そこは半殺しで抑えておくべきなんでしょうね。
出会うことはないと思うけど、それでもすごく面倒だわ。
偽装でも構わないから、私も大和君の婚約者ってことにしといてもらった方が良いのかしら?




