飛行魔法
Side・真子
トラレンシアという国の首都、妖都って言うんだっけ?
その妖都ベスティアという街に着いた私は、プリム、フラム、アテナちゃん、アリアちゃんと一緒にベスティアの街を観光しつつ、プリスターズギルドに向かうことになった。
ベスティアは中世ヨーロッパみたいな街並みだったけど、川も多く流れていたし、橋も多く架かっているから、特に不便だとは思わなかったわ。
どちらかと言うと驚いたのは、街の人達が来てる服かしらね。
事前情報で和服と洋服が混ざったような服って聞いてたけど、本当にそうだったから驚いたわ。
ズボンを穿いてるのはいいんだけど上着は着物みたいだったし、女の人なんて浴衣風の上着にスカートだった上にそんな感じのワンピースまであったんだけど、中世ヨーロッパ風の街並みには絶望的なまでに合ってなかったわよ。
もちろんそれは私や大和君の意見だから、ヘリオスオーブの人達からしたら普通の光景なんだけども。
「着いたわ。ここがプリスターズギルドよ」
「遠目で見えてたけど、やっぱりここなのね」
プリスターズギルドは、古代ギリシャ神殿のような佇まいだった。
ベスティアの街を歩いていたら遠くにそんな感じの神殿が見えたから、もしかしたらって思ってたけど、予想に違わず正解だったから、少しは意外性があっても良かったんじゃないかと思う。
まあプリスターズギルドは宗教施設なんだから、奇をてらう必要もないんだけど。
「さすがトラレンシア本部だけあって、立派な佇まいですね」
プリスターのアリアちゃんから見ると、凄く立派な佇まいに見えるみたいだわ。
いえ、確かに立派で荘厳な造りだとは思うけど、私からしたら遺跡っていうイメージが先行しちゃうのよね。
もしくは、黄金の鎧を纏った星座の戦士が守っているか。
プリスターズギルドに限らないんだけど、ギルドは総本部を頂点に、各国の首都に置かれている本部、街とかにある支部になるそうね。
村規模になるとない事もあるけど、その場合でもプリスターが滞在するための礼拝所はあるらしいわ。
「トラレンシア本部って、確か父なる神と母なる女神以外の女神像が祀られてるんだっけ?」
「そう聞いています。父なる神の神像はともかく母なる女神の神像が祀られていない理由は、アミスター本部に配慮したためと言われていますね」
「そんなこと、気にしなくてもいいのに」
トラレンシア王家は、アミスター王家を主家として立てているんですって。
だからアミスター王家は最友好国として接してるけど、トラレンシア王家は宗主国っていう感じで接してるから、たまにすれ違いも起こったりするらしいわ。
元々はトラレンシア建国に端を発するそうだけど、それ以外でも終焉種っていう魔物を追い返すために協力してもらったりしてたから、敬意を払うってことみたいよ。
対等な同盟国でもいいと思うんだけど、それが国の方針らしいから、ヘリオスオーブに来たばかりの私には何も言えないわね。
「ところで真子さんは、どんな魔法を奏上されるんですか?」
ウンディーネ、間違えた、ハイウンディーネのフラムが、どんな魔法を奏上するつもりなのか、興味津々な顔で聞いてきた。
絶対に成功するわけじゃないそうだから、出来れば成功するまで勘弁願いたい質問ね。
「試してからでいい?初めてのことだし、まだよく分かってないことも多いから、できれば口に出す前に試してみたいっていう気持ちがあるの」
「大和さんもそんなことを言ってましたね。分かりました」
そう言って特に不快そうにするでもなく、フラムはあっさりと退いてくれた。
この子とミーナは奥ゆかしい感じがしたけど、どうやら本当にそんな感じの性格してるみたいね。
大和君の好みなのかと思ったけど、プリムやマナ様、ルディアは活発な性格をしてるから、一概にそうとは言い切れないか。
「プリムは?」
「さっきも言った通りだけど、真子と同じ理由で、できれば後でってことでお願い」
「分かったよ」
アテナちゃんも気になるようでプリムに聞いてたけど、私と同じ理由で断っていた。
口に出して失敗したら恥ずかしいしね。
「それじゃまずは、あたしからやってみるわね」
「ええ。どんな感じで奏上するのか、後ろで見せてもらうわ」
一応どんな感じかは聞いてるけど、実際に見てみないと分かりにくい所もある。
プリムは何度か見たことがあるそうだから、申し訳ないけどじっくりと観察させてもらうわよ。
って、女神像の前で跪くの?
