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第九話 全てはタイミングである

 自分は距離の詰め方が上手いという自覚がある。空気を読むのと似たスキルで、執事てしては習得しておいて損はない。レオ様のそばにいるなら余計に、どんな人間にも取り入れるならばそれに越した事はないのだから。

 女性に優しくするのも、それの応用で。男性よりも好意に左右されやすいから取り入った後の恩恵が多い。

 そんな俺の行動の裏を知っているからか、レオ様に女性問題を注意はされるが咎められる事はない。


 そんな俺が唯一打算なく付き合える相手が、ニーア・ハニーナ。

 執事服に身を包む女性で、その姿を男装の麗人と称える者も多い。本人は全くその気はないと言っているが、すらりと伸びた長身に男性よりも男らしい口調と行動は、男装と称されても仕方がない振る舞いだと思う。

 白髪に、真っ赤に輝く瞳は美しく、中性的な雰囲気とあいまうとより神秘的で。シルヴィニア様の隣にいても損なわれない、優美で可憐な男装の麗人。


 初めて会ったのは、彼女がまだ少女といっても過言ではない幼子だった頃。レオ様とシルヴィニア様が遊ぶ姿を見詰める彼女は、子供らしからぬ真剣さがあって。

 後に聞いた彼女の生い立ちからくる必死さを、蔑める訳がなかった。

 無償の愛が信じられない彼女はコルネリウス家に捨てられない様にと気を張って、結局今の今までそれが緩んだ姿を見た事がない。コルネリウス家の当主様は仕事以外では随分と甘く優しい方だともう本人も分かっているだろうに、幼い頃からの癖はそう簡単に抜けないのだろう。


 興味が庇護欲に変わるのはあっという間で、それが恋に変わったのは成り行きだった。

 自然の流れで、月単位、年単位で会わないが定期的には仕事で顔を会わせる彼女はどんどん綺麗になっていく。同時に研ぎ澄まされていく感覚と、男性的になっていく態度はシルヴィニア様を護りたいという彼女の心の現れだったのだろう。


 好きだと、気付いてもう何年になるのか。女好きだと思われているのは承知の上で、随分と一途なものだ。


「……随分と機嫌がいいな、ラファエル」


「ふふ、レオ様の方もご機嫌よろしい様ですが」


 シルヴィニア様達を送る帰り道、迎えの車の中で俺はどうやら相当笑顔だったらしい。俺から言わせればレオ様も中々だが。


「当然だろう。お前と違ってこっちは何年も会えなかったんだからな」


「……それ、俺への皮肉ですか?」


「自覚があって何よりだ」


 生まれた時から知っているこの人も、随分と長い片想いを経てようやく気持ちが通じ合おうとしている所だ。

 俺と違い長い間会っていなかったせいか、レオ様は今までの分もシルヴィニア様を甘やかそうとしている。見てるこっちが恥ずかしくなるほどの溺愛っぷり。想う相手と過ごした頻度は圧倒的に俺の方なのだが、進展については真逆と言えるだろう。

 友人に昇格するにもそれなりに時間がかかった上、ニアはあらゆる事に精通しているくせに恋愛面だけはからっきし。恐らく初恋も経験していない。

 恋という物を一種の幻想だと決めつけている節があり、普通に愛を囁いた所でニアは信じないだろうと分かっていた。物事にはタイミングがあり、友人として最も信頼される立場に甘んじながらその日を……今この時を、ずっと待っていた。


「まぁ……俺もそろそろ動きますよ」


 友人としては一番近くとも、ニアにとっての不動の一番はシルヴィニア様。その彼女が恋をしたなら、ニアも少なからず恋愛を意識する。

 今を逃せばこんなチャンス、きっともう訪れない。


「お前はどうでもいいが……ニーアを泣かせるなよ」


「シルヴィニア様が悲しまれますか?」


「分かっているならいい」


「勿論、あなたに女性の扱いを教えたのは俺ですよ?」


 優しくして、甘やかして、溺れるくらいの愛を与えるやり方は俺がレオ様に教えたもの。その俺が、誰よりも恋し想う相手を泣かせたい訳がない。


 愛を信じないニアへ、与えるのではなく注がれる想いの深さを思い知ればいいと思う。秘める必要の無い感情を溢れるままに表に出せる瞬間を、ずっとずっと心待ちにしていたのだから。


「まぁ……応援はしてやろう。シルヴィアもニーアを心配していたからな」


 どこまでもシルヴィニア様が優先される所はいっそ清々しい。シルヴィニア様の中でニアが自分以上に容量を占めている事が不満だと顔に出ているが、あそこの間に割って入れない事は俺もレオ様もよく分かっている。

 主従を越えた信頼と友情に男が入り込む余地は無いのだ。

 そしてそれを踏まえた上で、むしろそんな所さえ愛しく感じてしまう俺達は、結局惚れた者負けという事なのだろう。

 しかしすでにある程度気持ちの通じている二人とは違い、俺は今日やっと始まったばかりだ。

 始まったと……思いたい。あれだけ言えば流石のニアも何かしら意識してくれると思うが、如何せんあいつの鈍さは未知数。何せ未だにレオ様の気持ちが幼馴染みの兄心だと思っている様なやつだ。


「まぁ、俺はここからなので……頑張りますよ」


 間違いなく、ニアの一番近い男は俺で。今日の様子だと、もしかしたら唯一『男』として意識されたかもしれない。

 鈍いくせに人を惹き付けるあいつを他の男に渡す気は無い。最近やたらニアに話しかける先生にだって、譲らない。


「……ほどほどにな」


「ふふ、気を付けます」


 余程ぎらついた表情をしていたのか若干引いているが、シルヴィニア様を前にしたレオ様も人の事は言えないと思う。王子様としての凛々しさが見る影もなく溶けていると本人は気付いていないのだろう。


 そうして話している内に城が見えてきて、レオ様も俺も気が抜けた……瞬間、最後の曲がり角。


「キャ……ッ!!」


「っ……!?」

「何……っ」


 突然聞こえた悲鳴と、急ブレーキによって前へと飛び出す体。咄嗟のレオ様を庇ったのは執事としての反射神経で、俺も何が起こったのかは自分でもよく分かっていなかった。

 ただこういう時は下手に降りたりせず、どんな瞬間でも優先させるのはレオ様の安全。


 状況を確認しに行った運転手が戻って来た後、共に現れたプラチナブロンドの少女の姿に感じたのは……不謹慎ながらも漠然とした違和感だった。



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