黄昏の予兆
こんにちは、夕陽が綺麗ですね~。遊月奈喩多です!
さて、先日ある方からTwitterでアドバイスを頂いたので、ちょっとだけそれを意識してみました。多少見やすくなっていると……思いたいです(-_-;)
さて、今回は前回・前々回での戦闘が「とりあえず」一段落してちょっとしたブレイク回的な感じです。
突如現れたイスト。彼が語ることとは……?
本編スタートです!
「……! ……きろ、ヒューゴ! おい、ヒューゴ!」
割れそうに痛む頭の上から聞こえる声に、ルキウスは重い瞼をゆっくりと開ける。突き刺すような眩しい室内照明の白光に目が慣れていくに従って、心配そうに自分を覗き込むエスタとフランツの姿がぼやけて見えてくる。
「おいおいr、ヒューゴ! 目ぇ覚めたのかよ! ほんとによかった、よかったよ……!」
「とりあえず命は大丈夫そうだな、ヒューゴ。……あ、っと、そう。あとで何があったか、聞かせてくれ」
涙ぐむフランツと、安堵した表情を浮かべるエスタ。あまりに安心したからだろう、エスタはルキウスに尋ねようとしていたことを忘れてしまっていたようだ。それでもルキウスのことはあくまで「ヒューゴ」という、テラニグラに滞在する為に用意した偽名で呼ぶことを忘れないところはさすがというべきだろうか。
そして、エスタたちの後ろに控えている長身の男が、ルキウスに笑いかける。
その顔には、見覚えがあった。
『大丈夫かい?』
そこにいたのは、路地でアリスに追い詰められていたルキウスを救い出した男だった。
「あんた、は……?」
「彼の名はイスト=シュベート。オレの……言うならパートナーだな」
アリスの能力で地面に押さえつけられていたときに喉を傷つけたのか、か細く漏らす程度しか出なかったルキウスの声を拾い上げ、エスタが男の紹介をする。
イスト=シュベート。テラニグラよりも少し西の地方出身の人間である。
彼は若い頃行商人をしており、当時同じく行商によって生計を立てていたエスタと旅先で意気投合して行動を共にしていたのだという。今ではエスタが経営する企業の製薬部門の責任者を務めており、プライベートでも親しい付き合いなのだという。
ほとんどが2人の思い出話になってしまっていたが、その中でルキウスにとって必要な情報もいくつか出てきた。
まずは、自分が今いる場所。
どうやらここはテラニグラの外れの地域にある医院であるらしい。院長の知人であるイストの口利きで集中治療室に搬送されたらしい。そして、ほぼ全身の骨が細かく砕けており、魔族の治癒が人間よりも早いとはいえ、全身が完治するまでには数ヶ月かかるのではないか、とのことだった。
……当分は動けないってことか。
心なしか不安になって治療室内をキョロキョロと見回したとき、イストと目が合う。
「あ、ヒューゴくん。ここの院長は口が堅いから、心配しなくて大丈夫だよ?」
目が合うと、イストは初対面とは思えないほどの馴れ馴れしさでルキウスに微笑みかけてきた。何となく居心地が悪い気分になって、ルキウスは目を逸らす。
すると治療室のカーテンが開き、「グラディウスさん、管理局の方から連絡が入っていますよ」と看護師がエスタに話しかける。どうやらフランツの保護を求める申請が無事に受け入れられたという報告だったらしい。
とりあえずの無事はわかったし、信頼できる場所に預けられているということで、エスタとフランツは管理局に一度足を運ぶことになった。
「ここは私が見ておきますのでご安心ください。……あ、でもやっぱり早めに戻ってきてくれれば心強いですけれど」
「あぁ、もちろんだ。すぐに戻る」
人の良さそうな――ともするとかなり弱気にも見える笑みで2人を見送るイスト。少しだけ不安げな表情をしながら、フランツはエスタの後に続いて医院を出て行った。
後に残されたのはベッドの上で寝ているルキウスと、そんな彼を黙って見つめているイスト。
エスタと話している様子から考えると、どうやらエスタはルキウスがエデンから逃げ出してきた脱走者であることを話してはいないようだ。もしかしたらルキウスという名前すら彼には教えていないのかも知れない。
