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歪みなき想い

こんにちは、遊月です!

昨晩には近日中に……と言ったものの、キリの良いところまで書けたため今日投稿させていただきました! 謎の少女に追い詰められたルキウス。ロドリーゴを介してルキウスに迫る追っ手を止めようとするカイル。2人の戦いはどうなるのでしょう?


本編スタートです!

 ルキウスが振り返った先の空には何本ものナイフが浮かんでおり、それらはルキウスが気付くのを待っていたかのように、一斉に降り注いできた!

「――――――っ!?」

 ルキウスは瞬時に体を加速させて、飛んでくるナイフを避ける!

 地面にナイフが突き刺さるが、その勢いはとてもただ投げただけの物とは思えないものだ。足下で、ナイフの当たった敷き石が砕けているのがわかる。その音と破片が、凄まじい威力でナイフが飛来していることを証明していた。

 しかも。

 ビシィィッ

「っ――――!」

 砕けた石の破片も、ルキウスの体を激しく打ちつける。

 あまりの勢いで砕けた石の破片が、その余波とでもいうべき速度をまとって、近くにいるルキウスを襲っているのだ。破片の当たった場所には小さな傷ができ、鋭い痛みが走る。

 ルキウスの加速を以てしても、上下両方向からの攻撃を避けきるのは容易ではない。

「ちっ――――」

 やむなく、ルキウスは空間ごとやや後ろに移動する。

 目の前で数十本のナイフが地面を抉り、そのまま地面に沈み込んでいく。一瞬の出来事に冷や汗を流すルキウスの背後から、浅い溜息が聞こえる。

 振り返った先では、少女が冷めた眼差しをルキウスに向けている。

「やっぱり、移動されるっていうのは厄介ね」

 管理局屋上でルキウスを襲ったリデルに似た輝くような銀髪を風になびかせながら、少女は呟く。そして、ルキウスの脚を見て笑った。その笑いが合図であったかのように、ルキウスの左腿から激痛が走る。

 見ると、辛うじて全て避けていたはずのナイフが1本、左腿に刺さっていた。

 深々と体に入り込み、恐らく骨にまで達しているのだろう、痛みに体をよじった瞬間、骨の辺りから軋むような悪寒と、体中を焼き焦がすような熱が同時に広がっていく。その不快な感触を和らげたくて、ナイフに手を伸ばす。

「あーっ、ダメダメ! 下手に抜くと血がいっぱい出ちゃうよ、ルキウスくん!!」

 パタパタという足音と、慌てたような声が背後に広がる大通りの方から聞こえた。

 振り向かなくても、その声の主こそがリデルであることはわかった。

 体内を駆け回る痛みと異物感に耐えられず再び膝を折ったルキウスの頭上で、全く同じような容姿をした2人の声が往復する。

「アリス、ここまでしなくてもよかったでしょ!? ルキウスくんが死んじゃったらどうするの!?」

「大丈夫よ。彼は魔族なんだから、これくらいじゃ死なない。リデルだって知ってるでしょう?」

 今ルキウスが対峙し、能力を使っていた少女――アリスは、リデルを装っていたときとは打って変わって冷たい苦情でリデルに応じる。

 対するリデルは、その言葉に「それは、そうだけど……」と口を尖らせているようだが、それ以上は何も言えない様子だった。

「それに、ここまでやれば彼にだってわかるはず。これ以上の抵抗は無駄だって」

 アリスの言葉と同時に、再びルキウスの体に激しい重圧がかかる。

「――――」

 声にならない声が、ルキウスの喉から漏れる。

 今度は先程のように身動きがとれない程度の重さではない。ただその場にいるだけで体中を、骨や内臓に至るまで、押し潰されてしまうような重圧。その様子を、2人の少女は笑いながら見下ろす。

「凄~い! 何か屠殺される直前の子豚ちゃんみたいでかわいい♪」

「少しでも動けば今度こそ動いた箇所から砕け散るわよ、ルキウスくん?」

 更に重圧が増していく。

「カッ――――」

 地面にめり込むくらいに体が押し付けられる!

