天邪鬼な迷宮
イスタントのハンターズマスター ガドラーさんへの報告は続く。
「何?第5階層のセーフ・エリアは、2ヶ所しかなかったのか?」
「ウイング・クレストの作成した地図と合成させてみましたが、その可能性は高いです」
そう言って、ステータリングから第5階層のマッピングを呼び出すスレイさん。
第5階層は中央付近に下りてくる形になるんだが、スレイさん達は南西に、俺達は北西に進んでいて、南側で合流した形になる。
北西に進んだ俺達は、北側を通って東側に抜けたんだが、そこから最初の地点に戻ってしまい、今度は南に向かうことにしたんだが、迷路を進んでいたら南西側に抜けてしまい、さらにまた南に戻ってしまった。
一方スレイさん達は、南西に進むことを選び、そこから北上してセーフ・エリアを見つけ、そこで野営。
その後で北側から東側に抜けて、南東を綺麗に避ける形で南側に出て、そこで問題の宝箱の罠を見つけ、その後で俺達と合流したことになる。
狩人魔法マッピングは、迷路階層だと自分達の通ったルートしか記録されないが、他人のマッピングと合成させることが出来る。
スレイさんの地図と合成させて確認してみると、俺達は北西側のセーフ・エリアを綺麗に避ける形で進んでいたみたいだった。
そのおかげで、合成させた地図の南東が空白地帯になってたことが分かったから、結果オーライなのかもしれないが。
「また面倒だな。第6階層に続くセーフ・エリアには、マッピングを見る限りじゃ北西から北側を抜ける形になる。しかも北西のセーフ・エリアはすぐ近くだから、道中で高ランクのアンデッドに襲われたら、並のハンターじゃひとたまりもないぞ」
「それは私も思った。第5階層だけで見ても、閉鎖空間でのアンデッドに難易度の高い迷路、新種の罠まである。みんなも言っていたが、この迷宮は性格が悪いよ」
眉を顰めるガドラーさんに補足するラインハルト陛下に、全員が頷いた。
「全くですね。ですが第5階層だけでってことは、他の階層にも何かあったと?」
「ああ、あった。私達は後程報告させてもらうから、スレイ、続きを頼む」
「分かりました。ウイング・クレストと合流できたことで、私達は無事に第6階層に到達できました。ですが第6階層は砂漠でした」
「本当に性格悪ぃな。アンデッド迷路の次は砂漠かよ」
後で教えてもらったんだが、砂漠の夜は冷え込むからってことで、夜営をするハンターは少ないそうだ。
というか、やむを得ず野営をしなきゃならない場合を除いて全員が避けるって話だし、スレイさん達もあのまま第6階層に到達していたら、迷わず第5階層に戻っただろうって言ってたからな。
スレイさん達が使っていた獣車にもミラールームはあるが、3倍とか5倍付与とかだから、獣車の中で寝るのは辛いし、夜番は外に出なきゃいけないから、出来ることならやりたくないらしい。
翻って俺達の場合は、獣車は2台とも広いミラールームを備えているし、展望席やデッキにも外気を遮断できるような魔法付与がされているから、砂漠の夜でも寒さを感じない。
だから夜番も含めて、寒さで凍えるようなことはなかったな。
「というワケで、私達は寒さに震えることもなく、温かい獣車で傷を癒すことができました」
「マジですげえな、その獣車は」
「見た目は陸を走る船ですが、その有用性は私達も身を以て実感しましたね」
「なるほどな。後で見せてくれるってことだから、楽しみにさせてもらうぜ」
試作だからあんまり期待されても困るが、使い勝手が良いのは間違いないと自負してますです、はい。
「翌朝、つまり今朝ですが、ウイング・クレストは昼頃には迷宮を出る予定でしたから、私達もそれに倣い、調査はそれで打ち切ることにしました」
「つまりウイング・クレストも、調査に同行してくれたってことだな?」
「はい。そのおかげで調査が捗りましたから、私達としては大助かりでしたね」
俺達としてもベテラン・ハンターの連携や練度を見ることができたし、獣車の使用感も聞く事が出来たから大助かりでしたよ。
スレイさんは道なりに進んでいくと、最初のセーフ・エリアがあったこと、その先を1時間程進むと、街があったことも説明し、さらにその街にいた亜人が、ルーン・ワルキューレ、ウェヌス・アマゾネス、シェル・セイレーンだったことも報告している。
「ワルキューレにアマゾネス、セイレーンの上位種が群れて襲ってきただと?出会えば殺し合いをするような連中がか?」
