毒蛇の饗宴
こんにちは、遊月です。
テラニグラでの戦いも、少しずつ佳境に近付いてまいりました。
どのような展開になっていくのでしょう……?
本編スタートです!
テラニグラの一角――エスタの経営する企業ビルの執務室。
壮絶なまでの格闘戦でようやくイストを捕らえ、カーペットの敷かれた床にうつ伏せに倒したエスタ。そして、彼がエデンから得ようとしたものを聞き出そうと、拳銃で脅しをかけながら尋ねる。
「聞かせてもらうぞ、お前たちの目的を……!」
しかし、エスタに銃口を突き付けられても尚、イストは不敵に笑うだけだった。
――何がおかしい?
そう訝しんだエスタは、次の瞬間イストから距離を取らざるを得なくなった! 銃を構えたまま、しかしイストの身体は解放して離れる。舌打ちをせずにはいられない。まさか……これが“疑似能力”の範疇に留まるものなのか!?
エスタは、イストの――正確にはイストが服用した疑似能力の引き起こした現象の凄まじさに、この薬剤の末恐ろしさを痛感した……!
気になったのは、あのイストの余裕の笑い。
もちろん、ブラフである可能性もあった。若い時分にはあれこれ深読みし過ぎだとイストに諫められることも少なくはなかったエスタの用心深さを逆手に取った時間稼ぎ。その可能性だって、もちろんあった。しかし――やはりそうした性分はそうそう変わるものではない。
エスタは、確認した。
彼自身の能力《解析》で室内を視たのだ。そして、気付いてしまった。製品開発主任室とあってバイタル管理の必要性もあってだろう、空気圧や温度などの変化を具に計測し、また室内に異物などが入り込んでいないかを感知する目的でもつけられているいくつかの計器が、全て切られていたのだ。
あまりにも不自然。
そしてその意味に気付いたとき、エスタにはそれ以上イストを拘束することなどできようはずもなかった……!
「――――ちっ、そうか、あの身体能力はいわば魔族の標準体質、疑似能力はもっと別のものだったか……!」
「そうですよ、グラディウス。あなたは非力な私をイメージしていらっしゃったようだから、あなたに匹敵する速度や硬度を持った時点でそれが疑似能力だとお思いになっていたようですね……。あなたご自身だってなんの能力もなしにその身体能力を備え持っているくせに」
最後だけ恨みがましい声音で言い添えながら、イストは立ち上がる。
エスタにはわからなかった……何が彼をここまでさせた?
若かりし頃、共に旅をしていたイストは人間と魔族のどうしようもなく埋められない差異を理解しながらも、それでも人間であることにも誇りを持っているような言葉を聞かせてくれていた。そんな彼の言葉は、エデンによる統一などまやかしであるかのように続いていた種族間の静かな抗争に疲れきっていたエスタにとってひとつの救いだった。
ふと、思い出す。
『いま、いろいろな都市でも使われているような科学技術もそうですが、ほら、こうやって何気なく使っている缶切りだって元々は人間の作った物なんです。確かに今、科学技術と能力の融合が声高に叫ばれていますが……』
『そのうち、誰もが人間だ魔族だとか言わず、ああいう大袈裟なテクノロジーばかりに目を向けずにこういう小さな道具が世界中に広まってほしい、だったか? イストもけっこうデカい夢を見るもんだよな』
『だって、こういう物を使って「楽だな」と思うのは、やはり人間も魔族も一緒ではないですか。この地域も小さな諍いが続いている地域みたいですが、そういう感情を共有し合っていけば……ね?』
あのとき語った言葉を、陳腐な理想論だと笑うつもりはなかった。
安直な発想だと嗤う者がいたら、きっとエスタが激怒しただろう。
少なくともエスタにとっては、イストの掲げた小さな歩みの話は、聞き心地のいい話だったのだ……。
しかし少なくとも、人間と魔族の差異を恨めしげに語る今のイストの瞳には、あの頃見えていた輝きを見ることはもうできなかった。
そしてそんな感傷など許さないとでも言いたげに、大仰な拍手をし始めるイスト。
室内に、彼の哄笑が響く。
「それにしても素晴らしい直感ですね、グラディウス。……というより、あなたの用心深さを甘く見ていましたよ。年月を重ね、疲労も溜まるような旅路だ、さすがにあなたをこのまま葬れるかと思っていましたが、やはり甘かったようです」
慇懃な態度でエスタに向けて頭を下げてみせるイスト。
しかし。
「ただ、もう少し早く見破れていたらこの言葉も本心からのものになったのでしょうが……。予想以上の直感ではありましたが、決して許容範囲を出るものではありませんでしたね。やはり、長旅でお疲れだったのでは?」
「? なにを――――、!?」
不意に、彼の笑顔の温度が変わったように思えた。
偽っている笑いから、本心からの嘲笑へと。
その意味を推し量ろうとする間もなく、突如としてエスタに襲い掛かってきた熱を伴う痛み。視界が歪み、足下が急に頼りなくなっていく――喩えるなら、膝から下がすっかり溶けてしまったかのような感覚。
立っていられず、床に突っ伏すエスタ。
先程とは逆に、今度はイストはエスタのことを見下ろす形になって、静かな声で告げた。
「遅効性の神経毒だ、あなたが違和感を抱くよりもかなり前から既に注入されていたのですよ、私の『能力』によって……! あぁ、それにすぐ気付けていれば、名だたる名医にも匹敵する医術をお持ちのあなたならば回復できたようなものを……。そうなっては、詰み、ですね、グラディウス?」
イストの挑発的な言葉にも反論できず、エスタは床に突っ伏している。
手で押さえられた口元からは、血液が溢れ始めている。内臓が腐食し始めているのは明らかだった。額からは脂汗が滲み、荒い息遣いにはくぐもった水音が混ざり始めている。
「さようなら、エスタ・グラディウス……っ!」
そう言ってイストが引き金を引いた瞬間。
エスタの身体は、まるで霧のように散って消えた。
前書きに引き続き、遊月です。
予定では、次回で戦いそのものは終わる……かと思います!
その後、また新たな展開が……?
また次回お会いしましょう!
ではではっ!!




