アーク・オーダーズコート
「という訳で、こいつを打ってみた」
「いや、何がだよ?」
ラインハルト陛下達との狩りから2日が経った。
今日もイデアル連山で狩りをしてきた俺達だが、残念なことに、非常に残念なことに今日の成果はいまいちだったな。
フェザー・ドレイクは行きしなに群れを見つけることができたから20匹近くまとめて狩れたんだが、宝樹に付近で狩れたのはヘビーシェル・グリズリー3匹だけだ。
さすがにグリフォンがいるとは思わなかったが、宝樹は100メートル以上あるし、幹回りも貴族の屋敷並かそれ以上あるから、まだ魔物はいるはずなんだけどなぁ。
ん?
ちょっと待てよ?
この数日で、かなりの数を狩っているはずなんだが、例え宝樹を巣にしてたとしても、どう考えもあの数がいられる大きさじゃないよな?
確かに宝樹はデカいが、それでも多分、東京タワーの半分ぐらいだろう。
グリフォンは4匹だったから問題ないが、スカイ・サーペントは5メートル以上あるし、それだけで50匹以上は狩ってるんだから、普通に考えたら、木の枝を巣にしてたとしても入りきらないよな?
なんか理由でもあるのか?
……まあいい。
仮に理由があったとしても、しばらくはイデアル連山に行くことはないだろうから、次の機会があったら調べてみよう。
そんな訳で、ハンターズギルドでフェザー・ドレイクを含めて売っぱらって天樹城に戻ってきたんだが、サロンで寛いでた俺に向かって、開口一番訳のわからんことをほざいてきたのがエドだ。
新しく瑠璃色銀を精製したのはいい。
王代陛下に全部献上しちまってるから、使いたければ精製するしかないんだからな。
だけどその瑠璃色銀を使って、何で細剣なんか打ってるんだよ?
しかもその細剣、こないだ王代陛下がエリス様に打ったのと、デザイン違くないか?
「あのな、明後日にはバレンティアに向かうんだろ?なのにお前らはともかく、領主でオーダーのリカ様が丸腰って、さすがにないと思わねえか?」
そう言われると返す言葉がないが、そもそもリカさんは俺の婚約者の1人としてバレンティアに行くんだし、無理に戦う必要はないと思ってるんだが?
いや、武器の1つでも持ってた方が良いって意見には賛成なんだけどな。
「あたしも必要だと思うよ。そもそもリカ様だってオーダーなんだから、剣が使えないってことはないんだし、護身用が大和の贈った婚約の短剣だけってのはさすがにないって」
マリーナにもそう言われてしまって、確かにそうだと思い至る。
リカさんはCランクのアウトサイドとはいえ、オーダーズギルドに登録している。
アウトサイド・オーダーだからオーダーの通常任務や訓練義務は課せられてないが、有事の際は戦うことが義務付けられてるんだから、戦えない訳がない。
王都にいる間はフィールや自分の領地の引継ぎなんかで動けなかったが、バレンティア訪問中は竜王や聖母竜に謁見する以外はフリーに過ごせるから、そこでレベルを上げてもらっておくのも悪くないな。
「確かに俺の考えが足りなかったな。悪い、助かった」
「気にすんな。俺も楽しんでやってるんだからな」
「あたしもエドと同上」
それでも助かってるのは間違いないんだよ。
「これで足りるか?」
ストレージから取り出した白金貨1枚を、エドに向かって親指で弾く。
「さすがに多すぎだろ」
「瑠璃色銀の精製からなんだから、こんなものじゃないかな?王代陛下やリチャードじいさんじゃなく、エドが打ったんだし」
そりゃPランククラフターの王代陛下はもちろん、Aランククラフターのリチャードさんが打った剣なら、もう1枚白金貨追加してるって。
それにエドが打った剣だって、十分実用的な性能があるってのは知ってる。
比較対象がリチャードさんやタロスさん、王代陛下ってだけなんだからな。
「それに、これは俺からの気持ちも含まれてるからな。オーダーのリカさんに武器を作ってなかったのは、明らかに俺の手落ちだろ?」
「そりゃな。わかった、今回は受け取っとく。まあ毎回の狩りでアホみたいに稼いでるお前からすれば、白金貨の1枚や2枚は端金なんだろうけどな」
まあ、否定はできないな。
王都に来てからの狩りで、既に神金貨5枚分ぐらいは稼いでるし、褒賞金はその5倍ぐらい貰えてしまったから、フィールに戻ったら家を買うどころか新築することすら余裕になってしまっている。
