悲嘆の呪詛
こんばんは、遊月です!
書いている作者のなかで、色々と胸の痛むシーンが多い回になりました……!
本編スタートっ!
エデンの地下収容所、医務室。そこには、普段はそこに訪れる間だけ少し穏やかな表情になる看守たちが物々しい顔をして集まっていた。その理由は、彼らに囲まれているひとりの青年。皆一様に、彼を見下ろしている。
その中心で穏やかに、ともすれば何かを諦めたような微笑を浮かべているのは、カルロ=コンキーリャ。カイルの幼馴染で、カイルの姉でカルロの恋人でもあったリリア=エヴァーリヴを殺めたエデンへの復讐・そして彼女の復活を目論んで多くの女性を殺めた。そればかりか、その遺体の部位をいくつも切除してひとりの人間を作ろうとしていたのだ、その罪はあまりにも重い。
人間と魔族の共存を謳う都市エデンにおいては、魔族がその能力を使って人間に害をなすことは即刻粛清の対象になるくらいの罪である。
もちろん、それはカルロ自身もわかっている。
だから、甘んじてその咎を受けよう――そう思っていた。『リリア』を作り上げることもできず、そのうえ大切な弟分でもあったはずのカイルを自ら殺そうとしてしまったのだ、愛しい者への顔向けもできない。
しかし、連行されようとしていたカルロを止める声。
「待ってよ、カルロ! 皆さんも、待ってください!」
本人すら諦めたその命を、カイルは必死に繋ぎ止めようとする。
「ちゃんとカルロの話を聞いてください! カルロは、誰かに唆されて……いや、そもそもあなたたち収容所の誰かが僕の姉を、」
「黙れ!」
看守たちのひとりが、カイルの小さな身体を殴り飛ばして、その衝撃でカイルは床に頭を打ち付ける。その姿に、さすがのカルロも耐えられずに看守たちの拘束を逃れて助け起こそうとする。
「カイル!」
「黙れって言ったろ?」
すっ、
「――――、ぁ、か、いる……」
「カルロっ!!!!」
看守のひとりが持っていた薬剤によって意識を奪われて、ガックリと項垂れるカルロ。その大柄な身体を「おっと、」と数人がかりで支える看守たちに取り縋って制止しようとするカイルの行為も、もはや無意味。先程と同じように事もなげに蹴り飛ばされて、無抵抗に連れて行かれる幼馴染の姿をただ見送ることしかできなくなる。
そんなカイルを一瞥したひとりの看守が「鬱陶しいんだよ、汚らしい」と呟いてから。
「お前の姉ちゃん知ってるぜ、さんっざん楽しませてもらったからなぁ。いや、ほんとにいい身体してたよ、若くて瑞々しくて、使い心地もいい! お前も看守長のお気に入りだろ? ほんと、姉弟揃って男好きのするやつらだぜ」
「――――――――っ!!!」
激昂して飛びかかろうとするカイルを、追い打ちのように蹴り、更には着地したその手首を強く踏む看守。手首からゴリッ、という鈍い音がして、意識を手放してしまいたくなる痛みがカイルを襲い。
「ちっ、うぜぇ……。大体よぉ、お前の姉ちゃんが殺された理由知らねぇの? お前がエデンを疑うようなこと言ったからなんじゃねぇのかよ?」
「――――――ぁ、」
「てことはさぁ、この兄ちゃんがこんな大それたことやって粛清されんのも、結局はそれなんじゃないのかね、そもそもの原因ってのは。お前だよ、お前。なにボケっとして聞いてんだ」
「ちょっと、あなた言い過ぎ、」
「結局な、お前が殺してんだよ、大勢。お前の姉ちゃんも、この魔族も。で、お前が一緒に逃げたってボウズもたぶんもう殺されるぜ。なまじっか外を知った後じゃ辛ぇだろうなぁ……。わかったら黙って看守長のオモチャでもしてな」
「――――――――――――――――、」
目の前が真っ暗闇になったような気持ちになる。もう、無言で運ばれていくカルロのことも黙って見送ることしかできない。立ち上がる気力もなくして、ただ呆然とするカイル。
「カイルくん、その……」
気遣わしげにかけられるセラピア医師の言葉も、ぼやけて耳に入らない。
ルキウスと出会って、多少は強くなれた気がした。守りたいものを守る意志を手にすることはできたと思っていた。それを諦めない強さを得ることはできていた気がした。それなのに、そもそも……。
僕が、みんなを……?
