第7階層へ
残ったマクロナリアと対峙しているのはラウス、レベッカ、キャロルの3人だが、そこにユーリ、マリサさん、ヴィオラ、ユリアも援護に加わっている。
マリサさんは瑠璃色銀の両手持ち斧ラピスライト・アックスで、ヴィオラは瑠璃色銀の双剣ラピスライト・バゼラードを使い、近接戦も行ってるな。
さらにユーリが短杖エレメント・ケインを構え、契約している水の精霊ラクスとともに水属性魔法を放ってる。
ユリアだけは魔銀の片手直剣だがレベルも一番低いから、接近させるようなことはさせてない。
ラウスはラピスライト・シールドを使って、よくマクロナリアの攻撃を受け流しているが、決定力が足りないようでマクロナリアに与えたダメージも微々たるものだ。
レベッカもラウスを援護するために矢を射かけているが、マクロナリアの鱗を貫けていないし、キャロルは接近しようかどうか迷っている。
けっこうマズいな、これは。
ハイウルフィーに進化したラウスは体力も魔力も増加しているが、まだ13歳ってこともあって、普通のハイクラスよりは劣っている。
こりゃ余裕かましてみてる場合じゃないな。
「ラウス、マリサ、ヴィオラ!下がりなさい!」
そう思ってたら、先に援護に向かってくれてたプリムが、空からフレア・ニードルを雨のように降らせていた。
それを見たラウス、マリサさん、ヴィオラは、慌てて下がっている。
俺もライトニング・バンドを発動させてマクロナリアの動きを封じておこう。
「あ、ありがとうございます!」
「礼はいい。それより戦ってみた感じはどうだ?」
「体が大きすぎて、こっちの攻撃が全く効いてない感じでした」
距離を取って一息ついたラウスに聞いてみるが、やっぱりか。
ラウスの固有魔法はまだまだ構想段階だから、攻撃力不足を補うとしたら天賜魔法魔獣魔法ぐらいしかない。
その魔獣魔法、属性魔法を魔獣の形にして自在に操る魔法だが、普通に属性魔法を使うより威力は高く、模した魔獣の特性も再現できるみたいだから、下手な固有魔法より使い勝手もいいらしい。
獣族専用の天賜魔法だが、プリムは翼族ってことで羽纏魔法が優先されたらしく、使えないって言ってたが。
「魔獣魔法を使うしかないだろうけど、マクロナリアの巨体に通用するようにするとしたら、それなりに時間がかかるわよね?」
「言う程かかりませんけど、それよりもレベッカが進化できるかどうかの方が問題です。今日中に進化できなかったら、明日は急性魔力変動症で動けなくなるかもしれませんから」
ああ、ラウスが気にしてたのは、レベッカのことか。
確かに迷宮に入ってから、レベッカも39から44にレベルを上げている。
今日だけでここまで上がった訳じゃないが、それでも2日で5つもレベルが上がってるんだから、急性魔力変動症に罹患したとしても不思議じゃない。
「そういうことなら、あいつの攻撃は俺が引き受けるよ。ラウスもけっこう体力を消耗してるから、これ以上は事故が起きないとも限らないしな」
「いえ、それはあたしがやるわ。体を動かすのは久々だから、感覚を鈍らせたくないのよ」
それを言われてしまうと、俺としても何も言えない。
バレンティアに来てからプリムがまともに戦ったのは、このソルプレッサ迷宮に来てからだ。
それも第5階層のレッサー・ドラグーンが相手だったから、ほんの数時間前になる。
それまではみんなの援護に徹してくれてたが、それでも何日もまともに戦ってない状態が続いていたから、感覚が鈍るのも無理はない。
「わかった。じゃあ俺は援護を……」
「ありがたいけど、今回は遠慮しとくわ」
感覚を鈍らせたくないってことなんだから、確かに俺の援護は必要ないか。
「了解。じゃあ俺は、みんなや獣車の方に気を配っておくよ」