「私達も驚きました。確かに街の東側にはオアシスが、西側には森があったのですが、まさか3種もいたとは思いませんでしたから」
「そりゃそうだろうよ。確かにそんな環境なら何がいるのかは悩むが、それでも亜人の上位種が3種なんて、普通の迷宮ならあり得ねえぞ」
亜人が出現する迷宮は他にも多くあるが、他種と同時に現れることはない。
同じ階層に複数の亜人が生息していることはあるが、その場合は出会ったら亜人同士で殺し合いを始めるから、探索しているハンターとしてはその隙にその場を離れられる。
だがイスタント迷宮第6階層に出たルーン・ワルキューレ、ウェヌス・アマゾネス、シェル・セイレーンは、殺し合いをするどころか協力しあって俺達を襲ってきやがった。
スレイさん達も最初は驚いていたが、俺とプリムがルーン・ワルキューレを、ウイング・クレストと陛下達がシェル・セイレーンを、アライアンスがウェヌス・アマゾネスを相手取ることができたから、本格的な連携をされる前に倒せたのは運が良かったと言えるだろう。
「しかも数も多いな。そうなるとその街は迂回するしかねえ」
ガドラーさんはそう口にしたし、普通ならそう考えるのは正しいと思う。
だけどイスタント迷宮に限っては、そういう訳にはいかない理由がある。
「いえ、それは出来ません」
「何故だ?」
「厄介極まりありませんが、街の奥にはセーフ・エリアがあり、しかも守護者の間はそこにあったんです」
スレイさんのセリフに、ガドラーさんが頭を抱えた。
「それは……確かに厄介極まりねえな。性格悪いにも程があるだろ」
「同感です。しかも私達が会敵したのは街に入って20分程の地点ですが、守護者の間まではそこから30分かかりました。もちろん急がせればもう少し早く到着できるでしょうが、アマゾネスやセイレーンはともかく、ワルキューレが相手だと獣車では逃げ切れません」
セイレーンは水棲亜人だから、戦闘力はともかく移動速度はアマゾネスに劣る。
アマゾネスは森を住処にしていることもあってか、足はバトル・ホース並に速いんだが、第6階層が砂漠だってことを考えると、上位種のウェヌス・アマゾネスでも速度は落ちているかもしれない。
だけどワルキューレは空を飛べるから、足場の悪さは関係ないし、何より飛行速度はバトル・ホースを優に凌ぐから、獣車を引いている状態じゃ絶対に逃げられない。
そのワルキューレが群れて襲い掛かってくるんだから、1時間近くかかる守護者の間のあるセーフ・エリアまで無事に逃げられるかは、思いっきり運が絡んでくると思う。
「まさに極め付けだな。で、守護者の間を確認したってことは、守護者も確認したってことだよな?何が守護者だったんだ?」
「ミスリル・コロッサスです」
「……なんだと?」
「ミスリル・コロッサスです。A-Cランクモンスターの」
スレイさんが、守護者がミスリル・コロッサスだと報告した瞬間、ガドラーさんが本格的に頭を抱えた。
「まだ上があったのかよ……。そんな迷宮、どうやって攻略しろってんだよ?」
哀愁漂う表情まで浮かべたガドラーさんだが、そこに救いの手(?)が差し伸べられた。
「その、言い辛いのですが、実はミスリル・コロッサスは、討伐に成功しています」
「はぁ!?討伐に成功しただぁ!」
「はい。と言っても、私達は何もしていません。討伐したのは大和君とプリムさんの2人です」
グルンっていう擬音が響くかのごとく、ガドラーさんが驚愕の眼差しで俺とプリムの間で視線を彷徨わせた。
見てる分には面白いな。
「直接見ていた私達も未だに信じられないのですが、2人は一方的に、ミスリル・コロッサスを倒してしまったのです。何があったのかは私達もよく理解できていないので、説明は難しいのですが……」
いや、何があったのかもなにも、俺達は普通に攻撃して、アイスミスト・エクスプロージョンやフレア・トルネードの試し撃ちをしただけですよ?
もちろん相手が相手だから、俺はウイング・バーストを、プリムは極炎の翼を纏ったし、さらには魔力も全開にして本気出したけど。
「ハンターズマスター、何があったのかは、聞かない方が幸せだと思う」
そう思ってたら、ラインハルト陛下に先に口を開かれてしまった。
いや、それはそれでどうなん?
それにアライアンスどころかうちのメンバーまで大きく頷くって、マジで納得いかないんだけど?
