終焉はその指の先に
皆様こんにちはこんばんは、遊月奈喩多です! テラニグラで続いていたエスタさんとイストの戦いが、とうとう終わりを迎えることになります。
ここからが終盤……というわけではありませんが、ひとつの章の終わり近く、くらいの気持ちで書いていきたいですね!
本編スタートです!!
イストは哄笑しながらエスタのもとへ駆け寄る。魔族と比べても遜色ないその速度は、擬似能力によってもたらされた、本来人間の身体には耐えられないもの。しかし今のイストにはそんなことなど問題ではなかった。
エデンから仕入れた錠剤、擬似能力。
イストはそれを独自に研究し、更に発展させて武器として取り扱っていた。砂漠の民族紛争を激化させることも、まるで戦争などなかった遠方の村を疑心と敵意で満たすことも、イストにはできた。
彼は確信していた、エデンの技術を共有し、更に経済力では圧倒的にエデンを超えつつある自分はもはや全能であると。その自分の前に立ちはだかるものなど、いとも容易く捻り潰せるものだと。
確信しているからこそ、イストは笑った。
* * * * * * *
イストがエデンのことを調べるようになったきっかけは、エスタの妹が不審な死を遂げたことだった。謂れのない理由で捕らえられ、その後さほど経たないうちに『暴走した』として殺処分された彼女の最期は、当然エスタの人生も変えたが、イストの人生も大きく変えることになったのだ。
世界中を巡って大都市エデンへの反旗を翻す準備を進めるエスタに対して、イストが担ったのはエデンで行われていると予て噂されていた非人道的な実験についての証拠を探すことだった。それらを暴くことでエデンの求心力を落とす――その目的のため、エスタがエデン中央収容所で築きつつあったパイプも利用しつつ、とうとう研究棟の人間とも接触することに成功した。だが、それこそがイストを致命的に歪めるきっかけとなった。
『ほら、大人しくしろ!』
『ここでお前らに権利があるわけないだろうが、わからないのか!?』
ある研究者と通じて入手した映像には、両手足を拘束されたエスタの妹と、彼女に一方的な暴力を振るう白衣の人間たちがいた。恐らく魔族特有の能力を封じる拘束具を付けられているのだろう、イストも見たことがあるその優しげな雰囲気など微塵も感じられないほど必死にもがいているにも関わらず、彼女がただの人間たちに抵抗することは敵わないようだった。
映像が始まるまでどのような暴挙が行われていたのか、それは察するより他になかったが、ひどく憔悴した様子の彼女を見ていると怒りで頭が熱くなるのを感じ、そして目が離せなかった。
その後「抵抗した罰」と称して行われた、とても人権を保証された相手に対してすることとは思えない凌辱を経て、エスタの妹は痙攣と共にその動きを止めた。途中で電流を用いたりしたからだろう、口から泡を吹き、白目を剥いたその顔は、正視に耐えるものではなかった。そんな彼女に白衣の人間たちは何かの液体を注入し、その直後、およそ人間に準ずるものとは思えない形相を見せたあと殺処分された。
エスタにその全容を見せなかったのは、イストの最後の良心だった。彼に見せたのは最後の数分、研究者たちが無抵抗の彼女に薬を投与して暴走状態にしてから殺した場面だけ。それより前の部分は、家族に見せるにはあまりに凄惨なものだから――そう自身に言い聞かせて、イストはその映像を秘密裏に保管することを決断した。
認めるわけにはいかなかったのだ――エスタの妹が、自分の顔見知りである魔族が、人間など及びもつかない超常の力を有した種族が、ただの人間によって理不尽に弄ばれているその光景を目にしたとき……高揚した、などと。そんなこと、あってはならないことだと思っていたから。だから、イストが更なる犠牲者の映像を求めたのは、あくまでエデンの調査の為だった。
そして後に『研究』の過程で廃棄された能力核を回収し、そこから精製した擬似能力。それを完成させたとき、イストはある確信に至った。
