深淵を覗く
こんばんは、遊月奈喩多です!
かなり久々の更新になってしまいました~(>∧<) スミマセヌ……!
今回は16話「深淵を覗く」ということで、ある事柄にそれぞれが迫っていくかも知れないお話です。テラニグラ編、前半が終わるお話でもあります。
ということで!
本編スタートです!!
カイルにとって、カルロの亜空間――そう呼ぶことが適当かはわからないが自分たちのいる世界からは隔絶されたカルロだけの空間――を作る能力は、幼い頃からよく知る、馴染み深いものだった。姉のリリアに頼まれた買い物を一時的に入れさせてもらったり、怪我をしたときに治療の道具を出してもらったり、そういう風に、カイルとカルロがかつて送っていた平和な日常に溶け込んだ能力だった。
少なくとも、カイルにとってその能力は、今目の前で広がっている光景を連想させるようなものではなかった。
足元に無造作に転がされた幾人もの女性の遺体。
そして恐らく、その遺体から切り取られた部位を継ぎ合わせて作られた、まだ顔だけがない『女性』。
椅子に大事そうに座らされているその『女性』に対して愛しげに、優しい笑みを浮かべるカルロ。
そんな光景を、思い出の多いモノの中で見ている、自分。
言葉が出てこない。喉がひくつき、声が出てこない。息すらもできているのか怪しいくらいだ。そんなカイルの傍らに、セラピア医師がいる。カルロの作る亜空間に飲み込まれるカイルの左手を掴んだために、一緒に入り込んだのだろう。
そんな彼女を見て、カルロは心底迷惑そうに「セラピアさんは呼んでないだろ?」と言う。
「何で来ちゃったんだよ」
「カルロくん、この子に何するつもり?」
普段の柔和を通り越して気弱な印象すら受ける雰囲気を見せず、厳しい声音でセラピア医師が尋ねる。それに対してカルロは、しばらく何も言わない。
空間の中に漂う濃厚な体臭……腐臭。
かつてこの場所で生きていたらしい骸の女性たちの気配を特に感じてしまい、吐き気に襲われるカイル。目に入った骸たちは、『女性』――カルロは「リリア」と名付けているようだ――の「部品」にする以外に付けられたと思われる切り傷や刺し傷、そしてどんな扱いを受けたのか、所々に抜け落ちた髪が散らばったり、破られたらしき衣服の切れ端がそこら中に撒き散らされたりしている。
この空間で、何が行われてきたのか。
考えることすら厭わしいほどに、陰惨な気配をそのまま残している空間の中で、やはりカルロは笑みを浮かべている。カイルに対して、まるで再会を待ち望んでいたかのような、深く温かく、狂的なまでの笑みを。
そして、その笑みを浮かべたまま、優しい口調で話を始める。
「なぁ、カイル。ここにいるリリアさんって、なにか足りないと思わないか?」
椅子に座らされて、電極を差し込まれた『女性』の肩に手を置き、そして不安定な首を動かして自分の方を向かせる。当然のことながら、そこにはまだ顔と呼べるものはなく、あるのはただの頭部だった。その姿を、カイルは直視できない。
何故なら、その『女性』そのものの姿――――生命活動をさせるために注入した血液を全身に巡らせるためだろう、電極がいたる所に刺さっており、その刺激からか時折痙攣しながら、拘束具で固定された状態で椅子に座らされている――――姿はもちろん、その体を作るうえで行われてきたであろう行為を思うと、気を緩めてしまうと狂ってしまいそうな恐怖を感じてしまう。
「あぁ、悪い。怖がらせちゃったな」
カルロはそう言いながら、電極だらけの『女性』の髪を梳くように撫でる。水分は通っているらしいが生気にかけるその髪の数十本が、彼の指に絡まって抜ける。その毛髪を少しだけ悲しげに見つめ、カルロはそれらを手で振り払う。手放された髪はひらひらと空中を舞い、どこへともなく落ちていった。
「肌の色も、確かに存在している血液の流れも、こうして触った肌の弾力も、まるで生きているみたいだ。それでも、まだ足りない。まだ起こしてあげられない。薬漬けにして眠らせておくしかない」
カルロは『女性』の頭から手を離して、カイルに向かって1歩近づく。すかさず、カイルの傍らに立つセラピア医師から鋭い声が発せられる。
