第三話 我慢は体に毒なので
「さて、次の作戦はどうするか……」
「まず出会い頭に俺を殴った事への感想は?」
「ざまぁみろ」
「求めたのは謝罪なんだけど!」
ラファエルに罪はない。むしろ協力に対して感謝すべき立場だ、分かっているとも。それなのに何故殴ったのかと問われれば、八つ当たりですが何か?
グーではなく平手だっただけでも私の気遣いを感じて欲しい。
「まぁ、レオ様の反応はちょっと罪悪感あったけどね。多分……俺が原因かもしれないから」
「なるほど、やはり拳でいくべきだったか」
「待て待て待て」
待たぬ、私のわずかな気遣いを返せ。胸ぐらを掴もうとする私に対し、両手を前に出して落ち着けポーズ。私は猛獣か。
「俺のせいっていうか……俺が誉めたからっていうか!」
「は?」
「俺が誉めて、シルヴィニア様ちょっと嬉しそうだったでしょ?それで警戒したんだと思う」
「……つまり」
「俺が遂に令嬢にまで手を伸ばしたかって」
「歯を食いしばれ」
「ごめんって!」
何から何まで、お前のせいじゃねぇか。頼んだのは私だが今回はその辺スルーで、こいつの恋愛遍歴に対する認識が甘かった。
確かにシルヴィア様も一見満更でも無さそうだったしな……本当はただ誉められると調子に乗るってだけで。
……あれ、ちょっと待て。
「って事は、レオノーラ様は」
「シルヴィニア様は、俺に気を持ったと思ったんじゃない?」
「後退してんじゃねぇか!」
ただでさえ交流がなくて困ってんのに!何て面倒な事をしやがってくれたのか。
しかもこの様子だと少し株も落ちてるって事で、ラファエルへの誤解を解いて、何とか仲を深めるつもりだったがこれは思ったより困った展開。
「はぁ……どうしたものか」
「シルヴィニア様から否定させるしか無いだろうね」
「分かっているが……どうやってその場を設けるかって事」
結局の所、シルヴィア様とレオノーラ様が直接話さない限り何ともならない。友達は初期目標として、最終的には相思相愛になってくれれば最高。
交流を深めるとういう手段は変わらないが、問題はその機会をどう作るかという事で。
「んー……その辺は簡単な理由付けがあるじゃん?」
「はぁ?いきなり何を」
「幼馴染みって肩書きがあるんだからさ、また仲良くしたいーとか適当に言ってティータイムを過ごすとか」
「…………」
「まぁシルヴィニア様の気持ちがバレる可能性は高いし、使いたくないのも分かるんだけど」
「その手があった!!」
「うわー既視感」
腐っても幼馴染み。例え名ばかりだとしても、名前だけはある。友人というカテゴリーに拘っていたが、元々二人の間には揺るがない関係名があった。
幼馴染みから恋愛に発展するなんて、恋愛小説の王道じゃないか。
「本当、揃って恋愛に疎すぎるよねぇ……」
「よし、そうと決まればシルヴィア様に確認を取らないと。レオノーラ様への正式な誘いはラファエルを通じれば良いか?」
「招待状を預かれば渡すし、多分予定も押さえられる」
さすが、余多の女性問題を不問に出来る優秀さ。ついでにレオノーラ様の好みもしっかり情報収集しておこう。
シルヴィア様は戸惑うかもしれないが、荒療治という言葉もある。今回の事は特に、シルヴィア様が頑張らないと私に出来るのは精々サポートと暗躍だけだ。
ナルシストで傲慢で高飛車で、私の大切なお嬢様。
出来ることなら、幸せな恋愛をして欲しい。願わくば、切なさに涙する事などない様に。
その為ならば、私はいくらでも力を貸そう。それが経験皆無の恋愛であっても、シルヴィア様の為ならば未知にくらい飛び込んでやってもいい。
手帳に記した作戦の決行は、一週間後の事だった。
× × × ×
「本日は、急なお誘いにも関わらず誠にありがとうございます」
「レオ様、こちらへ」
