第六話 デート前夜
シルヴィア様とレオノーラ様が順調に幼馴染みの絆を取り戻している今日この頃、私には困った事が起きています。
「……ニーア」
「……おはようございます、ティアベル様」
「ティアベルでいい」
「私は執事ですから、そういう訳には参りません」
何故か、ティアベル様からよく話し掛けられるようになった。理由?さっぱりです。ついこの間初対面したばかりなんですけどねー……そしてナチュラルに呼び捨てだし。
「はぁ……」
「ため息つくと幸せ逃げるよー」
「今まさに逃げてる最中だ」
「縁起でもない」
思い出したといってもまだまだ穴だらけの私の記憶は、攻略対象どころかどういう状況でヒロインが関わってくるのかさえ分かっていない。今の所シルヴィア様の恋路を邪魔する気配もないので私から接触する気は毛頭ないが、学園にいる間ずっと警戒しているのは正直疲れる。その上攻略対象からの接触まであるとなっては、私の精神を蝕みに来ているとしか思えない。
「まぁまぁ……目的のレオ様達は順調みたいだし、考え過ぎるのも体に毒だよ?」
「分かっているさ。毎日シルヴィア様に聞いているからな」
家に帰ってから寝るまで、話す事と言えばレオノーラ様の事ばかりで。
レオ様がどうした、レオ様がこうした、レオ様が誉めてくれた。シルヴィア様の恋バナが幸せであるのは喜ばしい限りだが、そろそろ胸焼けしそう。レオ様がゲシュタルト崩壊真っ最中です。
「本当に仲良くなったよねぇ……あ、後今度の休みってシルヴィニア様空いてる?」
「今度……あぁ、特に予定はなかったはずだが」
「良かった。レオ様がシルヴィニア様を誘って街の方へ出掛けたいっていってたからさ」
「……デート?」
「まぁね」
進展が早くて何よりだが、レオノーラ様そんなキャラだったか?
「こういうのはタイミングだからね、一気に攻めないと」
それはまぁ……そうだが。その場合シルヴィア様が行動するのは理解出来るけどレオノーラ様がする理由ってなんぞ?
こちらとしては願ったり叶ったりだから文句は無いけども。
「護衛には俺もついていくから、シルヴィニア様の方はニアが来て」
「了解」
レオノーラ様いうまでもなく王子で、シルヴィニア様も貴族のご令嬢。例えプライベートであっても二人で街に放り出すなんて、下手をすれば本人だけでなく国まで巻き込んでしまう事件に発展しかねない。
そのための護衛は重要で、今回の場合二人で出掛けるなら連携がとれる方が好ましい。
ラファエルとなら、私が適任だろう。
「あ、後執事服は禁止だから」
「……へ?」
× × × ×
今回のお出掛けはあくまでプライベート、王子令嬢の務めでもなければお忍びでもない。ラファエル曰く、王子としてではない場合執事服で行動を共にするのは目立ち過ぎるそうで。
出来るだけ動きやすく、一般的な私服が理想だそう。
言わんとする事はわかる。執事服は目立つし、特に私は女の身で男と同じスーツ姿。私服の方が空気に溶け込める分、より違和感なく護衛の任を遂行出来るだろう。
「分かってはいるが……」
「ニア、これはどう?あなたは姿勢もいいし、こういうロングスカートが映えるわ」
「シルヴィア様、スカートでは走り難いので……」
何でシルヴィア様は私の服にそんなに必死なんですか。自分のはどうしたの、折角大好きなレオノーラ様とのお出掛けだというのに。恋する乙女は徹夜で服選びするものではなかったのか。
「シルヴィア様、私の服は適当に選べますから……」
「ダメよ、折角ニアを着飾れる機会なんですもの」
「ご自身の分は」
「私が自分に似合わない服を持っていると思って?」
「……いいえ」
つまり、何を着てもレオノーラ様に見せて恥ずかしくない美しさだって事ですか。さすがシルヴィア様、自分の容姿を誰よりも正しく認識している人だ。
レオノーラ様といる時は悪役の要素皆無でただの恋するツンデレだというのに、根っこの部分は変わらず不遜で自信満々。
「さぁ、話は終わりよ。今まで拒否していた分、服のストックはまだまだあるの!」
「……了解、お嬢様」
今更ながら、シルヴィア様の着せ替えを断ってきた事を後悔した。もっと小出しに付き合っていれば……。
そして私の着せ替えは、シルヴィア様が満足する夜中まで続いた。