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狼煙

こんばんは、何だか最近、ちょっと忙しくなりつつある遊月奈喩多です!!

ようやく第4話を投稿できそうですが、まだ遺跡の話は続きますよ!

訪れた遺跡でカイル達を出迎えたエーデ卿が、突如刺し貫かれた! そして血濡れの剣を手に現れたのは、爆発で死んだはずの青年ガルゲンで……!?

ということで、本編スタートです!

4話 狼煙

 カイルは、目の前で起こった出来事を把握できずにいた。

 つい先刻《最果ての海》を目指したいというカイルを案じながらも、そこがあると伝えられている場所を教えてくれたエーデ卿が地に倒れ、その腐敗した体にわずかながら残っていた血が流れ出して、際限なく広がっている。

 エーデ卿を背後から刺したのは、その前に起こった爆発で死んだはずのガルゲン。

 柔らかそうなシナモン色の髪にも、人のよさそうな顔にも返り血を浴びた姿のまま、カイルとルキウスに困ったような微笑を向ける。

「嫌なものを見せちゃってごめんね、カイルくんにルキウスくん。できれば君たちが帰った後にしたかったのに、まったく間が悪いよね。エデンから君たちを追ってくる者がいたなんて。テラニグラの方が何だか騒がしいって聞いてたけど、それは君たちの事だったのかも知れないね。あそこにはエデンの――いや、エスタさんから前に聞いていた中央収容所……だっけ? あそこの協力者がいるそうだから。

 それでも……は違うかな。それだったら尚更、ぼくらは始めなくちゃいけないんだ。もう、待つわけにはいかなかった」

 穏やかな口調のまま、倒れ伏して動かないエーデ卿の体にもう1度剣を突き刺すガルゲン。にこやかに歪められた口元に反して、その亡骸を見つける瞳は冷たく、暗い輝きを宿していた。

「お前、あの爆発で死んだはずじゃないのかよ! それが生きてて、それに何でこの爺さんを……っ!」

 ルキウスの怒気を孕んだ言葉にも、ガルゲンはそれまでのにこやかな表情を崩さずに向き直る。

「ぼくらはね、エデンに思い知らせなくちゃいけないんだよ。自分たちが犯した過ちを。それに向けて、ぼくらが動き出すための合図として必要だったんだ」

 穏やかなその声音には、しかしそれ以上には何も語らないと言いたげな冷たい拒絶の気配があった。その気配を感じ取ったルキウスが、思わず口を噤む。

 その様子を見届けた後、突き刺したままの剣でエーデ卿の胴体を執拗に捏ね繰り回すガルゲン。赤い飛沫を飛ばしながら肉が掻き回される光景と音に、カイルは思わず吐き気を覚える。同時に、自分たちを受け入れてくれた魔族の老人に対するその残虐な行為に対する怒りも芽生えてはいたが、何よりも幼い我が子に料理を手作りするような優しげな表情のままで剣を動かしているガルゲンの姿を前に、怒りよりも恐怖が勝った。

 そんなカイルの様子を察して、1歩前に出るルキウス。

「お前……、エデンからの追っ手じゃ、ないのか?」

 カイルを背にして、ルキウスが強い口調で尋ねる。

 エーデ卿を躊躇いなく、むしろ執拗に殺している姿はデゼールロジエで遭遇した敵を彷彿とさせたが、彼の口ぶりからは、カイルもルキウスも彼にとっては眼中外であることが窺えた。

 それを裏付けるように、ガルゲンの口調は相変わらず穏やかだ。

「あぁ、ぼくはエデンとは関係ない……とは言えないけど、少なくともエデンと協力するような間柄じゃないよ。むしろエデンが作り上げた不平等に――正確には少し違うかも知れないけど、エデンが作り上げたものによって虐げられた側だからね、ぼくら『遺跡の民』は」

 穏やかながらも「遺跡の民」と口にしたときの自嘲的な声音は、その呼称がエデンでの教育においてそう呼ばれる者たちに触れるときにそうであったように、彼ら自身にとっても侮辱的なニュアンスを潜在させていることを表していた。そういった区別もまた、ガルゲンの言う「エデンが作り上げたもの」の1つなのだろう。カイルは、目の前で明らかにエーデ卿を殺した者であることを一瞬忘れて、ガルゲンたちのそういった境遇に同情しそうになった。