 せめて一矢報いようと見上げた先でリデルは楽しげに笑い、アリスは嘲笑している。更に後ろでは、ビルの隙間から見える青空が目を焼くように見えている。

「リデル、彼を運ぶ手配をして。わたしはここで止めておくから」

「はーい!」

 アリスの言葉に、リデルは何の疑いもなく嬉しげに大通りに駆けていく。

 と、振り返ってルキウスのすぐ傍で再び屈み込む。

「すぐ呼んでくるから、死なないで待っててね?」

 そう言って満面の笑顔を見せた後、大通りへと向かっていった。その姿を見送りながら、ルキウスは考える。

 ――どうする!? 今ならば、リデルからの攻撃はない。

 彼女はルキウスにアリスの拘束を解くことはできないと、確信しているようだった。確かに、アリスの能力なのだろうこの重圧には、ルキウスから思考力すらも奪ってしまうくらいの力がある。まともに考えることすらできない中、しかし本能で彼は、その右手に力を込めた……!


 * * * * *


 エデン、中央収容所。

 薄暗い照明の中で、カイルは黒い拳銃の引き金に指をかけた。軽い力がかかった後、銃からはカイルの予想通り、弾丸が射出される。弾丸は、カイルが狙ったロドリーゴの左腿めがけて、まっすぐに飛ぶ。

 ――これで、この男に対して少しは有利になれる。

 そうすれば、今ルキウスに差し向けられている追っ手――ロドリーゴの「娘」を止めさせることができるかも知れない。カイルの脳裏に、短い間だけではあったが一緒に旅をしていた間の、新しい景色や未知の事物を興味津々に見つめていたルキウスの姿がよぎる。

 ……あの姿を守りたい。

 その為なら、僕はどんなことだってやってみせる! カイルの決意は火薬を伴った爆発とともに放たれる。その目の前で、ロドリーゴの背中が微かに動く――発砲音に気付いたのだろうか。

 しかし、遅い。

 至近距離から放たれた銃弾は音よりも速くロドリーゴの左腿に当たる。その速度に、人間が反応することは不可能だ。


「知ってるか、カイル?」

 キン――――!


 裸の左腿に当たったはずの弾丸がまるで金属にでも当たったかのように弾かれるのと、ロドリーゴが立ち上がるのは、ほぼ同時だった。

「生きている限り、全てのものは成長する」

 立ち上がったロドリーゴの左腿には、傷ひとつ付いていない。

 室内に立ち込める澱んだ空気掻き混ぜ、据えたような臭いを緩和する目的で設置されたと思われるシーリングファンが立てる微かな低音を背に、ロドリーゴの巨躯がカイルに1歩、迫る。ただでさえ薄暗い室内にあって、巨躯の作り出す影はあまりに暗く、カイルは体を震わせながらその姿を見上げる。

「お前もそうだし、もちろん俺だってそうだ。忘れたとでも思ったか? トルッペン砂漠でお前を連れ戻したとき、お前はあの魔族の小僧を逃がすために、咄嗟に擬似能力を使って俺を阻んだだろう? あの一瞬見せた目つきにな、俺は恐ろしさを感じた」

 ロドリーゴはカイルの前に立ち、まだ薄らと汗に湿った手をカイルの細い肩に置く。

 カイルの鼻先すぐの位置に、ロドリーゴの顔が迫る。

「ここに戻ってきてからも、常に辺りを窺っていたな。囚人どもに嬲られていても、俺とこうして会っていても。何かしら状況を変える手立てでも考えていたな?」

 さも可笑しそうに笑いながら、ロドリーゴはカイルの手から銃を奪い、自らの腹に向けて引き金を引いた。その行為と室内に響く激しい金属音に、カイルは反射的に目を背ける。

 しかし、次の瞬間にカイルが見たのは、傷ひとつない腹部を曝すロドリーゴの姿だった。

 ロドリーゴは下着以外何も身にまとっていない。肌が露出した部分を狙って撃った――――更にはロドリーゴ自身が自らの腹を撃ってみせた――――にもかかわらず無傷。

 通常の人間ではありえないその状態は、ある答えを自動的に導き出す。

「擬似能力……?」

「ふん、さすがは経験者。俺は使うのを躊躇したものだがな……。今の俺は、そこらの金属よりも硬い体を手に入れている。念には念を……ってな」

 震える声を絞り出したカイルを嘲笑うように、ロドリーゴは腹を叩いてみせる。

 ……失敗した。

 カイルの心に焦燥が募る。

 時間がない……!

