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第二十話 この世界の現実を

 走って、走って、目指す場所はないが探している人がいる。

 ようやく自覚した想いを、伝えたい人がいる。

 ティアベル様見送られて、裏庭を後にしたのは少し前。ラファエルを探すために色々な所を回っているが今の所成果はない。


 また明日にする事も出来るが、一刻も早く伝えたい想いがあった。


 好きだといってくれた彼にから逃げてしまった事を詫びて、同じ気持ちを伝えたい。

 怖くて苦しくて、逃げてごめん。今までずっと優しくしてくれてありがとう。私も同じ、ラファエルが好きだ。

 私の言葉に、彼はどんな顔をするだろうか。

 驚くだろうか、それとも逃げ出した事を怒るだろうか。いや、優しいラファエルの事だから、きっと少し目を見張った後すぐに笑うんだろう。

 俺の方こそ突然驚かせて、怖がらせてごめん。こちらこそありがとう。

 そうして、出来るならもう一度聞きたい。

 私が好きだといった、彼の声が聞きたい。


 宛もなく探すには、校内は広すぎる。ラファエルがいそうな所をピックアップはしているが、もしラファエルが何らかの仕事を頼まれているのだとしたら。

 今のラファエルはラーナ様の補佐をしているから、教室にいるとなると私と話す訳にもいかないだろう。


 執事室を初め、食堂や講堂にも足を向けた。

 それでも見つからず色んな所を見て回っている内に、気が付くと私がいたのは中庭へ続く通路。

 授業中だから人気も無く、風に揺れる草木の音が

爽やかに響いている。


「やっと、見つけました」


 静寂に似た空気を引き裂いたのは、理由の分からぬ喜色が滲んだ声だった。

 私が今潜った扉とは逆、向かい側から現れたのは本来ここにいるべきではない人。プラチナブロンドの髪を風に揺らし、いっそ不気味なほどに完璧な笑みを浮かべている。


「ラーナ、様……どうしてここに」


「授業なら少し抜けさせて頂きました。大切な、用がありましたので」


「そう、ですか」


 こちらに近付くラーナ様に、何故だか足が勝手に一歩退こうとする。執事として、学園に通う令嬢にそんな無礼な真似をする気はプライドが許さない。背筋を正し、両手は前で組んだ。

 それでも、背筋を伝う気味の悪い感覚が消えない。

 私よりも小さい背丈、華奢な体。誰もが愛でたくなる顔立ちも、浮かべた笑顔と合わさればまるで天使の様で。

 愛らしく笑う目の前の少女は、誰が見ても恐れ戦く様な相手ではないはずなのに。

 

 嫌な予感が、身体中を締め付ける。

 目の前にいる彼女が、意思疏通の出来ない本当の人形の様にさえ思えてくる。

 迫力も圧迫もないはずの笑顔が、まるで仮面に見えてくるのは何故だ。


「私、ようやく気付いたんです」


 私を見て話しているのに、その言葉は私への言葉であるはずなのに。ラーナ様は私の返答など微塵も期待していない、むしろそんなものは不要な様だった。

 証拠に、意味が分からず口をつぐんだままの私には何の興味も示さない。

 独白めいた語りは、ここを演劇の舞台であるかと錯覚しそう。


「ずっとずっと勘違いしていました。ここが現実だなんて分かっていたのに、私は無意識の内に記憶のまま事は進むんだって……必ずしも、与えられた役柄通りとは限らない事も思い付かなかった」


「ラーナ様、いったい何を……」


「あなたが……悪だったんですね」


「──」


 話の意図が分からず困惑していると、突然距離を詰められた。

 私が身を退くより早く手首を捕まれる。ついさっき経験した事のはずなのに、向けられる表情も空気も全然違った。

 ラーナ様は女の子で、恐らく同性の中でもか弱い分類だろう小さい手。

 なのに私の手首を握り締める力は、ラファエルに捕まれた時よりも強く痛みすら感じて。

 間近で見るラーナ様の表情は本当にこの世界のヒロインなのかと疑ってしまうほど、歪んだ笑みは狂気すら感じる。


「あなたが、私達を結んでくれるのでしょう……?」


「っ……何、を」


「これで、私は幸せになれる……」


「痛……っ」


 握り締めるには限界があったのか、立てられた爪が容赦なく私の手首に食い込んでいく。それでも変わらず笑うラーナ様には、痛み表情を歪める私の事なんて見えていない。


「離せ……っ!」


 痛みよりも、間近にいる彼女の存在が恐ろしくて捕まれていた手を振り払う。力一杯爪を立てられていたから振り払う腕も思わす力が入ったけど、ラーナ様は拍子抜けするほどあっさり手を離し、むしろ私が彼女を突き飛ばしたかの様にその場に倒れ込んだ。

 それこそが、彼女の待ちわびた瞬間。


「ニア……ラーナ様?」


「っ……」


「ラファエルさん……っ」


 背後から聞こえた声は、私が探し続けた人の物だった。姿なんて見えなくともすぐに分かる。

 でもその声にいち早く反応したのは、私ではなくラーナ様。

 倒れていた体をいち早く起こした彼女は私の隣をすり抜けて、振り返らずとも分かる、ラファエルの胸に飛び込んだ事。


「ニーアさんが突然、私を……っ」


 泣きそうに震えた声に紡がれる嘘に、驚くより早く納得してしまった。

 彼女の言葉の真意、あの独白の意味。

 彼女は私を悪といった。幸せになれるといった。

 ラーナ様は私に、自分の幸せの踏み台になってほしかったんだろう。

 ラーナ様がラファエルを想っている事はこの前のキスで分かっていた。そしてそのラファエルが想っているのは、私。ラーナ様がラファエルの気持ちに気付いていたかは分からないが、自分に向いていない事は知っていただろう。

 キスという誤魔化しようのない好意に対して、答えない事の意味は同じ気持ちを持っていないという事なのだから。

 私は、ラファエルの関心を掴む足掛かり。


「私、怖くて……!」


 か弱い女の子と、執事服を身に纏った男装の女。何より私がラーナ様を振り払った事は事実、倒れた彼女の姿も見られた。

 言い逃れが出来る状況ではないと、私の理性と経験が言っている。


 誤解しないでと叫びたい、私は悪くないとラーナ様を押し退けてしまいたい。

 そして今振振り返ったらそれを実行してしまうだろう。今にも駆け出した足を律するには、唇を噛み締めてその場を動く訳にはいかなかった。

 今の彼女の発言が嘘であっても、ラファエルにすがり付くラーナ様をみたら私は彼女の言葉と同じ行動をしてしまう。

 突き飛ばして、引き剥がして、ラファエルに触るなとみっともなく喚いてしまう。

 一度ラファエルから逃げておいて、彼の好意を振りきって傷付けておいて、今の私にはラファエルを独占する権利なんてない。


 だから、ただ嫌われない事だけを祈った。

 ラーナ様の言葉を信じても、ただ、嫌わないでくれと。


 ラーナ様の啜り泣く声が響く中、聞こえきたラファエルの声は。


「ニア……大丈夫?」


 いつもと変わらない、私のよく知る優しい優しい声だった。

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