「まだ私の質問に答えてもらってないよ! 何をする気なの!?」
しかし、そんな声など耳に入らないとでも言うように、カルロは更に歩みを進める。
「手とか脚とか、胸とか腹とか、他の部分なら、そこら辺のやつから集めればよかった。部分的にならリリアさんに似てる女って、わりといるんだよ。だから指も髪の毛も、作るのに妥協なんてしなくてよかったんだ。全部、あの頃のリリアさんに似せて組み立てられたよ。
……でもさ、やっぱり顔だけはそうもいかなかったよ。どんなに似た色合い、似た手触り、似た質感、似た雰囲気、似た匂いの皮膚を繋ぎ合わせたって、どうしてもリリアさんの顔にはなってくれないんだ。カイルの足元に落ちてるのだって、失敗作だ。よく似てるような気がするだろ? でも、たぶんその顔でも、あの顔にはならない。
接ぎ合わせただけの顔じゃ、そんな顔で笑ってくれても、俺の名前を呼んでくれても、お前のことを話してくれていても、たぶんリリアさんとして見ることはできない! 何回作っても! 何人分作っても! 何人殺しても! どうしても、リリアさんの顔にはなってくれないんだ!!」
溢れる感情のままに声を荒らげるカルロの姿に、もうカイルは何も言うことができなかった。
しかし、それは恐怖からではない。
もちろん、全く恐怖がないわけではない。広がる凄惨な光景。目の前にいる幼馴染の姿。そして、椅子に座らされている、未完成の『女性』の姿。鳥肌が立ち、吐き気がする。だが、カイルは意を決した。ほとんどが完成しているのだから、手後れかも知れない。それでも、カルロを止めなくてはならない、と。
カルロが今のような状態になってもカイルに対して兄弟分としての情を向けているように、カイルにとってもカルロは大切な幼馴染だから。
もう、そんな彼にこれ以上罪を重ねてほしくない。
カイルはセラピア医師の前に、彼女を庇うように立つ。そしてゆっくりと近付いてくる幼馴染に、真正面から視線をぶつける。
すると、カルロは少しだけ驚いた顔をしてから。
「そうしてくれるのを待ってたんだ。ありがとう、カイル」
いつも通り優しげに、しかし1度も聞いたこともない、底冷えするような声で、カイルに応じた。
* * * * *
「オレが、この都市にもエデンの手が伸びていると知って何も準備をしなかったと思うか?」
テラニグラ、管理局エントランス。
自分たちをこの管理局に足止めするという敵の狙いが明らかになった――それはつまり今現在、自分たちのいないところでルキウスのもとへ向かっている追っ手がいることが明らかになったことをも意味する――中で、エスタは笑った。
「準備?」
「あぁ。だからといって、オレたちもここで立ち止まっているつもりはない。もう、お前を見つける準備も整ったからな」
その言葉と同時に、エスタは敵――正確には敵が憑依している係員ティアの耳に小さな機械を装着した。
「――――?」
その感触に一瞬怯んだ様子の敵だったが、それが小型の音楽再生機器に似た形状をした――到底武器になるものとは思えない形状に、驚きよりも戸惑いに変わり、取り外そうと耳に手をやったとき、敵の表情が更に、そして急激に変わった。
不快感というよりも、気が狂わんばかりの苦悶の表情を浮かべ、そして途端にその体から力が抜ける。
エスタはそれを確認してすぐに装置を取り外し、そして辺りを見回し、突然起こった状況の変化を呆然と見ている係員に尋ねる。
「傷病者センサーを持ってるか?」
「――――ぇ、あ、は、はい!」
係員は慌てて手のひらくらいの大きさをした装置をエスタに手渡す。
小型端末の画面には、エントランスの見取り図と、そしていくつかの1箇所に集中した赤い点と、通路などに散在する赤い点が表示されている。
管理局各階には、いくつもの空気センサーが取り付けられている。これは有害ガスが建物内で撒布されたときに速やかに察知して被害の拡大を抑えるために設置されているが、もう1つ機能を果たしている。
この傷病者センサーは、体調不良の優れない者が発する呼気が通常のものと僅かに異なることを応用し、周囲と異なる気体を発し、更に32~42℃の温度を保っている点を感知して表示するように設計された装置である。