今は使う機会がないから溜まる一方だってのもあるが、いい加減使わないと国の経済を圧迫しちまいそうな気もしてきてる今日この頃だな。
だけどこの細剣は助かるから、後でリカさんに渡しておこう。
「それとキャロル様なんですが、ドナート伯爵を説き伏せることに成功したみたいですよ」
フィーナが、先日助けたキャロル嬢のことを教えてくれた。
成功したのか。
「何となく、そうなる気はしてたけどな。というか、娘を可愛がってるドナート伯爵が、よく許可したな」
「そりゃラウスのためってことでしっかりとSランクヒーラーになっちまったし、説得にはサユリ様まで向かったって話だから、いくら娘にベッタリとはいえ折れるだろうよ」
サユリ様までかよ。
いや、気持ちは分からなくもないんだが、だからって元王妃様が出張るような問題でもない気がするんだが。
「奥さんの1人の妊娠が分かったとはいえ、後継ぎはキャロル嬢しかいなかったんだから、結婚するにしろシングル・マザーになるにしろ、子供はなんとかしなきゃいけなかったでしょ。なのに、いつまでも父親が可愛がり過ぎてると婚期を逃すし、キャロル嬢には害悪にしかならないって言い切ったらしいよ。実際その通りで、娘は嫁にやらんって言ってたこともあるらしいからね」
いや、嫁にやらんて、普通にお家断絶でしょ。
初めて会った時は歴戦の猛者って印象だったのに、その話を聞くとただの娘馬鹿にしか聞こえんぞ。
「キャロル様もご自分が後継ぎであることは自覚されていますし、いずれは子供を生まなければならないことも理解しているんですけど、できれば結婚はしたいと思っていたそうですから、時々お父様のことは煩わしく思ってたみたいですね」
だろうな。
元々結婚願望がある上、ラウスに助けられたことで結婚相手として見初めてしまった形なんだから、過保護な父親が嫌われるって流れになるのは地球でもままあった話だ。
キャロル嬢がそうとは限らないし嫌われたかもわからないが、ドナート伯爵が受けたダメージは相当なものだろう。
「で、さっきまで天樹城にいたんだよ。ラウスと模擬戦やってたぞ」
病人に何させてんだよ、その伯爵は。
というか、確かドナート伯爵ってハイオーガだぞ。
ラウスはまだ進化してないんだから、いくら模擬戦でも勝てる訳がないだろ。
「ラウス君の実力を見ることが目的だったみたいですね。とは言っても、審判を務めたアソシエイト・オーダーズマスターのお話じゃ、かなり健闘したそうですけど」
ディアノスさんが審判してくれてたのか。
申し訳ない気もするが、ドナート伯爵はSランクのアウトサイド・オーダーだし、ラウスがSランク間近のBランクハンターだってことは知ってるから、実力を見てみたいって気持ちもあったのかもしれないな。
それにしてもハイオーガ相手に健闘って、ラウスもなかなかやるじゃないか。
「ドナート伯爵も、レベルが高いとはいえまだ13歳で進化もしてない子供に、一撃をもらうとは思ってなかったんだと。だから最終的にはラウスとの婚約を認めて、バレンティアへの同行も許可したって訳だ」
そっちも認められたか。
確かキャロル嬢は15歳ってことだが、ラウスがまだ13歳だから、結婚するにしてもラウスが成人してからになる。
ラウスはもうじき誕生日って話だが、レベッカは年明けって聞いてるから、もしかしたらキャロル嬢との結婚が先になる可能性もあるな。
そこは本人同士の問題だから、俺が関与することじゃないが。
「って訳で、キャロル嬢もウイング・クレストに加入ってことでいいんだよね?」
「ラウスと正式に婚約したんだろ?それでいいぞ。ああ、アーマーコートか」
アーマーコートはユニオン制式装備だから、加入する以上はキャロル嬢の分も必要になる。
仕立てるのはマリーナなんだから、確認してくるのは当然か。
「そそ。幸いウインガー・ドレイクは、こないだ大和達が狩ってきたからまだ余裕あるけど、それでもあと3着ぐらいが限界かな」
「明日もう一度イデアル連山に行くから、そこで探してみるか。宝樹近くじゃ魔物も出て来なくなったし、場所を変えてみる意味も込めて」
誰彼構わずユニオンに入れる訳じゃないが、エドやラウスの嫁が増える可能性はあるし、気の合う奴が加入することだってあり得る。
だからウインガー・ドレイクの革は、いくらあっても困らない。
え?俺の嫁?
