竜都での担当職員
Side・リディア
「すいません、ヘッド・ハンターズマスター。これ、何かの物語とかじゃないですよね?」
ラインハルト陛下とアミスターのヘッド・ハンターズマスター シエーラさんの書状を見てそんなことを言い出したのは、私とルディアの友人で、ハンターズギルド・バレンティア本部の職員をしているレミーです。
と言っても書状を読むにつれて小刻みに、読み終えた今ではガタガタと真っ青になりながら震えていますから、終焉種が2体も現れたという絶望的な状況を想像してしまっているのでしょう。
私達より2つ年上の地竜のドラゴニュートで、レベルも34、実力も十分現役で通用する腕前なのですが、バレンティアのヘッド・ハンターズマスター カナメさんに誘われたこともあって、職員として雇われた経緯があります。
レミーの場合、所属していたレイドが少数で、そのレイドが解散してしまったことも職員に誘われた一因なんですが、職員だからといって狩りをしないワケではありませんから、下手なレイドを組むよりも安全性は高いです。
なにせハンターズマスターを含む職員同士が、レイドを組んでいるようなものですから。
「あのねレミー、この書状、アミスター新王陛下とヘッド・ハンターズマスターからの物なのよ?気持ちはよく分かるけど、そんなワケないでしょう?」
カナメさんが呆れ顔で答えますが、心の中ではレミーの意見を肯定したいはずです。
私達もそうなんですから。
「確かにそうなんですけど、でもこの内容、さすがに信じられませんよ?」
「その気持ちも心から理解できるけど、確固たる証拠もあるってことだし、何よりフィールのハンターズギルドに死体がしっかりと持ち込まれてるそうだから、少なくともオーク・エンペラーとオーク・エンプレスの死体が持ち込まれたことは紛れもない事実よ」
証拠の魔石は、しっかりと天樹城の宝物庫に、厳重に保管されていますね。
死体は、フィールのハンターズギルドも持て余してるでしょうが。
なにせ亜人は、素材になる所が皆無と言っても過言ではありませんから。
かといって初めて討伐に成功した終焉種なのですから、無造作に捨てるワケにもいきません。
おそらくはストレージバッグの中で保管して、来るべき時が来たら剥製にでもするんじゃないでしょうか?
焼け焦げて、お腹の辺りに大きな穴が開いてるオーク・エンプレスの方は厳しいでしょうけど。
「諦めて、レミー」
「ルディア……」
全てを悟ったような目をしてレミーの肩を叩くルディアですが、私も同じことしか言えません。
バレンティア滞在は数日、長くても2週間ぐらいの予定ですから、さすがにフィールやフロートのような無茶はしないと思いますが……いえ、大和さんもプリムさんもソルプレッサ連山に行きたがってますから、もし行くような機会があれば、似たような結果を出してしまいそうですね。
「そういうわけだからレミー、ウイング・クレストの担当はあなたよ。この話を聞いた以上、退路はありませんからね?」
「そんなっ!?」
絶望的な顔をするレミーですが、その気持ちも分かります。
ですがなし崩し的に私達の担当になってしまったフィール支部の職員カミナさんに比べれば、まだマシだと言えます。
まあ私達が加入した頃にはカミナさんはおろか、フィールの人はほとんどが大和さんとプリムさんの仕出かすことに慣れきってしまって、異常種や災害種でも大して驚いてませんでしたが。
「それと、これはアミスターの機密でもあるし、場合によってはバレンティアにも大きな被害を齎す可能性があります。よって第一級の守秘義務を課します」
「そ、それってこちらのプリムさんが、実はエンシェントフォクシーだってこともですか?」
既にレミーには、プリムさんのハンターズライセンスも見せています。
プリムさんのレベルは非公開ではありますが、Pランクハンターだということは隠しようがありませんからレミーも知っています。
それでもレベルが68と他のPランクハンターより高く、しかもエンシェントフォクシーに進化していたとは思ってもいなかったようです。
プリムさんは大和さんと同じ17歳ということもあって、Pランクという時点であり得ないんですから、無理もありませんけども。
「そうよ。もちろん彼女がMランクになってしまえば隠し切れないんだけど、その場合でも積極的に広めることは禁止します」
「い、いくらなんでも、そんなことは……」
「ない、って断言できる?」
「……」
カナメさんに反論を封じられたレミーですが、大和さんとプリムさんがハンターズギルドに登録したのは2ヶ月ほど前で、その頃はお2人ともハイクラスでした。
大和さんはレベル57、プリムさんはレベル49だったそうですから、2ヶ月足らずで20近くレベルを上げていることになります。
ハッキリ言ってそんな話は、ノーマルクラスでも聞いたことがありません。
ですが私も、大和さん達にお会いした時はレベル32だったのですが、わずか1ヶ月ほどでレベル45になってしまいましたから、プリムさんがすぐにMランクにならないとは言い切れません。
なにせレベルアップのスピードは、大和さんより上なんですから。
