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第十四話 大切なのは同じだけど

 色づいた景色は、大切な人の思い出によく似ていた。

 白い髪も赤い瞳も、猫みたいに丸い目の形も、最後に見た彼女が再び巡ってきたんじゃないかって思うくらい。


「ニーア・ハニーナと申します」


 そう名乗った大切な人の生き写しは、よく知る声よりも随分と感情のない声をしていて。別人なんだと、当たり前の事を突き付けられる。

 執事服に身を包んだ彼女が男装の麗人と呼ばれている事を知って、見かける度に同じ男が隣にいる事にも気が付いた。


 ラファエル・ガードナー。


 王子の専属である彼の事は前から知っていたが、ニーアの傍にいる彼は聞いていた様な軽薄な印象とは少し違う。

 少し見ていれば分かるくらいにラファエルという男はニーアに甘くて、優しくて。彼にとってニーアが特別な存在である事は一目瞭然。


 そしてニーアも……ラファエルが特別なのだろう。

 本人はまだ自覚していない様で、ラブなのかライクなのかは他人である自分にははかりかねるけれど。

 彼がラーナという生徒のサポートをする様になってから、ニーアの様子は少し可笑しい。やっと普通に笑って話してくれる様になったが、それもどこか上の空。ラファエルと話す時とは比べるまでもなく。


 執事室の前で話している時には、ラファエルから逃げ出すように俺を引き留めて。立ち去る時の彼の顔を、ニーアはきっと気付いていないだろう。

 置いて行かれた寂しさとそばにいるのが自分ではないもどかしさが混ざって酷い顔だった。俺に対する嫉妬もあったからか。

 きっかけは分からないが、ニーアがラファエルに対しての感情の変化についていけてない事は分かった。初めての感情に振り回されるのは、俺にも身に覚えがある。

 友情からの変化は時に亀裂を生むものだ。


 何とか落ち着いた彼女が執事室に帰るのを見送ってから、俺には行く所がある。いや、俺ではなく向こうから来る……といった方が正しい。

 職員室へ戻る帰り道で、今の時間ならば一番人通りがないであろう一角に。壁に背を預けたラファエルの姿は同じ男でも羨ましくなるくらい絵になる。


「ごきげんよう、ティアベル様。思ったよりお早い戻りで……安心しました」


「ニーアなら執事室に帰したから、心配しなくていい」


「……えぇ、そうみたいですね」


 どうせどこかから見ていたくせに、白々しく頷いて見せる姿はどこまでも完璧だ。盗み聞きはニーアに気配を察知されそうだけど、今日に彼女な少し離れた場所からで尚且つ彼の気配を消す技能を合わせると気が付かなかった事だろう。


「……それで?警告でもしに来た?」


「…………」


「図星っぽいね。牽制だけじゃ不安になった?」


「牽制が効かない人間もいますから」


「そりゃそーだね」


 目が笑っいないのはわざとなのか、それともニーアの悪い虫を前に感情が制御出来ていないのか。どちらにしても、ニーアに逃げられた事が相当堪えたらしい。

 今まで見えていた物が急に見えなくなっている。


「俺に牽制が必要ない事、前の君なら知っているはずなんだけどな」


「っ……」


「だから今までは俺が彼女に話しかけても余裕だったんでしょ?」


 俺が、彼女に向ける感情の種類は決してラブではない。

 失った婚約者によく似たニーアを特別視しているのは否定出来ないし、一瞬愛した彼女と重ねてしまったのも事実だけど。

 ニーアと、彼女はあまりに違う。

 顔の造りはよく似ているけれど、笑った顔も落ち込んだ時の声色もそっくりだけど、彼女の名はニーア・ハニーナ。俺が愛した人と同じ顔をした別人で、特別に想えても根底にいる想い人を越えられはしないのだ。

 俺の好きになった人はもういない。例え同じ遺伝子をしたクローンでも、俺は愛しはしないだろう。

 俺の恋は、もうずっと前に結末を迎えている。


「ニーアの事は、好きだよ。彼女はとてもいい子だ」


 不純な想いで曇った目で見ても、彼女の心根が美しい事くらい分かる。だからこそ、俺の愛は歪んだ恋にならずに済んだ。

 ニーアという一人の女の子を、大切な人にする事が出来た。


「でも、俺と君の想いは同じじゃない。ニーアだって、俺を好きにはならない」


「……えぇ、知っていますよ」


 ニーアの誰よりも近くにいた彼ならば、簡単に導き出せた答え。それでも行動せずにいられないくらいに追い詰められているという事か。

 

「きっと今までの俺なら、ニアが他の男といたって平気だった。俺に敵う訳ないって思ってたし……ニアが、恋を知らないって分かってたから」


「あぁ、やっぱり……」


 どうりでラファエルへの感情を複雑化していると思った。何故普通に話せないのかなんて、意識しているからに決まっているのに。


「俺が、焚き付けたんです。俺を意識してほしくて、この関係を変えるのは今しかないと思った。でも……それは俺がそばにいられると思ったからで」


 今まで通りなら、ニーアの一番傍にいる男はラファエルだっただろう。友人という関係を進めたくて、彼女の心を揺さぶった事も仕方ないと思う。ぬるま湯の様な心地よさでは恋に変化をもたらす事は出来ない。

 どんな方法をとったかは分からないが、少し強引に恋愛と男女間の友情の危うさを見せつけでもしたか。

 まさか次の日には引き離されるなんて思いもしない。


「近くにいられない事が、こんなに不安になるなんて思わなかった……」


 ずっと自分が傍にいたから、離れるなんて思ってももなかったから。ましてやニーア本人に逃げられるなんて。


「……申し訳ありません、ティアベル様。俺の私情に巻き込んで」


「いいよ、別に。ニーアが笑えるならなんでも」


 きっと、二人は想い合っているはずだから。俺達のように離れる運命にならなければいいと思う。

 願わくば、ニーアが泣かない結末になればいいと。


「ありがとうございま──」


「ラファエルさん!ここにいたんですね!」


 ホッと息を吐いて、力の抜けた肩がわずかに揺れたのが分かった。無防備に安心していた表情も一瞬で仮面の様な笑顔を作って、自らの名を呼んだ人物を振り返る。


「……ラーナ様、早いですね。まだ授業中のはずですが」


「もう後片付けだけなので、着替えに時間がかかる私は先に戻ってもいいって」


「そうでしたか。迎えに行けず、申し訳ありません」


「そんな……っ、気にしないで下さい!」


 鈴の音の様な声は分かりやすく弾んでいて、男に体を寄せる姿はまるで恋人同士。学園という場を考えるとあまり誉められた態度ではないが、目に見えて分かる怪我の象徴に注意するのは躊躇われた。

 足が痛いとか立っているのも辛いとか、一見ただ彼に甘えたいだけに見えても人の中身は視覚化できる物ではない。


「では更衣室へ参りましょう。折角早めに行動出来るのですから」


「はい!!」


 俺の存在を欠片も気に止める様子の無さはどう思うべきなのか。失礼だとも思うが、俺に用がない事を考えると特別腹が立つものでもない。

 執事として仕事モードに入ったらしいラファエルは俺に一礼するとラーナを支える様にゆっくりと歩き出した。どうやら積極的にくっつきたのは女の方らしい。


「……大丈夫かな」


 ラファエルを見るラーナの表情にわずかな不安が過ったけど、それが何故なのかは分からない。ただ拗れた二人の恋路が上手く行くようにとだけ切に祈った。

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