古狼への報酬
ベール湖の畔で狩りを終えた俺達は、魔物をハンターズギルドで買取に出し、アルベルト工房に寄ってエド達を拾ってからリカさんの屋敷に向かった。
その際にプリム、ミーナ、フラム、リカさんのために作ってもらった婚約の短剣も受け取ったんだが、なぜかリディアとルディア、さらにはユーリアナ姫用の短剣まで手渡されたのは何でだ?
「こうなることは分かってたし、まだ女が増えるだろうから、あと何本か作ってあるぞ」
なんてことをエドに言われて大量に短剣を手渡されたんだが、俺としては釈然としない気持ちでいっぱいだ。
だけどどれだけ王都に滞在することになるかわからないし、瑠璃色銀を扱えるのはアルベルト工房のクラフターだけだから、モヤモヤした気持ちを抱えたまま、俺は短剣を受け取った。
その短剣を渡したらみんな喜んでくれたから、まあ良しとしておくか。
さらにラインハルト王子、グランド・ハンターズマスター、アソシエイト・オーダーズマスター用に頼んだ瑠璃色銀製の剣も出来てるってことだから、それも受け取ってある。
ラインハルト王子用に打ってもらった剣は、王者の剣と呼べるぐらい豪華な装飾が施されている。
色も黄金色だから、派手ではあるが次期国王でもあるラインハルト王子には似合うんじゃないかと思う。
グランド・ハンターズマスター用の剣は紅い刀身をしているが、その刀身は柄の真ん中辺りまである。
ナックルガードとまではいかないが、似たような感じになってるから、使いやすいんじゃないかと思う。
そしてアソシエイト・オーダーズマスターでミーナの父ディアノスさんの剣は、肉厚の刀身に装飾が施されている。
オーダーが使うってことを意識してるから派手さはないが、それでも実直でいて華美な剣だと思う。
ちなみに3人とも片手直剣だが、グランド・ハンターズマスターの剣のみ片刃となっている。
ちゃんと3人がどんな剣を使ってるかは聞いてあるから、わざとって訳じゃないぞ。
この3本の剣は、俺がそれぞれ手渡すことになっている。
ラインハルト王子とディアノスさんは、ユーリアナ姫とミーナのことがあるから分かるんだが、グランド・ハンターズマスターにはエドから手渡した方がいいと思うんだがな。
「このユニオンのリーダーはお前だろうが」
なんてエドに言われてしまったから、何も言い返せなくなったんだが。
リチャードさんやタロスさんからエド達を頼むと言われ、見送られながらリカさんの屋敷に向かった。
「待っていたわ。グランド・ハンターズマスターも来られているわよ」
屋敷に着くと、驚いたことにリカさんが出迎えてくれた。
「こんにちわ、リカさん」
「こんにちわ、プリムさん。アプリコット様の準備も整っておられるそうよ」
「わかったわ」
今回の王都行きには、アプリコットさんも同行する。
正式にアミスターに亡命するためでもあるが、それ以上に自分達の生存を伝え、バリエンテや反獣王組織に利用されることを防ぐためにアミスター王家に庇護を求めるには、プリムだけじゃなくアプリコットさんも同行する必要があるからだ。
俺とプリムが結婚したことでアプリコットさんは俺の義母になってるから、2人を利用しようとするなら、当然俺も黙ってるつもりはない。
「それと、まだグランド・ハンターズマスターには伝えてないんだけど、本当に良かったの?」
「ええ。これは護衛報酬じゃなくて、俺達の気持ちですから。先に伝えておくってのも、何か違うでしょう?」
グランド・ハンターズマスターがエド達の王都行きを快諾してくれたことは、エド達はもちろんリチャードさんも喜んでくれていた。
なにせトラベリングを使えば、王都までの道中で襲ってくるだろう魔物や盗賊は関係なくなるから、これ以上安全な移動方法はない。
翡翠色銀や青鈍色鉄が作られるようになればグランド・ハンターズマスターにもメリットがあるが、それを考慮してもグランド・ハンターズマスターが同行してくれるというのは心強い。
だからリチャードさんが瑠璃色銀を使って、精魂込めて剣を仕上げてくれたという訳だ。
