第十五話 視界を占拠しないで下さい
一度避けてしまうと、次にどう接したらいいか分からなくなる。親しければ親しいほどその溝は深くなる。
普通の人ならば、当然知っている事なのだろうか。だからこそ皆、友達と呼べるほど近付いても嫌われない様に立ち回るのだろうか。
私は、知らなかった。友人と呼べる相手なんて、シルヴィア様とラファエルしかいなかったから。
どれほど近かろうと元々敬うべき相手であるシルヴィア様との関係が普通に当てはまらない事くらいは理解できる。親しき仲にも礼儀が必要ならば、主従よりも友情が優先されるべきではない。
それではラファエルはどうか。こちらもまた特殊な関わりではあるものの、比較的普通の友人だ。少なくとも少し前までは。
同じ職に就く者と、彼の能力の高さを信頼も尊敬もしていた。同じ立場だからこそシルヴィア様とは違った意味で素をさらけ出し、心の近さはシルヴィア様以上だったかもしれない。
知らない事は無いと思っていたし、逆に全てを知られていても不思議はない。
どんな事があっても揺らがない相手がいるなら、それはきっとラファエルだと思っていた。
「あ……紅茶が切れてる」
お昼に出す紅茶の缶が空っぽな事に、今まで気付かなかった。
最近こんな事ばかりで、まだ事前に対処できるミス未満だからいいとしもこのままではいつか大きな失敗をするだろう。
気が抜けている、もしくは他に気を取られている。
原因も分かってはいるのだが、解決方法が分からない。
「あー……何で私がこんな考えなきゃいかんのだ」
最近ずっと、ラファエルの事が頭から離れない。
まともに話した最後の日から抱え続ける不透明不明瞭な感情は解消されないまま。心の底に少しずつ溜まっていく感覚が気持ち悪い。
正直、ラーナ様の事をこんなに気になる訳もよく分からない。確かに警戒すべきだとは思っているが、シルヴィア様に関わらない限りどうでもいい相手でもあるから。
「……補充行こ」
考えても答えが出ない。ならばもう保留、もしくは忘れてしまおう。
シルヴィア様への奉仕に影響が出るなら尚の事。この先どうなるのかは分からないが、怪我さえ治ればラファエルはレオノーラ様の専属に戻るだろうし。前の様に戻れるならそれが一番なのだから。
× × × ×
紅茶が無くなったら食堂へ行く。基本的にお昼自体を食堂で取るからあまり必要ないかもしれないけど、最近は中庭だったり図書室だったり、色んな所でプチお茶会が開催されるから空っぽだと対応が出来ない。
「ティアベル様にもらったのも美味しかったなぁ……」
それなりにいい茶葉だったからシルヴィア様にも飲ませてあげたいが、食堂にあるかどうかが問題。リピア産は多数取り揃えているけど他は微妙だから。
「──、──」
「……?」
食堂までの道は人通りが少なくて、授業中という事もあるしまだ昼食の準備をする様な時間でもないから。
だから、聞こえてきて声に少しだけ違和感を覚えた。
勿論学園内には沢山の人がいて、時間帯によって人の多さが変わるといっても百パーセントではない。それを重々分かっていても心に引っ掛かる物を感じたのは、その声の様子がおかしかったから。
怒鳴るのとは違うが、叫ぶ様な声色で。ボリューム云々ではなくその必死さが学園という場所にそぐわない気がした。
「どうして……っ!!」
「落ち着いて下さい──ラーナ様」
聞こえた声はよく知る人物で、その声で聞こえた名前も私の心を揺さぶるに足るものだった。
止まれば良かったと、数秒後に私は後悔する事になる。
関係ないとか、どうでもいいとか、ついさっき考えないと決めた手前二人が何を話していても気にしないなんて強がって。自分で自分の首を絞めている事に気付きもしなかった。
進んだ足は、強制的に縫い止められる。
「ぇ……」
重なっている二人の影が、あまりにも鮮明だったから。