これ以上増える訳ないじゃないですか、はっはっは。
「ああ、そうだ。確かキャロル嬢って、ヒーラーズギルドにしか登録してないんだよな?」
「そう聞いてます。ただベルンシュタイン伯爵領の位置が位置ですから、オーダーズギルドへの登録を考えたことはあるそうですけど」
そりゃそうだろうな。
なら、キャロル嬢が使える武器も打ってもらっておいた方がいいかもしれない。
それと、だ。
「じゃあエド、キャロル嬢が使う武器も、瑠璃色銀で頼む。それと、ユーリにも魔石を使った杖辺りを作ってもらえるか?ヒーラーとはいえ、全く戦えないってのも問題だろうからな」
「それもそうか。となると治癒魔法の魔石はもちろん、あとは水属性魔法の魔石が無難か」
水属性魔法の魔石か。
確かスカイ・サーペントの魔石が水属性だったはずだ。
Gランクモンスターの魔石だし、悪くはないだろう。
後で渡しておこう。
「とはいえ、キャロル嬢のアーマーコートは出発までには何とかするが、さすがに武器は無理だぞ?」
「移動は船なんだし、バレンティアに着くまでには出来ると思うけどね」
「それでいい。悪いが頼んだ」
おし、ユーリとキャロル嬢の武器も頼んだし、一度部屋に戻るか。
リカさんにこの細剣を渡さないといけないからな。
「おお、ここにいたか。探したぞ」
「ん?ああ、トールマンさん。どうかしたんですか?」
そう思ってたら、トールマンさんが俺を探しに来た。
あれ?
その白銀のコート、もう仕上がってたのか。
「おお、それがグリフォンの革を使った、天騎士用のコートなんですね。すごくお似合いですよ」
「ありがとう。オーダー達からも羨望の視線を浴びているから、面映ゆいものもあるが」
マリーナもお世辞じゃなく立派だと思ってるようだが、俺も同感だ。
しかもトールマンさん、グリフォンの革と翡翠色銀を使ったコートだけじゃなく、王代陛下から下賜された瑠璃色銀製の立派な剣も佩いてるから、完璧なまでに騎士って風貌だな。
「それはいいとして、大和殿、陛下がお呼びだ。君の分も仕上がってるから、このアーク・オーダーズコートを下賜することで正式な任命式を行うそうだ。と言っても君は既にOランクオーダーとして登録されているから、簡易的なものだがな」
あー、確かに俺も天騎士だけど、一新された装備を受け取る訳じゃないから、そういった口実は必要になるのか。
面倒ではあるが、行くしかないか。
「アーク・オーダーズコートって名前になったんですね」
「ああ。コモン・オーダー用はオーダーズコート、Pランク以上の者が身に着ける物はプラチナム・オーダーズコートとなっている。ステータリングでも設定しやすいよう、手甲や足甲もまとめてこの名称で登録することにもなっているぞ」
なるほど。
イークイッピングでの着用が前提なんだから当然ステータリングで設定することにもなるし、名前は重要だな。
あれ?
ってことは俺にも手甲や足甲、トラウザーなんかも下賜されるってこと?
いや、今使ってるやつはアーマーコートに合わせた色合いで、白系のコートには合わないんだから助かるけどさ。
「それと、君はアウトサイド・オーダーではあるが、同時に天騎士でもある。故にこのアーク・オーダーズコートはオーダーとしての正装になるから、式典や謁見の時には着用してほしい」
それは仕方ないか。
同じ翡翠色銀を使ってるとはいえ、アーク・オーダーズコートはグリフォン、クレスト・アーマーコートはウインガー・ドレイクを使ってるから、普段使いするにしてもアーク・オーダーズコートの方が性能は良いんだが、オーダーとしての正装ってことなら止めておいた方がいいな。
機能的にはともかくデザイン的にはクレスト・アーマーコートの方が気にいってるし、愛着も出てきてるからってのもあるんだが。
「グランド・オーダーズマスター、プラチナム・オーダーズコートの方って、確か王都で一括して仕立てているんですよね?進捗状況はどうなんですか?」
「そちらもいくつかは完成している。既にベルンシュタイン伯爵領のオーダーズマスターとサブ・オーダーズマスターには届けているから、あと数日もあればロイヤルオーダー達にも行き渡るだろう」
PランクオーダーとMランクオーダーは合わせて500人ぐらいだから、時間がかかるのは仕方ないか。
まあ一番時間がかかるのは、1万人近くいるコモン・オーダー用なのは間違いないが。
完成品を順次ってことになると誰からって話になるから、全部完成してから一斉にってことになってるそうだが、そっちの方が問題が起きないのは間違いない。
こっちは各地のクラフターズギルドが総出で仕立ててるって聞いてるが、各支部で100人前後いるわけだから、完成は当初の予定通りになるだろうな。
そんなことを話しながら、俺はグランド・オーダーズマスターに連れられて、謁見の間に入った。
既にうちのメンバーは勢揃いしてるし、アプリコットさんももちろんキャロル嬢やドナート伯爵の姿もあるな。
あれ?
