メモリアの新オーダーズマスター
イスタント迷宮を攻略し、ラインハルト陛下達をアルカに招待した翌朝、俺とフラム、フィーナ、サユリ様はクラフターズギルドに行き、クリスさん、ダート、リアラのための翡翠色銀製片手直剣の製作依頼を出し、試作獣車の使用感やアライアンスでの意見を伝えた。
乗造部門ビークル・チーフのマランさんも、このタイミングでアライアンスの意見が聞けるとは思ってなかったみたいだったな。
アライアンスの意見を受け入れた結果デッキを2メートル程伸長することになったから、獣車本体と車体は新造しなきゃいけないが、船体はまだ試行錯誤を繰り返してる段階だそうだから、後で仕様変更を伝えることにもなっている。
製作が難航している船体だが、サユリ様の提案を受けて、船上でも戦いやすいように、さらに大型化することも決定された。
俺のイメージとしては、ボートの上に獣車が乗っかるような感じだったんだが、安定性を考えると船を作り、その上に本体を乗せた方が良いだろうってことも理由だ。
キャビンは獣車そのままだから、船の一部に本体を乗せるというか、嵌め込むって感じか?
全体のバランスを考えて御者席は別に設けることになったため、キャビンからは距離が出来てしまうが、こればっかりはさすがにどうにもできない。
ちなみに船体は、幅5メートル、全長20メートル、深さ2,5メートルの予定で、前部デッキは3メートル、後部デッキは5メートル程拡張されることになっている。
このおかげで前部デッキは約20平米、後部デッキは約50平米確保できることになるから、船上戦闘をすることになっても大丈夫だと思う。
また新しく試作を作ることになるが、もう少しデータが欲しいってことだから、試作獣車と車体は俺達が預かることにも決まった。
新しく作られる試作本体は、車体や船体に乗せやすいように、底は台形状の緩い曲線を描くことになり、車高も抑えられる。
今の試作は車体を含めるとキャビンまで1メートル近くあるんだが、これは船として使うことが念頭にあったからで、これも船体の開発が難航していた理由になっている。
だから本体の高さを抑え、かつ底を緩い曲線にすることで、アテナやエオスが保持やすい形状を維持したまま、船体にも乗せやすくするようになった訳だ。
面倒な開発をお願いしてる上、完成がいつになるかも全く分からないから、とりあえずって訳じゃないが、船体を含む今使ってる獣車にかかった費用を受付で支払い、さらには酒も多く差し入れさせてもらった。
けっこうな量の魔銀がベール湖に沈んだこともあって800万エルも掛かってしまったが、それでもソルプレッサ迷宮やイスタント迷宮で荒稼ぎしてきてるから、即金で支払ってあるぞ。
そしてその翌朝、クラフターズギルドで無事に剣を受け取った。
これも急な依頼、それも超特急で剣を3本、しかもオーダーメイドだから3割増しの依頼料を取られてしまったが、こればっかりは仕方がない。
剣を受け取り、依頼料を支払ってから、俺達はフロートに転移した。
ラインハルト陛下から、メモリアのオーダーズマスター、サブ・オーダーズマスターの任命式は12時頃だって聞いてたし、その後でメモリアまで送ることにもしてるからだ。
クリスさん達を送るついでに、ゲート・クリスタルにメモリアを登録させるっていう理由もある。
さすがに全員が同行する必要もないから、今回は俺の他にはマナ、ユーリ、ミーナ、アテナの4人だけだ。
他のハンターは狩りを、クラフターは製作を、バトラーはアルカにある日ノ本屋敷の管理をしている。
そういやバトル・ホースと契約したがってたラウス、レベッカ、キャロルの3人だが、残念なことにフィールの牧場には相性の良い個体がいなかったそうで、結局契約は結べていない。
だから今度、広大なバトル・ホース牧場を有しているソフィア伯爵の領地、トゥルマリナ伯爵領領都レスペトに行きたいと言っていたな。
トゥルマリナ伯爵領はアマティスタ侯爵領のすぐ北隣だから、帰りにレスペトも記録させておくべきか。
「サブ・オーダーズマスター就任、おめでとさん」
