1#9-1 千秋アドベント
暗く
ただ暗く
少年は長い、長い坂を下っていきます。
深く
ただ深く
底が見えた頃には、入り口は見えなくなっていました。
何のために
その底にいる神様はそう、本来まだ来るはずでない来訪者に訊きました。
来訪者は答えました。
妹の後を追いに来た
この時彼は5歳であったが、だからこそ中途半端に顔を覗かせた未来について諦めていました。
元より彼には妹を除いて家族はないのです。
護ってくれる者はいても、
教えてくれる者はいても、
本当に血の繋がっているのは一人のみしかいませんでした。
神様は思いました。
自分の時も
彼がこうしてくれれば、と。
しかしそれは選ばれてはいけない選択肢だったことも同時に理解していたのです。
だからこそ
この子どもの勇気を認めることにしたのでしょう。
彼の寿命を半分だけ妹に与えた神様は、安全に過ごせる場所に彼らを送って、
ずっと、彼らを見守ることにしました。
そして―
「お兄ちゃん、見て。学校、だよ」
飛行機の窓より外を眺めた短い髪の少女が、寝ている兄の肩を揺らす。
眼下に広がるのは、街、というのだろう。そして学校がある。
どちらも彼女にとっては初めて見る、人がいる場所の全容だった。
そして肩を揺らされて少年、つまりこの少女の兄は少しめんどくさそうに、その特徴的な紫色の目を開けて
「着陸準備のアナウンスがあったろ。見なくても見えることくらい分かる。
そんなに学校が楽しみか?」
こう、答えた。
「うん、楽しみ。友達、出来るかな」
「そのために自分のことをうまく知ることだ。お前は特に、今まで例外なくずっと島に居たんだからな」
「がん、ばる・・・よ。だからお兄ちゃんも、頑張って」
「ああ、頑張るさ。因みに窓からは何が見える?」
「寮、だね。すっごい、おっきいよ。何個くらい、あるんだろ・・・・・・1,2-」
「7だ。今も使われてるのに限らなければ9」
「くわしいん、だね」
「資料に目を通さなかったお前が詳しくなかっただけじゃないか」
「うーん、そっか。次は通すように、するね・・・・・・
あれ?」
「どうした一年。何か変わったものでも見えたか?」
「今ね、誰かと目が合ったの。すっごい美人さんで、きらきらしてた」
「あんまり目を使うものじゃない。便利すぎるのに慣れるなと言われて育てられてきただろう」
「そうは言われてもなんだか、不思議な人だった。存在感からして、違う
だからつい、見ちゃったの」
「だとしても、なんにせよ気のせいだろう。
師匠でもあるまいし、そんな人いるはずがない」
彼はそういって、もう一度目を閉じた。
「美人さん、ですって。誡地、聞いていましたか?」
「聞こえるはずねぇだろうが天理、俺は真人間だぞ・・・・・・」
そう言って背の高い、いかにも日本人然とした少年、誡地は金髪金眼の少女の頭を撫でる。
「能力者としては人間に近いだけでしょうに、思い上がりも甚だしい」
金眼の少女、天理はその色褪せた純金で彼を睨んだ。
能力者、400人に1人程度発生する異能を持つものを人はそう呼ぶ。
一般に、能力者は人とは違う。一例だが、自分で生きるためのエネルギーを生成できてしまうからだ。
人と違うが故に最強であれ最弱であれ例外なく、能力者は通常の社会生活を送れない――
「しかしながらそんな人がいるはずないなどと、彼らもなかなかに思い上がっているように思えるが」
「チアキはそういうやつなんでしょうね。端的に言えば見たことない人物に適当な人間なのではないかと」
「そんなやつがどうしてここに?」
「妹のため、これにのみ理由など帰結します。彼女の妹は少しばかり厄介な能力ですので」
「妹ねぇ。大神の野郎といい、どうしても妹を持つ兄というのはこういう理由になるな」
「基本的には後に生まれた子供の方がデメリットは多いですから。
しょうがないといえばしょうがありません
さて、行きましょう。運転は任せましたよ、誡地」
彼らはそう、この楽園の管理者。ここで最強の能力と最弱の能力を持つもの。
そして主人公にとっての良き友である。未来での話ではあるが、少なくとも天理はそれを知っている。
そしてそんな彼らは、邂逅して
ここから、この楽園最後の英雄譚は始まった。
「あー、なんだ。先輩方、お招き頂き感謝します。
ここが・・・・・・妹にとっていい場所であることを望みます」
「はい、ここは東学第十一居住域。
私の城へようこそ、チアキ。それにヒトトセも。
ここは安全ですし、能力は財産です。如何なるモノであれ、全て平等に可能性は開かれる」
それがどんな可能性であっても、
どんな結末を迎えようとも。
全て、無慈悲に、平等に。
「残念ながら、千秋。君は王になる運命を背負ったみたいだ
不肖この■■■■、見届けさせてもらうよ」
「今日は一段と寒いな、冷」
「いいえ、暖かいわ。やっと、面白くなりそうよ・・・・・・?」