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コンビニ店員、時々召喚獣

作者: アルマカン

 

「いらっしゃいませこんばんわー」


 俺は覇気のない挨拶をお客さんに放り出しながら、段ボール箱からお菓子の新商品を取り出し棚に並べていく。

 スナック菓子などの袋菓子は、火曜日が新商品の発売日だ。

 月曜のコンビニ夜勤者は大量の段ボール箱と青コンと格闘することになる。

 前もって開けておいた棚の最上段に新商品を並べながら、しげしげと商品パッケージを見る。


「…辛子明太子酢昆布味ってなんだよ。辛いのか酸っぱいのかしょっぱいのか。まぁ全部なんだろうけど」

「黒金くろがねさん、ちゃちゃっとやって、レジ手伝って下さい」

「へーい」


 新商品を見つめてぶつぶつ言っていた俺に対して、レジから小言が飛んで来た。

 同じ夜勤者の小島こじま真咲まさきくんだ。

 小島くんはレジでさっさかお客さんを捌さばきながら、救援を要求して来る。

 俺は並べ終わった新商品の段ボール箱を開いて潰しながら、もう一つのレジに向かった。


「お待ちのお客様お待たせしましたー。こちらのレジへどーぞー」


 長年の経験から、やる気は無くともスラスラと言葉が口から出ていく。

 お菓子便が来る時間は夜の九時前後で、月曜の九時から十時の間は客の相手と商品の陳列で忙しい。

 他の曜日も別の商品が来る時間帯ではあるが、お菓子は毎週新商品が出ると言っても間違いではない。

 スナック菓子の袋物やチョコやクッキー系統の箱物など、店の規模にもよるがまぁ大量に来る。

 売れ筋でもあるので文句を言ったところでしょうがないのだ。

 客が捌はけた所でまた新商品の陳列に戻った。

 もう一人増やしてくれねーかな、夜勤。

 店長に言った所で「ジンケンヒガー」って言われるから無駄だろうけど。

 都心でもない店舗で中途半端な広さの店じゃ、しょうがないのだろうが。

 その後も黙々と( 頭の中ではグチグチと) 仕事を終わらせていった。



 ※※※



「ほい、廃棄終わり」

「あざす」


 日付の変わる時間の廃棄商品を確認して、買い物カゴに入れてレジ横に置く。

 取りこぼしがあるとお客さんからのクレームになるので、見逃しがないように気をつけている。

 理想は廃棄時間の十分前に回収することらしいのだが、レジが混んだ場合手が回らなくなる。

 ぶっちゃけ、三十分前にはやり始める。

 本部の掲げる理想と現場の現実はそんなもんだよな。


「んじゃ、一服してくらー」

「はーい」


 小島くんに一言告げてからコンビニの制服を脱ぎ、店外の喫煙場所へ。

 すっかり都内では見かけなくなったコンビニ前の灰皿だが、このコンビニは都内にあるわけでは無い。

 受動喫煙防止法が通ったらコンビニ前の灰皿は日本から消えるかもしれないが、あるうちは活用させてもらおう。


「あー、うめー」


 ズボンのポケットから取り出した煙草に百円ライターで火をつけ、煙を肺に送る。

 百円ライターと言っても今じゃ百円で買えるわけでは無い。

 消費税が邪魔をするし、原価が上がっているのか高級志向なのか百二十円前後のライターも多い。

 使い捨てに高級志向も何も無いが。

 虚空に消えていく紫煙を目で追いながら、煙草を味わう。


「月が綺麗だねぇ」


 高層ビルの無い空を仰ぎ見て、どうでもいい事を言ってしまう。

