軋み音とともに
こんばんは、遊月です!
かなり久しぶりの更新になりましたが、なんだかんだで展開を覚えているものだな、と思ったり思わなかったり……?
今回は、かなり久しぶりなルキウス回です!
本編スタート!
エスタが、テラニグラの中枢でイストと対峙している頃。
ルキウスは用心棒として行動を共にすることとなったジークとふたりして逃げ回っていた。
「はぁ、はぁ、はぁ……!」
「おいルキウス、へばるにはまだ早くないか!? ……、あぁ、そら!」
「わぁっ!?」
業を煮やしたように、ジークはルキウスの比較的小柄な身体を肩に担ぐ。驚いたように一瞬身体を強張らせるルキウスのあまりの軽さに驚きながら、ジークは「しばらくこのままでいろ、飛ばすから舌は噛むな!」と声を張って走り出した!
* * * * * * *
エスタと別れてヨーゼフの医院を出た直後、突如として襲った轟音。それは、重圧によって加速した、たった1本のナイフによるものだった! 辛うじて身をかわしたルキウスたちの前に立ったのは、テラニグラに入ったばかりのルキウスに襲いかかってきた少女、アリス。瓜二つの容姿をした双子の少女リデルと共に、ルキウスを連れ戻そうとしてきたのだ。
イストが彼女たちをルキウスから離し、更にそのあと何者かに命じて襲撃させていたようだったが、やはり魔族であることもあって、人間よりは傷が浅いのかも知れない……。少し破れているドレスに、露出した肌に伝うわずかな血液が、決して彼女自身もただで済んだわけではないことを物語っていた。
そして何よりも警戒するべきなのは、リデルの存在。
体質的には恐らく人間であるものの、魔族と比べても遜色のない超人的な身体能力とナイフ投擲の圧倒的な技術が、アリスの能力を“ただ身体を重くして身動きを封じるもの”ではなく“投擲された無数のナイフを加速させるもの”へと変えてしまっている。
「ちっ、こんなときにタイミングの悪い! お前らふたりを相手にするのは嫌なんだけどな……!」
「――――――、」
ルキウスの言葉に答えることなどなく、アリスは凄まじい速度で走ってきた! そして、なんの躊躇もなくルキウスの腹にガントレットを着けた裏拳を叩き込む!
「ぐっ……!」
「なに、速すぎる!」
数々の戦いを経験して、エスタの信頼篤い用心棒を生業にしているジークすらも、一瞬そのスピードを捉えられないというくらいに。反撃に出ようとした手足はすかさず重圧によって押さえつけられ、また距離を取られてしまう。
「そっちの人の霧になる能力でも、空間そのものを重くしていれば流れはゆっくりになるし、空間移動の能力だって満足には使えないでしょ? そうね、躊躇なんてしなければ、あなたなんて私ひとりでよかったのよ、ルキウスくん」
「おい、知り合いか? 確かにかわいい嬢ちゃんではあるが、考えものだぞ」
「違ぇ! こいつ、俺を追ってきた刺客だって! 俺を元いた場所に連れ戻しに、」
「いいえ?」
即座に否定されるルキウスの言葉。そしてルキウスが気になったのは、その声の異様なまでの冷たさだった。リデルのことを語るアリスの口調はなんだか別人のように柔らかかった。しかし、その前に自分を襲ってきたときですら、ここまで感情をなくした冷たさはなかった。まだ、生きていて話の通じる相手を見ている気分だった。
言うなら、今の彼女は未知の怪物。何をされるかわからない危うさが見えるような気がした。
そして、感情のない口ぶりで言葉を続ける。
「もう、ルキウスくんを連れ戻す理由なんてなくなったの」
「連れ戻す理由がなくなった……!?」
ルキウスは、その言葉に強い戸惑いを覚えた。
エデンの中――といってもルキウスが覚えているのは研究棟だけだが――で彼の能力核を使おうとしているあの女。その命令を受けてほとんどの者は動いていたはすだ。それが、必要ない?
カイルのいる、カイルが囚われたままのエデンで、何かが起こっている。ふと芽生えたその予感に、ルキウスの胸がざわめいた。
「安心して、カイル=エヴァーリヴの心配なら必要ないから」
「――――っ!?」
「あなたはここで死ぬから。…………どうか、リデルによろしくね?」
その言葉に呼応するように、周囲の大気全てが質量を増した……!
* * * * * * *
テラニグラ市街地の片隅。違法な値段や手段で様々な物品をやり取りする闇市のような場所では、何か後ろ暗い事情を抱えた者たちが蠢いている。中には、万年雪で保存された瘴気蛇の瓶詰めをも扱っているところもあり、近々査察が入るらしいという噂がある。
そんな裏路地のような場所で、ルキウスとジークは息を潜めている。器用にも顔の右半分だけを霧に変えて、周囲の様子を見ている。その最中、ルキウスに問いかけてきた。
「なぁ、ルキウス……でいいんだよな、名前。わざわざ偽名使ってまで逃げて……そこまでして狙われてるって、なんなんだ?」
「あ、えっと……、なんていうか、」
「まっ、そんなのは逃げ切ってから訊けばいいことか。来るぞ!」
「遅い」
ヒュッ、
「ぐっ…………!!」
地面に突き刺さったナイフ。
片膝をつくジーク。
地面に投げ出されたまま、身体にかけられた重みに喘ぐルキウス。
その前に、審判を下す天使のように、黒衣をまとったアリスが悠然と歩いてきた。
前書きに引き続き、遊月です!
アリスちゃん再登場ですが、前に見せた穏やかさは残っておらず……?
次回以降をお楽しみに!
ではではっ!




