1#9-2 天理ディレクション
そして天理さんは語り出す。少し日は傾いていた。
「この学校に於いて気を遣って頂かねばならぬ事、いくつか説明いたしましょう。
何、あまり難しい事ではありません。所為チュートリアル、と言ったところでございます。しかしながら―
立ち話もなんなので、どうぞおかけになって下さいな」
すると彼女は指を鳴らした。周りに何も無い空間に音が響く。まるで部屋の中にいるように、パチン、と。
いや、まるで、と言うよりは既に部屋の中だった。
これは……応接室か。
ソファに腰掛けるように、妹にも促す。
「お兄ちゃん……?」
一年が心配そうに尋ねてくる。
島から出たことのない妹は、この類の術式は未体験だったのだろう。
「大丈夫、師匠の使う幻術とはまた違う。至って普通の空間転移だ」
「空間、転移?」
そのままの意味で、空間を移動する魔術。瞬間移動、これを能力で行えばテレポートとも言う。だが―
「説明すると長くなるから黙って聞こう、な?」
流石にそれどころではない。
「うーん……」
「では話し始めます。
まず第一に、相手も能力者ですから、喧嘩にはお気をつけください。
一応あらゆる抗争においてあらゆる解決方法が認められていますが、仮に乱闘など起きればそれは生徒会長の私にとっても好ましいことではありませんから」
あらゆる抗争に、あらゆる解決方法……
「それで時に人が死ぬこともあるんじゃないんですか?」
「有りません。その詳細こそ秘密ですが単純に言えば威力制御と即時転移を管理するスーパーコンピュータがある、と言ったところでしょうか」
死にそうになったらそうなるまでにどうにかなっている、と言ったところなのだろうか。
直観的に言えば、嘘をついている様子ない。しかしながら全くもって原理は理解出来ない。
何処か靄が掛かったような―
「成程。では武器の携帯は可能ですか?」
理解出来ないという事象に納得して、更に質問をする。
「いえ、推奨です。
この学校では毎日3度、決められた相手との戦闘を行うルールが有りますから。
この居住区の自衛をするための実力をつけるため。並びに生徒に刺激を与えることを目的としています。
更には戦いに勝つと貰える名声ポイント。これが学園内での通貨であり、発言権であり、格付けとなりますから、出来るならばその類を装備しておいてもいいでしょうと言ったところですね。
必要が有れば何か希望通りのものを手配しますが、いかがでしょう」
「有難い。それなら軍用アーチェリーとガントレット、9mm拳銃と錫杖を。
どれも何をするにおいても使いやすくて便利だけれど、日本に来る航空機には載せられたものではなかったので」
特にアーチェリーと錫杖なんかは、能力者である為に持ち込みどころか預入禁止らしかった。
大した能力でなくとも、そういう決まりらしい。だからこういう申し出は素直にありがたかった。
「どれもこの学校ではあまり見ない武器です。特に錫杖は、適性もあるでしょうから少しお時間を頂きます」
「了解しました。毎日の勝負において、例えば一勝するとどの程度の名声が得られてそれはどの程度の資金力に変わるんですか?」
「最低保証は100。日本円にして2000円です。更に、1日2回勝てば50、3回で100のボーナスポイントが付くので勝率50%を超えれば基本的には毎日生活していけるでしょう」
「いまいちしっくりこないんですけど、仮に試合を拒否したらどうなるんですか?」
「それは相手サイドの不戦勝です。怪我や病気で戦えなかった場合も同様。
その質問をしてきたということは、ヒトトセに戦わせないつもりですか?」
「……分かりますか」
「分かりませんよ、なんとなくです。
初対面の相手に対してここまで明察できたのは初めてで私も少し驚いています」
僕も正直驚いている、しかしそう、多分天理さんとは違う理由だ。
そう、僕ら確実に―
「いえ、初対面じゃないですよ、僕達。
時間の流れは分かりませんけど、確か僕の体が10歳くらいになった頃、倫敦の教会で。
もう少し貴女は大人びていたと思うんですけど……
人違いでしょうか?」
人違いとは自分で言ったものの、筈はないのだ。藤堂天理と名乗ったあの人は、99%この人と同じ筈。
顔も声も話し方も、その全てが一致している。
そして約束もした。ここに来なきゃいけない理由を作ったあの人は―
「すみません。私は能力の反動で一定以上昔の記憶を持ちません。
だから何も……本当に何も思い出せやしないのです」
「そう、ですか。ならこれについても何もご存知ない?」
「何それ、銀色の……鍵?」
ポケットから鍵を取り出し、彼女に手渡す。その時に手渡された小さな鍵。自分の能力の根幹を司るもの。
一年にも見せるのは初めてだが、果たしてどう映る。
「何か魔力が特殊な状態を維持していますね。見覚えは同じくありませんが、珍しい代物です」
「……………」
やはりこれもか……と思っていると、突然に誠地さんが口を開く。
「そうか、なるほどな。
天理、突然で悪いがここまでだ。
そろそろ住む場所に案内してやれ」
「どうかされましたか?」
流石に少し不自然なのか、天理さんが投げかける。
「いや、どうということは無いが、お前にしては少し話しすぎだ」
「それはつまり?」
「投薬の時間が近い。下がっていろ」
「ああ、そう言う。私としたことがそんなことも忘れてしまっていました。
では、失礼致します」
天理さんはそう言って踵を返し、どこに繋がるとも知れぬ扉を開けて消える。
事実みたいだが、投薬……?
「あぁ、すまない。
アレは難病を患っていて、8時間に1度薬を投じなければ死んでしまうんだ
まぁその余談は兎も角として、基本的にこの学校にやってきた人間は名声を多く持つもの、例えば盟主と呼ばれるが、これが持つ寮に所属する定例となっている。
千秋、一年。
天理はふたりに、自分たちの天地寮に入寮してほしいと願っているようだが、現状この学校を運営する者としてそれを叶えることは出来ない。
お前達には最弱の寮において他の寮との戦力差を補う役割を担ってもらいたいからだ。
だからこそ天理を省き、彼女の圧力のない場所で話したかった」
「でもなんで急に?
鍵を見て突然言い出したように思えるのですが」
「その理由は今言えない。しかし、7つの寮の中で生徒の合計名声を4位以上にする事が出来れば、その鍵について話そう。
こんなところでいいか?」
謎は謎のままで闘わされる、或いはその謎は上を目指す半ばで解けていくのか。どちらにせよ、鍵がなにかの頼りになることに変わりはない。
「もし、1位になったら?」
「その時はその時に備えて考えさせてもらおう。
飲んでくれるか?」
「一年の安全を誠地さんが直々に保証してくれるなら」
「そればかりだな、お前は。
まぁ、いい。それでいこう。千秋の扱いは一応次期盟主候補となっている。天理の期待に恥じぬよう、少しでも活躍してくれよ?」
分かっている。
藤堂天理の、期待に、応えればいいのだ。スタートラインはどこでも構わない。ゴールが定まっていた方がやりやすい。
「それでは寮への転移門を開く。部屋に直接繋げてあるから荷物については一切問題ないだろう」
「頑張り、ます。お兄ちゃんが」
「有難う御座いました。ではまた明日以降、会うことがあれば」
それだけ言って、門をくぐる。
部屋は良く言えば質素で、最低限水周りなどのライフラインだけは最新のもの、と言った感じだった。
取り敢えず難しい事はまだいいや。
「荷物置いたらご飯、食べに行こ?」
少しの間は、一年が楽しそうなら、それだけで。