プリムなら、俺の援護は必要ない。
実際、オーク・エンプレスはプリム自身の力で倒してるんだから、マクロナリア辺りじゃ、余程の下手を打たない限りは問題ないしな。
「ええ、お願い」
そう言って極炎の翼を広げたプリムは、真っすぐにマクロナリアに向かっていった。
同時に俺は、ライトニング・バンドを解除する。
拘束が解かれたことで、マクロナリアは自分に向かってきているプリムに向かって、大きな尻尾を振り回した。
だがプリムは、その尻尾を結界魔法を使って受け止めると、手にしているスカーレット・ウイングを軽く振るった。
浅く尻尾を斬り付けただけだが、プリムの一撃はあっさりとマクロナリアの鱗を斬り裂いている。
「す、すごいですね……」
「Pランクモンスターの魔力強化を、あんな簡単に……」
ヴィオラとユリアが驚いているが、ラウスやレベッカは慣れたもので、魔法を使うために魔力を集中させている。
ラウスは魔獣魔法、レベッカはアクア・アローだが、いつもよりデカいな。
レベッカも固有魔法はまだ思案段階だから、自分のできることを全力でってところか。
「私も固有魔法はまだ考えていませんが、レベッカのようにできることをするという考えには賛成です」
レベッカの巨大アクア・アローを見ながら、ユーリも水属性魔法を使い始めた。
契約精霊のラクスも手を貸しているようで、水が大きく渦を巻いている。
天賜魔法精霊魔法は従魔魔法や召喚魔法と同じように、契約した精霊を使役する魔法だ。
使役っていうより、手を貸してもらうって言う方が良いか。
契約できる精霊は1体だけだが相性が良くないと契約できないこともあって、使い勝手はかなり良いらしい。
ユーリが契約しているラクスは水の精霊だから、戦闘だけではなく普段の生活でも色々と使えるぞ。
精霊魔法は、契約者の魔力はほとんど使わないって話だしな。
ユーリはラクスの力を借り、重ね掛けしたアクア・ストームを放った。
召喚獣もそうだが、精霊も契約者と魔力を同調させることができるため、精霊の魔法も契約者本人の魔法として扱うことができる。
だから同じ魔法であっても、威力は段違いになる。
とはいえ、マクロナリアはもともと水属性魔法に耐性を持ってるし、この第6階層の個体は氷属性魔法にすら耐える。
さらにユーリのレベルは25だから、P-Rランクモンスター マクロナリアに有効打を与えるのはほとんど不可能。
そんなことはユーリ自身が理解してるから、このアクア・ストームは、マクロナリアを攻撃するために放たれた物じゃない。
耐性があろうと、行動を阻害することは可能だからな。
「ナイスよ、ユーリ!」
ユーリのアクア・ストームは、マクロナリアの視界を覆っている。
マクロナリアは水辺に生息してるから、水で視界を塞いでも効果は薄いが、皆無っていう訳じゃない。
その理由は、マクロナリアを覆っている水には魔力が含まれているからだ。
水属性魔法に限らず、魔法は魔力を使うことで様々な効果を発揮する。
自分の魔力を少し多めに消費することで、赤い火を青とか白とかにしたり、水を黒くしたりといったことも難しくない。
つまりユーリは、水に高い適正を持っているマクロナリアに対して、濃度を濃くした水の渦を使うことで、視界を塞ごうと考えたという訳だ。
その考えは正しかったらしく、マクロナリアは目の前にいるプリムの姿すら見失っているようだな。
「ええいっ!」
そのマクロナリアに向かって、レベッカが普段より大きく作り出したアクア・アローを放った。
正確には魔銀の矢にアクア・アームズを纏わせ、そこにアクア・アローを重ねたみたいだが、普段レベッカが使っているのよりデカいのは間違いない。
ん?