 一人暮らしが長いせいか、どうにも独り言が多くて困る。

 定職にも就つかずフリーターとしてアルバイトの生活。

 今年で齢三十三、もう立派なおっさんだ。

 親類縁者が会うたびに「仕事しろ」と言って来るが、アルバイトを仕事と認めないのはどうかと思うんだ。

 コンビニもファミレスも牛丼屋も、アルバイトが居てこそ営業出来るってもんだ。

 まぁそんな事言ったら「若いやつがやればいい」なんて言われるんだろうけど。

 タバコの火を消して仕事に戻ろうかと思い顔を上げると、目の前に掌てのひら大の白い魔法陣が浮いている。


「喚よび出しか」


 そう嘆なげいた瞬間に、目の前がブラックアウトした。

 目の前が暗くなったのは一瞬のこと、瞑つぶっていた目を開ければ辺りの景色は一変していた。

 テレビで見るコロシアムのような広い建物の中で、正四角形の石のタイルを張り合わせた舞台が幾つかある。

 俺が喚び出された場所も一つの舞台の上で、五メートルほど離れた正面には金属鎧を着た金髪の少年がいた。

 別に金髪だからと不良少年と言うわけでは無く、この世界では標準的な髪の色だ。

 手には装飾の綺麗な両刃の剣を持ち、こちらを睨んでいる。


 自分の服装に目を向ければ、さっきまでのジーパンにワイシャツ姿から、黒い革パンに編み上げのブーツ、黒いシャツ。

 最後に血を吸ったような紅黒い革ジャンの服装に変わっていた。

 腰にはベルトから伸びた吊り紐にぶら下がった刀が一振り。

 喚ばれた時に着ている、いつも通りの格好だった。


「クロガネ」


 俺の後ろから凛とした鈴のような声が聞こえる。

 成長途中なのかまだ幼さを残した高い声には、名前を呼んだだけだと言うのに信頼が感じられる。


「おう、どんな状況だ、これ? 」


 俺は後ろには振り返らず、目の前の少年を見ながら尋ねる。

 睨まれてはいるが殺気を感じなかった事から、状況がよく分からなかったからだ。


「今は入学試験。この前言った」

「あれ、そうだっけ。じゃあ殺しちゃまずいのか」

「この舞台の上なら死なないみたいだけど、やり過ぎはダメ。やっつけてくれればいい」

「あいよ」


 後ろから抑揚よくようのない淡々たんたんとした口調で話しかけて来る相手に了解の意を伝える。


「試験官!なんで召喚魔法で人が出て来るんだ!普通は召喚獣だろ!不正だ!変な格好の大人が迷い込んでるんじゃないのか!」


 この少年の言葉におじさん傷ついたよ。

 変な格好って… 。

 革ジャン革パンに刀ってそりゃ漫画かゲームのキャラクターみたいだけどさ。


「いえ、跳躍の魔法は確認していませんし、確かに召喚魔法は発動しました。私も始めて見ますが、不正ではありません。彼?はおそらく召喚獣です」


 舞台の外に居る男が少年に答える。

 少年が言うように、試験官なのだろう。


「そんなバカな!人型だと!?どうやって対処すればいいんだ… 」

「いや普通に対人と変わらんだろ」

「喋った!」

「そりゃ喋るだろ… 」


 なんか面倒くさくなってきたな。


「もうお喋りはいいか?試験なんだろ? 」

「…ふん!驚いたがこの僕が試験なんかで負けるわけがない。訳のわからない奴と一緒に切り捨ててくれるぞ、女! 」

「あ゛?」


 なんだこの小僧何ミュリを切り捨てるだとよーしいい度胸だそこになおれ今からお前の四肢を砕いて指を一本一本切り落としてやろうそうしよう助けてくださいごめんなさいと額が割れるまで土下座するがいい。