イストのことを話している時の口振りだと、危険に巻き込まないためのエスタなりの配慮なのだろう。
……それでも。
「なぁ」
ルキウスには、気になることが1つあった。
この場所にはルキウスの他にはイストしかいない。だから必然的にルキウスの声は壁際に立つ青年に届き、「ん?」と優しげな声が返ってくる。
「あのとき、どうやって俺のこと助けたんだ?」
「どうやって? それはさ、あのアリスって娘に仲間が襲撃を受けたー、って、」
「……そう、じゃない」
喉と肺が痛んで、続けて声を出すことができない。ベッドの上で荒く息をつくルキウスを見て、「大丈夫かい?」と囁きながらイストがベッドの脇に近付いてくる。隅に片付けられていた椅子を持ってきて、ベッドの傍らでルキウスの左手を握る。
「大丈夫だよ、ヒューゴくん。急ぐ必要なんてない。早く喋ろうとすると、痛いんでしょ? だったら、ゆっくりしていればいい。ここにいる間は、急いだりする必要なんてないよ。で、なに?」
ゆったりと、ルキウスのペースに合わせるように言葉を出すイスト。
ルキウスは息を落ち着かせて、もう1度言葉を出す。
「何で、俺を助けられたんだ?」
事情を何ひとつ知らない人間ならば、あの状況で咄嗟に嘘をついてまで割って入ることや、リデルたちのいる場所にアリスを向かわせて誰かに後を追わせるなど、そうそうできることではない。それくらいのことは、そういった状況に遭遇した経験のないルキウスにだって想像することはできた。
それに、イストは突然の状況に戸惑うルキウスにこう言ったのだ。
『大丈夫だよ、グラディウスさんにはもう連絡してあるから』
その言葉は、ルキウスを助ける前に、イストはエスタへの連絡を済ませていたということになる。それは一体、どういうことなのか……。
ルキウスの問いにイストは少しだけ黙考するような間を作ったあと、「あぁ、そういうことか」と呟いて困ったように苦笑した。
「あぁ、そうだね。悪かった。確かに怪しいよね、知らないやつがいきなり助けに入って仲間にも連絡してあるとか言うなんて。そうかそうか、そりゃあ訊きたくなるかもね!」
場違いなくらい明るく笑いながら謝ったあと、声を潜めて「実はね」と話し始める。
「実は、君たちが……正確に言うならグラディウスさんがデゼールロジエを発ったときに連絡をもらっていたんだよ」
「連絡?」
「あぁ。たぶんヒューゴくんも会ってるんじゃないかな……。デゼールロジエのリシャールさん」
ルキウスが聞いたその名前は、そう長い時間が経ったわけでもないのに、妙に懐かしく感じられる名前だった。
カイルを助けて、そしてエスタに連れられてエデンを抜け出した後、最初に立ち寄った砂漠の街である。夜になると酒と香水の匂いで満たされるその街で、アルコールの匂いにあてられて身動きがとれなくなっていたルキウスを見つけた男。それがリシャールだった。
彼は路地裏で静かなバーを営んでおり、店主であると同時に薬師でもリシャール。かつてエスタから学んだという調合技術は確かなもので、とてつもなく苦かったものの、その薬のおかげでその日のうちに体調が回復したのだった。とてつもなく苦かったが。ちなみにそういった技術を学んだ縁か、エスタとは今でも親しく付き合っているらしい。
「そのリシャールさんと一緒にいたバーテンダーの彼は、覚えてるかな。実は数週間前に彼から連絡があってさ。『エスタ=グラディウスがテラニグラに向かって出発した。一緒にいる少年はエデンから狙われているから可能な限り保護して欲しい』ってね」
「…………」
まだカイルが一緒にいた頃に聞いたことがあるし、たぶんリシャールからも聞いていたと思う。
エスタはかつて、エデンで到底真実とは思えない罪状で中央収容所に入れられた妹を、「事故」によって喪っている、と。それ以降エデンへの不信感を持つようになり、世界各地で同じ思いを持つ者を保護しているのだとか。
イストは、静かな声で言葉を続ける。
「私自身はエデンによって何か不利益を被ったわけではないけど、それでも妹さんを亡くしたグラディウスさんの姿が痛ましくてね……。彼女、収容所に入るときに『何かの間違いだってすぐに証明されるから』なんて明るく言っていたから……」
