第七話 女装ではありません
執事の朝は早い。例え前日に夜中まで着せ替え人形になっていたとしても、主より寝坊をする訳にはいかないのだ。
朝御飯の用意に、シルヴィア様の身支度を手伝って、私の着替えも済ませる頃には家を出る時間になっていた。
「……シルヴィア様、本当にこの格好でいくのですか」
「くどいわ。私が選んだのだから文句は言わせませんわよ」
「……はい」
くそう、普段はアホっぽい癖に……こういう命令に関しては物凄く板についている。さすが 高飛車令嬢の見本、髪を払いながらのドヤ顔が物凄くお似合いです。
実際シルヴィア様が選んでくれた服はとてもセンスのいい物だ。長い付き合いだけあって私の好みも把握しているし、動きやすさも考慮されている。派手さのない上品な装いとなっているし、下手に地味すぎるよりも街に違和感なく溶け込めるだろう。
きっとこれが私とシルヴィア様だけのお出掛けなら、私はこの服装を喜んで受け入れていた。
「全く……ラファエルに見られるのがそんなに嫌なの?」
「っ……そんな事はありませんが」
嘘です、シルヴィア様の言うとおり。
今まで私がラファエルに見せた事があるのは執事服だけ。私セレクトの私服しら見せた事がない。
それなのに……いきなりシルヴィア様が選んだ服とは。
「腹を括りなさい、もう時間でしてよ」
「……かしこまりました、シルヴィア様」
あぁ、何か胃がキリキリしてきた……。
× × × ×
「おはようございます、レオ様」
「おはよう、シルヴィア」
我が屋敷まで迎えに来てくれたレオ様は、早速シルヴィア様を見てニコニコしている。いつもの学生服とは違いシャツにスラックスの軽装だが、元の素材が一級品である為かモデルも真っ青の美しさがある。
「私服姿も久しぶりだが……前の可愛らしかった面影はないな」
「え……」
「とても綺麗になった。制服姿でも十二分に美しかったが、やはりシルヴィアは自分に似合うものをよく知っている」
「っ、と、当然ですわ!レオ様の隣に並ぶのですから、このくらい……」
「俺の為?」
「レ、レオ様が格好いいのがいけませんのよ……!」
「ふふ、ごめん」
穏やかに笑う王子様にはシルヴィア様のツンデレなど子猫の攻撃に等しいのだろう。微笑ましいって顔の出てる。
でもね、あれ……幼馴染みってこういうものだっけ。二人の世界に入るのは一向に構わないのだが、漂う空気の甘酸っぱさたるや。
青春過ぎてむず痒い。王子様の歯の浮く様な台詞が余計に。
「初々しいなぁ……レオ様は積極的だけど」
「っ……!」
二人の醸し出す空気に少し当てられていた私の背後から聞こえてきた声に、思わず肩が跳ねた。いや居るのは知っていたんだけど……意識的に見ない様にしていたので。
「ラファエル……」
「おはよう、ニア」
「おはよう」
私の肩から顔を出して、こういう時こいつの長身が憎い。少し腰を折れば丁度私の肩に頭が来る。至近距離で見るラファエルの顔は心臓に悪い。
「…………」
「……言いたい事があるなら、はっきり言え」
「俺とそんな変わらない格好で来るかと思ってたよ」
「私だってそのつもりだったさ」
ラファエルはブイネックのニットに黒のスキニーで、いつもの私ならばお揃いになっても可笑しくない。動きやすく派手さはないが、元の容姿が腹立つほど整っているのでよく似合っている。調子に乗るから言わないけど。
「シルヴィア様がどうしてもと聞かなかったんでな」
「あぁ、シルヴィニア様のセンスか。流石、ニアの事よく分かってるよねぇ」
しかし今日の私はいつもとは全然違う。愛用のシャツもスラックスも自室のクローゼットに仕舞われたまま。
シルヴィア様が用意したのは、黒のハイネックワンピース。 ノースリーブで、丈はロングだがスリットが入っているので走るのにも困らない。飾り気はないが素材はシルヴィア様の目に止まった物らしく上等だ。いつもは結わえている髪も下ろして、肩につくかつかないかくらいで揺れる感覚はくすぐったい。
執事服は長袖に長ズボン、手袋もしているから肌がほとんど見えない。最後に腕を出したのなんていつの事だったか。
「……動きやすさは問題ない。違和感はあるだろうけどなれろ」
「ん?確かにいつもとは全然違うけど……違和感はないよ」
「っ……」
「……似合ってる、凄く綺麗だね」
柔らかく甘い声色は、聞いた事のない響きをしていた。
女性に優しいラファエルは息をする様に相手の長所を見つける事が出来る。きっと私が相手でなくとも簡単に喜ばせて見せるだろう。
ずっと近くで見てきた。分かっている、特別な事ではない事くらい。
なのに、心がざわざわするのは、ラファエルが見た事のない顔で笑っているから。煮詰めた飴みたいな輝きが甘ったるい。普段は馬鹿みたいにヘラヘラしているだけなのに、なんで今日はそんなに優しい表情で私を見るの。
普段は意識しない性別の差を見せつけられてる様で、落ち着かない。
「っ……もう、いいから!行くぞ!」
「ちょ、その格好で蹴らないの!」