 なんて事やったら確実にミュリに怒られるから殴る。


「この魔剣のちかグバァッ! 」


 なんか喋ってたけど取り敢えず顔面に拳をぶち込んでおいた。

 鼻血で空中に弧を描きながら場外まで吹っ飛んでいく少年を見ながら、少しスッキリしていた。


「それまで!勝者、受験番号〇五三八! 」


 試験管が右手を上げて宣言した。



 ※※※



「クロガネ、なんか怒ってた? 」

「…いや?何のことやら」

「過保護」


 舞台から引き上げながらいつもは無表情な事が多いミュリが、俺を見上げて少し笑いながらそう言った。

 目の前の小ちゃい女の子はミュリエル・ガードナー。

 前髪の長いショートカットされた髪の毛、前髪から覗く瞳の色ともに紅色。

 俺を召喚した召喚術者だ。

 今でこそ契約者はミュリだが、前の契約者はミュリの母親だ。

 何を考えていたのか、ミュリの母親は俺をベビーシッターとして召喚契約した。

 普通に人雇えよとは思ったが、金銭的な問題だとか召喚獣はタダでいいわよねとか恐ろしいことを言っていた気がする。

 金の無い家じゃないだろうに。

 そんな訳で俺はミュリが赤ん坊の頃から知っている。

 過保護にもなろうと言うものだ。


「この後はどうすんだ?帰っていいの、俺? 」

「ダメ、まだ試験は続く。その後一緒に夕飯を食べる」

「俺仕事中なんだけど… 」

「どうせ向こうの時間は止まっている。…嫌? 」


 少し不安そうな顔でそんなふうに聞かれたら、嫌とは言えない。

 幼気いたいけな少女のお願いを聞けないほど、狭量きょうりょうな人間では無い。

 決して、決してロリコンではない。


「まぁたまには、いいか」


 そう言うとミュリは嬉しそうに笑った。

 まだ試験が終わった訳ではないだろうに、足取りが軽くなっている。

 やめろミュリ、お前は運動神経が良くないんだから浮かれているとコケるぞ。

 俺の予測通りコロシアムの控室までの道のりで、出っ張っていた石畳に足を引っ掛け転びそうになっていた。

 腕を掴んで転ぶのは阻止したが、どうにも危なっかしい。

 ミュリは控室に着くとそのまま入っていくが、さてどうしたものか。

 受験生でもない俺が控室に入るのは躊躇われるし、扉の前にいる試験官らしき男性が胡散臭げに俺を見ている。

 あ、これ職質的なのされちゃう流れですかね。


「クロガネ、入らないの? 」


 我が主人は当たり前に仰ってますが、さてどうしたものか。

 男性職員らしき人は暫く俺を見ていたが、どうやらミュリとの魔力的繋がりパスを見て取ったのか話しかけては来なかった。

 ならまぁいいかと思い控室へと足を踏み出す。

 控室の中は広く、受験生が思い思いに寛くつろいでいた。

 柔軟したり寝ていたり、前の試験で負った傷の手当てなどをしていた。

 俺は壁に寄せられていた椅子を二つ引っ張ってきて、ミュリと共に座って過ごした。


「受験生って多いんだな」


 控室を見渡して俺がそう言うと、ミュリはもっと多いと言う。


「控室はいくつもあって、受験生は三千人を超える」

「え、そんなにいんの? 受かるのか、ミュリ」

「筆記と魔力測定は自信がある。実践試験もクロガネがいるからバッチリ」

「体力測定は? 」

「…… 」


 おい、なんで目を背ける。

 この学園は専門職を育てる学園らしく、騎士や冒険者の選択もある。

 なので基礎力向上の為に入園試験には体力測定もあったはずだ。

 まぁ運動神経が残念なだけで、体力は人並みにあるだろう。

 まだ子供だし、自信がないのもしょうがない。

 この学園の入園試験は規定で、希望する者が十歳から十三歳までに受ける事が出来ると定められている。

 今回ダメでも次回がある。


「今回ダメでもまた来年も受けられるんだろ?確かまだ十一歳だよな」

「受験費用を考えると、一回で受かりたい」

「そんなとこだけ母親に似てるんだな」

「お金は大事。ガードナー領からの旅費を考えると、受かっておきたい」


 十一歳が気にすることではないとは思うが、領主の娘が倹約家なのは領民としては嬉しいのか?