任命式には、俺もOランクオーダーってことで参列させてもらったから、今もアーク・オーダーズコートのままだ。
ミーナはクレスト・アーマーコート、マナ、ユーリ、リカさん、アテナはドレス姿だが、マナとユーリは王家の人間だから、これは当然だ。
アテナはまだアーマーコートが仕上がってないから、今回は聖母竜の娘として参列ってことになってる。
代用品として、フェザー・ドレイクの革を使ったレプリカ・アーマーコートを渡してはいるんだが、見た目も性能的もクレスト・アーマーコートには劣るからな。
リカさんはメモリアの領主でもあるから、新しいオーダーズマスター、サブ・オーダーズマスターが誰になるのかはすごく気にしていた。
だからソフィア伯爵とアーキライト子爵の許可を取って、今回同行している。
「ありがとう、と言いたいが、俺みたいな若造がサブ・オーダーズマスターなんて、マジで良いのかって今でも思うな」
そればっかりはな。
だけどハイクラスなんだし、陛下やグランド・オーダーズマスター、アソシエイト・オーダーズマスターが就任を認めてるんだから、そこはダートが気にしなくてもいいだろ。
「ほれ」
「剣?なんだ、これ?」
前触れもなく差し出された剣に訝し気な視線を向けるダート。
「サブ・オーダーズマスターってことはPランクオーダーだし、プラチナム・オーダーズコートも受け取ってるんだろ?」
「そりゃ、サブ・オーダーズマスターも着用を許されてるんだからな」
「そっちは立派でも、剣は以前のと大差ないんだから、さすがに見劣りするだろ。だからって訳じゃないが、就任祝いってことで持ってきた」
プラチナム・オーダーズコートはオーダーズコートより裾が長く、膝上まである。
肩甲こそ立派だが、胸甲や腹甲なんかはコートの下に付けるタイプだから、ぱっと見だと防御力は低そうに見える。
だがコート地はフェザー・ドレイクの革だし、胸甲や腹甲はもちろん、肩甲や手甲、足甲も翡翠色銀製だから、見た目に反して防御力は高い。
ところが剣は、翡翠色銀で打ち直された際にデザインも少々変更されているが、本当に少々しか変更されていないため、オーダーズコートならともかくプラチナム・オーダーズコートでは見劣りしてしまう。
オーダーは自前で剣や盾を用意することを認められているからっていう理由もあるからで、実際にオーダーズマスターやロイヤル・オーダーは、クラフターズギルドにオーダーメイドを依頼する人が増え始めてるらしい。
「マジか?いや、ありがたいが、本当に良いのか?」
「当然だろ。こっちはリアラので、こっちがクリスさんのです」
ダートがサブ・オーダーズマスターに任命され、結婚したリアラもメモリアに移動することは、当人達からすれば本当に突然のことだった。
だからダートとリアラが、オーダーメイド依頼を出していることはないって判断できたからな。
クリスさんは分からなかったが、夫はハイハンターで同妻はトレーダーらしいから、武器を優先するとしたらハイハンターの夫になるだろうと考えて用意してみた。
「私達の剣まであるとは。いや、確かにありがたいし嬉しいんだが、本当に?」
「はい、遠慮なく受け取ってください」
「ありがとう!」
真っ先に剣を受け取ったのはリアラだった。
リアラはGランクオーダーだから装備はオーダーズコートのままだが、それでもダートとお揃いのデザインにしてある。
どちらも細身の剣で、ガードは2人の家名の元になったペガサスが翼を広げたような感じだ。
クリスさんの剣は刀身は純白で幅広く、ガードや刀身の中ほどまで装飾が施されている。
「それじゃクリスとダートは着替えて、それからメモリアに移動になるわね」
「大和君が同行してくれると陛下から伺っておりますが、本当によろしいのですか?」
「構わないわよ。リカだってメモリアの事は気にしてるし、私達も用がないワケじゃないから」
「ありがとうございます。では急いで着替えて参ります。ダート」
「分かりました」
俺はOランクオーダーでAランクハンターでもあるから、普通なら護衛の依頼料はとんでもない額になる。