「……あぁ」
時間は放課後、会場に選んだのは学園の裏庭。学園の正面ではなく文字通り裏側にあるから裏庭と呼んではいるが、整備の行き届いた美しい景観はまるでどこかの植物園。
その一角を押さえ、簡易ながらも完璧なティータイムセットを用意した。裏庭全体は無理でもこの周囲は人払いもしてあり、我ながら有能だ。
「シルヴィア様はミルクティーでよろしいですね」
「えぇ」
「レオノーラ様はストレートがお好きだと聞いたので、リピア産の物をご用意させていただきました」
「ほぉー……リピアとは、よく手に入ったな」
リピアとは我が国クリストフとほど近い、あらゆる茶葉の名産国。リピア産というだけで他とは比べ物にならないほどの高値がつく、それほどのネームバリューがあり、今回用意した物はそのリピアでも最高の品質のものを用意した。
シルヴィア様からのご要望で、一週間で手に入ったのは奇跡としか言い様のない出来事だった。コルネリウスの家名を活用したにしても、かなり無茶をしたなぁ……。
「シルヴィア様がレオノーラ様に飲んで頂きたいと申されまして」
「シルヴィニアが……?」
「……折角の、お茶会ですから」
「…………」
緊張に強張った顔は、ラファエルと接している時と
真逆。基本的に自信に溢れている人だけど、唯一レオノーラ様の前だと借りてきた猫という表現がぴったり。
だからこそ、余計にレオノーラ様の誤解を深める事になるんだけど。
「……幼馴染みだからといって、無理をする事はない」
「え……?」
「こうした席を設けてくれた事には礼を言おう。しかし心の無い持て成しなど不要だ、俺が王子だからと気を使ったのかもしれんが」
あ、そっちに捉えたのね。無理もないけど、シルヴィア様はデフォルトが不機嫌顔だし。それが緊張に強張れば、嫌がっていると見えるのは無理が無い事です。
しかし……どうすっかなぁ。誤解が深まる可能性は考えていたけれど、レオノーラ様の前では私がフォローする事が出来ないとシルヴィア様には伝えてある。
ラファエルに目配せをするが、あまり意味はない。当然、ラファエルはレオノーラ様の執事なのだからここで味方すべきは自分の主。
冷えた雰囲気を払拭する方法を考えたが、何も思い浮かばない。
静まりかえった場で真っ先に口を開いたのは、誰よりも衝撃を受けているはずの人だった。
「ち、違います……っ!!」
「っ……シルヴィア、様?」
「ちが、違いますわ、私は……っ!」
膝の上で握り締める両手が、私の位置からはよく見える。向かい合うレオノーラ様には死角となっているだろうけど、それでも必死に言葉を紡いでいる事は分かるはずだ。
目元を赤く染めた表情は、さっきまでの不機嫌な印象からは全く想像出来ない女の子のもの。
同性で、生まれた時から知っている私でも思う、可愛い。
「私は、レオノーラ様とお話したくて……っ、王子様ではなく、レオ様と……レオ様と、仲良く……」
段々と萎んでいく声はいつもの自信に満ちた物の影も形もない。モテる女性の振る舞いは家にある大量の恋愛指南書から習得させたが、か弱い雰囲気のシルヴィア様とは不気味な気がしなくもない。
ハラハラドキドキしながら見守っていたが、プツンと途切れた言葉と俯いて見えない表情に嫌な予感が沸いてくる。
何度も言うが、シルヴィア様は自信満々の高飛車令嬢がデフォルト。こんな風に縮こまって震えている姿は……彼女の本来とは掛け離れているのだ。
無理も我慢も苦手な彼女が、いつまでもそんな恋するか弱い乙女を続けられるかと聞かれると……。
「っ、私は!レオ様と一緒にいたいんです!勘違いなさらないで下さい!!」
ほら、やりよった。
内心額に手を当ててあちゃーと言いたい気分だったが、外面はポーカーフェイスを保ちました。誰か誉めて。