ソルプレッサ迷宮
エレファント・ボアを討伐した翌日、俺達はエオスの抱える獣車に乗って、ニズヘーグ公爵領にあるソルプレッサ迷宮に向かった。
今回ソルプレッサ迷宮に行くことは、フォリアス陛下にも伝えていない。
ハンターが迷宮に行くことは自由だから伝える必要はないし、ナールシュタットの耳に入ったら妨害されるに決まってるからな。
まあ妨害してこようと、中に入ってさえすればどうとでもできる自信があるが。
「見えてきました。あれがソルプレッサ迷宮です」
「ニズヘーグ公爵領にあるって聞いてはいたけど、街からは離れてるのね」
ソルプレッサ迷宮は、ソルプレッサ連山の麓にあった。
領都ニズヘーグからは、徒歩でも3時間は掛かる距離らしい。
迷宮から魔物が溢れる迷宮氾濫の可能性があるから、街から離れてるってのは分かるが、それでも離れすぎじゃないか?
「迷宮氾濫も怖いですけど、それより怖いのは、ソルプレッサ連山に生息している亜竜達ですからね。だからこれが限界だったみたいですよ」
リディアが説明してくれたが、確かにソルプレッサ連山にはドレイク種、サウルス種っていう亜竜が生息している。
しかも浅いとこにも普通にいるから、名うてのハンターでもソルプレッサ連山には滅多に登らない。
ドレイク種はフェザー・ドレイクやアーマー・ドレイク、ファング・ドレイクっていう、全長5メートルにも満たない小型のドラゴンのことだが、サウルス種は聞いた限りじゃ地球にいた恐竜だ。
ワイバーンやグラントプス、プレシーザーもサウルス種に分類されてるが、デカいやつは何十メートルっていう巨体な上に魔法まで使ってくるそうだから、そんなのがうようよいる山の近くに街を作るなんて、さすがに無理が過ぎるか。
「だけどソルプレッサ迷宮って、確か亜竜が多いんでしょ?氾濫だろうと山から下りてこようと、そんなに違くない?」
マリーナの疑問ももっともだが、迷宮氾濫は人が入らない迷宮で起こりやすい現象だから、ソルプレッサ迷宮みたいに常に人が入ってる迷宮だと、その可能性はほとんどない。
さらに迷宮核を回収できれば、氾濫を事前に防ぐこともできるようになるそうだ。
だから各国は、入手した迷宮核を王城で管理し、兆候があればすぐに対処できる体制を整えている。
同時に未攻略の迷宮も把握することで、危機管理と資源管理を行っているそうだ。
「つまり迷宮核を回収できれば、ソルプレッサ迷宮が氾濫を起こすことはなくなるんですね」
「ええ。だからニズヘーグの街も、迷宮氾濫よりソルプレッサ連山の方を警戒しているんだと思うわ」
ラウスの疑問に答えるマナ。
とはいえソルプレッサ迷宮は、確か150年以上前に出来た迷宮らしいし、最下層に辿り着いたのは一度だけみたいだから、まったくの無警戒ってこともないだろうが。
「では降下します」
「ああ、頼む」
エオスには、ソルプレッサ迷宮の近くに降りてもらうことにしている。
俺達がソルプレッサ迷宮入れば、必ずナールシュタットの耳にも入るだろうからな。
それなら有無を言わせずに入ることで、ナールシュタットが手出しできないようにしてしまった方が良い。
最下層までは、最短だと2日ほどで着くそうだから、できれば今日中に第4階層か第5階層までは行っておきたいもんだ。
「降下完了です」
「ありがとう」
無事に降下し、獣車にジェイドを繋ぐ。
ソルプレッサ迷宮は獣車のまま入れるそうだから、移動も楽だ。
「と、止まれ!」
迷宮の入り口に差し掛かると、衛兵に止められた。
迷宮は国に管理されてるから、衛兵がいるってのは分かる。
だけどハンターぐらいしか入らないから、ハンターズギルドの職員もいるって聞いてたんだけどな?
「ご苦労さん。はい、ライセンス」
予定通り、俺のライセンスを見せる。
ハンターが迷宮に入る際は、ライセンスを提出する規則になってるからだが、他にも誰が迷宮に入っているのかも記録している。
俺がライセンスを見せた理由はウイング・クレストのリーダーだからで、全員入ることを伝えれば、それで終わりだ。
「エンシェントヒューマン!?」
「あ、こいつ、確か!」
「ん?」
そのはずだったんだが、どうも何かありそうだ。
「領主様から通達があった。エンシェントクラスを擁するレイドは、ソルプレッサ迷宮に立ち入ることを禁じられている」
「はあ?」
迷宮に入ることが禁止?
しかも領主からの通達?
って、ナールシュタットが先手を打ってたってことかよ!
