第三王女の立ち回り
ヒーラーズギルドを出た俺達は、最初にオーダーズギルドに向かった。
最初はサブ・オーダーズマスターが捕縛されたことを理由に、オーダーズマスターまで身柄を拘束される訳にはいかないとぬかして、逆に俺達を拘束しようとオーダーに命じたりまでしてたんだが、俺がライセンスを見せてOランクオーダーの権限を行使することで、ようやく拘束することができた。
そのオーダーズマスターが連行されていった瞬間、オーダーからは歓声が上がったから、これだけでもロクでもない奴だってことが分かる。
その後オーダーは、ユーリの指示でジェザールの取り巻きを捕まえるために街に出ていった。
もちろんクリスさんの護衛も頼んである。
それから孤児院に向かったんだが、予想に反して孤児院は静かだった。
幸いにも孤児院出身のハンターが見回りをしてる最中だったから、事情を説明して案内してもらうことができたことも幸運だな。
「そうですか、サブ・オーダーズマスターだけではなく、オーダーズマスターも」
俺達の来訪を受けた妙齢の女性ヒューマンのヒーラーズマスター レスト・イルシオーネさんが、神妙な顔で俯いた。
「はい。今お姉様が、フロートまでグランド・オーダーズマスターを呼びに行っていますから、今日中には落ち着くと思います」
孤児達の面倒を見ていたレストさんの話だと、ジェザールは孤児院そのものを狙っていたらしい。
なんでもこの孤児院は、ジェザールをサブ・オーダーズマスターに任命した前オーダーズマスターの持ち家で、没落と同時にやむなく手放した屋敷だったそうだ。
男爵家だった前オーダーズマスターの家が没落した原因は、トレーダーだった父親がレティセンシアに武器などを密輸していたことが発覚したからだが、幸いにも家族は無関係だと証明されたため、処罰を受けることはなかった。
だから父親は処刑されたが、オーダーズマスターはオーダー登録も出来たし、オーダーズマスターにまで昇格することができていた訳か。
その前オーダーズマスターはトレーダーの父親とは反りが合わなかったため、15の時に家を飛び出し、フロートでオーダーズギルドに登録し、今までオーダーとして職務を全うしてきたんだが、何の因果かメモリアのオーダーズマスターに任命されてしまったことが今回の原因とも言える。
屋敷に未練はなかったが、それでも孤児達が使っていることは面白くないと思っていたらしく、自分の言う事を聞かないサブ・オーダーズマスターを理由を付けて解任し、ハンターだったジェザールに騎爵位を与えると同時にサブ・オーダーズマスターに任命し、条件として孤児院を使えなくすることを命じた。
さらにリカさんとの婚約をほのめかすことでジェザールを味方に付けることに成功したんだが、さすがに勝手に騎爵位を与えることは違反だし、サブ・オーダーズマスターの解任や任命は総本部が決めることだから、フレデリカ侯爵からの報告を受けたディアノスさんがメモリアへやってきてオーダーズマスターを解任されたばかりか、オーダーズギルドからも除名されている。
だがジェザールは、表向きは真っ当にオーダーとしての職務を遂行していたし、オーダーズマスターとサブ・オーダーズマスターを同時に解任した場合は治安の維持に大きな問題が出てくると判断され、ハンター時代の問題行動を持ち出して釘を刺すだけに留まっていた。
「だけどジェザールは、その警告を丸っと無視して、今の今までメモリアで好き放題してたってことか」
「そうなります。一応1年程は大人しくしていたのですが、フレデリカ侯爵のご結婚問題が表面化してからは街のならず者を擁護し、各ギルドに送り込み、治安を乱すような真似を行うようになりました。さらに除名された前オーダーズマスターがならず者のまとめ役を担っていますから、孤児院を狙う者達は処罰の対象にならないようですね」
「そうですか、前任のオーダーズマスターが、ならず者をまとめていたのですか。しかも孤児達に使われることが気に食わないという、身勝手極まりない理由で孤児院を」
ユーリさん、マジでマジ切れ寸前です。
「現オーダーズマスターについてはどうなんですか?」
「評判は悪いですね。メモリアは危険な魔物も少ないですし、盗賊もほどんど出ません。ですからご自分はほとんど動かず、部下のオーダーに全てを任せているようです」
それはそれでマズいだろ。
「それってオーダーがミスをしたりしても、責任は取らないって言ってるようなものなんじゃ?」
「それどころか、ご自分のミスでさえ部下のせいにしていると聞いています。サブ・オーダーズマスターは好き勝手していますから、どちらもオーダーからの信はなく、領主代行のエリザベート様からの指示で治安維持を行っている状態です」
あー、リカさんのお母さんか。