「それと、今日は体調不良で休んでるそうだけど、もう1人凄い子がいるらしいわよ」
「ま、まだいるんですかぁ?」
今にも泣き出しそうなレミーですが、ある意味ではそのもう1人の方が厄介でしょう。
なにせラウス君はまだ13歳なのにレベル42ですし、本当にバレンティアにいる間にハイウルフィーに進化してしまう可能性があるんですから。
「リディア……」
「何?」
「ウイング・クレストって、化け物の巣窟なの?」
酷いことを聞いてくるレミーですが、否定できないのが辛いところですね。
なにせ終焉種を単独討伐できるエンシェントクラスが2人もいるんですから、その時点で反論の余地がありません。
加えてその弟子がハイクラスに片足を突っ込んでいますし、私達姉妹やマナ様もすぐにハイクラスに進化してしまい、他のみんなもすごい勢いでレベルを上げているんですから、このままいけばヘリオスオーブ最強レイドとして長く君臨してしまうことになる気がします。
「言っとくけど、おかしいのはこの2人だけだからね?あたし達やマナ様は、他のハイクラスとそんなに変わらないからね?」
私だけではなく、マナ様も力強く頷きます。
確かにSランクやGランクモンスターを少数で倒したことはありますが、それはあくまでも武器が瑠璃色銀製で、魔力を制限する必要がなかったからです。
似たような性能の翡翠色銀、青鈍色鉄の武器を使っているホーリー・グレイブ、トライアル・ハーツ、ライオット・フラッグのハイクラスも、少数でSランクモンスターを倒していますし、ラインハルト陛下や王妃のエリス殿下、マルカ殿下だって3人でGランクモンスターを倒していますから、実力に差はないどころか、経験の差分で私達より上だって断言できますよ。
「というかレミー、あなた本人の前で、よくそこまで言えるわね?」
「え?……あっ!ご、ごめんなさいぃぃぃっ!!」
リカ様にツッコまれ、真っ青になって頭を下げるレミー。
地に頭を擦り付けるんじゃないかという勢いで土下座までしています。
「いや、まあ、俺達も行く先々で言われてることだしな」
「そうよね。というか、レミーはまだマシな方よ」
黙って話を聞いていた大和さんとプリムさんが、苦笑しながらそんなことを言っています。
確かにレミーは失礼なことも言っていましたが、驚きの方が勝っていましたし、特にお2人を貶したとか、そういうワケではないですからね。
「というワケだから、あたし達の担当、よろしくね?」
「……はい」
ドラグニアでの私達の担当が決定した瞬間です。
私達がフィールに戻ってからになりますが、カナメさんとレミーはアミスターのハンターズギルド総本部に出張し、天樹城に保管されている終焉種の魔石も見に行くことに決まりました。
証拠も見ておくべきだというラインハルト陛下やシエーラさんの判断ですが、表向きはウイング・クレストの扱いについて、トラレンシア、アレグリア、リベルター、バシオンのヘッド・ハンターズマスターと協議するということになっています。
表向きとはいえエンシェントクラスが2人もいるんですから、そっちも大きな問題ですしね。
バリエンテのヘッド・ハンターズマスターは立ち位置が不明ですから呼ばないそうですし、レティセンシアはハンターズギルドが撤退しています。
ソレムネに至ってはギルドそのものがありませんし、何より敵国扱いですから、最初から呼ぶつもりはないみたいですね。
「じゃあ大和さんはもちろん、そのラウス君に関しては、特に隠すようなことはないんですね?」
「ないな。問題になるのは、プリムのことと終焉種のことぐらいだ」
話が進んでますね。
今はレミーに、どの程度までなら公開してもいいのかを説明しているところです。
大和さんはレベル72のMランクハンターですが、同時にアミスターのOランクオーダーでもありますから、隠すどころか積極的に広めておいた方が良いです。
ラウス君は問題ですが、それでもハイクラスに進化したいと思ってる理由は婚約者のレベッカちゃんとキャロルさんを守りたいっていう想いからですから、結局は広めておいた方が良くなります。
ですがプリムさん、そして終焉種のことは、バリエンテやソレムネが何をしてくるかが分かりませんし、下手をすればバレンティアだって巻き込まれてしまいますから、レミーの責任はけっこう重大なんです。
「あと、万が一プリムがMランクに昇格するようなことになったら、可能な限り伏せてくれ。その場合は、アミスター国内で昇格したって形に持っていくそうだから」
現在レベル68のプリムさんですが、近い内に間違いなくMランクに昇格するでしょうし、バレンティア滞在中にという可能性も低くありません。
大和さんはそんなことはないと思っているようですが、私達からすればいつ昇格してもおかしくないと思っています。
ですからその場合、プリムさんの昇格手続きはバレンティアでは行わず、フィールに戻ってから行うことにしているんです。
どこで昇格手続きをしたのかは調べれば簡単にわかりますし、その場合はバレンティアも関与していると疑われる恐れがありますから、少しでもその可能性を減らすための苦肉の策でもありますが。
