女王の迷宮探索
Side・ヒルデガルド
フロートを訪れて3日目、わたくしと側付きバトラーのミレイ、そしてロイヤル・セイバーのハイウンディーネ シェリル、ハイエルフ ガルファは、ウイング・クレストの皆様と共にイスタント迷宮第4階層に来ています。
新型試作獣車の試乗という目的もありますが、わたくしも久しぶりにプリムやマナと共に戦いたかったという理由もあります。
ライ兄様も快諾してくださったのですが、だからと言ってイスタント迷宮に来ることになるとは思いませんでした。
ですがこのイスタント迷宮を攻略したのはウイング・クレストというお話ですし、先日拝見させていただいた魔石のこともありますから、大和様とプリムに常識を求めることは難しいと感じざるを得ません。
昔のプリムは、翼族であるためかハイヴァンパイアのわたくしより強かった以外は、特に非常識というワケではなかったのですが……。
同行しているシェリルとガルファも、目の前の異常な光景に目を丸くしていますね。
セイバーズランクはオーダーズギルドとほとんど同じでして、Gランクのみ異なる形です。
ですのでロイヤル・セイバーのシェリルとガルファは、Pランクセイバーでもあるのです。
「大丈夫ですか、ヒルデガルド陛下?」
「……これが大丈夫なように見えますか?」
「ですよねぇ」
同情の眼差しを向けながら苦笑しているのは、大和様の婚約者の1人でハイドラゴニアンのアテナです。
彼女達は見慣れているようですが、わたくし達は聞いたことすらありませんから、目の前の光景は本当に非常識と言うほかありません。
何故ならわたくし達の目の前ではGランクのロック・ワームが5匹、ブレイドホーン・ビートルが3匹、G-Iランクのエビル・ドレイクが2匹、Pランクのクワッド・スタッグが4匹、P-Iランクのグランド・コングが2匹、P-Cランクのデモンズ・ドレイクが1匹、さらにMランクのグリフォンまでもが死体となって転がっているのですから。
「ですが私達にとっては、これが普通なんです。ヒルデガルド陛下も望まれるようでしたら、受け入れて頂かなければなりません」
「これが普通……なのですか?」
大和様の奥方の1人ミーナが、本当にとんでもないことを口にしました。
これらの魔物をウイング・クレストは次々と倒しているのですが、P-Iランク以上の魔物は大和様とプリムが倒していますし、マナもクワッド・スタッグを単独で2匹倒しています。
ミーナとアテナは私の護衛として残ってくれているのですが、その2人も地面の中から現れたロック・ワームを簡単に倒していますから、これが普通などと言われても、わたくしには信じられません。
ですが目の前の現実がありますから、信じられなくとも信じるしかないのですが……。
「はい。陛下は天樹城で、魔石をご覧になられたと伺っています」
確かにライ兄様のご厚意で、天樹城に保管されている魔石は拝見させて頂きました。
各種属性ドラグーンはもちろん、数々の異常種や災害種もありましたが、何より驚かされたのは終焉種オーク・エンペラーとオーク・エンプレスの魔石です。
その魔石は大和様とプリムが、それぞれ単独で討伐された結果手に入れることができたと仰っていましたから、最初は何の話か理解することができませんでした。
終焉種を単独で討伐できる以上、MランクやPランクモンスターなら問題無いということなのでしょうが、それでもこの光景はわたくしの常識にはありませんが?
