第一話 まずは友達になりましょう
とはいえ、アピールが大事だとか言ってはみたものの、実は私も恋愛事が得意なわけではない。というか四六時中お嬢様と一緒なんで、初恋すら未経験。
この間初恋を経験したお嬢様よりも経験値は低いと言う訳です。
どうしよう初っぱなからつまづいた。
「ので、ご教授願いたいんだが」
「それ俺に言うー?」
ここは、貴族の通う学園内の執事室。大抵の子息令嬢は自らの専属を持っているが、登下校や昼食時の世話だけで授業中は教室に入れない決まり。
しかし学園内を好き勝手に歩き回る訳にも行かないので、大抵はこの執事室に集まり呼ばれるまで待つ事になっている。
そして今私が教えをこうたのは、ラファエル・ガードナー。
レオノーラ王子の専属執事で、歳は五つほど上だが私の同僚に当たる。それなりに昔からの知り合いだ。
白銀の髪に鮮やかな碧眼の男で、白髪に赤い目をした私とは似ているようで違う。髪色のせいか兄妹と言われることもあるのだが、正直止めて欲しい。
いや、顔は綺麗なんだけどね。サラサラの髪に、優しそうな笑みを絶やさない美形面、中性的と言われる私よりも顔だけなら女性に見えるかもしれない。
問題は見た目じゃなくて、中身の方でして。
「恋愛経験は豊富だろう」
「俺、別に自分から声かけないしね。皆寄ってくるからお話してるだけ」
この男、ものっ凄く、チャラい。来る者拒まず去る者追わず、その美しい顔と博愛主義な優しさに心を奪われた女性は星の数。ギリギリご令嬢には手を付けていないそうだが、想いを寄せられる事に関しては許容範囲だそうで。
これが兄に見えるのは遠慮したい、修羅場に巻き込まれたら困るので。
でも恋愛経験自体は間違いなく豊富、アピール方法を聞くには最適な人材だと思ってました。まさかの寄ってくるパターンだとは、モテるって自慢か嫌ってくらい知ってますけど?
「というかさー、わざわざアピールしなくてもシルヴィニア様なら顔面だけでなんとかなるでしょ、後体」
「人のお嬢様を邪な目で見るな汚れる」
「酷い!!」
酷くねぇよ、むしろ二十歳越えてるくせに十六歳の体がどうとか言うな。いやまぁ……確かにシルヴィア様は凄くスタイルがいいけども。
「あ、大丈夫だよ!ニアは胸がなくても足がある!」
「それはありがとう。お礼にレオノーラ様にご報告してやる、セクハラでクビになれ」
「ちょ、止めてよ!この間もメイドちゃんが辞めて大変だったんだから」
むしろ何でそれで懲りないんだお前、いやクビになってないんだの間違いか。レオノーラ様も何故こいつを専属にしたのか……あぁ、仕事は完璧だもんな仕事だけは!