 領主の金銭感覚なんて分かる訳がないけど。

 俺なんてただのコンビニバイトだし。

 ミュリと話していると俺たちの間に影がさす。

 横を向くと一人の少女が立っていた。


「ちょっと貴方、ここは保護者立ち入り禁止ですわ。今すぐ出て行きなさい」


 ミュリより年上であろう少女が座った俺たちを見下ろし、そう言った。

 まぁ受験生で魔力的繋がりパスが見える奴も少ないだろうし、少し汗ばんでいる少女は今しがた試験を終わらせて戻ってきたのだろう。

 目に付いたから話しかけてきたと言うところか。


「なんで試験官は通したのかしら。職務怠慢なのではなくて。さ、早く貴方は退室しなさい」

「あぁ、いや俺は… 」

「保護者じゃない」


 俺が目の前の少女に説明をしようとすると、ミュリが立ち上がって少女に相対する。


「クロガネは私の召喚獣。保護者ではない」

「召喚獣?言い訳ならもっとマシな言い訳をするのね。どう見たって人じゃない」

「なら召喚人」

「召喚人ってなによ!そう言うことじゃないわ。みんな試験に向けて集中してるの。その中で喋っていたらみんなの邪魔です」

「そんなの知らない。私は私の方法でリラックスしてる」

「なんなのよあなた!保護者付きじゃないと受験できないようなお子様はさっさと帰りなさい! 」


 だんだんと二人の雰囲気が悪くなっていく。

 少女の話し方も初めに比べて崩れてるし。

 少女が大声で話しているから、他の受験生たちが注目し始めている。

 なんだよ、こっち見んなよ。

 あと俺の服装見て「うわぁ」て顔すんなよ、傷つくだろ。


「部外者を控室に入れてみんな迷惑してるわ!貴方もさっさと帰りなさい!」


 そんなこと言われましても「帰っちゃダメ」って言われちゃいましたし。

 いや帰ろうと思えば帰れるけど。


「迷惑してるのは貴女の声。うるさい」

「なっ!私に向かってなんて口の聞き方!私が誰だか分かってるの!?」

「知らない」

「… 私の名はセイ・フォルゲリア・ルクタンディア。第七位王位継承権を持つ、王女よ! 」

「へー」

「へー。ってなによ!へー。って! 」

「あんまり興味ない」

「あなた、王族に楯突いて平気だとでも思ってないでしょうね! 」


 なんだかややこしいことになってきた。

 俺もう帰ろうかな。

 しかしこのままにしておくとミュリがどうなるか分からんしな。

 入り口から試験官が見てるし、仲裁したほうがいいだろう。


「なぁミュリ… 」

「クロガネは黙ってて」


 えー、なんでそんなに怒った顔してんの。

 受験中なんだから試験官に悪印象持たれちゃダメでしょ。

 相手は王族だし。


「貴女が王女だろうが今は学園の受験試験中。学園の理念は階級を顧みない実力主義。学園に入学しようとする人が、王族を盾に脅してくるとはちゃんちゃらおかしい」

「ちゃん…ちゃ?なに言ってるのか分からないけどバカにしてるのね」

「ガイゼル勇者学園の門を通るものは階級を捨てよ、慎みを持て。この意味も分からずに受験しているなら帰るのは貴女」


 幼い頃から俺の言葉を聞いていたミュリは、たまにこの世界の人たちに通じない言葉を話すから困る。

 まぁ俺が悪いんだけど。

 それにしてもいつの間にか俺の話から学園の理念についての話にすり替わっている。

 いつの間にミュリはこんなに話術が上手くなったのだろう。


「なんで私が帰らなきゃいけないのよ!さっさとその変な男を退室させなさい!」

「クロガネは変じゃない。個性的なだけ」

「なにが個性よ、バカじゃない」

「バカじゃない。バカって言うほうがバカだ」

「あなたさっき私に向かってバカって言ったじゃない!」

「その前に貴女がバカにしてるのかと言った」

「なんなのよあなた! 」

「うるさいバカ王女」

「っな…!」


 前言撤回。

 ただの子供の喧嘩だこれ。

 さすがに試験官の目つきが厳しくなってきた事だし、これ以上はまずい。

 ミュリも言い過ぎだな。


「とりあえず二人とも、落ち着け」

「なによ!元はと言えば貴方がいるのがいけないんでしょ! 」

「クロガネは悪くない。貴方が黙ればいい」


 なおも言い合いをしようとしている二人は言葉だけじゃ止まりそうにない。

 しょうがないから二人に怒気を叩きつける。


「っひ… 」

「!… 」


 二人はビクリっと体を震わせ、俺を見る。

 二人はこの後まだ試験があるんだ、あんまり怖がらせるのもよくないな。


「あー、王女さん。主人マスターがすまんな。受験しているとはいえまだ言葉遣いが未熟な子供だ。見た所王女さんはミュリより年上だろう、代わりに謝るから許してくれ」


 そう言って頭を下げる。

 俺が消える前に言っとかないと、また言い合いになりそうだからな。


「ミュリ、あまり熱くなるなよ。魔法を扱う者は冷静でなきゃ駄目だ。まぁ俺に言われたくはないだろうが、俺を還せばいい話だ。次の試験でまた喚び出して、その後一緒にいればいいだろう?」