ラインハルト陛下がいるのはわかるけど、王代陛下は?
「王代陛下は、プラチナム・オーダーズコートの製作に掛かりきりです。ベルンシュタイン伯爵領、クリスタロス伯爵領には届け終わっていますから王代陛下のノルマはあと3着なのですが、アーク・オーダーズコートの製作を優先していたため、少し滞っていましたから」
宰相のラライナさんが教えてくれたが、アーク・オーダーズコートってやっぱり王代陛下の作なのな。
というか、王代陛下なのにノルマって……。
「プラチナム・オーダーズコートはクラフターズギルド総本部の腕利きが、それぞれ5着ずつということで製作を請け負っています。そちらはあと数日で仕上がるそうですから、ロイヤルオーダーにはその時にということになるでしょう」
そういうことね。
というかあと3着って、もしかしなくてもローズマリーさん、ミューズさん、イリスさんの分になるんじゃないか?
数的にもピッタリだし、その方がロイヤルオーダーや各支部に回す分にも支障が出ないだろうし。
「こればかりは仕方がない。だからこの後、父上にも君がこのアーク・オーダーズコートを身に纏った姿を見せてやってくれ」
「あ、はい、わかりました」
それぐらいなら問題ない。
マナと結婚したことで、王代陛下は俺の義父になってるんだからな。
あ、今になって気になることができてしまったな。
この式典が終わったら、ラインハルト陛下に聞いてみよう。
「それでは始めよう。Oランクオーダー ヤマト・ハイドランシア・ミカミ。過日 天騎士の称号を授け、Oランクオーダーとして任命したことは私も記憶に新しい。故に此度は、天騎士のために作られたコートを授けることになる」
「謹んでお受け致します」
この後着替えてきて、謁見の間でお披露目ってことになってるそうだ。
照れくさいんだがこれも天騎士、そしてOランクオーダーとしての義務みたいなもんだってトールマンさんに言われてしまったし、このアーク・オーダーズコートが俺の今後の正装になるんだから、少しでも着慣れておいた方が良いのも間違いない。
「宰相、案内を頼む」
「はっ。大和殿、こちらへ」
「わかりました」
謁見の間の隣にある小さな部屋、多分控室に通されると、そこにはミューズさん、リアラ、ダートが待っていた。
リアラとダートは先日結婚して、確かシュヴァルブランっていう家名に決めたんだったか?
「手伝うわ」
「ありがとう。鎧下とトラウザーの交換は、あっちでいいのか?」
「ああ。奥が更衣室だから、そこで着替えてきてくれ」
「その間にコートや手甲、足甲は準備しておく。だけど急げよ。簡易とはいえ式典なんだからな?」
「わかってるよ」
ダートにコートや手甲、足甲を手渡し、コートの下に着込む翡翠色銀製の部分鎧とトラウザーを持ち、更衣室に入る。
中は思ったより広く、10人ぐらいならまとめて着替えられそうだ。
ステータリングでカテゴライズしたクレスト・アーマーコート一式を、イークイッピングを使ってストレージに収納する。
鎧下やトラウザーは普段着にもなるデザインだから、これはさすがにカテゴリーから外してあるんだが、今回はこれらも含めて着替えなきゃだから、これらもストレージに突っ込む。
「これだけでも、十分鎧として使えそうだよな」
部分鎧と言ってもアーク・オーダーズコートがけっこうな重装甲だから、装甲は最低限だ。
見た目は白い革鎧で、胸や関節なんかは分厚くなっている程度だな。
この肌触りには馴染みがあるから、多分ウインガー・ドレイクの革を使ってると思う。
多分トラウザーもウインガー・ドレイク製だと思うが、こっちは太腿や膝周りに立派な装飾が施されている。
コートは俺の膝ぐらいまでの丈だから、下半身の防御って意味じゃ必須だな。
当然だが、装甲は翡翠色銀製だ。
「これでよしと。終わったぞ」
「は~い」
着替え終わって更衣室の外に出ると、リアラが足甲を持ってきてくれた。
これはロングブーツ風の見た目に装飾が施されているんだが、外装は翡翠色銀で、内側は革とか布とかでできている。
だが履くのはすさまじく面倒くさいから、一度履いたら寝る前まで脱ぐ気にはなれない代物だ。