「確かにね。それにしても瑠璃色銀製で、しかもリチャード師が打った剣となると、いったいどれほどの価値があるのかしら?」
そう思うリカさんの気持ちも、分からないでもない。
なにせリチャードさんは、アミスターにも数人しかいないAランククラフターで、鍛冶に関してはアミスター1って言われてるからな。
「じいちゃんはそんなこと、気にしたことないですけどね」
「だよね。というか本当に気にしてたりなんかしたら王家のお抱えになってたか、グランド・クラフターズマスターになってたと思うし」
遠慮ない孫夫婦だが、確かにそうだろうな。
「そうかもね。それじゃ、中に入って。プリムさんは、アプリコット様のお部屋に案内するわね」
「お願いするわ」
プリムがアプリコットさんの部屋に案内されるのを見送り、俺達は応接室に通された。
「待っておったよ。またしても、とんでもないことをしでかしてくれたものじゃな」
開口一番、呆れたように口を開くグランド・ハンターズマスター。
既に聞いておられましたか。
「相手が相手だし、ハンターズギルドだって無関係じゃいられないんだから当然ですね」
リディアにも呆れられたが、そんな目で見るのは止めてくれ。
「あー、倒せたから良かったね、ってことで1つ」
「その程度で済む問題じゃないんじゃがな。倒したこともじゃが無傷で余力があったなど、常識を疑うレベルじゃ。しかもそれが疑いようのない事実とくれば、ソレムネやレティセンシアが知れば、どんな手を使ってでも君達を取り込むぞ?」
さすがにそれは、領代やギルドマスターからも口を酸っぱくして言われてる。
しかも俺達を奴隷にして、死ぬまでこき使うだろうって予想のおまけ付きで。
俺もその通りだと思ってるから、公表しないことには大賛成ですよ。
「仮に君達を不法奴隷にしたところで、すぐに効果は切れるじゃろうがな」
そうなの?
他のみんなも驚いてるけど、それってどういうことなんですか?
「さすがに知らんかったか。じゃが神官魔法の隷属魔法がハイクラスには効果が薄いことは、さすがに知っておるじゃろう?」
「はい。ですからハイクラス用として、上位の隷属魔法があります」
「そうじゃ。じゃがその魔法も、言うほどの強制力は持っておらん。効果は永続じゃがな」
それは知ってる。
実際、マリアンヌ王女やサーシェス、バルバトスに使われてるし、毎日強制力を発揮するために命令をしてるって聞いてるからな。
「じゃがエンシェントクラスになると、その隷属魔法も効果はないんじゃ。事実、過去に我が師がソレムネに隷属の魔導具を使われ、受け付けなかったことがあるからの」
マジか。
グランド・ハンターズマスターの師匠ってことは、確かシンイチ・ミブさんだったか?
客人でありエンシェントハンターだったと聞いてるが、その人を不法奴隷にしてこき使おうって考えてやがったのかよ、ソレムネは。
「落ち着きなさい。君の怒りはもっともじゃが、師はそうなると予測し、あえて隷属の魔導具を使わせたんじゃよ。ソレムネも隷属の魔導具が効かんとは思わんかったようで、えらく混乱しておったらしいぞ」
そらそうだろう。
なにせエンシェントハンターの奴隷が手に入ると思って喜んだ矢先に、効果が無いことが判明したんだからな。
いくらソレムネでも内部にエンシェントハンターが入り込んだら、けっこうデカい被害が出るんじゃなかろうか?
「事実、その通りじゃったな。それ以降ソレムネは、エンシェントクラスに手を出すことはしておらん。トラレンシアを攻めるようになったのもカズシ様が亡くなってからじゃし、アレグリアに手を出すのを躊躇っておるのもワシが居るからじゃからな」
ソレムネがアレグリアを攻めあぐねてるのは、グランド・ハンターズマスターがいるからだって噂は聞いたことあったが、それは事実だったのか。
覇権主義の軍事国家って聞いてはいるが、エンシェントクラスを恐れてるってことは、ソレムネって意外と大したことないんじゃないのか?