「…うん。ごめんなさい」


 ミュリはしょんぼりして俺に素直に謝る。

 淡々と喋るミュリは感情が乏しいと思う奴もいるみたいだが、そんな事はない。

 魔法使いは冷静なれ、と言う教えを頑張って実践した結果、今の喋り方になっただけだ。

 若いからかまだまだ感情の起伏は大きい。

 素直で努力家のミュリが想像する魔法使いを真似ているだけである。


「じゃあ俺を一旦還してくれ。王女さんもすまなかったな」

「い、いえ…。分かってもらえればいいのですわ」


 俺はミュリに頼んで送還の魔法を使ってもらい、俺を喚んだ時間に還してもらう。

 目の前が暗転した次の瞬間には、コンビニの前の喫煙所にいた。

 召喚魔法の仕組みはぶっちゃけ分からないが、向こうに呼ばれている間この世界の時間は進んでいないらしい。

 向こうで何年過ごそうがこっちに帰ってきたら喚ばれた時間に戻ってくる。

 こっちとあっちで時間の流れは全然違うようで、そのくせ体感時間は変わらないと来た。

 どうせすぐに喚ばれるのだ、もう一本煙草を吸ってもいいだろう。

 店内に目を向ければホットスナックのショーケースを分解して小島くんが洗っている。

 いやー、勤労学生だねぇ。

 稼いだバイト代はパチンコに消えているらしいが。

 半分も煙草を吸わないうちに、目の前に魔法陣が浮かび上がる。

 どうせ時間は進まないのだ、煙草を指に挟んだまま俺は目を瞑った。


「なんだこりゃ」


 目を開けて見た光景に、思わずそんな言葉が口から出てしまう。

 目の前にはでっかい火球を掲げているさっきの王女さんがいた。所々服が破けていて、肌には擦過傷や軽い火傷などが見て取れる。

 後ろを振り返りマイマスターを見ても、同じように服が破けて薄く血が滲んでいた。

 どうやら魔法使い同士、魔法合戦でもしていたようだ。


「なんでまたそんなになるまでやり合ったんだよ」

「訳のわからない召喚獣もどきに頼らなくては何もできない子供と言われては、黙っていられなかった。魔法使いとしての意地」

「意地もいいけど体力も付けろよ。どうせ二人して足止めて撃ち合ってたんだろ」

「むっ… 。努力する」


 ミュリと話している間にも火球は大きくなっていたようで、肌を刺すような熱さが伝わってくる。

 この魔法によっぽどの自信があるのか、王女さんはニヤリと笑った。


「出たわね召喚獣もどき! 」

「いや俺召喚獣だから」

「どこがよ!獣なら獣らしい格好しなさいよ! 」

「この格好結構気に入ってるんだけどな」

「そういう事じゃないわよ!どうせ奴隷契約と跳躍魔法を応用した改変召喚術でしょ!」

「ミュリの年齢で改変魔法なんて使えたら天才もいいとこだろ」

「…悔しいけれど私と同等の魔法の応酬が出来る事は分かったのだもの。天才だと認めてあげる」

「それ、自分のことも天才だと言ってるよな? 」


 何だか残念な王女さんだな、この子。

 ほんと残念だ、幼いけど見た目は美人さんなのに。

 控室で見た綺麗な金髪銀眼も、魔法の応酬で汚れちゃってるし。

 実践試験だからしょうがないけど。


「本当に召喚獣なんだけどなぁ」

「ふん、今更どうでもいいわ。私の焔に焼かれて消え去りなさい!」

「召喚獣はやられても送還されるだけで、また喚べるけどな」

「うっさいわ!」


 王女さんが手を振り下ろすと同時に火球が俺目掛けて飛んでくる。

 回避できない速度ではないが、俺の後ろにはミュリがいる。

 魔法の応酬で疲れているミュリは避けることができないだろう。