 しかし、その思いも次の瞬間に立ち消えることになる。

 正確には、ルキウスの言葉によって。

「それじゃあ、お前はレジスタンス……ってことなのか?」

「あいつらと一緒にするな」

 それまでとはまるで違う、冷たい声音。

 視線にも、自分をレジスタンスかと尋ねたルキウスに対する怒り……と表現するのはあまりに生ぬるいように感じられる感情が宿っている。

「ぼくはあいつらとは違う。まぁ外側から、しかも浅く小さな世界の中からしか物事を見ていなかったきみたちにその違いなんてわかりっこないだろうけどね。……だとしても、そういう混同は許さない」

 敵意を隠さずに2人を睨みつけるガルゲン。しかし、すぐに興味を失ったように再びエーデ卿だったものを見下ろす。

「今ここに倒れている彼はね、レジスタンスの創設者だったんだよ」

 もう原型を失うくらいにまで掻き混ぜられた肉の塊に目を向けたまま、ガルゲンが唐突に語り始める。その声音には、エーデ卿に対する静かな怒りと、深い悲しみが感じられた。

「今ではただの野盗もどきに成り下がっているけど、レジスタンスには当初理念があったからね。その象徴としての意味も、ぼくらにはあったんだ。エデンが作り上げた均衡があまりに独善的だったがゆえに砂漠に追いやられてしまうものが出てきた、だからそれを正す……ってね。そして、エデンの方針と違ったとしても、魔族と人間が共存できることを証明するんだって。

 ぼくの両親も彼と一緒になってレジスタンスを立ち上げたんだ。志もあったし、何よりぼくの母は人間だったからね。レジスタンスの方針を真っ先に示すには、ぼくら家族は絶好の象徴だったんだ。ぼく自身も、かつてはそれを誇りに思っていた。そして思っていたんだよ、大きくなって、少なくとも周りの足手まといにならないくらいになれたら、ぼくもレジスタンスに加わるんだって」

 そう話すガルゲンの語り口は、先程ルキウスに向けられた冷たい憎悪が嘘であったかのように穏やかなものだった。

「だけどね、この老人はレジスタンスが変わり始めた頃に手を引いてしまったんだ。自分の手に負えなくなったから手放す……それで歯止めが利かなくなったレジスタンスの内部抗争でぼくらの家族はみんな死んだよ。父も、母も、まだ小さかった妹も。みんなね」

 そして、その間にもエーデ卿を刺したままの剣の動きは止まらない。

「もうやめろよ」

 抑えたルキウスの声にも耳を貸さず、ガルゲンは手に持った剣を動かし続ける。

 ぐちっ、にちぃっ。

 腐肉が掻き混ぜられ、叩き伸ばされ、細かく刻まれていく光景と音、そして拡散していく腐臭に、カイルとルキウスの背筋には怖気と不快な汗が走る。カイルは目を伏せ、その凶行が早く終わることを祈り始める。それではいけない、そう思っても、そうせずにはいられなかった。

 それは、ルキウスも同じだったようだ。しかし、彼は目を背けるよりも先に感情を爆発させる。

「やめろっつってんだろ!!」

 ルキウスが走り出す。

 ガルゲンの凶行を止めようと走り出したルキウスの動きはカイルと共に中央収容所を出たとき、つまり能力を使ったときに近い速度だった。その速度は空間にさえ穴を開け、ルキウスの体は瞬時にガルゲンの目前に現れ、そしてそのままの速度でガルゲンを殴りつける!