確かBランクのアウトサイド・オーダーだって聞いてるから、やってやれなくはないってことか。
クリスさんが派遣されたのも、リカさんのお母さんからの報告書が届いたかららしいしな。
何でこんな事態になるまで何もしなかったのかだが、実際はもっと前から報告をしてたんだが、鳥を使っていたことが災いしていたそうだ。
つまりその鳥は、フロートに向かってる最中に魔物に食われてたってことだな。
フィールの時はそんなことなかったんだが、鳥が魔物に食われることは珍しくないから、運が良かったってことなんだろう。
「もちろん信頼できるハンターに、フロートまで書状を運んでもらう依頼も出していましたし、私達ギルドマスターもフロートに連絡を入れていたのですが、レティセンシアがフィールを狙っていたという事実が発覚した直後ということもあって、後回しになっていたようです」
うげ、それって間接的に俺達のせいじゃねえか。
ジェザールが本格的に動き出したのは7月、つまりリカさんが領代としてフィールに赴任してかららしい。
本当はリカさんの赴任と同時に動きたかったんだろうが、春は桜樹の伐採や輸送なんかがあるから、トレーダーはもちろん護衛依頼を受けたハンターも多くなるし、総本部のオーダーがやってくることも珍しくないから、落ち着くまでは動けなかったんだろうって考えられてる。
なにせ今年は、マナはホーリー・グレイブと、ラインハルト陛下にエリス殿下、マルカ殿下はトライアル・ハーツと一緒に依頼を受けてメモリアに来たって言ってたからな。
しかもそれぞれ来た時期が違うから、迂闊に動いたりなんかしてたらその場で処罰されててもおかしくない。
動き出したのは桜樹関係の取引が落ち着く7月からってことだが、その時期は俺がヘリオスオーブにやってきた頃でもあるし、月末にはビスマルク・ボールマン伯爵のワイバーンを使ってフィールの現状を報告までしてるから、そっちが優先されてしまうことになるのも無理もないかもしれない。
「それはそれで、何というか責任を感じるな」
「大和のせいじゃないでしょ?むしろ大和がいたから、フィールは無事だったんだよ?」
「そうですね。むしろ事態の大きさに目が眩んでしまい、メモリアの問題を見逃してしまっていた私達こそ問題です」
それはそうなのかもしれないが、それとこれとは別だろう。
それにまだ致命的な事態にはなってないんだから、これからどうするかを考えた方がいい。
「私もそう思います。実際フィールの件は、放置などしていたら戦争どころか国が割れるかもしれなかったのですから」
「わかりました。差し当たってやるべきことは、ならず者をまとめている前オーダーズマスターを……」
ユーリが迅速にやるべきことを纏めている最中、突然何かを壊したような音が響いた。
なんだ?
ソナー・ウェーブを発動させ、それを照準にしてドルフィン・アイも発動させて様子を見てみよう。
「……なるほど、あっちから出向いてくれたか」
「どういうこと?」
「多分としか言えないが、そのならず者のお出ましだ」
前オーダーズマスターかどうかは分からないが、明らかにリーダーっぽいのがいるから可能性はあると思う。
「へえ。もしかしてあたし達が孤児院に来たから?」
「もしくはジェラールが捕まったって分かったからかな?」
「ジェザールな。どっちも可能性はあるが、探す手間が省けた。とっとと捕まえるとしよう」
ルディアの予想もアテナの予想もどっちもあり得るが、孤児院に直接殴りこんできたって考えると、アテナの予想の方が近い気がする。
俺はもちろん、ユーリのことも知らないってことになるからな。
「おらぁっ!」
おっと、もうここまで来たのか。
いや、元々ここに住んでたんだし、オーダーズマスターやってたんなら孤児院の内装ぐらい知ってても不思議じゃないな。
それにしてもドアを蹴破るなんて、乱暴な真似しやがるな。
「レコン・バークライト!?」
「久しぶりだな、レストの婆さんよ」
やっぱりこいつが前オーダーズマスター レコン・バークライトか。
メモリアのオーダーズマスターになるまでは実直なオーダーだったって話だが、今のこいつはどっからどうみてもチンピラの親玉だな。
確かレベル45のハイヒューマンだったはずだ。
「な、何をしにきたのですか!?」
「決まってるだろ。ジェザールの奴がオーダーズギルドに捕まったらしいからな、もう手段を選ぶつもりはねえ。今すぐこの屋敷から出てけ。薄汚いガキどもを連れてな!」
血走った目でそう告げるレコン。
屋敷に未練はなくとも、勝手に使われるのは気に食わないってことか。
どこのガキだよ。
「昔は実直で腕のいい立派なオーダーだったと聞いていますが、落ちぶれたものですね」
「ああん?ガキが知ったような口をきいてんじゃねえよ!」