もしかして、僕はいなければよかったのか……。
暗い淵に落ちていくような感覚に浸かりながら、カイルはただ無情に白い天井を見上げていた。
* * * * * * *
「観念しなさい、ルキウスくん。もう逃げ場はない」
テラニグラの闇市通りで、絶体絶命の状況に追い込まれるルキウス。ジークも足を深く傷付けられたところを重圧の能力で押さえつけられてしまい、もちろんルキウスも同様に地面に貼り付けにされた状態だ。動けないところを更に押し潰すように、徐々に重圧は強められる。
もう、四肢は折れて使い物にならない。
このままでは、更に臓器まで潰されてしまう。それこそ、能力核である目も深く傷付いてしまうかも知れない。そうなれば、どちらにしても衰弱しきった身体のルキウスでは生きていることなどできないだろう。それか、呼吸困難が先だろうか……?
「リデルは、死んだ」
重圧を強めながら、アリスは低い声で言う。
予感していたものの、ルキウスの胸中にも動揺が走る。
「あなたの仲間が放った追っ手たちに殺されたわ。無数の銃弾を浴びて、最後にはあんな……」
言いながら憎々しげに歯軋りする。その憎悪に呼応するように、ふたりにかけられた重圧は更に強まる。
「――――」
「ぁ……っ!」
「私を……、あの子よりも丈夫なんだから守る必要なんてないのに、私を守ろうとして散々撃たれたわ。自慢のナイフも投げられないくらい、動けないようにって脚も散々、思い出したくないくらいぐちゃぐちゃにされて……」
ズシッ……
周囲の建物や地面から、聞いているだけで血の気の引くような軋み音が聞こえた。
「手足だけじゃない、他にもいろんな場所を傷付けられてリデルは子どもみたいに泣いてた、もちろん私だって泣いて頼んだ、あの子を助けて、もうやめてって……! それなのに、あいつらはまるでゲームでもするみたいに、…………っっ!!!!」
「ごぼっ……、がぁ、」
腹部から感じる、焼けるような痛み。絶えず続く痛みに視界が滲み、もう千切れている血管から漏れ出す血液が腕を赤く染めて、口内に逆流してきたものは喉にこびりつく。
そして、アリスの憎悪はますます暗く深いものへと変わっていく。
「リデルを傷付けるかもしれないと思って能力を躊躇した私を許せない、あの子を守れなかった私を許せない、生き残ってしまった私を許せない、この任務を断らなかった私を許せない、あの男に拾われてあの男の好きなように使われることをよしとした私を許せない、あぁ、リデル、リデル…………!」
悲嘆に暮れるように両手で顔を覆いながらも、能力の行使はやめないアリス。
その重圧は、やはりルキウスたちだけを対象にしたものではなかった。周囲の建物が重圧に耐えきれず崩れ始め、潰されるような悲鳴が聞こえている。辛うじて保っている視界の端で、完全に潰されてしまった者の姿も見えて、ルキウスの中に焦りが芽生える。
「リデル……、待っててね……? もうすぐ私もそっちに行くから……。寂しくないように、みんな、連れて行くからね?」
ルキウスたちには見えていないが、実のところ、アリス自身も重圧の能力によって身体が傷付けられている。もはやその足は動かすどころか上げることすらできないほどになっており、ただ直立しているだけで両肩は脱臼を通り越して、千切れ落ちる寸前のところにさえなっている。
それでも、彼女は告げる。
自分とともに生まれ落ちた妹への愛を、そして、最期の誓いを。
「全部、崩れろ……」
崩壊の音が、路地に響いた。
前書きに引き続き、遊月です!
実はアリスちゃんの激情はずっと書きたかったシーンだったので(登場当時には考えていました)、つい気合いが入りましたね!
というより、実はこれくらいの文量にはしたいんですよね、毎回……。なかなか保てていないですが(汗)
ということで、次回以降に乞うご期待なのです!
ではではっ!