妹さんを亡くしたあとの彼を見ていたら何かしたいと思ってさ、イストは今まさに目の前でその姿を見ているかのように痛ましげに首を振った。
「それでさ、できる限りのところで彼の手伝いをしようと思ったんだ。ほら、グラディウスさんって世界中色々な所に行ってるだろう? かといって、世界中全部の情報を集めるのは彼のフットワークでも難しいし、彼が持っている端末だけだと情報全部を記録してはおけないんだよ。
だから、私は世界中から寄せられた情報をまとめる役割をしているんだ。各地の連絡員から情報を受けて、グラディウスさんに優先的に伝えるべき情報を彼と共有するのが仕事なんだよ。彼のいないテラニグラで何かが起こったときの対処もね。
今回はデゼールロジエの彼から連絡を受けていたから、君たちがテラニグラに入ってきたときから様子を見させてもらっていたんだ。君があの少女たちに襲われていたのも見ていた。それから、相手方の隙を窺っていたんだけど……それについては遅くなってすまないと思ってる」
そう言いながら、心底申し訳なさそうに頭を下げるイストの姿に何となく居心地の悪い気がして、「別にあんたがそんな風になることはない」とルキウスは呟く。それに対してイストは、やはり心から安堵したような表情で微笑んだ。
「むしろ、助けてくれたんだから。そんな風には言うつもりない……」
「そう言ってくれると、私も救われるよ。ありがとう、ヒューゴくん。君のことは、グラディウスさんに同行している少年、としか聞いていないんだけど……。あんなに狙われるなんて、何かあったのかい?」
そう尋ねた直後、ルキウスの反応で何事かを察したようで、「あぁ、もちろん言いたくないことは言わなくてもいいからね!?」と慌てて訂正する。ルキウスはそんなイストの姿を見て、今はエデンにいるカイルのことを思い出した。
頼りになるのかならないのかよくわからないところや、直接自分に関わりのないことにまで関心を持って、心を痛めて何かをしようとするところ。
旅の中で聞いた言葉で言うなら、「お人好し」。
そんなところが、何となくカイルに似て見えたのかもしれない。
イストが改めてルキウスの左手を握ろうとして、「あっ、今はやめた方がいいよね」と引っ込める。
ルキウスは今、全身の骨が砕けている状態である。先ほど握られたときに少し手が痛んだのだが、きっとそれはイストにも伝わっていたようだ。こういう察しがいいのか悪いのかわからないところも、何となくカイルに似ているような気がして、何となく調子が狂う。
イストの方はというと、そんなルキウスの気分については察していない様子で、手を握ろうとしたことについて申し訳なさげに「いや……困っていそうな人を見るとつい手を握ってしまう癖があってさ」と、自身が困ったように微笑んでいる。
何というか、やはり頼りないような印象が先に立つ。
時々下らないことを言ったりするものの何でもそつなくこなす事のできるエスタのパートナーというのが一見すると信じられない。
どうやらイストにはそんなルキウスの気持ちも伝わっていたようで、またも困ったように苦笑する。
「……はは、よく言われるんだよね。製薬部門の者にも話のタネにされてるみたいで。私本人の前ではさすがに言わないでくれているみたいだけどね」
1つ訂正。
カイルにはきっと、嫌なことを聞いたときに苦笑いで済ませたりはできない。
そんなことを考えたところで、ルキウスは困惑する。
どうして、俺はこんなにカイルのことばかり思い出すんだ……と。
もちろんルキウスは、あの日――カイルが自分を助けるためにエデンに連れ戻された日以来、カイルのことを忘れたことはない。いつかは絶対にまた連れ出す。それを支えにしている。
しかし、目の前の青年はカイルではない。背はカイルよりもっと高いし、イストが着ているような高級感のある服を着こなすカイルの姿を想像できない。そして何より、イストを話していても、似ているところを意識しなければ、カイルと話している時のような感覚は訪れない。
きっと、彼とカイルは決定的に何かが違うのだ。
それなのに、どうしてイストを見ているとカイルを思い出してしまうのか?