「それは私としても助かりますけど、そうなるとプリムさんはPランクのままですから、報酬もそっちになっちゃいますよ?」
「構わないわ。幸いお金には困ってないし、バリエンテにあたしのことが漏れることに比べたら全然マシだもの」
MランクとPランクでは、当たり前ですけど報酬が異なります。
指名依頼の場合、Sランクは10万エル、Gランクは20万エル、Pランクは30万エル、Mランクは40万エルが最低額になっていますから、差額も最低で10万エルあります。
普通なら文句の1つも出る内容なんですが、フィールやフロートでの乱獲でお金に困ってないのも間違いないんです。
なにしろレイド資金だけで1,000万エル近くありますし、その資金を稼ぎ出したのはほとんどが大和さんとプリムさんです。
個人的な取り分だけでも、300万エル近くあるんじゃないでしょうか。
ですからバリエンテに、プリムさんの情報をできるだけ知られないようにしても、何の問題もないんです。
「ところでこの話、ライバートさんには伝えなくてもいいんですか?」
話を聞き終え、詳細も詰め終えたあと、レミーがライバートさんにも言及してきました。
個人的にはお伝えしてもいいと思ってるんですが、Pランクとはいえ一介のハンターに伝えても良いかは、私では判断できませんね。
「ラインハルト陛下の書状に書かれてなかった?ウイング・クレストの扱いについて、アミスターにヘッド・ハンターズマスターが集まることになってるでしょう?」
「なってますね。私も付き添いっていう名目で参加かぁ」
遠い目をするレミーですが、そんなことでアミスターに行くことになるとは思わなかったという顔ですね。
「できればだけど、バレンティア、トラレンシア、アレグリアはPランクハンターも連れてきてほしいってあるのよ。だからドラゴネス・メナージュが来るって言えば、教えることになるわね」
ドラゴネス・メナージュというのは、ライバートさん、カリスさん、クレタさんのレイド名です。
3人だけのレイドですが、同じハイハンターでもライバートさん達の実力や経験は飛びぬけていますから、足手纏いになってしまうようなんです。
ですから夫婦だけでレイドを組み、普段の狩りや弟子の育成をされているんです。
「Pランクハンターがアミスターに集結ですか。それもとんでもない話ですけど、本当に来れるんですか?」
「そこは国の意向も絡んでくるから何とも言えないけど、この話を聞けば来ると思ってるわ」
でしょうね。
なにせ新たにエンシェントクラスが2人増え、終焉種の単独討伐、しかも途中にいた災害種は通りすがり様に一蹴という意味不明な実績を持ってますから、Pランクハンター達が興味を持たないワケがありません。
特にアレグリアのPランクハンターはグランド・ハンターズマスターの直弟子ですから、既に話を聞いている可能性すらあります。
「王代となられたアイヴァー陛下から、新技術の武器を下賜されることにもなってるんだから、来ないワケがないわ」
え?そうなんですか?
「下賜って言ってもPランクの3人、あとはライバートさんの奥さん達、それとヘッド・ハンターズマスターだけですけどね」
「それでも十分よ。そもそもセルティナ様とヒトミ様は、今はレイドを組まれていないしね」
セルティナ・セルシュタール様はトラレンシア所属のレベル65のハイラミア、ヒトミ・カナルフォート様はアレグリア所属のレベル63の女性ハイヒューマンです。
ちなみにライバートさんはレベル62になります。
セルティナ様もヒトミ様も100歳近い高齢ですから、レイドは組まれていません。
言い分としては、若い人と足並みを揃えるのが大変だとか、自分のペースを崩したくないとからしいです。
「となると、ある意味じゃライバートさんよりは動きやすいのか」
「セルティナ様はヒルデ姉様の曾祖母だから、国の意向も無視はできないけどね」
「ヒトミ様も、確か客人の子孫じゃありませんでしたか?」
「ええ。シンイチ様の子孫ね。6代か7代先らしいけど、それでもシンイチ様がアレグリアに行かれた時に生まれたらしく、名付け親になられたって聞いてるわ」
そんなことがあったんですね。
ヘリオスオーブは一夫多妻ですから、客人の子孫も探せばけっこう見つかりそうなものなんですが、アミスターとトラレンシアの王家以外は時間と共に記憶が薄れているようで、自分は客人の子孫だって言い張るような人は少ないんですよ。
だから客人の子孫は、現在ではアミスター王家、トラレンシア王家、アレグリアのカナルフォート家、バシオンのミブ家が直系とされていて、後は系譜を遡ってみないとわからないんです。
とはいえ、貴族ならともかく、一般人の家にはそこまでの系譜はないんですが。
それにしても、Pランクハンターやヘッド・ハンターズマスターに武器を下賜するなんて、思い切ったことをされますね。
確かにアミスターの友好国ですし、関係も良好ですから大丈夫だとは思いますが、リベルターは少し危なくないですか?
まあ翡翠色銀と青鈍色鉄は、バレンティア、トラレンシア、アレグリア、バシオンには公表されてますし、直にリベルターにも条件付きで公表されるでしょうから、私が心配するようなことではないのかもしれませんが。