人間と魔族は根本的に同じものだ。
同じになることができる――能力の有無や身体能力の差異だけが人間と魔族の違いであるならば、その違いさえ埋めてしまえば人間は魔族に近付ける。それどころか、その仕組みさえ解析して把握している自分はそれ以上の存在に至ることができる。いずれはエデンの中枢にいる者たちよりも上に――――イストの中に、怪物と呼ぶべきものが宿った瞬間だった。
だからこそイストは嗤う。
かつての友、そしてかつて絶対に超えることなどできないと悟らされた相手でもあるエスタを、心の底から嗤う。
純粋な戦闘にはおよそ寄与しない《解析》しか持たない彼がこの状況を乗り切るためには擬似能力が不可欠だ。しかし、イストにはすべて把握できている。散らばったものが宿すどの能力より、自分の手元に残してあるものは上回っている。このまま毒で嬲り殺そうか、もし効果が切れたとしても粘性の炎で命絶えるまで燃やすこともできる。不可視の重力波で押し潰してもいいし、その他にもいろいろできる。そのときに目の前の男が浮かべる苦悶と絶望の表情を夢想していると、不意に身体中に脱力感が広がる――どうやら擬似能力の効き目が切れたようだ。
「チッ……、いいところで」
舌打ちしながら、イストは別の錠剤を取り出す。錠剤に宿る能力は粘性の炎。本来なら前の擬似能力が切れてから数秒程度のインターバルを置くのが望ましいが、連続服用の影響は決して重篤なものではないし、エスタを倒した後にでも少し休めばいい――そう理解していたから、イストは迷わず錠剤を口に含み。
「ご、は――――――」
すぐさま目を充血させ、口元から赤黒い血液を吐き出した。
* * * * * * *
血を吐いて倒れたイストは、何が起きたか理解できていない様子だった。エスタはその姿を、ただじっと見下ろす。苦痛に胸を掻き毟り、絞り出すような声を天に向ける無様極まりない姿を。
悲しげな目で、ただ見つめていた。
「ど……して、ど、お、して……っ、」
「イスト、お前にはまだ、毒の能力が残ってたんだよ」
「……っ、バカなっ、あれは……確かに、効き目の切れた感覚だった! あれは、私の作っ……ごほっ、そこを、間違うわけ、」
「その感覚が偽装されたものだったら?」
「…………は?」
「大事なのは能力そのものの強さじゃない、それをどう使うかなんだ。……昔のお前なら、きっと引っ掛からなかったろうな」
そして、唖然と目を見開いたままイストは絶命した。擬似能力の過剰摂取による中毒に加え、エスタを圧倒するために身体を酷使したことが原因だろう。
……自分が最後に向けた言葉はイストの耳に届いただろうか。考えても仕方のないことだとわかってはいても、思わず考えてしまう。
エスタが使ったのは《幻覚》の擬似能力だった。身体を気体に変える擬似能力が解けたときに独特の脱力感があることに気付いた彼は、偶然拾っていた《幻覚》を使ってイストに『擬似能力が切れたと錯覚させる』ことを思い立ったのである。錯覚し、もしもその感覚を疑わずに次の擬似能力を服用してしまえば中毒症状が出るのは否めない。それに気付かれれば一巻の終わりだったが、エスタの目論見は呆気ないほど容易く成功することになった。
……安らかに、とは祈る気になれなかった。
それでも昔どこかの国で見た人間がしたように、少しの間だけ目を閉じて、その魂に少しでも救いがもたらされることを願わずにいられなかった。そして決意を固める、イストが独自に築いていたパイプを辿り、そこからエデン中枢を瓦解させる糸口を見つける。
それが意味するところを想像して少しだけ身震いしたあと、エスタはひとり、作業を始めた。
前書きに引き続き、遊月です!
イストの虚を突き(?)、無事に倒したエスタさん。エデンとの強い癒着関係にあったイストの足取りから、エデンの体制を追い詰めることができるのか……そしてカイルやルキウスの命運は……
また次回お会いできることを祈っております!
ではではっ!!