その理由がわからないことにも、ルキウスの不安を募らせていく。
ルキウスの心の中に、霧のように立ち込めてゆく、奇妙なほどの不安。
エデンの研究棟で育ち、よくわからない溶液に満たされた水槽の中で感じてきた不安……命すらも道具としてしか扱われず、いつ命を落としても不思議ではない。そう思わせる「あの女」の視線に曝され続けたあの日々。
それに比べれば今はずっと安全なはずなのに、どうしてか募る不安を止められない。
「ん? ヒューゴくん、大丈夫?」
ルキウスの様子を察したのか、イストが心配そうに顔を覗き込んできた。
真正面から見つめてくるその顔は、やはりカイルとは違う。それでも何か居心地の悪い気分になり、ルキウスは「大丈夫だよ」とそっけなく答えて視線を逸らす。
返した言葉とは裏腹に、ルキウスの胸中には不安が広がる。
不快な汗が背中を伝い、息苦しくなっていく。
カイルが自分の前からいなくなった時に感じたのは後悔と無力感。自分がもっと強ければ守れたはずだという、激しいまでの無力感。それはトルッペン砂漠を旅している中で「レジスタンス」と呼ばれる集団による略奪から救ったはずのヴァイデ集落が目の前で、しかもルキウスたちが干渉したという理不尽な理由で爆破された時にも感じたものだった。
しかし、今ルキウスの中を満たすのは、あの時感じた胸の奥から込み上げてくるような熱を伴ったものではない。底冷えするような、そしてそのまま心を押し潰してしまいそうな不安。
ここにはいない名前を呼び、叫び出してしまいたいほどに心細い。
エデンの地下を出てデゼールロジエのホテル屋上に上がったとき、当たり前のように途切れず聞こえてくる喧騒にも心が騒ぎ、孤独感に潰れてしまいそうになったことがあった。思い返せば、あのとき自分が感じていたそれを和らげてくれたのは、カイルだった。
そんな彼が、今はいない。
「大丈夫だよ、ヒューゴくん」
ルキウスの体を、イストが優しく抱きしめる。
ほとんどないに等しい衝撃にさえ体は痛んだが、感じたイストの体温と鼓動に、わずかながら心が落ち着いていくような気もした。
「君が抱えている不安は、もうすぐ解消される。君には意志があるからね。いずれはその苦しみの素を絶つことができるようになるよ、きっと。だから今は、ゆっくりと休むといい。
色々な人を見てきた私が言うんだからその辺りは自分を信じてあげていいと思うよ? それで、いずれ来るその機会のためにも、今はしっかり休んで、体を回復させてあげて」
イストはそう言い残すと、「ちょっと外すね」と優しげに呟き、治療室を出て行った。
ルキウスは何も言わず、その姿を見送った。
* * * * *
エデン中央収容所、医務室。
「くそっ、あの野郎なんてことを……!」
カイルの潰れた右足を見て、カルロはまるで自身が酷い目に遭わされたかのように怒りを顕にしている。歩くことはもちろん、空気に触れることすらも激痛を伴うだろうその有様を見れば、その怒りは当然だとも言えるだろう。
実際、カルロが悔しげに呟いたときの微かな揺れでさえ、カイルの右足はひどく痛んだ。
「あぁ、悪い! 今ベアさんが準備してくれてるから、もうちょっと待っててくれ!」
「…………、うん」
カイルの右足の甲は、外から見てわかってしまうほどの重傷を負っており、その骨もやはり折れてしまっていた。
足の甲の骨折には特別手術を行わず患部の固定によって骨の治癒を促すという治療法も存在する。しかし、骨の配置まで変わってしまうほどの衝撃を受けてしまったカイルの場合、その方法を採ることは不可能だというのは、ストレッチャーに乗せられたカイルの足を見た医務員全員の認識だった。
そして、実際カイルの右足甲の骨はその一部は砕けてしまっており、器具による内固定が必要だった……という話を術後にカルロから聞いた。
「骨の固定さえできれば、あとはセラピアさんが何とかしてくれるから……と思うんだよな~」
不安げなカルロの説明の最中に現れたセラピアという医師には、傷を治すという能力があった。
「カイル=エヴァーリヴくんだよね。ちょっと痛いけど、堪えてね?」
柔和な笑みを見せた彼女が少し屈んだときに、そのコスモス色の髪から甘い香りがしたかと思うと。
「っ――――――!!」
全身を激しい痛みが襲い、カイルは声にならない叫びを上げながら意識を失った。
そのとき、ふとよぎったのは。
『目が覚めたら、すぐにカルロを止めないと……』
脳裏に浮かんだその言葉の意味を理解する時間すら、カイルにはなかった。
こんにちは、前書きに引き続き遊月です!
もしかしたらバレンタイン作品を投稿するかも知れませんという、今作になかなか関係のないお話をしておく遊月ですが、今後もよろしくお願いします!
何だか不穏な気配がある終わりでしたが、果たして次回以降どうなるのか……!?
次回、お会いしましょう!
ではではっ!!