「大和さんもプリムさんもハンターですから、魔物を狩るのは日常と言えます。ですから陛下も大和さんの隣に立つことを望まれるのでしたら、この光景を受け入れて頂く必要があります」
……確かにミーナの言う通りですね。
ハンターは魔物を狩ってこそなのですから、モンスターズランクがどうであれ、魔物を狩ることは日常に違いありません。
ですからミーナの言う通り、大和様の隣に立とうと思うなら、この光景は日常の物として受け入れなければなりません。
「そうですね。可能かどうかは分かりませんが、わたくしも国元に帰ったらそうなれるよう皆を説得し、努力をしてみます。ですがまずは、この場を切り抜けます。ミーナ、援護をお願いできますか?」
「お任せください」
わたくしはストレージから、女王の証でもある大鎌を取り出しました。
この大鎌は初代女王エリエール様が愛用されていた物で、神金で作られています。
ですから王位継承権を持つ王女は、必ず大鎌の取り扱いを学ぶことになっているのです。
わたくしも王女時代から大鎌を使って魔物や盗賊を相手にしていましたが、王位を継いですぐにハイヴァンパイアに進化したこともあって、魔銀製の大鎌はいくつか使い潰してしまいました。
ですがエリエール様愛用の大鎌は神金製ですから、ハイヴァンパイアのわたくしが使っても問題はありません。
「では、行きます!」
ミーナが選んだのは、P-Uランクのグレイテストホーン・ボアです。
5メートル以上もある巨体に2メートル近い巨大な枝分れしている角を持つ魔物ですが、角を利用した攻撃がメインですから、そこにさえ気を付けていればPランクの中でも対処は難しくありません。
「たあああっ!」
そのグレイテストホーン・ボアに、ミーナは土属性魔法と火属性魔法を使って作り出したメイスを水平に振るうことで、大きなダメージを与えています。
ミーナもわたくしより高レベルのハイヒューマンですし、このような戦いには慣れていると感じられますね。
ですがわたくしも、ただ見ているだけというワケには参りません。
エンシェントヴァンパイアにして初代女王エリエール様が愛用されていた大鎌クイーンズ・シックルに魔力を流し、わたくしもグレイテストホーン・ボアに斬撃を繰り出さなければ。
いえ、わたくしだけではなく、シェリルやガルファもただ黙って見学をさせるワケにはいきません。
わたくしの護衛がわたくしを放置するなど、あり得ないのですから。
「シェリル、ガルファ。あなた方も続きなさい」
「「は、はっ!」」
慌てて剣を構える2人ですが、まだ衝撃から立ち直れていないのでしょう。
ですがあなた達もセイバーズギルドの一員なのですから、その名に恥じぬ活躍を期待します。
Side・プリム
ヒルデ姉様を連れてイスタント迷宮第4階層に来たけど、さすがハイヴァンパイアだけあって、姉様の実力は十分だったわ。
武器が神金製の大鎌っていうのも、魔力を制限しなくていいから便利よね。
護衛のハイウンディーネのシェリルさん、ハイエルフのガルファさんは魔銀製の剣だからこっちは大変そうだったけど、これは仕方がないわ。
こないだの話になるんだけど、どうやらヒルデ姉様は大和を結婚相手、もしくはシングル・マザーになるための相手として見初めたみたいなのよ。
姉様の目は確かなんだけど、打算なのか本当に添い遂げたいと思ってるのかは分からなかったから、昨日はあたし達全員でヒルデ姉様を問い詰めてみることにしたの。
結果は、どうやら後者だったみたいだわ。
あたしとマナの書状で思いを募らせてたみたいだから、言ってしまえばマナと同じだったってことね。
さすがにトラレンシア女王っていう立場があるから大和と結婚することはできないんだけど、それならせめて子供だけでもって話だったわ。
だけどあたし達には転移石板、そしてゲート・クリスタルがあるから、相手がトラレンシア女王でも距離の問題は解決できる。
さらに大和はエンシェントヒューマンだから、トラレンシア女王と婚姻を結ぶことができれば、今も侵攻してきているソレムネに対して大きな牽制力にもなる。
そして大和の奥さんはあと3人だから、あたしやマナとしては、できればヒルデ姉様の望むようにしてあげたい気持ちもある。
もちろんあたし達の勝手で決めるワケにはいかないんだけど、幸いにもみんなからは快諾が得られてるわ。
トラレンシアがアミスターの最友好国というのも、好条件だしね。
だけど女王という立場があるから、勝手に結婚相手を決めるワケにはいかない。
だからどうなるかは、トラレンシアに行ってからってことになっている。
