メモリアの暴騎士
Side・フレデリカ
陛下から天樹の枝を下賜され、フィーナの家族の件で許可を得た後、私達はフロートを発ち、私が領主を務めているアマティスタ侯爵領領都メモリアに向かった。
フロートから近いということもあって、今回はアテナが竜化して飛んでくれたんだけど、2時間程で到着できたわね。
エオスが言うには、アテナもドラゴニアンの中では早い方になるらしいわ。
ハイドラゴニアンに進化できたことも理由だけど、最大の理由は大和君と結んだ竜響契約みたい。
だけどそのアテナに向かって、いきなり水属性魔法が放たれたものだから大変。
獣車の御者席に座ってた大和君がすぐに打ち消してくれたけど、この獣車は領主の私だけじゃなくこの国の王女殿下のマナ様とユーリ様も乗ってるし、攻撃を向けられたアテナなんて聖母竜ガイア様のご息女なんだから、普通に大問題だわ。
というか、竜化したドラゴニアンで帰るって書状を送ってるのに攻撃してくるなんて、失態でしかないわよ。
ハンターだろうとオーダーだろうと、厳罰ものだわ。
「申し訳ありません、マナ様、ユーリ様。先に降りて説明して参ります」
「ええ、悪いけどお願い」
「攻撃してきたのが誰かも、しっかりと突き止めてくださいね」
「もちろんです。大和君、お願い」
「はいよ」
大和君は私を横抱きにして、獣車から飛び降りた。
フライ・ウインドっていう刻印術を使ってるから地面に叩きつけられる心配はないし、そもそも大和君なら、落下の衝撃程度では行動不能にならないでしょうね。
メモリアの入り口にはオーダーが戦闘態勢を整えて待ち構えていたけど、戸惑っている様子も見受けられるから、おそらくは誰かの独断ね。
いったい誰が……やっぱり彼か。
オーダーズマスターがアテナに攻撃を仕掛けたタイガリーのオーダーを叱責しているけど、そのオーダーは微塵も反省の色が感じられない。
「あいつがジェザール・トルビレスか」
「ええ。私の婚約者候補で、メモリアのサブ・オーダーズマスターよ。もっともあの様子を見る限りじゃ、オーダーズマスターの指示を無視して勝手に攻撃を加えたようだし、あの獣車に誰が乗っているのかも気にしてなかったようだから、処罰は確定ね」
オーダーの前に降り立った私と大和君を見て、オーダー達は一斉に敬礼する。
一糸乱れぬ動きは装備が一新されてることもあって、高名な騎士団にも見えるわ。
ジェザールもそれに倣っているけど、隣にいる大和君に、一瞬とはいえ不快な表情を向けていたから、私の婚約の話はしっかりと伝わっているみたいね。
「お帰りなさいませ、フレデリカ侯爵」
「ええ、只今戻りました。だけど、これはどういうこと?私達が、ドラゴニアンが運ぶ獣車で帰還することは、陛下からも報告があったはずよね?」
「も、申し訳ありません。ド、ドラゴンが接近しているとの報があったため、オーダーに迎え撃つ準備を整えさせていたのですが、獣車を持っていることがわかったため、攻撃しないよう厳命しておりました。ですがこちらのサブ・オーダーズマスターが指示を破り、勝手に攻撃をしてしまいまして……」
オーダーズマスターに厳しい口調で問いかけてみると、予想通りの答えが返ってきた。
というか、相変わらず言い訳ばかりね、このオーダーズマスターは。
「やはりですか。ですが獣車を確認したということは、あの獣車に誰が乗っているのかも分かっているということですね?どうなのですか、ジェザール?」
「お言葉ですがフレデリカ侯爵、私は獣車を確認してはおりません。ドラゴニアンか何かは存じませんが、メモリアに魔物が迫ってきていると聞いたからこそ、攻撃を加えたのです」
自信満々に答えるジェザールだけど、そのセリフは禁句よ。
あと獣車を確認していないって、そんなはずがないでしょう。
「獣車を確認していない?ですがオーダーズマスターが確認し、攻撃しないよう厳命していたのでしょう?なのにあなたは攻撃を加えている。この件についての言い訳は?」
「言い訳とは心外ですね。私はオーダーズマスターが、幻覚を見ていると判断したにすぎません。ですから侯爵に攻撃をする意図はございませんでした。これも全て、メモリアを守るために行ったことです」
悪びれもせずに、よくもまあベラベラと。
だけど肝心なことを忘れてるようね。
「では、ドラゴニアンの運ぶ獣車で戻るという書状については?」
「拝見しております。ですが竜化したドラゴニアンなど、魔物と変わりません。たとえ従魔契約を結んでいようと、危険だと判断せざるを得ませんでした」
はい、アウト。
確かにアミスターじゃ、ドラゴニアンのことを誤解している人がいないワケじゃないし、竜化したドラゴニアンが国を滅ぼしかけたことがあるのも事実。
だけど竜化しようとドラゴニアンは竜族、つまり人間なのよ。
何よりその発言は、隣にいる私の婚約者の逆鱗に触れる愚行だわ。
「話は分かりました。あなたの勝手な判断で、メモリアはおろかアミスターに大きな被害をもたらす所だったのですから、お咎めなしというワケにはいきません。ましてやあの獣車には、マナリース殿下、ユーリアナ殿下も乗っていらっしゃるのですから、国家反逆罪が適用されることも視野に入れておくべきしょう」
「なっ!?」
驚くようなことじゃないでしょう?