いえ、魔法の女神に奏上するんだから、当然の行為ね。
魔法の女神像に祈りを捧げているようにしか見えないけど、ああやって魔法のイメージを伝えて、成功したら神像が手にしている本が光り、そこに記されるってことだけど、こうなるのね。
「成功したみたいだわ」
「おめでとうございます、プリムさん」
「おめでとう、プリム!」
「ありがとう。何というか、感慨深いものがあるわね」
ここ数ヶ月で4つの魔法が奏上されたって聞いてるけど、全て大和君が関係しているし、それまでは何十年も奏上されなかったって言ってたものね。
ええっと、奏上された魔法は……。
「魔法名フライング。分類は奏上魔法ですね」
「それはありがたいと思うんだけど、効果はちょっと癖が強いわね」
「竜族は使えると思うけど、他だとハーピーとかフェアリーぐらいかな?」
「後は翼族ですね」
確かに癖が強いわね。
プリムが奏上したフライングという魔法は、自分の翼で風を操り、自在に空を飛ぶことが出来るようになる魔法だった。
だけど自分の翼という一文が曲者で、多くの種族は使えない。
奏上魔法は誰でも使うことが出来る魔法らしいから、私の認識からしたら無属性魔法ってことになると思うんだけど、翼がない種族には使えないから、悪くはないけど微妙と言わざるを得ないわ。
実際に翼を持ってる種族は竜族と妖族のハーピー、フェアリーぐらいらしいから。
あ、プリムみたいに種族を問わず、生まれつき翼を持ってる人もいるんですって。
翼族って言われてるみたいだけど、魔力が翼の形を成しているから、レベルによるけどハイクラスに匹敵する魔力を有することも珍しくないんだとか。
「でも大和さんなら使えますし、種族制限はあっても空を飛べるようになるんですから、空を飛ぶ魔物が相手でも戦いやすくなると思いますよ」
それは確かにフラムの言う通りだと思う。
私はまだ魔物と戦ったことがないから何とも言えないけど、私もフライ・ウインドは使えるから、空中戦の有用性は身に染みて理解できてるし。
だけど大和君なら使えるって、どういうこと?
確かに彼はエンシェントヒューマンとやらに進化してるそうだけど、種族的にはヒューマンだし、地球じゃ翼を持ってる人なんていないわよ?
「大和の切り札の1つなんだけど、そういう固有魔法だと思っておいて」
切り札ってことなら、確かに無理に聞くこともできないわね。
聞いた感じだと、固有魔法はS級術式みたいに自分で開発する魔法のことらしいから、すごく面白そうではあるわ。
S級術式なら私も2つ開発してるけど、魔法と組み合わせることも出来るみたいだから、私も何か考えてみようかしら?
「それじゃ次は、真子の番だね」
おっといけない。
固有魔法も面白そうだけど、まずは魔法の奏上が出来るかを試さないとね。
「先に成功されちゃったし、出来るかなぁ」
「それは、あたしには何とも言えないわよ」
苦笑するプリムだけど、そりゃそうよね。
私は魔法の女神像の前で膝を付き、手を組んで祈りを捧げるポーズを取る。
イメージを魔法の女神に伝えるってことだけど、これでいいのかしら?
目を瞑ってるから分かりにくいけど、それでも瞼の裏が赤くなったから、光ったってことでいいのよね?
