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第八話 それはどういう気持ちですか

 始まったお出掛け……もといデートだが、特別な事は特になく。前を歩くシルヴィア様とレオノーラ様から付かず離れずの距離を保ちつつ着いていく。

 店内に入ったら店の前でラファエルと二人待つ。

 今はレオノーラ様がシルヴィア様に髪飾りを選ぶと、女性のアクセサリーが売っている雑貨屋さんに入って行ったので待機中。

 明日からはその贈り物を愛用する事になるだろう。髪型を考えなければ……。


「…………」


「……何だ、さっきから」


 壁に背を預けて並び立つ、さっきから隣から感じる視線が鬱陶しい。言いたい事があるなら言え、黙って見るな気持ち悪い。


「んー、綺麗だなーって見てただけ」


「お世辞は結構だ」


「いや、本当に似合ってるよ。ただいつもの執事服とは全然違うなーって。男装の麗人なんて言われてるのにさ」


 あぁそれね、学園や社交界で囁かれている私の異名だそうで。

 シルヴィア様の専属は『男装の麗人』だと、何とも解せぬ。


「私は別に男装をしている気は欠片もないだが」


「それは知ってるけど、執事服着てるから仕方ないんじゃない?」


 本来女性の使用人が着る服となるとメイド服が基本。普通女性が専属になれば護衛は別で男性をつけるもので、学園や屋敷の中ならば個別の護衛は必要ないからそれで事が足りる。

 私はその護衛も兼ねているせいか、メイド服では動きづらい。


「幼い頃から専属になると思ってきたからな……シルヴィア様を護る手段は何だって欲しかった」


 生きていくためな知恵と技術が欲しかった。コルネリウス家に捨てられれば、孤児の私に行く所はない。

 必死にしがみついて、どうにかして必要とされたかった。親すらいらないと放り出す人間だったから、赤の他人が無償の愛をくれると信じられれなくて。

 それから、十八年。シルヴィア様と出会って十六年。


「……いつの間に、こんなに大切になっていたんだろうな」


 初めて出来た、護るべき存在。愛されてすくすく育つシルヴィア様を羨み嫉んだ事がない訳ではない。むしろ最初の頃は大っ嫌いだった。

 自信に満ち、高飛車な振る舞いは人から嫌厭される要素でしかない。生まれ持った美しさと両親の権力はシルヴィア様を歪ませたのだと思って。


 思って、いたけれど。いつからかその振る舞いの裏を知った。

 自分を愛するのは、生んでくれた両親への敬意から。高飛車な振る舞いは、貴族としての誇りから。素直じゃなくて、一言多くて少なくて、もっと上手く立ち回ればいいのにと何度となくやきもきさせられた。