マナ様やユーリ様、アテナが同行することも伝えてあるんだから。
「当然でしょう?書状を読んだのなら、マナリース殿下にユーリアナ殿下が同行されることも知っているはずですし、あなたが攻撃したドラゴニアンは聖母竜ガイア様のご息女なのよ?たとえ正当防衛だったとしても、処罰は免れないわ」
ガイア様は温厚な方だから、厳しい処罰を課されることはないと思うけどね。
「そ、そんな……」
「それと、彼は私の婚約者よ。私と婚約者に攻撃したという事実もあるのだから、軽くてもオーダーズギルド除名は確実じゃないかしら?」
ラインハルト陛下やトールマン様からも、ジェザールの処遇については聞いている。
まだ身辺調査の最中だけど、今回の件だけでも十分に処罰は下せるから、早く除名したいと思ってるお二方からすれば余計な手間が省けたっていうところね。
もちろんジェザールを御することができてなかったってことで、オーダーズマスターも処罰は免れないけど。
「大和君、もういいわよ。アテナに降りてきてもらって」
「分かった」
大和君が手を振ると、アテナが降下してきた。
「や、やめろっ!」
だけどその隙をついて、ジェザールが剣を抜き、大和君に斬りかかってきた。
オーダーズマスターが止める間もない素早い動きだったけど、その程度じゃ大和君を傷つけるのは無理よ?
「ば、馬鹿なっ!」
翡翠色銀製の剣を片手で掴んでいる大和君に、驚愕の表情を浮かべるジェザール。
これで調査を待つまでもなく、極刑は決まったわね。
「馬鹿はお前だ。マナやユーリ、リカさんが乗ってるのに攻撃してきただけでも許しがたいってのに、よりにもよってアテナ達ドラゴニアンを魔物だと?そんなふざけたことをぬかした上で俺に攻撃をしてくるってことは、命がいらないってことだよな?」
「ふ、ふざけるな!たかがハンターごときが、メモリアのサブ・オーダーズマスターに歯向かうつもりか!?」
「そのセリフがふざけてるって言ってんだよ」
そう言って自分のライセンスを突き付ける大和君だけど、それを見たジェザールの顔がどんどんと青くなっていく。
「ば、馬鹿な……。MランクハンターどころかOランクオーダー?ま、まさか……まさか貴様が……!」
「フロートから連絡はあったはずだけどな。リカさんの婚約者はOランクオーダーだって。反抗的なサブ・オーダーズマスターとOランクオーダー、果たして陛下やグランド・オーダーズマスターは、どっちの意見に耳を傾けてくれるのかな?」
考えるまでもないわよね、そんなことは。
そもそもジェザールはオーダーズギルド除名寸前なんだから、陛下もグランド・オーダーズマスターも意見を聞き届けるワケがないわ。
しかもマナ様にユーリ様が乗っていると知っていながらアテナを攻撃したんだから、どうにもならないわよ。
「あなたがジェザール・トルビレスね。私達が乗っていると知っていながら攻撃したこともだけど、大和に剣を向けている現状だけでも、あなたには国家反逆罪が適用されるわ」
「さらにこのシルバー・ドラゴニアンが、聖母竜ガイア様のご息女という事実もあります。沙汰は追って伝えますが、あなたは隷属魔法で行動を制限してもらいます」
獣車から降りてきたマナ様とユーリ様が、ジェザールに裁きを伝える。
「なっ!?お、お考え直し下さい!私は魔物からメモリアを守るために、攻撃を加えたのです!まさか殿下方が乗っているとは思わずに!これは不可抗力なのです!」
「そんな言い訳が通用するはずないでしょう?私達の移動方法は伝えてあるんだし、獣車が見えなかったワケがない。ハイクラスなら尚更ね。どうせアテナを攻撃することで獣車を手放させて落とし、その隙を狙って大和を殺し、リカを掻っ攫うつもりだったんでしょ?浅はかすぎるわね」
「……」
無言になるジェザール。
マナ様の言う通りってことね。
もっとも獣車が落ちたりなんかしたら、普通は乗ってる人が助かるワケがないから、その場合は大和君だけじゃなく私にマナ様、ユーリ様まで命を落とすことになってしまう。