「成功ね。やっぱり客人って凄いわ」
「地球の知識があるからだと思うけどね」
科学とか物理とかだけじゃなく、空想のお話でも突拍子のない物がかなりの数あるからね。
異世界転移とかのお話だって、星の数ほどとは言わないけど、探せばすぐに両手の指じゃ足りないぐらいの数は見つかるわよ。
「こちらも奏上魔法ですね。魔法名はスカファルディングですか」
「効果は……うわ、あたしの奏上した魔法よりこっちの方が使いやすそうだし、応用性も高そうだわ」
奏上魔法スカファルディングか。
効果は魔力で疑似的な足場を作り出す、うん、イメージ通りだわ。
空中はもちろん水上にも作れるから、足場の悪さを気にする必要はなくなるし、蒸気戦列艦が相手でも容易に近付けるようになるから、戦いやすくなるでしょう。
「す、凄い効果ですね」
「蒸気戦列艦の話を聞いたから、思いついたようなものだけどね」
「それでも凄いよ!水の上も歩けるようになるんだから!」
「そうね。蒸気戦列艦の優位性も、ほとんど無くなったんじゃないかしら?」
普通なら水の上を歩けたとしても戦列艦の相手なんて無理なんだけど、ヘリオスオーブなら十分可能となる。
ハイクラスの人は、そこいらの適当な剣を使っても鉄を斬り裂けるし、やろうと思えば素手でぶち破ることも不可能じゃないらしい。
だから鉄製の蒸気戦列艦が相手でも、近寄りさえすれば、剣1本あれば沈めることが出来てしまう。
30門ある大砲の一斉砲撃を食らったらひとたまりもないだろうけど、それも思ったほどの威力じゃないみたいだから、魔法を使えば防げるみたいだし、これも人によるけど、直撃を受けても耐えられるかもしれないみたいだわ。
砲弾に細工がされてたら話は別だけど、大和君が拾ってきた砲弾を見る限りじゃ普通の鉄球だったし、多分蒸気戦列艦なんていう兵器を開発したことで有頂天になっているだろうから、そこまでは考えついてないと思う。
だからプリムの奏上したフライングと私の奏上したスカファルディングがあれば、海上から一方的に砲撃できる蒸気戦列艦も地の利を失うことになるから、絶対的な優位性は失われたと言えるんじゃないかしら?
もちろん射程は数キロあるから、近付くのが大変なことに変わりはないけど、自分の足で、恐らくは走ることも出来ると思うから、船で近付くよりは砲弾にも当たりにくいし、速く移動することで狙いを分散させることも出来るわ。
大和君が言うには原始的な大砲ってことだから、狙いを付けるのは大変だし、そもそも対人兵器じゃないしね。
「お2人とも奏上出来るとは思いませんでしたけど、これでひとまず目的は達しましたね」
「そうね。というかフラム、もしかして、あたしは奏上出来ないとでも思ってたの?」
「真子さんは客人ですから、どちらかと言ったらプリムさんの方が怪しかったのは事実ですね」
「それを言われると、あたしも否定できないけどさ」
仲良いわね、この2人。
大和君の妻仲間、同妻っていうらしいけど、奥さん同士が和気あいあいとしてるなんて、私からしたら凄い光景だわ。
もちろん仲が悪いより良い方が良いに決まってるんだけど、それでも同じ男の妻なんだから、多少なりとも含む所があっても仕方ない気もしなくもないわよ?
これも私が地球出身で、プリムとフラムはヘリオスオーブ出身ってことが関係してるんでしょうけど。
なにせ1人の妻しか娶らない男は甲斐性無し、女は独占欲の塊ってことで、よく思われないって話だしね。
世界が違うと常識が違うのは当然だけど、ここまで違うと、さすがに慣れるのか不安になってくるわよ。
「このままお城に戻るのもいいけど、出来ればもう少し、ベスティアの街を見てみたいわね」
「私もです」
「ボクも!」
「お付き合いしますよ」
私の意見にフラムとアテナちゃんは賛成、アリアちゃんは保護者的な意見を出したけど、この子ホントに15歳なの?
いえ、ウサミミが揺れてるから、ホントは楽しみにしてるって思っていいのかしら?
というかウサギの感情って、耳で分かるんだっけ?