「あの敵が使っていた《所有》には、致命的な弱点がある」
エスタが語った致命的な弱点。
それは、能力者が自分の意思で対象から意識を離したときにはそのまま自由に動くことができる反面、生理的嫌悪感や対象の死亡などによって強制的に意識を剥がされたときには、能力者はしばらくの間、激しい頭痛とめまいに襲われ、到底自由に動ける状態ではなくなってしまう。
傷病者はこの建物内にも大勢いるだろう。1箇所に集中しているのはそうした観光客たちが医務室に連れて来られたもの、そして散在しているのがまだ医務室にいない傷病者だ。恐らく係員に取り付いていた敵はどこかで動けずに止まっているに違いない。
そして、今現在確認できる中で、動いていないのはただ1人だ。
2人は足早にその動いていない傷病者のもとへ向かう。
その道中、エスタは静かに口を開く。
「思わぬ効果だな……。まったく、お前の友達が商売道具を悪用する輩じゃなくてよかったよ」
「あぁ……。アイツに会ったのか。旦那も言ってくれりゃいいのによ。だいぶ値は下げられたぜ?」
フランツの知人が制作したこの装置は元々諜報員などの拷問に使う器具であり、2000~4000Hzという、人間やそれと同じ身体構造をした魔族が最も不快に思う音域のノイズが、スイッチをオンにしている間は延々流れるように作られている。
これによって相手の意志を砕き、自身の意向に従わせるなどに使われる。その出力によっては鼓膜を破壊することも可能であり、また長時間にわたって聴き続けた場合、一時的に精神への影響も懸念されるものであるという。
「市警に止められてたはずだけど、まだ売ってやがったのか……」
「オレが頼んだんだよ。必要なときがあるかも、と思ってな」
実際にエスタの読みは当たり、こうして活用する機会はあった。その読みに改めて感服するとともに、それがエデンに対する、懸命に抑えられた憎しみを支柱にするものであることも理解しているフランツは微かな胸騒ぎに似た思いが胸に湧き上がるのを感じた。
なにか、手を打っておかなくちゃいけないかも知れないな……。
ふとよぎったその思いは、彼の中で思案に変わる前に立ち消えることになった。
目の前で、1人の女が柱にもたれかかっている。息は荒く、そのただならぬ様子から、この女が《所有》を強制的に遮断させられた能力者である可能性は高かった。そして、エスタの解析によってそれは確信に変わった。
「お前が、《所有》の擬似能力を使った追っ手か」
その問い掛けに、女は荒い息の中で「えぇ、そうだけど!?」という余裕のない敵意に満ちた声音で応じる。そして、苛立ったように舌打ちをして天を仰ぐ。
「ったく、だからこんな所来たくなかったのに! あたしは研究してる方が性に合ってるからって何回も言ったのにあの石頭……! 戻ったら絶対引きずり下ろしてやる! で? え、っと、エスタ=グラディウスさんに、そっちはトルッペン砂漠のフランツさん、でしたっけ?」
苛立たしげに振り返って、そのまま睨みつけてくる。
「一応? 人に会ったときは名乗っておくようにと言われてきたから、名乗ってあげる。あたし、ミゼリア=ピウスと言います。本来ならエデンで研究をしていられたはずなのに、ここであんたたちの情報を探らされているのよ……。……ふっ」
ミゼリアは脂汗で額に貼り付いたアイリス色の髪を手櫛でどけながら、苛立たしげに、しかし不敵な笑みを浮かべる。そこには、まだ圧倒的な優位が揺るがされていないと確信している者の表情があった。
「でもね、別に悪いことだけじゃないんですよ? あなたほどじゃなくてもそれなりに有力な人とのパイプも出来てるし、何よりここであたしが燻らなきゃいけなくなった元凶……反エデン派として活動していながらなかなか尻尾を見せないあんたをここで消せることが、確定的になったんだから」
吐き気を堪らえるように口元を押さえているが、それでも確信している勝利への期待からミゼリアの顔が緩んでいるのがわかる。その緩みきった顔でエスタを指差し、そのままポケットから錠剤を取り出した。