しかし、ガルゲンの――ガルゲン側の反応が一瞬、ルキウスの拳よりも速かった。

「ファーネ!」

 ガルゲンの鋭く叫んだ瞬間、ルキウスの動きはその場で静止した。

「…………!?」

 拳を振り上げたままの体勢で動きが止まったルキウスから悠々と距離をとるガルゲン。バランスの悪い体勢だったために、ルキウスの体はそのまま倒れる。カイルは慌てて駆け寄り、ルキウスも倒れたまま「くそ……、何しやがった!」と呻く。

 困惑する2人の前で柱の陰から現れたのは、ガルゲンが名前を呼んだ少女、ファーネだった。その顔には、カイルたちが遺跡を訪れたときに見せた歓迎の表情よりも更に明るい笑みが浮かんでいた。そして「危ない!」というカイルの制止の声など意にも介さない様子でガルゲンの傍に駆け寄り、その小さな頭を撫でる青年を愛しげな目で見つめる。ガルゲンもまた、優しげな顔でファーネを見つめている。

「ありがとう、ファーネちゃん。おかげで助かったよ」

「へへ……、よかった!」

 ガルゲンに言葉に、嬉しそうに微笑むファーネ。

 カイルはそんな2人のやりとりにも、そしてそれ以上に、ルキウスの身に起こったことに困惑していた。

 走り出したルキウスの動きが止まったのは、どうやらファーネが何らかの能力を使ったことが原因らしい。しかし、ファーネの能力は千里眼であり、このように対象の動きを止めたりするものではないはずだった。ルキウスもそれを感じたのだろう、声を荒げる。

「お前ら……それ、どういうことだよ! ファーネの能力は千里眼なんじゃなかったのか?」

 その姿を、ガルゲンは無表情で、ファーネは滑稽な見世物でも見ているような顔で見つめている。そのうち、ガルゲンが口を開いた。

「エデンで行われている研究については、たぶんぼくよりもルキウスくんの方が詳しいのかな? 確か、テラにいる魔族から適当に選んで能力核を取り出す……とかいうものだっけ? それを人間に移植するらしいけど、まぁ、できないだろうね。まぁ、それはどうでもいいか。あ、きみたちが目指しているテラニグラにも、その協力者はいる」

「…………!!」

 カイルが絶句したのは、テラニグラに中央収容所の協力者がいることではない。もちろんそのことも間違いなく危機であるはずだったが、そのことよりも中央収容所で行われているというその研究が、あまりにおぞましいものであるように感じたからだ。

 そしてカイルは、ルキウスがデゼールロジエの病院で覗かせた中央収容所への恐怖の意味を理解した。

 能力核を取り除かれる。それは大抵の魔族にとっては死とほぼ同義である。それを強要され、しかも恐らく、ルキウスは長いことそれを目的として生かされ続けてきた。

 カイル自身もかつて、看守長の慰み者に、そして同じく収容されていた者の鬱屈した感情の捌け口として、生かさず殺さずという扱いを受けていた。抵抗する手段はロドリーゴの卑劣な手段で封じられ、上げた声は周囲の嘲笑を買うだけでやがては抵抗の意思すらなくして、ただ生きていた。恐らくはそんな、早々に諦めてしまった自分よりもルキウスの感じていた苦痛と恐怖は大きかっただろう。

 それでも収容所を自力で出ていた――その途中で見知らぬカイルをも助けてくれた――ことを思い出し、場違いながら改めてルキウスの強さを感じながらも、その根底に残り続けているだろう恐怖を思うと胸が締め付けられるように感じた。そして、それを進めている「あの女」――デゼールロジエで出会った敵が「お姫様」と呼んだ研究者らしき人物に、顔を知らなくとも怒りを覚えた。

 そんなカイルとルキウスのことを意に介すことなく、ガルゲンは話を続ける。

「その研究からは、いくつもの副産物が生まれたらしい。まぁ、そのほとんどが役に立たないごみクズ同然のものだって聞いたけどね。それでも、中にはそこから発展して使える物もできているんだよ」

 そう言ってガルゲンが懐から取り出したのは、小さなカプセル型の薬剤だった。そして、砂漠を治めていた魔族だった肉塊を冷たい瞳で見下ろす。

「きみたちの言う『遺跡の民』は、大体が彼のように門戸を閉ざしてしまうんだけど、やはり外との繋がりは持っておくべきなんだろうね。そのテラニグラの協力者にしても、ちょっといい思いをさせてあげたら、すぐにぼくらの言いなりになったよ」