シングル・マザーは子供を産み、自分だけで育てることになるから、普通なら男性側からの援助はあまり望めない。
大和はそんなことするつもりはないけどヘリオスオーブの慣例にもなってるから、その場合はトラレンシアとしても、簡単に大和に頼るワケにはいかない。
だけど結婚すれば、トラレンシアにも恩恵は大きい。
なにしろエンシェントヒューマンの大和だけじゃなく、エンシェントフォクシーのあたしも漏れなくついてくることに加え、同妻もハンター全員はGランクだし、GランクヒーラーにSランクオーダーまでいるんだから、貴族ならすぐにでも認める好条件よ。
だからトラレンシアとしても、大和との結婚を認める可能性は高いんじゃないかって思ってるわ。
ヒルデ姉様は、国のために望まぬ結婚も受け入れる覚悟を決めていたけど、大和と出会ってしまったんだから、その覚悟は揺らいでいる。
そもそもトラレンシアでも望まぬ婚姻は好まれていないから、先代陛下や妹のヒルドは歓迎してくれそうな気もするんだけど。
「今回もまた、けっこうな量になりましたね」
「だね。特にグリフォンとジャイアント・ロックワームは大きいよ」
今日の狩りも、けっこうな成果よね。
グリフォンはアイヴァー陛下に全て献上しちゃってたし、ジャイアント・ロックワームは獣車で使うことになると思うから、あたし達としても助かるわ。
「本当はソルプレッサ迷宮にしたかったんだが、さすがにヒルデガルド陛下を連れて行く訳にはいかないからなぁ」
なんて大和がぼやいてるけど、そりゃそうよ。
ハンター登録しているライ兄様だってソルプレッサ迷宮に連れて行くのは大変なのに、どこのギルドにも登録していないヒルデ姉様を連れて行ったりなんかしたら、バレンティアだって大混乱よ。
ドラグニアでフォリアス陛下に謁見する必要だって出てくるかもしれないんだから、面倒でしかないわ。
「それじゃ出るか」
「そうしましょう」
そろそろ戻らないと、夕食に間に合わないものね。
あ、ヒルデ姉様達が倒した魔物は、ちゃんと渡してあるわよ。
トラレンシアじゃ見ない魔物が多いから、あっちじゃ希少品として高く売れるでしょう。
「本日はわたくしの我儘に付き合って頂き、ありがとうございました」
「いえ、俺達も欲しかった素材を手に入れることができましたから、気にしないでください」
大和に会釈するヒルデ姉様だけど、女王なんだから軽々しく頭を下げない方がいいんじゃないかしら?
いや、ヒルデ姉様からしたら、礼を失するってことになるんだろうけどさ。
「その、大和様はヴァンパイアをどう思いますか?」
「どう、とは?」
「いえ、ご覧の通り歯は鋭いですし、肌も少し青いですから、客人の方には受け入れ難いのではないかと思いまして」
なんかヒルデ姉様が、意味不明なこと口走ってるわね。
そりゃヴァンパイアの肌は少し青いけど、十分に綺麗な肌じゃない。
しかもヒルデ姉様はハイヴァンパイアなんだから、普通のヴァンパイアより全然綺麗よ?
「いえ、マナ付きのバトラーもヴァンパイアですし、特に偏見はないですよ。歯がどうかって仰ってますけど、それも普通にしてたら分かりませんし」
確かにマナ付きのマリサもヴァンパイア、っと、進化してハイヴァンパイアになってるけど、大和は何の偏見もなく付き合ってるし、既に抱いてもいる。
エオスのことがあるから、大和も断り辛かったっていう理由も大きいわね。
エオスもマリサも子供は欲しがってるし、だけど結婚相手じゃないって言われてるんだから、そうなったら残るはシングル・マザーになるしかないもの。
「そ、そうですか!」
花が咲いたような笑顔を浮かべるヒルデ姉様だけど、きっと大和は、その笑顔の意味に気が付いてないんでしょうねぇ。
この鈍ささえなければ、完璧だって思えるのに。
ほら、ヒルデ姉様の護衛のシェリルさんとガルファさんも、呆れた顔してるわよ?
まあ大和だし、仕方ないか。
そんなこんなでイスタント迷宮を出たあたし達だけど、夕食を食べた後はヒルデ姉様を誘ってアルカに戻った。
そこでラウスが疲れた顔をしてたけど、話を聞くとライ兄様から家名を下賜されて、その後で貴族から声を掛けられまくったらしいわ。
キャロルが上手く捌いてくれたらしいけど、ラウスもレベッカもそういうことは不慣れだから、気疲れが激しいってことみたいね。
だけどこれでラウスの家名も正式に決まったから、今後はしっかりと名乗るように癖をつけないといけないし、貴族の相手も増えるんだから、そっちも慣れないといけない。
むしろアミスターには強引な貴族は少ないから、ここで躓くと他の国は大変よ?
そこは大変だけど、キャロルに任せるしかないんだけどさ。