「ふふふっふっ、まぁねぇ、これ使っちゃうとたぶんこの都市の大半は巻き添え食うかも知れないけど、まぁあたしが帰るためだしぃ? ここで生きてる何万人よりもあたしらの方が価値あるし? ふふふ、あぁクソ、頭気持ち悪い! 飛べ! 痛み飛べ!」
笑いながら苛立たしげに壁に頭を打ちつける様には、見ている者を恐怖させるものがあった。
先程まで見せていた柔和な様子など跡形もなく消え失せ、ミゼリアを止めようと急ぐ2人を嘲笑うように、錠剤を見せびらかす。
「くそっ!」
「残念でした~! 遅ぇんだよクソが!」
走り来るエスタたちの前で、ミゼリアは錠剤を嚥下した。
そして、次の瞬間。
「――――――ぇ」
そう小さく声を上げたのは、ミゼリアだった。
壁に打ちつけた際に出た血液に濡れたアイリス色の髪が1本、2本、みるみる間に抜け落ちていく。驚きと、そして恐らく苦痛から見開かれた、血管が切れているのか赤くなった目からはまるで涙のように血液が流れ出している。
全身の筋肉が硬直しているのだろう、体が強ばったように震え、動きの自由を無くしその場に崩れ落ちる。
「これは、何だ……?」
エスタは、目の前の光景に当惑した。
このテラニグラに着く前に旅していたトルッペン砂漠で遭遇した「レジスタンス」を名乗る略奪組織、その分隊を率いていた人間の女アンネが捨て駒とされたとき投与された薬の作用とは異なる反応だった。
アンネに投与された薬は言うならば人を獣に変える――理性を失くし、死を恐れぬ生物兵器に変える薬である。その効果は、エスタもよく知っている。
しかし、今目の前で倒れているミゼリアは違う。全身が激しく痙攣し、全身で神経の断裂が起きているのか、激しい内出血によって肌の色が変わり始めている。
「ク、カ――――――ッ」
ミゼリア自身が無防備になる体の安全を確保しようとしたのか、幸いにして周囲には誰もいない。だからこの事態を目撃されるようなことはない。
エスタが手持ちのカバンから薬を取り出し、嚥下させる。
仮死薬――ルキウスたちをエデンから連れ出す際に骨格から姿形を変える変装薬とともに使用した薬――から派生して生み出された血流を抑える薬。効果はそれなりにあったようで、ミゼリアの出血も治まり、何とか命を繋げる可能性が出てきた。
「急げ、フランツ、医院に連れて行くぞ! この女からはまだ聞き出さなくてはいけないことがある!」
ミゼリアの言う「エスタには及ばないもののテラニグラにおいて有力な者とのパイプを作ることができた」という言葉。そのパイプを辿ることでエデンの中枢にも打撃を与えうる、というより、エデンの中枢に関する情報は厳重に秘匿されているため、現時点で停滞しているエデンに対する情報収集を進展させる大きな一手になるかも知れなかった。
ならば、急がなくてはならない。
虫の息となった呼吸と徐々に失われていく体温を背中に感じながら、エスタたちは管理局を飛び出した。
その様子をモニター越しに見守る、1人の影。
「まさかそうやって重複服用の副作用を抑えるとは。それでも彼女が生き延びるとは思えないが、さすがですね、エスタ=グラディウス。しかし、私は知っていますよ? きっとあなたは、破滅することになる」
私は、きっとお嬢さんよりもあなたのことを知っているのだから……。
その人物は穏やかな、しかし隠しきれていない喜悦に満ちた笑みの形に、口元を歪めた。
お読みいただき、ありがとうございます!
で、なのです。
突然のお知らせなのですが、今回で1度更新を中断させていただくことにしました。復帰は5月くらいになると思われます。特に体調の事情とかそういうことではなく、文学フリマ分の作品のスケジュールの都合です(カツカツになってしまうのが幼い頃の悪癖……)。
構想自体は考えられていますので、あとは打ち出すだけ!……といくかどうかも、私次第か。
ということで、もしかするとキャラクター紹介回のようなお話?は投稿させて頂くかも知れませんが、しばらく当サイトでの活動はお休みさせていただきます。
重ね重ね申し訳ないですが、よろしくお願いいたします。
ではではっ!!