だけど俺達もメモリアに行く理由があるし、3人がメモリアに赴任ってことは俺にとっても他人事じゃないから、今回はこっちから提案させてもらった。
ダートとは気も合う感じだしな。
「そういやリアラ、住居はどうするんだ?」
「メモリアに行ってから決めることになってるよ。何日か掛かるだろうから、それまではオーダーズギルドの宿舎暮らしかな」
「そうなのか?」
「支部に赴任することになったオーダーは、宿舎か一軒家で暮らすことになりますが、独身者は宿舎、既婚者は借家が多いですね。あ、オーダーズマスターやサブ・オーダーズマスターともなると、それなりの広さがある一軒家を用意することが一般的です」
それは知らんかった。
上からの命令で移動とはいえ、住むとこぐらいは自分で用意しろってことか。
宿舎がある分恵まれてるんだろうな。
「じゃあクリスさんも?」
「そうなると思うよ。クリスさんの旦那さんはハンターだし、同妻はトレーダー、お子さんはもうじき成人するけど、同妻のお子さんはまだ5歳だから、しばらくは宿屋暮らしになるんじゃないかな?」
そんな話は聞いた覚えがある。
オーダーズギルドの宿舎は基本的に独身者、あるいは出向者向けだから、大して広くはない。
2人ぐらいなら何とか住めるが、新婚のダートとリアラが住むには向いてないし、家族連れのクリスさんなら尚更だ。
「いえ、クリスは以前メモリアに来た際に、借家の目途は付けていたわよ」
「え、そうなんですか?」
「ええ。査察官としての来訪だったけど、その時点でサブ・オーダーズマスターに就任することは内定していたから、いくつかの候補は決まっているはずよ。お母様が相談を受けていたそうだから」
そういやクリスさんって、メモリアに派遣された時点でサブ・オーダーズマスター就任が内定してたんだった。
査察官の調査で問題が見つからなければ就任しないこともあるそうだが、そもそも査察官が派遣される時点でオーダーズマスターかサブ・オーダーズマスターに問題があることは確定しているから、9割以上はどちらかが解任され、新任が任命されるらしい。
クリスさんが派遣された経緯を考えると120%就任することは確定していたし、クリスさんもそれを理解していたから、メモリアでの住まいをどうするかは当然考える。
そのことをリカさんのお母さんで領主代行のエリザベートさんにも相談してたってことは、エリザベートさんもクリスさんの就任を歓迎してるって考えてもいいだろう。
「リアラの新居も、お母様に相談してみましょうか?」
「是非お願いします」
リアラの希望はオーダーズギルド本部に近い借家で、できればギルドや商店が近い方がいいらしい。
いや、それって誰でも希望する条件だよな?
「その条件は、さすがに厳しいわよ。気持ちは分かるけど場所が場所だから、仮にあったとしても家賃は結構高額になるわよ?」
ほらな。
とはいえ掘り出し物があったりすることもあるから、調べてもらうのも手か。
それからしばらくして、プラチナム・オーダーズコートに着替えたクリスさんとダートが戻ってきた。
後はメモリアに移動するだけだが、ダートとリアラは準備も整えてあるがクリスさんは家族を迎えに行く必要もある。
今日出発ってことは家族も知ってるから準備はできてると思うが、旦那さんはハイハンターでユニオンにも加入しているから、これを機にユニオンごとメモリアに移動するそうだ。
そのユニオン ブレイド・ナイツも随分と思い切ったことをすると思ったが、クリスさんが査察官としてメモリアに派遣された時点で、どうするかを話し合って決めたらしい。
そのブレイド・ナイツは既にメモリアに向かっていて、クリスさんの旦那さんだけがフロートに残っているそうだ。
ちなみにブレイド・ナイツは、Gランクハンター1人、Sランクハンター3人、Bランクハンター3人、Cランクハンター2人、トレーダー3人、ヒーラー2人のユニオンになる。
メモリアへの移動は3時間掛からないが、そろそろ日が短くなってきているから、到着する頃には夕方だな。
レスペトはフィールからも遠くないから、また今度にするか。