「領主がハンターの迷宮入りを禁じるなんて、聞いたことないわよ?」
「そうですね。理由をお聞かせ願えますか?」
ハンターが迷宮に入って魔物を倒し、それを持ち込むことで素材が手に入るんだから、ハンターの迷宮入りを拒む理由はない。
なのにほとんど名指しで禁じるってことは、ドラグニアでのやり取りが原因なんだろうな。
アテナと婚約したことを公表したのは昨日だから、そっちはまだ関係ないと思うが。
「知らんな。領主様が禁じた以上、俺達はそれに従うまでだ」
「それともハンター風情が、領主様に逆らうつもりか?」
この衛兵達も問題あるな。
マナとユーリはアミスターのお姫様だって名乗ってないが、俺のことを伝える以上、知っていてもおかしくはない。
ここでアミスターの名前を出すと問題になるのはわかるが、それでもこの対応はどうかと思う。
ああ、エンシェントクラスを擁するレイドって言ってたから、別に俺達のことを知らなくても問題無いのか。
「なら、これを見ても同じことが言えるの?」
「書状?こんなものを見せられても……!?」
マナが書状を見せると、衛兵の顔色が変わった。
そりゃそうだろう。
なにせその書状は、フォリアス陛下が用意してくれた、国内の街の入場許可証なんだからな。
さすがにフォリアス陛下も、俺達が迷宮入りを禁止されるとは思ってなかっただろうからそこまでは許可されてないが、ハンターの迷宮入りを禁止するなんて、普通は考えない。
「りゅ、竜王陛下の!?」
「この書状には迷宮に関しての記載はないけど、ドラグニアに戻ればすぐに発行してくれるでしょうね。その上で聞くわ。ナールシュタットはフォリアス陛下よりも偉いの?」
「……」
返答は無し、か。
領主が領主なら、衛兵も衛兵ってことかよ。
「別にいいけどね。行きましょ、大和」
「そうだな。ああ、邪魔するようなら、こっちも相応の対応を取らせてもらうからな?」
少し魔力を解放して、脅しをかけておく。
ナールシュタットには報告が行くだろうがそれは想定内だし、迷宮に入ってしまえばどうとでもなる。
そもそもナールシュタットが俺達を迷宮に入れたくない理由は、迷宮核を奪取されるかもしれないって考えてるからだろうな。
迷宮核があれば迷宮氾濫はなくなるし、しっかり管理すれば魔物の出現も安定させることが出来るようになるって話だから、普通なら迷宮核の回収は歓迎されるべきことだ。
だがナールシュタットは、ほぼ間違いなく自分で迷宮核を管理したいだろうから、既に敵対していると言ってもいい俺達に迷宮に入られたくないってことなんだろう。
知ったことじゃないが。
衛兵達は不満そうな顔をしているが、俺達を止めようとはしてこない。
ここで俺達を追い返したら、今度は本当にフォリアス陛下から許可証をもらってくるつもりだし、何より自分達が処罰されるって考えてるだろうから、止めるに止められないってとこか。
腹立ったから、しっかりと報告して処罰してもらうつもりだけどな。
「思ってた以上に、バレンティアって荒れてるわね」
「私も、ここまでとは思ってませんでした」
「あたし達も、ドラグニアからほとんど出なかったからね」
リカさんの呟きに呆れ顔で返すリディアとルディアだが、ここまで好き勝手なことをされてるとは思わなかったんだろう。
「貴族が力を持ち過ぎね。特に東側の貴族は、竜王家を軽視しすぎだわ。早めに手を打たないと、本当に国が割れるわよ?」
「というより、既に国が割れていると言ってもいい状態です。エトラダを含む東側はナールシュタット公爵の権勢が強すぎますから、ソルプレッサ迷宮の迷宮核をフォリアス陛下に献上することは、ナールシュタット公爵の権力を削ぐだけではなく、アミスターに対する後顧の憂いを断つことにも繋がるでしょうね」
マナとユーリの意見に、リカさんやミーナ、マリーナも首を縦に振る。
もしバレンティアが東西で分裂してしまえば、バレンティアの内戦だけじゃなく、アミスターとの関係にも緊張が走ることになる。
レティセンシアやバリエンテとの問題がある以上、さらに南でも問題が起これば、いくらアミスターでも対処は難しいからな。
「最初はどうかと思ってたんですけど、そう考えるとソルプレッサ迷宮の迷宮核を手に入れることって、アミスターを守ることにも繋がるんですねぇ」
「ええ。さすがに三方で同時に問題が起きたりしたら面倒なことになりかねないし、ソレムネやアバリシアが、その隙を見逃すとは思えないもの。だから絶対、迷宮核は手に入れるわよ」
レベッカが納得しマナが補足するが、俺もその通りだと思う。
北からレティセンシア、西からバリエンテ、南からバレンティアなんて、普通に面倒だからな。
さらに東からアバリシアなんてことになったら目も当てられない。
ソレムネはどこから、しかも何をしてくるか分かったもんじゃないからこっちも警戒が必須だし、ここでナールシュタットを押さえておけば、南の警戒度は下げられるだろう。
