第十一話 私だけでは足りないの
生まれた時から私のそばにはニアがいた。
何があっても、私の味方。そして私も、ニアの味方。裏切りの概念が存在しない関係性は一生変わらないと確信している。
彼女は私の知るどの人間よりも美しく、気高く。例えレオ様であっても、これだけは譲れない。
誰よりも愛する、私のニア。
貴方を傷付ける人間は、誰であっても許さないわ。
× × × ×
「早かったね、シルヴィア」
「……レオ様をお待たせする訳には、いきませんもの」
「ラファエルの事が気になる?」
「っ……」
さっき、食堂で見た光景が頭から離れない。
ラファエルと、その腕に絡み付く見知らぬ女子生徒。プラチナブロンドの髪にエメラルドグリーンの瞳をした、華奢で小さいお人形の様な子。
私とも……ニアとも違う、震えながら私に歯向かう姿は護りたいと思ってしまうほどに愛らしく見えた事だろう。
でも、私にとっては、大切なニアを傷付ける敵。
「……彼女は、何なんですの」
あの時、私の後ろでニアが動揺しているのが分かった。いつもならどんな事があっても冷静に、私にとっての最善を優先するニアが、自分の感情を抑えきれないほどに衝撃を受けたのだと。
事実私立ち上がった時も怒鳴った時も、ニアの反応はいつもより遅かった。
「ラファエルは、何故彼女と共にいるんですか。別の仕事って、彼女の事?ラファエルと、彼女は……何なのですか」
今、私のしている事は貴族としてあるまじき事だ。彼女に怒鳴ったすぐ後にこれとは、呆れられても仕方がない。
でも、どうしても、我慢出来なかった。
ニアにとっての一番は、間違いなく私。自惚れではなく、実際に何時如何なる事態でも最優先されてきた。
でもきっと、ラファエルだってニアにとっては特別な人。それがどういう種類の愛なのかは、レオ様との再会で初めて恋を知った私には判断できないけれど、少なくとも友人としての範疇を越えている事だけは確かだ。
そしてラファエルにとっても……ニアは誰より特別なんだった思っていた。というより、つい最近気が付いた。ラファエルがニアに向ける視線は、私がレオ様に向ける物とよく似ている事に。
私の大切な、大好きなニアを任せる相手は、最高の人物でなければならない。容姿も性格も、美しいニアと並び立つに相応しい人でないと。そして、私の次にニアを愛し、私の次にニアに愛される人でないと、ダメ。
だから、ラファエルなら良いと思った。ニアの隣が私の次に似合い、私よりもニアが無防備に笑える、ラファエルならと。
女性に優しく浮き名を流してはいるが、本当に女性を己の欲に従い傷付ける様な人間ならレオ様が信用するはずがない。
でも、あの時ニアを傷付けたのはラファエル。
あんな……令嬢の嗜みも分からぬ女に好きにさせて。ニアの方がずっとずっと美しくて、笑うニアの可愛さだって知っているはずなのに。
「シルヴィア……すまない」
「……レオ様が、謝る事ではありませんわ」
レオ様のせいではない。
そして本当は……ラファエルのせいでもない。あの時怒りに任せて声高らかに言った言葉は間違っていなかったと知っているが、ニアを傷付けた怒りは完全に私の勝手な想いだ。
「いや……お前にそんな顔をさせた時点で、俺は謝罪する義務がある」
「…………」
「しかし、ラファエルに罪はないのだ。その説明と、ラファエルの潔白を聞いてはくれないか?」
「……はい」
今の私は、まるで駄々を捏ねる子供と同じ。年齢を考えたら癇癪といってもおかしくはないだろう。
本来は誰も悪くない事に対して怒って、自分の感情をセーブ出来ないなんて。その上レオ様にする必要のない謝罪までさせた。
「申し訳ありません、レオ様」
「シルヴィアは正しかったよ。言い方と、声の大きさが場所にそぐわなかっただけで」
優しい声も笑顔も、私の好きになったそれ。
そのまま説明された事情は、私にラファエルへの謝罪を決意させるには充分な物だった。レオ様の言う通り、潔白の身の上を八つ当たり同然に罵倒したのだから。
「私……ラファエルに謝罪しないと」
「いや、元々は身から出た錆だ。あいつが不特定多数の女性に優しいのは事実だし、今回の事はいい教訓になったろう」
「でも……っ」
「ラファエルは気にしていないだろうし……どうしてもというなら場は設けるけれど」
「はい、是非」
自らの否を分かっていながら謝罪を有耶無耶にするのは、私の気がすまない。
どんな理由があってもニアを傷付けた事実は許さないが、八つ当たりした事だけはきちんと謝罪をしなければ。
「……少し、妬けるね」
「へ?」
「いや……ラファエルの事でシルヴィアの心が埋まってしまうのは面白くないなと思って」
「な……っ、違います私……」
ラファエルは確かに私の心に特別な存在として刻まれているが、それはラファエル本人がではなく『ニアの特別』だからだ。特別なニアの、特別な人だから。
レオ様とは、根本からして違う。
「私の……シルヴィアの特別はレオ様です」
初めて好きになった人。恋がこんなにも複雑で、簡単な気持ちだと教えてくれたのは貴方。
「他の人なんかで埋まりませんもの。私の気持ちを侮らないで頂きたいですわ!」
会いたくて、恥ずかしくて、好かれたくて、切なくて、寂しくて、嫌いになって、嫌われたくなくて。
こんな矛盾だらけの感情がある事も、それが全て二文字の単語で説明出来てしまう事も。
貴方のおかげで知った、大切な気持ち。
「……俺も、そうだよ」
「っ……?」
「シルヴィアだけが、俺の特別だ」
「ぁ……、え、あの……っ!?」
「ふふ、顔真っ赤」
レオ様の手が滑る様に髪を撫でて、一束を優しく包むとまるで宝石でも愛でる様にキスをした。
一瞬何が起こったのか分からなくて、でもあまりに近い場所で見るレオ様の顔に無理矢理理解するしかなくて、慌てる私を楽しそうに眺める表情に胸がキュンとなる。
ほら、今も。貴方は簡単に私の心をわし掴んで離さない。