なにせいくつものパーツから出来てるから、着けるだけでも時間がかかる。
この足甲だと、脛部を左右に割って、踵のとこを外してからつま先を突っ込み、それから踵部分を戻して、上下からしっかりで固定。
左右に割った脛部を戻してから固定し、さらに前後から装飾が施された外装を、装飾の邪魔にならないように、これも固定して完了だ。
ちなみに装甲は、コートや手甲も含めて全て白銀に輝いていて、接続部は全て工芸魔法コネクティングで固定できるようになってるんだとか。
「やっぱり面倒だな、これは」
「そう言うなって。適当に着けて怪我なんかしたら馬鹿みたいだし、それにイークイッピングのおかげで、次からはこんな手間を掛けなくても済むんだからな」
本当にそうだよな。
俺が奏上したイークイッピングは、ストレージや魔導具内にある装備を自動で身に着けることができる魔法だ。
一度自分で装着しなきゃならない手間はあるが、それさえ済ませてしまえば着脱は一瞬だから、緊急時とかでもすぐに装備を身に着けられるし、普段はラフな格好で過ごすこともできる。
できるかどうかはわからなかったが、奏上しといて良かったとマジで思うな。
「ほら、コートだ」
「ありがとうございます」
足甲を着け終えて立ち上がった俺に、ミューズさんがグリフォンの革で仕立てられたコートを手渡してくれた。
着込んだ後で装甲を着けるから、留め具とかが邪魔にならないように頭から被る感じで着込む。
袖は肘と手首の間ぐらいまでしかないが、これは手甲を着けることが前提だからだ。
ダートが胸部から腹部まで覆う装甲を、後ろからはリアラが背部装甲を合わせてくる。
ダートがしっかりと前後の装甲を押さえてる間に、リアラがしっかりと固定。
それが終わるとミューズさんが肩甲で前後の装甲を押さえ、下からはダートが上げてきた腰部の装甲で押さえる。
その間に俺は、リアラから受け取った肘まである指ぬきの手甲を腕に通す。
指はもちろん、手首も自在に動くな、これ。
それを確認してから手甲を押さえ、リアラが装飾を取り付けて固定していく。
なんでもこの手甲、マジック・ガントレットっていう魔導防具で、指先や手首を自由に使うためにグランド・クラフターズマスター アルフレッドさんが開発した技術なんだそうだ。
手先が使えないと困る事態は多々あるし、ハンターなんてそれが命取りになることの方が普通だ。
完成した手甲に付与魔法を使い、素材となった金属の魔力を付与させることで、剥き出しになった指先や可動を優先させている手首とかでも、手甲本体と同じ防御力を得ることが出来るとかなんとか。
難易度が高く要求される技術力も高いから、Pランククラフターになってやっと製法を教えてもらえるらしいんだが、俺には何のことかさっぱりだ。
さらにこの手甲の凄い所は、装飾が盾っぽくなってるだけじゃなく、騎士魔法シールディングを使うための盾としても機能するようになってることだ。
シールディングは装備している盾を、前方に魔力で巨大化させる魔法だから、盾を持っていないと使えない。
俺は盾を持ってないから諦めてたんだが、この手甲があれば、俺でもシールディングを使うことが出来るんだよ。
なんでもこれは、レックスさんの盾がオーク・クイーン討伐の際に砕けたことから、盾が無くてもシールディングを使えるようにってことで王代陛下が考案したらしい。
だから今回の新装備の手甲には、全てこの機能が付けられてるんだそうだ。
さすがに本物の盾より防御力は落ちるが、それでも盾を持っていなくても使えるっていうのは大きい。
同じような魔導防具に、兜の代わりになってるマジック・サークレットっていうのもあるんだが、それも渡されてるからしっかりと被る。
マジック・サークレットも翡翠色銀製だから、これだけで翡翠色銀製の兜を被ってるのと同じ効果があるんだから凄い。
兜は視界が悪くなるどころか場合によっては塞がれるから、俺は絶対に被りたくなかったんだよ。
「これで仕上げだ。後ろを向いてくれ」
最後にウインガー・ドレイクの革で仕立てられたマントを羽織り、ようやく完了だ。
おっと、瑠璃銀刀・薄緑もしっかりと腰に佩いとかないと。