「確かに私はまだ成人していません。ですがあなたのような下衆に、そのような無礼な口を利かれる謂れもありませんよ。大和様、ルディア、アテナさん」
「オッケーだよ」
「任せて!」
「了解だ」
俺、ルディア、アテナはユーリとレストさんを守るように前に立つ。
「ほう?俺とやるってのか?ガキの分際で、調子に乗ってんじゃねえぞ?おめえら、やれ!」
ならず者達も武器を抜くが、ここは孤児院の中だし、子供達が人質になる可能性だってある。
だから俺はミラー・リングを生成し、土性A級広域対象系術式ヨツンヘイムを発動させた。
ニブルヘイムやヴァナヘイムと同じ世界樹型と呼ばれる術式だが、土のA級刻印術は屋内の戦いではよく使われる。
理由は分子構造を固定させることで、被害を抑えることができるからだ。
もちろんどの程度まで固定できるかは術師によって異なるし、俺にとっては苦手な属性でもある。
だけど今の俺はエンシェントヒューマンだから、苦手な属性でもかなりの効果があると思ってる。
さらに対象系術式だから、万が一子供が人質に取られたとしても、すぐに救出することは可能だ。
「な、なんだ、こいつら!?」
「軽い上に遅いよ!そらっ!」
「げはあああっ!」
マナリングとエーテル・バーストで強化した腕で剣を受け止めたルディアの蹴りが炸裂し、男が吹っ飛ぶ。
だけど孤児院の物が壊れるようなことはなかったから、ヨツンヘイムの効果はしっかりと出てるな。
「そらそらそらっ!」
ヨツンヘイムがしっかりと機能してるかを確認してた隙に、ルディアは襲ってきた男達を次々と殴り、蹴り、次々と吹き飛ばしてやがる。
今もブレイク・ダンスみたいに回転しながら蹴りをかましてるぞ。
「おいおい、俺の分も残しといてくれよ?」
俺はアイス・スフィアを展開させて、アクセリングを使って氷の球を飛ばす。
加減はしてるが、アイス・スフィアが命中する度に男達は氷り付いていくから、砕かないように気を付けないといけないのが面倒だ。
「こ、こっちのガキも、なんでこんな力を!」
「なんでだろうね?ボクもよくわかってないんだよ、ねっ!」
アテナに槍を向けた男だが、片手で槍の柄を掴んでいるアテナはビクともせず、そのまま槍を奪い取り、石突きの一撃を加えて吹き飛ばされた。
おお、何人かが巻き添え食って、突き飛ばされた男の下敷きになってやがるな。
ハイドラゴニアンだからこその膂力だとは思うが、俺との竜響契約の影響も加味されてるから、フィジカリングやマナリングもさらに一段強化されてるってエオスが言ってたな、そういや。
「な、なんだ……なんだんだ、てめえらは!」
「教えてあげてもいいですが、あなたにとっては絶望しかありませんよ?」
レコンに冷たい視線を向けるユーリ。
そらユーリの正体を知ったら、絶望しかないだろうよ。
普段なら先に身分を明かすのに、今回は叩きのめすことを優先させてるから、どれだけユーリの怒りが強いかもよくわかる。
「ほら」
「はい」
俺とユーリに先立って、ルディアとアテナがライセンスを投げつけた。
俺の念動魔法で回収できるし、アテナも念動魔法を使えるからだが、俺もよくやってるから何も言えない。
「ば、馬鹿な!レベル57に47だと!?」
「言っとくけど、あたし達なんて大したことないよ?ねえ、大和?」
俺に振ってくるルディアだが、そんなことはないだろ。
俺は苦笑してからライセンスを取り出し、同じように投げつけた。
「なっ!?」
「だから言ったではありませんか。あなたには絶望しかないと」
トドメとばかりに、ユーリが自分のヒーラーズライセンスを投げつける。
「だ、第三……王女殿下!?」
「オーダーズマスターに任命された際に顔を合わせているというのに、何故私だと分からなかったのですか?正直、理解に苦しみます」
オーダーズマスターやサブ・オーダーズマスターの任命は、フロートで行われる。
その際にグランド・オーダーズマスターやアソシエイト・オーダーズマスターはもちろん、王家の方々とも顔を合わせることになってるから、レコンがユーリの顔を知らない訳がない。
なのにこいつは、ユーリがライセンスを突き付けるまで気が付かなかったんだから、そう言わても仕方ない話だ。
「不法侵入に王族への傷害未遂。これだけでも重罪ですが、あなたにはまだまだ余罪があります。取り調べはオーダーズギルドに任せますが、死罪は決まっていると思いなさい」
ユーリに断罪され、絶望的な表情を浮かべながらガックリと膝を付くレコンだが、自分の仕出かした罪の重さを理解してなかったって感じだな。
だけど意識があると何をしてくるかわかったもんじゃないから、俺はショック・フロウを発動させてレコンの意識を奪い、ライトニング・バンドとアレスティングでしっかりと拘束した。