「いつか後ろから刺されろ」
「そこは普通刺されても知らないぞ、じゃないの?」
「勿論、刺されろと望むが現実になったら自己責任だ」
「ほんと酷いなぁ……」
私もラファエルも本気じゃない軽口だが、言葉と真逆にヘラヘラしている顔を見ると三割くらい本気になりそう。綺麗な顔だから余計にムカつく、刺されはしなくても顔面グーパンくらいはされてくれないかな。
にしても……どうしよう。ラファエルの恋愛遍歴があれば少しくらい何かご教授願えると思ったのだが、他力本願はよくないって思し召しか。恋愛初心者に引く手余多な王子様を惹き付ける案なんてどんな無茶振り。
「ふむ……やはり、自分でどうにかするしかないか」
私に無いのは知識と経験。だからこそその両方を持っているラファエルを頼ったが、当てが外れてしまったなら仕方がない。
もしもの為に持ってきた保険が早速役に立とうとは、嬉しい様な悲しい様な。
「……うん、ニア、それ何?」
「見ての通り、教本だ」
恋愛について一番手っ取り早く情報が手に入る物、生憎このファンタジー世界には他人の恋愛の記録を細かに伝えてくれるゴシップ誌は存在しないが、代わりに女の子の夢が詰まった胸キュンの源は豊富。
乙女ゲームをしていただけあって、前世も含めて私も大好きです。自分のはからっきしだが人の恋愛って野次馬楽しい。
乙女のバイブル、少女漫画に恋愛小説。
「いやいやいや、それは一種の幻想だから!しかも何でそんな切ないとか禁断のばっか!?せめてもっと幸せなのなかったの!?」
「片想いで、今のところ望み薄めなだからな」
「それでももっとあるでしょー!!」
今のシルヴィア様の状況を考えるとぴったりだと思ったんだけど……身分差、片想い、保険で悲恋も。
禁断は禁断でも不倫とかじゃないだけマシだと思って欲しい。奥様……シルヴィア様のお母様が恋愛なら何でも読むって方だから、他にも異種族とか普通の学園物とかも色々あった。
「というかさ、こういう本で恋愛どうこうの前に普通に友達になればいいじゃん」
「……友達?」
「小さい頃から知ってるけどしばらく会ってなかったし、今のお互いの事は全然でしょ?まずは関わる事、切っ掛けって大事だよー」
なるほど、一理ある。切っ掛けは大事で、どうすればいいという悩みはお互いが関わってからする物だ。さすが恋愛脳、尊敬はしないが感謝はしよう。
「しかし……友達になるにもどうすればいいか」
シルヴィア様の性格をご存じですか?良く言えばツンデレだが普通に性格がキツいし悪い。幼い頃からそばで見てきた私なら知っている一面は多々あれど、外面はただただ性悪。
そんなシルヴィア様に友達とか……ここ数年見てません。取り巻きは入れ替わり立ち替わり色んな人を見てきたが、シルヴィア様が心を開ける相手はいなかった。
「んー……そこは、俺達の力じゃなかな」
「……俺?」
「……え、だから俺に話したんじゃないの?」
ラファエルはレオノーラ様の専属だから、確かに協力してもらえれば心強い。
そうだよ、普通に考えたらラファエルの立場こそがどんなアドバイスより重要だ。むしろ何故今まで気が付かなかったのか。恋愛の情報を集める事に必死で忘れていたというか、こいつめっちゃ利用出来るのに。
「よし、協力しろ、今すぐ!」
「気付いてなかったな……」
うるさい、気付いたから何も問題無いだろう。そんな残念な物を見るような目をするな。
「まぁ、いいよ。レオ様の気持ちによっては撤回するけど、今の所は害無いし」
「分かっている」
あくまでラファエルの最優先優先事項はレオノーラ様。今回はただ友人として関わりを持ちたいという健全な物だからいいとして、レオノーラ様がシルヴィア様を拒否する反応を見せればあっという間に敵になるだろう。
そこは同僚で、私とは一応友人だとしても抜かってならぬ、私もシルヴィア様に関わる事ならば一切の妥協はしない。
最優先は、我らが主の心身の健康だ。
なのでラファエルが全力でレオノーラ様を護るなら、私は全力でシルヴィアを応援する。王子様が相手でも、シルヴィア様を好きにさせれば万事解決。私の無職も回避出来る。
「ラファエルがレオノーラ様を大切を優先するのは当然だ。むしろ例えわずかでも協力してくれる事に感謝する」
「……どういたしまして」
「ところで私も友人とは縁遠いのだが、どうすればいい」
「……主従でそれか」
むしろお互いが唯一の友達みたいな所がありますが何か?ラファエルも友人というより仕事仲間という枠付けが強いし。
その後昼食の時間に呼ばれるまで、ラファエルからの友達講座が開催された。
思った以上に私の交遊関係が可哀想だったらしいラファエルの哀れみに満ちた視線が鬱陶しかったです。悪かったな友達少なくて。