 抱えて避けてもいいけど、避けたら王女さんがうるさそうだ。


「クロガネ、やっちゃえ」

「イエス、マスター」


 ミュリの要望に応え、俺は火球をぶん殴った。


「…は? 」


 呆気にとられた声を出した王女さんの前で、火球が弾けて消えた。


「な…何をしたの…? 」

「え?殴ったんだけど? 」


 何が起きたのか分からないといった顔の王女さんの前まで歩いて行き、ヒョイと肩まで担ぎ上げる。


「ちょ、ちょっと!何するのよ、離しなさい! 」

「いやぁ、王女さん参ったって言ってくれそうにないし、俺も女の子殴るのとか好きじゃないからさ」


 そう言って舞台の外まで歩いて行く。


「ほい、これで王女さんの負け」

「あ… 」


 これで王女さんは場外負けになる。

 俺は別に受験生じゃないし、召喚獣が場外に出たところで術者のミュリは舞台の上である。


「勝者、受験番号〇五三八! 」


 試験官が声高く宣言して、二回目の実践試験が終了した。

 舞台の上ではミュリが、俺の教えたピースサインをしていた。



 ※※※



「久しぶりだね、クロガネ」


 俺は約束通り試験が終わった後に、ミュリと夕飯を一緒するためにミュリの宿泊先に来ていた。

 宿泊先と言っても王都にあるガードナー家の別宅だが。

 別宅には王都に出向中のガードナー家当主、ダズモンド・ガードナーが居た。

 濁点の多い厳つい名前のくせに、温和な顔付きと性格をしている。

 この世界では一般的な金髪碧眼をしている。


「久しぶりだな、ダズ。少し老けたか? 」

「王都に来てから五年、私ももう四十二だ。若くは無いだろう。クロガネは相変わらず変わらないね」

「まぁ召喚獣だからな」

「羨ましい限りだ」

「いやいや、俺も年とるからな?こっちで過ごした年月足したらおかしな事になるけど、ちゃんと加齢してるからな? 」

「それにしては話し方に威厳が無いね」

「俺の世界でも童顔なのに、こっちの世界の奴らからしたら更に下に見られるからな。そんな見た目で偉そうにしたって、顰蹙ひんしゅく買うだけだろ」

「今の時代、クロガネを知ってる人は殆ど居ないからね」

「王都に来たついでにグラスでもからかってやろうかな」

「…グラサイト様と知古の間柄だと言っていたね。俄にわかには信じられないが」

「賢者とか呼ばれてるんだっけ?」

「大賢者様、だよ。現国王でも頭が上がらない方さ」

「あのグラスがねぇ。まぁ大賢者とか呼ばれてるなら簡単には会えないか」


 はなたれ小僧のグラスが大賢者とか呼ばれていると聞いても、ピンとこない。

 ミュリの母親と契約する前に喚ばれたのは、確か二百年くらい前の事だったか。

 無駄に長生きだな、グラス。


「話を伝える事くらいなら出来るよ。これでも財務省の副長官補佐だ」

「そっか。なら俺が会いたがっていた事と『エレシアの下着まだ持ってんの? 』って伝えて」

「…なんですって?エレシアの…下着? 」

「うん。可哀想だから直接言ってやってね。広めたいなら止めないけど」

「いえ…そのエレシアと言うのはどなたですか? 」

「エレシア? 俺の前の主人で、グラスの師匠だな」

「そ、そうですか。わかりました、人を介さず直接、直接伝えます」

「うん、よろしく」


 俺はニコニコとしながらダズにお願いする。

 グラスにも立場があるだろうから、あまりからかわないでやろう。

 数少ないこっちの知り合いだ。

 昔の馴染みはあらかた死んじまってるしな。


「クロガネ」

「ん?どしたミュリ」