「おお」
「わあ、格好いい!」
「似合ってるぞ、大和君」
「そうですか?ありがとうございます」
鏡で今の自分の姿を見てみるが、正直似合ってるとは言い難い。
しかも瑠璃銀刀・薄緑は日本刀だから、違和感もある。
とはいえ元はゲームのデザインだし、西洋風鎧に刀って組み合わせも出来たから、致命的に合わないって訳でもないな。
着けるのは面倒だったが思ってたよりも動きやすいし、着心地も良い。
これなら今までと変わらない感じで戦えるな。
「感触も確かめられたようだな。では早速、謁見の間へ行こう。あまり陛下を、お待たせするワケにはいかないからな」
ミューズさんの言う通りだ。
そもそも陛下達に見てもらうために、着替えてたんだからな。
「わかりました」
ミューズさんに付き添われて謁見の間の前まで来ると、3人は正面ではなく横にある入り口から中に入っていった。
なんだろうと思っていたら、そこからラライナさんが出てきたぞ。
後で教えてもらったんだが、謁見の間の扉を開けて中や外の様子を確認する訳にはいかないから、別に出入り口を設け、そこでしっかりと確認して知らせてるそうだ。
確かに言われてみればその通りだから、思わず納得してしまったな。
「扉が開いたら、先程と同じ位置まで進んで下さい。今回はアーク・オーダーズコートのお披露目でもありますから、傅く必要はありません」
そうなのか。
と思ってたんだが、普通はやっぱり傅くらしい。
今回は簡易式典だし参列してるのも身内だけだから、そこまでしなくてもいいって判断なんだと。
「開きます。では、どうぞ」
ラライナさんの合図を受けて歩き出す。
みんながどんな感じで見てるのか気になるが、前の式典の時より恥ずかしいぞ、これは。
「おお、よく似合っているな。皆もそう思わないか?」
無事に立ち位置まで歩くと、ラインハルト陛下がそんな言葉をかけてきた。
ここって謁見の間でしょ?
みんなに感想聞いたりなんかしてもいいの?
「ええ、よくお似合いよ」
「だね。どこから見ても、立派なOランクオーダーだよ」
エリス様、マルカ様は手放しで俺を褒めてくる。
「絵の時点でも良いと思ってたが、実物は尚更良く見えるな」
「思ったより似合ってるけど、刀の意匠が少し違和感あるかなぁ」
「それでも思ってた程じゃありませんから、よく似合ってると言っても良いですよ」
エド、マリーナ、フィーナは俺の瑠璃銀刀・薄緑とアーク・オーダーズコートの兼ね合いが気になるようだが、エドは俺じゃなくてアーク・オーダーズコートを褒めてるよな?
というか、心の中じゃ爆笑してるだろ、お前?
嫁さんや婚約者達は手放しで褒めてくれてるから、笑いたきゃ笑えとも思うが。
「これが天騎士の正装であり戦装束でもあるが、どう使うかは君の自由だ。とは言え、そんな派手な恰好で狩りには行けないだろうから、普段はストレージに仕舞い込まれることになると思うけどね」
苦笑するラインハルト陛下。
グリフォンの革と翡翠色銀を使ってるから、性能的には間違いなくクレスト・アーマーコートより上なんだが、ここまで派手だと色んな意味で動きにくいのも間違いないからな。
仕立ててくれた王代陛下には申し訳ないが、普段使いはよっぽどのことがなければしないと思う。
なおこの式典の後、王代陛下にもこの格好を見せに行ったんだが、途中ですれ違ったロイヤルオーダー、特に女性達から凄まじいまでの羨望の眼差しが突き刺さってきた。
あと数日すればロイヤルオーダーにはプラチナム・オーダーズコートが支給されるんだから、それまでは我慢しといてください。
そう思いながら天樹城の工房に辿り着くと、王代陛下が倒れていた。
また何日も徹夜してたらしく、プラチナム・オーダーズコートを1着完成させてから力尽きたらしい。
なので王代陛下へのお披露目は、明日に延期となった。
そんな無茶しなくても、いや、翡翠色銀にウインガー・ドレイク、さらにはグリフォンと、普通なら使うことが難しい素材を使ってたんだし、単純にテンション上がって寝る間も惜しんで作業してただけか。
これ、クラフター生活を満喫してるって言ってもいいのか?