 そのせいでファーネちゃんに苦労をかけたけどね……と労わるような視線を傍らの少女に向ける。彼らが陰でどのようなことをしてきたのか、カイルはそれを理解しようとは思えなかった。もし理解してしまったら、恐らく自分はこの2人のことを軽蔑してしまう……カイルにはそんな予感があった。

「ふふ……。この薬を飲むと、一時的に別の能力を使えるようになるんだよ」

「「…………!!?」」

 カイルとルキウスは同時に息を呑む。

 別の能力を使えるようになる薬。ファーネが千里眼以外の能力――ルキウスの動きを止めた能力を使うことができたのは、その薬によるものだったのだろう。

 そしてそれは、複数の能力を使うことのできる可能性を目に見える形で示すものだった。

 複数の能力。

 それは紛れもなく、ルキウスを完膚なきまでに打ちのめし、カイルを殺害しようとした少年――2人の目の前で建物を爆破し、風によってカイルの行動を封じた魔族の追っ手を思わせるものだった。そして、カイルは驚きとともに納得した。

 恐らくあの敵は、近くの建物を爆破して、カイルとルキウスの前に立った。そして何らかの方法でガルゲンが持つような薬を飲んだに違いない。風の能力者であったからあれほどの速度を実現することができたのだろう。

「初めは半信半疑だったけど、これが使ってみるとなかなか便利でね。定期的に仕入れているんだよ。で、どうする?」

 ガルゲンが不意にしてきた質問に、別のことを考えていたカイルは「え?」と訊き返した。

「ぼくは別に、きみたちをどうこうするつもりはない。ぼくたちがしたいのは、ただこの砂漠を1つの勢力にまとめ上げることなんだ。そしてかつてのレジスタンスを取り戻したら、今度こそエデンに向かう。そして今度こそ、レジスタンスの目的を果たしてみせる、ただそれだけなんだ! だから、エデンから逃げ続けているだけのきみたちは全く関係がない」

 その言葉には、断固たる意志が窺えた。

 そこから見える、彼がこれまでの半生で得たものと失ったもの。それが積み重なって今の彼ができているのだとしたら、自分が何かを言って彼を止めようとする資格などないのではないか――カイルはそんな疑問に駆られた。

 ガルゲンはレジスタンスの内乱で、そして傍らに立つファーネもまた、暴走したレジスタンスの略奪によって家族を奪われている。その過去を思うと、彼らが目指すものは必然のものに思えたし、何より彼らの目的は今荒廃している砂漠の情勢を正そうとするものだった。それなら、それを止めようとすることなど、できないのではないか?

 芽生えていく疑問と胸の痛みに、カイルの口は閉じる。

 その姿を見て、ガルゲンは2人に背を向け、「ファーネちゃん。ルキウスくんを解放してあげて」と告げる。ファーネにとってその言葉は意外なものだったのだろう、驚いた顔をしている。

「いいの? この人たちに全部教えちゃったのに」

「あぁ、いいんだよ。彼らはぼくたちを止めたりはしない。いや、そんなことできるはずがない。だから、もういいんだよ。放してあげて」

 ガルゲンがそう言うなら……そういう顔つきでファーネが能力を解こうとしたとき。

 ルキウスが小さく口を開いた。

「……いいわけあるかよ」

 ルキウスの様子に気付いたファーネが再び能力を発動させるより速く、ルキウスはガルゲンの眼前に現れて今度こそその頬を殴り抜ける。

「――ガルゲン!」

 ファーネが悲痛な叫び声を上げ、ガルゲンに駆け寄る。そして燃えるような殺意を迸らせた緋色の瞳をルキウスに向ける。滲む涙は、彼女の怒りを更に燃やすオイルのように見えた。

 ルキウスは、その瞳を真正面から受け止めて、感情を叩きつける。

「それで、お前らはそれでいいのかよ。なぁ、ガルゲン! ファーネ! 本当にそれでいいのかよ!? それしかないのかよ!?」

「お前に、わたしたちの何がわかるの!? お父さんも、お母さんも、お姉ちゃんも! みんな目の前で殺されたのに! 何も知らないで、外から来ただけなのに! そんなお前にわたしたちを止めることなんて許さない!」