普通に王族暗殺だわ。
そんな馬鹿と婚約するなんて、天樹が折れてもあり得ないわね。
「それからオーダーズマスター」
「は、はっ!」
「あなたはしっかりと指示をしていたんでしょうけど、それでもサブ・オーダーズマスターがこんな暴挙に及んだんだから、あなたも処罰は免れないわよ?」
「そうですね。彼を任命したのは前任者と聞いていますし、彼の方がレベルが高いとも聞いています。ですがそんなことは、何の理由になりません。民を守るオーダーとして、恥ずべき行為です」
「……はっ」
神妙な顔してるけど、フロートで聞いた報告だけでもジェザールの横暴は許し難い。
なのにオーダーズマスターは、ジェザールのサブ・オーダーズマスター任命より後に着任し、さらにレベルが低いこともあって強く出れなかったんだから問題だわ。
私がフィールの領代になる前から何度か諫言してるのに、一向に改善されなかったんだから、処罰が下るのは当然ね。
「それと、クリスはどうしたの?」
「そ、その……」
クリスはユーリ様のエスコート・オーダーを務め、先日のアライアンスの際にフィールを守っていた功績があるから、今回メモリアのサブ・オーダーズマスターに任命されることになったと聞いている。
だけどそのためにはジェザールを処分しなきゃならないし、そのための証拠を集めなきゃいけないからクリスはメモリアに来ているんだけど、そのクリスの姿がどこにも見えないわ。
オーダーズマスターが言い淀んでるけど、何か隠してるわね。
「クリスはどうしたのかって聞いてるのよ。それとも、言えない事情でもあるの?」
「……いえ、クリスは現在、ヒーラーズギルドにいます」
観念したのか、オーダーズマスターが重い口を開いた。
ヒーラーズギルドに?
何でクリスが、そんな所にいるの?
「……分かったわ。何があったのかは、クリスから直接聞く。もしクリスに何かあったら、あなたにも相応の処罰が下されるわ。それと、当然だけどクリスの下に行くことも禁じます」
「……はっ」
何があったのかは気になるけど、ヒーラーズギルドにいるってことは命に別状はないと思ってもいいはず。
すぐにヒーラーズギルドに行って、クリスから事情を聞かないといけないわね。
「マナ、こいつはもういいのか?」
「ええ。殺さなければ好きにしていいわよ」
「了解」
マナ様の許可を得た大和君は、翡翠色銀製の剣を握り潰すと同時にニブルヘイムを発動させ、ジェザールを氷り付かせた。
意識がない方が隷属魔法も使いやすいから、今の内に使うべきね。
「誰か、至急プリスターズギルドに連絡してください。彼に隷属魔法を使ってもらいます」
「はっ!」
私の指示に従って、何人かのオーダーがプリスターズギルドに走っていく。
神殿魔法コンストレイティングはハイクラスには効果が薄いから、その上級魔法ハイ・コンストレイティングを使ってもらう必要がある。
だけどハイ・コンストレイティングが使えるのはプリスターズマスター以下数名しかいないから、少し時間が掛かるかもしれないわね。
その前に、これだけは伝えておきましょう。
「近日中に、グランド・オーダーズマスターが来られるでしょう。オーダーズマスターがどうなるかはわかりませんが、サブ・オーダーズマスターの身柄はその時に引き渡します。また、既に後任のサブ・オーダーズマスターは決まっていますから、こちらも同時に着任することになるでしょう」
どよめきが起こるけど、歓迎の声ばかりね。
どうやらジェザールは、私がいない間に好き勝手していたとみて間違いない。
これは調査結果次第じゃ、本当に首を刎ねられることになるわ。
私にも責任があるから、被害を受けた住民にはしっかりと補填しないといけないし、お母様に頼んでメモリアの治安回復を徹底してもらわないといけない。
だけどそれだけというワケにもいかないから、何か考えないとだわ。