「そんな気がしてきましたぜ……。じゃあ迷宮核は、回収してきてるってことだな?」
「はい、大和君が持っているのがそうです」
うん、実はハンターズギルドに入る前から、迷宮核はずっと俺が持っていたんです。
アライアンスの報告だからリーダーのスレイさんに渡そうと思ったんだが、全力全開で拒否されてしまったんだよ。
だから仕方なく俺が持ってるんだが、まさかハンターズマスターのガドラーさんが気付いてくれないとは思わなかった。
「やけにデカい魔石だと思ってたが、迷宮核だったのかよ。見たのは初めてだから、わからんかったぞ」
そういうことですか。
確かに迷宮核は、魔石に似てなくもない。
普通の魔石は握り拳大の大きさで、これは大型の魔物でもほとんど変わらない。
だけどゴーレムなんかの魔法生物系の魔物に限っては、倒すと核と同じ大きさの魔石が取れる。
しかも核が剥き出しになってたりすれば、そこから簡単に魔石だけ取り出すこともできるから、解体のためにクラフターズギルドに持ち込まれることもない。
実際ミスリル・コロッサスの魔石も、俺が破壊した核の跡地に魔石が出来てたから、しっかりと回収してある。
バスケットボールより一回りデカい魔石だったから、パッと見どっちが迷宮核か分からんかったぞ。
もちろん守護者の魔石だから、天樹城に戻ったらしっかりと献上するが。
「この場に陛下がおられるのは、運が良いのか悪いのか、ワシには判断できんな」
「それは私のセリフでもある。イスタント迷宮に来たのは偶然だが、攻略するつもりはなかったからな。だが偶然とはいえアライアンスに合流できたことは、私としても良い経験になったよ。私達は、アライアンスに参加することはできないからな」
ラインハルト陛下はこの国の王だから、当然アライアンスに参加することはできない。
退位すれば話は別なのかもしれないが、国王がアライアンスに参加した結果討死なんて、国がどうなるか分かったもんじゃないんだから当然だ。
「それに関しては、ワシからはノーコメントとさせてください。それで、陛下達からも報告があるとのことですが?」
「ああ。大和君、頼む」
「了解です」
ウイング・クレストのリーダーは俺だから、ガドラーさんへの報告も俺からになる。
陛下がやってもいいとは思うんだが、レイド・リーダーが報告するのが筋だと言われてしまったから、何も言い返せなかったんだよ。
「そうですね、セイクリッド・バードからの報告は受けましたか?」
「ああ。何でも第3階層の通路近くに、巧妙にモンスターズ・トラップが仕掛けられてたんだってな?しかもそれで出てきたのが、アミスターにはいないサウルス種とか、何の冗談かと思ったぞ」
「それについては同感ですが、セイクリッド・バードから報告が上がってるんなら、俺達は補足ってことになりますね」
セイクリッド・バードがスパイク・タートルと戦っている最中に通路近くまで後退し、そこでモンスターズ・トラップが作動してしまった。
遠目ではあったが、俺達もトラップの作動は目撃していたから、その様子を伝える。
「複雑な魔法陣だと?確かにモンスターズ・トラップは魔法陣だが、特に複雑っていう訳じゃねえぞ?」
普通のモンスターズ・トラップは、魔法の属性を表す八芒星か、光と闇を除いた六芒星のどちらからしい。
だけどセイクリッド・バードが引っ掛かったモンスターズ・トラップは、円の中に5つぐらいの八芒星が浮かんでいたし、それらが絡み合っていたようにも見えた。
「それはまた、何て言ったらいいのか分からんな」
「1つの予想としては、別の迷宮から召喚された可能性ですかね。もしくは外からか」
自分で言っておいてなんだが、外ってことはない気がする。
モンスターズ・トラップで現れたのはティタノサウルスやメガロサウルス、マクロナリアだけじゃなく、エビル・ドレイクにソード・ドレイク、デモンズ・ドレイクまでいたからな。
「凶悪なラインナップだな。確かに外っつうより、どっかの迷宮から召喚されたって言われた方が、まだ納得できる。仮にそうだった場合、可能性が高いのはバレンティアになるが、確かソルプレッサ迷宮もついこないだ攻略されたそうだから、召喚元がどこなのかはさっぱりだな」
確かに攻略済みの迷宮ってことはないだろうな。
バレンティアにもまだ未攻略の迷宮はあるから、そのどれかだとは思うが、どこかと聞かれたら全く分からん。
そもそもの話、俺の予想があってるとも限らないしな。
「というかハンターズマスター、ソルプレッサ迷宮が攻略されたことは知ってるのに、誰が攻略したかまでは知らないの?」
マルカ殿下がガドラーさんにツッコみを入れるが、それは今はどうでもいいんじゃありませんかね?
「残念ながら、イスタントに伝わってきてる噂は、ソルプレッサ迷宮が攻略されたことだけですな。あとはそれを抱えてる領主と揉めたってことぐらいか」
なんでそっちが伝わってんだよ。
確かにソルプレッサ迷宮を抱えてた、ニズヘーグ公爵領の領主だったナールシュタットとは揉めたが、普通な攻略したレイドなりユニオンなりの名前も一緒に広まったりするもんじゃないのか?
「そういうこともあるよ」
俺の心を読んだのか、俺の肩にそっと手を置くマルカ殿下。
俺が悪い訳じゃないんだから、その優しい目は止めてください。
「まさか……」
「ええ。ソルプレッサ迷宮を攻略したのは、ウイング・クレストですよ」
エリス殿下の答えを聞いて、またガドラーさんが頭を抱えた。
「この短期間で、難攻不落って言われてる迷宮を2つも攻略しただぁ!?意味分かんねえぞ!!」
次の瞬間、ガドラーさんの絶叫が第10鑑定室に響き渡った。
ハイドワーフの肺活量が目一杯活用されてたから、鼓膜が破れるかと思う程の声量だったな。
耳の良いフォクシーのプリムやウルフィーのラウス、リクシーのスレイさん他獣族の方々も、かなりの大ダメージを負ってたぞ。
アルディリーのマルカ殿下は目を回してたが、気持ちが分かるのか、ラインハルト陛下やエリス殿下は苦笑して流してたのが印象的だった。