 その瞳を、ルキウスは静かな――少しだけ悲しげな瞳で受ける。

 それは、数日間とはいえ行動を共にしていたカイルが1度も見たことのない表情だった。

「わからねぇよ、俺にはそんなのいなかったから。たぶん、お前らみたいにいなくなったことを悲しめるやつもいないし、たぶん忘れるだけだ。ま、お前らみたいになるんだったら別にそれでいいけどな。

 俺には大事なやつを失うとかそういうことわかんねぇし、そのときどんな気持ちになるとかもわかんねぇ。でもさ、お前らだったら、もっと色々できたんじゃないのか? ファーネの言う通り、遺跡にはまだちょっとの間しかいないけど、ガルゲンは凄ぇ優しいやつに見えたし、ファーネだって、本当に明るくてかわいいやつに見えてた」

 静かな声。

 いつも見ていた激しい言動から窺えない、寂しげな声だった。

 カイルは、ルキウスを止めるべきかどうか迷っていた。それ以上話すことは、2人を刺激することになのではないか? そうなったら、ルキウスの身が危ない。カイルにとっては、2人の境遇に同情する面もあったが、やはりルキウスの身が大事だったのである。

 しかし、カイルの心配をよそにルキウスは話し続ける。

「4人とも仲良さそうにしてて。……よくわかんねぇけど。わかんねぇけど! でもたぶん、俺はそういう姿が凄ぇ羨ましかったんだと思う。だけど、それも全部、あんな楽しそうにしてたのも全部嘘だったのかよ」

 ルキウスは、本心から理解できなかった。

 遺跡を訪れたときに見た4人の姿は、「家族」というものがあることを意識したときから、自分にもそう呼べるものがあるらしいことを知ってから仄かに抱いていた、1つの憧れに近いものだった。

 その姿はすぐに目の前で否定されてしまった。

 それでも彼の目には、4人は固く結ばれているように見えていたのだ。

「ファーネがあんなにエーデの爺さんに懐いてたのも、ガルゲンがあんなに誇らしげに遺跡の結界の話をしてくれたのも、全部嘘だったのか? なぁ、答えろよ。答えてくれよ!」

 ガルゲンたちに詰め寄るルキウスに、もう攻撃の意思はなかった。彼はただただ理解できなかったし、そして悲しかった。つい1,2時間前まで談笑していた者と向かい合って、敵対した状態にある。感情が、止まることなく口から流れ出る。

 そんな熱が伝染したのか、ファーネが低く獰猛ささえ感じる声で反論する。

「うるさい。お前にはわたしたちのことなんてわからないでしょ? 家族を失う辛さも、何かを憎んでいないと生きていられない苦しさも……! わたしは、『あいつら』にその痛みをわからせる為に、今まで生きてきたんだから…………っ!!」

 吐き出すような怨嗟。

 しかしそれは、ルキウスの強い声で治まることになる。

「それに、このままだと、たぶんまた繰り返す」

「繰り返す? 何を?」

「お前らがこのまま突き進めば、たぶん、いや絶対にまたお前らみたいのが出てくる! お前らみたいに家族を殺されて、1人にされて、そういうやつが絶対に出てくる! それでもいいのか!? そんな目をして人を殺すお前らじゃ、たぶん何も変えられない! ……俺は、絶対に止めるからな」

 最後に怒気を滲ませたルキウスの声音。

 それまで憎々しげにルキウスを睨み付けていたファーネの目に、不安げな波が立つのをカイルは察した。

「が、ガルゲン……」

 困惑した表情でガルゲンを見上げるファーネ。服の裾を掴む小さな手が、細かく震えていた。彼女が何を考えているのか……思い出しているのかは、おそらく彼女以外誰にも正確なところはわからない。しかし、第2の自分を、ほかならぬ自分自身が作りかねない、というルキウスの言葉が、憎悪に燃えていた少女の心に何かしらの揺さぶりをかけただろうことは窺えた。