「父様とばかり話してないで、私とも話して」

「あぁ、すまないお姫様。なんの話がいい? 」

「クロガネの世界の話」

「そうだな、じゃあガングロギャルの話でもするか」


 俺は二人と一緒に夕飯を食べながら、今や絶滅危惧種に指定されているギャル目ガングロ科の話をミュリに聞かせてやった。

 楽しい夕飯も終わると、俺はミュリに送還の魔法を頼んだ。

 自力で還ることは出来るのだが、自力で還ると召喚獣が術者に対し不満があるとの意思表示とされ、次の召喚の際に術者の負担が大きくなる。

 そんな理由から、俺が還るときは術者に送還魔法を頼んでいる。

 ミュリにはいつ喚んでもいい事と、グラスから連絡があったら喚んでほしい事を伝えて還してもらった。

 目を開ければ半分になった煙草が視界に映る。

 さっきまでミュリたちと夕飯を食べていたと言うのに、こっちの体はグウと腹を鳴らした。

 全く影響しない訳ではないが、やっぱり別の身体なんだなぁと思いながら煙草の火を消し店内に戻る。


「黒金さん遅いっす。二本吸ってたでしょ」

「わりーわりー、小島くんも吸って来ていいよ。続きやっとくから」

「あ、じゃあお願いしゃす」


 小島くんは洗い物をしていた手をタオルで拭き、制服を脱いで外の灰皿へと向かう。

 終電の時間はサラリーマンたちが結構来店するから、今のうちに洗い物は終わらせてしまおう。

 俺は制服を着なおしてから、分解されているショーケースの中身を洗い始めた。



 ※※※



「お疲れ様でしたー」


 朝勤が来てから少し話した後、店を出る。

 小さなコンビニ袋の中身は缶ビール。

 酒税法改正で缶ビールの値段が高くなったと聞くが、コンビニではもともと定価だ。

 スーパーで値下げできなくなったと聞いたところで、昼間寝ている夜勤者としてはどうでもいい。

 独身者は優雅に仕事終わりの缶ビールである。

 彼女も居ないしね!

 寂しくなんかないぞと自分に言い聞かせながら仕事場から徒歩十分、三階建てのマンションに入る。

 築十七年、風呂トイレ別、十畳と四畳の二間にダイニングキッチンが付いた、一人用なんだか家族用なんだか分からない間取りの我が家に帰り着く。

 一人暮らしには広い間取りだが、広い家が好きなんだから別にいいのだ。

 これで家賃は五万二千円、安い。

 さすがだぜ埼玉県。

 俺は荷物を放り投げビールを冷凍庫へ。

 シャワーに直行してサッパリする。

 昨日作った残り物の肉じゃがをレンジで温めながら、魚肉ソーセージを切って皿の上へ。

 山葵醤油を用意した頃には肉じゃがが温め完了だ。

 冷凍庫からキンキンに冷えたビールを取り出しテレビの置いてある十畳の部屋へ。

 ソファに座りながらビールを飲み、魚肉ソーセージを山葵醤油に付けて口の中へ。

 ビールを飲みながら肉じゃがを頬張る。

 朝のニュースでは強行採決された法案についての報道をしていて、日本の先行きについてコメンテーターが不安視している事を零している。

 いつの時代もどんな世界も国民は為政者に振り回されているなぁ。

 食べ終わった食器を片付けて歯を磨いたら、布団に潜り込む。


「あー、明日も平和でありますように」


 世界になんの影響も与える事もなく今日も俺の一日は終わる。

 俺の名前は黒金くろがね一刀かずと。

 日本の埼玉県でコンビニ店員をしている傍かたわら、時々召喚獣として異世界に喚ばれている。

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