「恐れもするでしょ。特に大和なんて、終焉種を単独で倒せちゃうんだよ?そんな奴を相手にするなんて、どう考えても国が滅びるに決まってるよ」
ルディアの指摘に、全員が納得して頷く。
「その通りじゃな。しかもそんなとんでもない存在を2人も相手にするなど、国が滅ぶだけで済むかも怪しい」
それも酷い言い草じゃなかろうか?
というか、国が滅んだらそれで終わりでしょうが。
「お前らなら帝都を滅ぼすと同時に、地形も変えるんじゃねえかってことだろ?」
ああ、そういうことね。
じゃねえよ!
いくら俺でも、地形なんて変えられる訳ねえだろ!
「いや、出来るでしょ」
「ですね」
マリーナとフィーナが即座に否定する。
出来ねえよ!
「だってプリムがエンプレスを倒した後って、派手に地面が抉れてたって聞いてるよ?」
いや、それは……確かにそうなんだが……。
「らしいのぅ。どうやったらそんなことが出来るのやらじゃ」
「グランド・ハンターズマスターにも出来ないんですか?」
「無理じゃな。そもそもワシは、異常種でさえ単独討伐は出来ん。じゃがこの2人は、異常種どころか終焉種すら単独で、しかも圧倒しおった。同じエンシェントクラスとはいえ、さすがに比べられても困るわい」
耳が痛いが、この瑠璃色銀製の剣を使えば、グランド・ハンターズマスターもS-Iランクはもちろん、もしかしたらG-IとかS-Cランクモンスターなら倒せるんじゃなかろうか?
「武器の問題もありますからね。そうそう、エド達からグランド・ハンターズマスターにお礼ってことで、これを預かってます」
話題変更を目論見つつ、俺はストレージから、グランド・ハンターズマスター用に打たれた剣を取り出し、手渡した。
「これは?」
「うちのじいちゃんが打った、瑠璃色銀製の剣です。グランド・ハンターズマスターが好んで使われてる片刃の片手直剣にしてありますから、使い勝手はそんなに変わらないかと」
「な、なんじゃと?」
エドが説明すると、グランド・ハンターズマスターが目を見開いて驚いた。
「た、確か瑠璃色銀とは、神金に匹敵する合金だったはずじゃな?それを、ワシに使ってくれたのか?」
「王都までトラベリングで送ってくれる、せめてものお礼です。少しでも早く報告して、製法を広めないといけないですから」
「いや、ワシとしても製法が広まれば武器を頼むことが出来る訳じゃし、ハイハンター達の生存率も上がるから、それを伝える手助けをするのは当然じゃ。じゃがまさか、瑠璃色銀を使ってくれたとは……本当にありがたい。感謝する」
すげえ喜んでくれてるな。
終焉種のことを知ってるってことは、ホーリー・グレイブやオーダーが翡翠色銀、青鈍色鉄の武器を使ったことも知ってるだろうから、自分が欲しくなったとしても不思議じゃない。
いや、エンシェントウルフィーのグランド・ハンターズマスターからしたら、武器の問題はハイクラスより深刻だしな。
それにこの合金が広まれば、ハイハンターやハイオーダーの戦力と生存率は間違いなく上がるから、今まで倒しにくかった魔物も倒しやすくなる可能性がある。
そうなれば人々の安全にも繋がるから、魔物を狩るハンター、街を守るオーダーが強くなるのは悪い事じゃない。
中には横暴なハンターもいるし、他国の騎士は一般人を見下してるとも聞いたことがあるが、それはまた別の問題だな。
剣を鞘から抜き、美しい紅色の刀身を、うっとりとしながら見ているグランド・ハンターズマスターを見て、少しは意趣返しができたんじゃないかと思う。
喜んでくれて、何よりだったけどな。