 その姿を見下ろして薄く笑い、「そうだね、ファーネ」と呟いたガルゲンは、ファーネの肩を抱き寄せて、にこやかな顔のまま答える。

「別にいいよ、それでも」

 その声は、エデンを抜け出してからの数日のうちにカイルが聞いた中で、1番冷たい声に聞こえた。冷え切った、生気のない声。ファーネも、彼のそんな声を聞いたのは初めてだったのだろう、激しい恐怖の顔でガルゲンを見上げた。それでも、ガルゲンの顔はあくまでもにこやかで。

「ぼくが砂漠を1つにまとめ上げたいのは、そうか、そう、あくまでぼくの為なんだよ。……もう、悪い夢を見たくないんだ」

「悪い……、夢?」

「そうだよ。家族が殺される瞬間の叫び声が、ぐちゃぐちゃになりそうな顔が、ずっと、ずっと、ずっ…………と、毎晩毎晩毎晩毎晩毎晩毎晩毎晩毎晩、夢の中で繰り返されるんだ。最初は夢だと気付かずに何度も助けようとしたっけ。それでも、家族は、父さんは、母さんは、弟は、ぼくの目の前で、ぼくのよく知っている最期を遂げるんだ。

そのうち助けられないのに現れてくる家族が憎らしく思えてきてね。ぼくは夢の中で叫んだんだ。『もう出て来ないでくれ、ぼくにはみんなを助けられない』って」

 それからどうなったと思う? そう尋ねるガルゲンに、誰も答えを返さなかった。

 しかし、答える代わりに、カイルが言い返す。

「家族を殺されたのは、辛いことだと思います。それでも、あなたたちは間違ってる。あなたたちがやっていることは、家族を理由にして自分の怒りをぶつけているだけだ! それは……、――――っ、あなたたちの家族だってきっと望んでいない」

 歯切れ悪く、言葉を詰まらせるカイル。

 家族。

 カイルにとってもその単語は暗い記憶を呼び起こすものだった。


『じゃあ、ちょっと行ってくるね。すぐ帰るから』

 そう言って、帰って来てくれなかったじゃないか……! 姉の、眩しくて愛らしい、それでいて大人びた美しさをも窺わせた笑顔が、脳裏に蘇る。

 帰ってこなかった姉を探しに外に出て、そして……

 そして、僕は…………っ!


 カイルの異変に気付いたのは、やはりルキウスだった。

「おい、カイル……?」

 何かがおかしい。ガルゲンが家族がどう……などと言い始めたあたりから既におかしくなっていた。そして感情を爆発させたように叫び、そして、何かを堪えるように、心がここから離れてしまったかのように黙っている。

ルキウスの心が、唐突にざわめいた。

 このままではいけない。

 このままこいつを放っておいたら、きっと何か別のものに変わってしまう。馬鹿げている、と自身でも思いつつ、それでも何かに追い立てられるかのように、ルキウスはカイルの名前を呼び続けた。

「カイル! なぁ、おい答えろよ寝ぼすけ! カイル!! なに黙ってんだよ! おい、おい!」

 焦るルキウスと、尚も黙り続けるカイル。

 その様子にただならぬものを感じ始めるガルゲンとファーネ。

「……何をしようとしているか知らないけど、ぼくらを止めるというならやはり生かしてはおけないね」

 穏やかな声音にファーネが頷き、ルキウスが咄嗟にカイルを背にした瞬間。

 ガラガラッ!

 遺跡の壁が突如崩れ、放たれ銃弾がガルゲンの胸を貫いた。

こんばんは、やっぱり自宅はいいですね! 遊月奈喩多です!

今回からサイト上で執筆する機能を使って、途中保存を幾度か繰り返しながら執筆させていただきました。いや、お読み下さっている皆様側からすればそれで何かが変わるということはないのでご安心ください。

安心してください、変わりませんよ!

(最近ね、何故かこのネタが好きになってきたのです)

今回、エデンのお話が出ませんでしたね。ロドリーゴと同乗した白衣の男が語った「エデンの蛇プロジェクト」の真実とは……?

その辺りは、たぶん次回出てきます!

ということで、名残惜しいですが、今回はこれで!

ではではっ!

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