そんなことを話しながら、俺達はジェイドが引く獣車でソルプレッサ迷宮に入った。
どこの迷宮も入口は石造りの建物で、古代ギリシャ神殿みたいな感じになっている。
最初は何事かと思ったんだが、迷宮が生まれると突然こんな神殿様式の建物が出来るそうだから、迷宮が生まれたことはすぐに分かるんだと。
そりゃすぐに分かるだろうよ。
「ここが迷宮ん中なのかよ……」
「すごいですね……」
エドとフィーナが驚いているが、その気持ちは俺もよく分かる。
なにせソルプレッサ迷宮第1階層は、驚いたことに草原だったんだからな。
一応ソルプレッサ迷宮の情報はドラグニアで仕入れてきているが、見ると聞くとじゃ大違いだな。
「いきなり草原とは面倒だが、遮蔽物がないから少しは楽か」
「そうね。でもソルプレッサ迷宮はBランク以上の魔物しか出ないそうだから、油断はできないわよ」
プリムの言う通りで、ソルプレッサ迷宮は第1階層からBランクモンスターが出てくるんだが、凶悪なことに半分ぐらいはSランクモンスターだとも言われている。
さらに第2階層はほぼSランク、第3階層はGランクで、第4階層になるとPランクのレッサー・ドラグーンが稀に現れる。
さらに第5階層はPランクが増え、第6階層はPランクのみとなり、最下層の第7階層に至ってはMランクの巣と言われてるから、普通のハンターは第1階層しか探索せず、ハイクラスが複数いるレイドが第2階層まで行くことがある程度だ。
稀に複数のレイドが協力して、第4階層のレッサー・ドラグーン討伐に行くこともあるらしい。
とはいえ油断していると、ハイハンターでもBランクモンスターに倒されることがあるから、警戒はしっかりとしとかないとだな。
「確か第2階層へは、南に2時間ぐらい進んだとこだったか?」
「ええ。何ヶ所かあるみたいだけど、そこが一番近かったはずよ」
「よし。それじゃ行くか」
ジェイドに指示を出し、リカさんが指定した第2階層への入り口を目指す。
第4階層まではハンターズギルドで地図を買うことができるから、ちゃんと買ってきてあるぞ。
「なんつーか、こうやってると迷宮ん中とは思えねえな」
「だね。普通に獣車で旅をしてるって感じがするよ」
「それには同感ね」
30分程進むと、エド、マリーナ、アプリコットさんが口を開いた。
確かに今んとこは魔物も出てきてないし、普通に草原を進んでるだけって感じだから、その感想もわからなくもない。
第1階層にいるハンターは多いし、何人かとすれ違ってもいるんだがな。
「別に素材狩りだけが目的じゃないし、あんまり第1階層で手間取るわけにはいかないから、戦わないで済むならそれでも構わないでしょ」
「その分、早く進めるもんね」
プリムとルディアの言う通り、俺達は素材狩りだけじゃなく、攻略も目的だ。
俺とプリムの魔力に耐えられる、Mランクモンスターの素材は手に入れたいからな。
そのMランクモンスターも第6階層辺りまで進まないと出て来ないから、早く進めるんならそれに越したことはない。
第1階層でモタモタしてたら、さっきの衛兵達が邪魔してくるかもしれないしな。
「まあな。んじゃ俺達は、アテナとエオスの武器の製作に戻るか」
「アーマーコートもあるしね」
「急がせて悪いな」
「稼がせてもらってるわけだから、特に文句はねえよ」
そう言って自室に戻るエド、マリーナ、フィーナの3人。
3人が作ってくれた武器や防具は、ちゃんと買い取っている。
そうしないとクラフターが飼い殺しになるし、ユニオンを組む際にしっかりと決めたことでもあるからな。
それでも相場より安くしてくれてるみたいだが。
今はアテナの槍とエオスの手斧、アーマーコートを作ってくれてるんだが、さすがに攻略中に完成させるのは武器かアーマーコートのどっちかだって言われてる。
まあ昨日頼んだばかりだから、仕方ない話ではあるんだけどな。
「一応エオスの斧は、予備を含めてそれなりの数を用意してあるけど、足りるかしら?」
「全力で戦い続けていれば足りないでしょうが、大和様とプリム様がおられますから、おそらくは大丈夫かと。その代わり、あまり戦えなくなってしまいますが」
「それは仕方ないわ。でもエオスって、剣とか槍とかも使えるのよね?」
「それなりには、ですね。ですが何故、そのようなことを?」
マナの質問に首を傾げるエオスだが、剣や槍も使えるんなら、俺とプリムのストレージに入ってる翡翠色銀製の試作武器を使ってもらうのもアリだな。
どっちにしても慣れた武器じゃないから、無理をさせるワケにはいかないが。
その後、一度だけBランクモンスター アーマー・ドレイク3匹と出くわしたが、1匹はマナと召喚獣達が、1匹はリディアとルディアが、最後の1匹はラウスとレベッカ、キャロル、ユリアが、あっさり倒してたな。
出会ったハンターは30人を超えてたから、一度だけとはいえ戦えたのは幸運だったのかもしれない。