 幸せになって欲しい、大切なお嬢様。恋を散らせ泣く姿も、盲目に堕ちる姿も見たくはない。


「レオノーラ様の気持ちばかりは、どうする事も出来ないけど」


 分かっていても、願わずにはいられない。どうかこの柔らかな初恋が、美しく花開いてくれたならと。


「……大丈夫でしょ」


「え……?」


「大丈夫。シルヴィニア様は、幸せになるよ」


「それって、どういう」


「さぁ?これからのお楽しみかなー」


 訳知り顔が腹立たしいが、ラファエルは根拠のない事は言わない。下手に期待を持たせる様な事も。

 だから多分私には分からない、レオノーラ様の専属として感付く事があるのだろう。

 ラファエルが保証してくれるなら、こんなに心強い事はない。


「では、その日を楽しみにしているよ」


 想像の中で笑うシルヴィア様がいつか現実になるのなら、私はそれ以上に望む物はない。大好きな人の隣で幸せになれるのなら、きっとそれは素晴らしい奇跡だ。

 初恋もまだな私には想像の中でしか分からないけれど。


「……ニアは」


「ん?」


「ニアは、恋しないの?」


 心を、読まれたかと思った。あまりにも私の考えにリンクした質問だったから。でもシルヴィア様の話からならそう可笑しい会話の展開でもない。

 一瞬固まってしまったけど、すぐに持ち直した。まさかここで恋の話になるとは思わなかったけど。


「正直、よく分からない。シルヴィア様を見ていると……私にあれほど誰かを想えるとは思えない」


 レオノーラ様を前にすると、いつもの自信が簡単に萎んでいく。嫌われたくないから良く見える様にって縮こまって、それなのに面と向かうと素直になれない。

 そしてゲームでのシルヴィア様の様に、その恋が叶わないと知った時。嫌がらせまではいかずとも、あんな風に自分を見失ってしまう様な。

 あんな深く大きい想いを、誰かに抱く事があるのだろうか。


「まぁ、今の所はシルヴィア様で手一杯だし……」


 自分の恋よりもシルヴィア様の方がずっと気になる。大切な主の幸せの為、そして私の職の為。最近気付いたけれど、住み込みだから職を失うと自動的に衣食住もなくなる。崖っぷち感が増した。


「それに……ラファエルもいる」


「え……」


「ラファエルがいるなら、恋人はいらない」


 自分の素をありのまま出して、執事室でのお茶の時間も私の大切な日課。馬鹿みたいな会話も一緒に仕事をするのも、きっとラファエルとだから楽しい。


「恋人が出来たら、きっとこんな風ではいられないから」


 男女の友情に理解がある人の割合は知らないが、きっと私は恋人よりもラファエルが大切だ。シルヴィア様ならいざ知らず、男友達を優先されて許してくれる価値観が少数派である事くらい、恋愛に疎い私でも理解している。


「……それってさ、俺以外と付き合ったらの話でしょ?」


「何を、ラファエルが聞いてきたんじゃないか」


「そうじゃなくて」


「っ……!?」


 突然手首を捕まれて、引き寄せられる。近くなった顔は今にも鼻が触れ合いそう。呼吸をすれば息がかかってしまう、睫毛長いなんて場違いな事を考えるくらいには混乱していた。

 私にとっての距離が近い人はシルヴィア様に次いでラファエルだと思うけど、何だかんだで身長差があるからここまで顔が近付いた事なんてない。

 ラファエルの目に写る自分の顔は驚きのあまり真顔で固まっていた。


「俺以外しか考えないの?」


「何を、言って」


「俺とっていうのは……考えない?」


 いつもの冗談だって、返したかった。男装だと言われる私に対しても普段から女性扱いをする、その延長だって殴ってやりたかった。

 その真剣な目がなければ、いつもみたいに笑ってくれていれば、馬鹿な事を言うなって振りほどけたのに。

 私の知らない男の人の顔。簡単に私の手首を一周して有り余る手のひらも、きっと私よりずっと強い力を持っていて。

 きっと本当は、私の拳なんて効いてない。いつも笑って、泣き真似とかもしたりして、私に負けてる図を作っているけれど。

 今まで意識した事なんてなかった、ラファエルの性別を思い知らされる。


「……レオ様達、出てきたし行こっか」


「ぁ……」


 つい一秒前までの雰囲気を払拭する様に、真剣な表情が見慣れた笑顔に戻る。安心したのと同時に、言われるまで一瞬でも自分の仕事が頭から抜けていたと気付いた。今まで、どんな場面でもシルヴィア様が頭から抜けた事なんてなかったのに。


「何買ったのかなぁ」


「っ、ちょ……手」


 手首を掴んでいた手が滑って、自然な成り行きでそのまま手を繋がれる。しかも普通の、握手と同じ様なのじゃなくて指一本一本を絡めるみたいな。

 簡単にいうと、恋人繋ぎ。


「ほら、遅れるよー」


「お前……っ」


 動揺する私を見て、嬉しそうな顔が腹立たしい。

 それでも無理矢理離そうという気が起きないのは何でなのか。きっと少しでも嫌がれば、ラファエルは謝りながらすぐに離してくれるのに。


 結局最後まで手は繋いだままで、この日の私は全然仕事にならなかった。

 何より驚いたのはそれに自己嫌悪はあっても、ラファエルの行動に対しては嫌じゃなかった事で。自分の気持ちなのに上手くコントロール出来ない事にもやもやした。

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