レベッカの魔力が増えた気がするが……おそらく進化したってことだろうな。
レベッカのアクア・アローは進化する前に放った物だから、威力はハイクラスが放つ物より劣る。
だけどレベッカも、自分が進化したことは分かったみたいだから、もう一度同じアクア・アローを作り出し、すぐさま射た。
最初のアクア・アローはレベッカの全魔力を使っていたが、ハイクラスに進化したことで魔力が増えたから、もう一度ぐらいなら可能と判断したようだ。
実際、最初のアクア・アローはマクロナリアの体表を濡らすだけだったが、2射目は見事に胴体に突き刺さっている。
「いっけえええええっ!!」
気合とともに、ラウスが風の狼を模した魔獣魔法を放った。
風はラウスが最も適性を持ってる属性魔法だから、マクロナリアに有効打を与えるために選んだんだろう。
ウルフィーも狼の獣人だから、ラウスからしたら使いやすいのは分かる。
だけど、今回においては失敗だな。
風属性魔法を選んだことじゃなく、狼を選んだことが。
「あっ!」
魔獣魔法を放ってから、ラウスも気が付いたか。
そう、風に狼と、ラウスにとっては最も相性が良く、最も威力が高い組み合わせなのは間違いないんだが、問題なのは大きさだ。
ラウスが放った魔獣魔法 風の狼は、普通の狼より二回りぐらい大きい程度で、しかも1匹だけなんだからな。
「ラウス、自分にとって一番相性が良い組み合わせでも、時と場合によっては悪手になる。今回がそれだな。どうしてもやるなら、最低でもフェンリル並の巨体でないと意味がないぞ」
「はい……」
ラウスの風の狼は右前足に食い付いてるが、マクロナリアの体勢を崩すには至っていない。
本来ならもう一度、今度は巨大な狼か別の魔獣で攻撃させるところなんだが、風の狼に魔力のほとんどを使ったラウスにそれを求めるのは酷だ。
「今回はそれが分かっただけでも、十分収穫だ。これも経験だって思えば、次も同じようなデカい魔物と戦う時でも、対策は取れるんだからな」
「はい。俺にとっては手痛いミスですけど、次があるんなら、必ず活かします」
俺も人の事を言えた訳じゃないが、ラウスは戦闘経験が少ないから、こんなミスをしてしまったってことだろう。
ラウスだけじゃなくウイング・クレストは全員若いし、経験っていう面じゃベテランハンターや各国のトップレイドに比べれば圧倒的に劣ってるから、こういうこともある。
しかも俺とプリムの力押しっていう最終手段まであるんだから、経験を積むっていう意味じゃ他のレイドやユニオンに比べると難しいしな。
だけどラウスは、この経験を必ず次に活かすだろうし、固有魔法にも組み込むだろう。
後はマクロナリアの始末だが、ここはプリムに任せよう。
「プリム、やってくれ」
「了解」
手傷を負ったマクロナリアは、プリムのフレア・ペネトレイターで体を貫かれて絶命した。
「これで全部ね。大和、回収はあたしがやっとくから、みんなをお願い」
「分かった。とはいえ、8匹は俺が回収してあるから、あとはそこのとミーナ達が倒したのだけだぞ?」
天賜魔法念動魔法って、マジで便利なんだよ。
普通は自分より重い物を動かすのがせいぜいで、ハイクラスでさえ10倍程度が限界だ。
だがエンシェントヒューマンに進化してる俺は、マクロナリアの巨体を動かしても大した負担にならなかったからな。
「念動魔法か。そっちも便利だけど、あたしの性には合わない気がするわ」
「天賜魔法だし、合う合わないで使えるもんでもないけどな」
「まあね」
無事に回収を終えて獣車に戻ってきたプリムがそんなことを言うが、天賜魔法は本人の相性に関係なく、生まれる、あるいは進化と同時に授かる魔法だからな。
それはそうと、みんなの消耗が激しいな。
特にハイクラスのみんなは、マクロナリアとの戦闘で魔力を使い切った感じだ。
今戦えるのは俺とプリム、あとはレベッカだが、そのレベッカも進化できたばかりだから、無理はさせられない。
「みんなの消耗も激しいし、今晩は次のセーフ・エリアで野営かしらね」
「しかないな」
次のセーフ・エリアは、すぐそこだっていうのが救いか。
時間的にも、第7階層への入り口っていう可能性も無きにしも非ずだが。
「そこは運を天に任せるしかないわね」
「だよなぁ」
ソルプレッサ迷宮に限らず、迷宮は狩人魔法マッピングで地図を記録できるし、第4階層もレッサー・ドラグーンを狩るためにハンターが出向くことがあるから、第4階層まではかなり詳細な地図を買うことができる。
だけど第5階層以下に出向くハンターはほとんど皆無に近いから、地図なんてものは無い。
俺達もマッピングを使って記録してはいるが、それも通ったとこだけしか記録されないから、辿り着いてないセーフ・エリアの様子なんてのは一切分からない。
だから次のセーフ・エリアが第7階層への入口かどうかは、プリムの言うように運を天に任せるしかない状況だ。
まあ第7階層への入口じゃなくても、ここまで来るハンターはいないから、夜番をする必要がないってだけでもありがたいか。