 今、ルキウスとロドリーゴの「娘」たちがどのような状況なのか、カイルにはわからない。しかし、ロドリーゴが「上手くやれるだろう」と評した追っ手である。恐らく、ルキウスの身が危険に曝されてしまう。それか、既に曝されているのでは……!?

 エデンに連れ戻されてしまえば、今度こそ……。

 早くどうにかしないといけない!

 しかし、どうすれば……!?

 焦るカイルを見て、ロドリーゴは嘲笑を深める。

 身体の硬質化。

 ロドリーゴが使った擬似能力は、自分の体を硬質化するというもの。これはロドリーゴがエデンの支配者――――研究棟主席研究員ニュイ=サンブルに呼び出されてルキウス奪還を命じられたときに、能力核である腕を切除されて、断末魔の中で絶命した魔族が持っていたものだった。

 研究棟の者たちからはその能力の単純さから不要なものとして扱われていたが、ロドリーゴが下級の研究員に働きかけて擬似能力として入手したのである。

 確かに単純で、研究するうえでは不要なものだっただろう。

 しかし、戦闘……特に能力や強力な兵器を持たない人間同士の戦闘にこの能力が介入した場合、その存在はある程度の差を生み出すことになる。至近距離から放たれた銃弾すらも弾いてしまえる硬度を誇る体を前に、もはやカイルにはなすすべもなかった。

 それを察したのだろう、ロドリーゴはカイルの小さな肩を押す。

「……っ」

 混乱した状態では抵抗など形ばかりのものしかできず、カイルは床に尻餅をついてしまう。

 ロドリーゴはそんなカイルを見下ろしながら、更に1歩近付く。

「正直な話、擬似能力もただの保険程度にしか考えていなかったんだがな……。まったく、あの小僧に会ってからか? お前は本当に油断ならないやつになったよ」

 言いながら、後じさりしようとしたカイルの右足の甲を強く踏みつける。

「――――――――――!!」

 鉄よりも硬い足で、更に勢いをつけて踏みつけられた右足から何かが潰れるような湿った音と、熱を通り越して冷たさすら感じてしまうような痛みが走り、カイルは声を上げる。よじろうとした体は足を踏まれているために動かすことができず、ただ痛みが体を燃やしていくのに任せるしかない。

「そうしている方がお前らしいよ、カイル。そんな顔のお前はひどくそそるが、今日は終わりにしてやる。とっとと医務室にでも行ってこい」

 嘲笑うように、そして鬱陶しげに言ってから、ようやくロドリーゴは足を上げる。強く踏みしめられていたせいか、足の甲の皮膚が少し上に引っ張られるような感触に、カイルは怖気を伴う痛みを感じた。

「……そうか、そのザマだと服を着るのも一苦労か。医務員を呼んでやる。来るまではまた相手をしろ」

 嘲笑混じりの声。

 しかし、その言葉は、カイルの耳には入らない。

 流れる涙の理由は、もう痛みではなく別のものに変わっていた。

 ……悔しい。

 あの日、ルキウスに助けられてこの地獄を抜け出してから、少しは強くなれた気でいた。

 まっすぐに前を見つめて、なかなか歩き出せない自分の手を引いてくれる彼の隣で色々なものを見て、自分よりも小さなその体の中に押し隠そうとしていた大きな恐怖を知って。守りたいと思った。

 ルキウスを守れるように、強くなりたいと思った。

 守られるだけではなく、守りたい、と。

 それがどうだ?

 ルキウスを狙う者が確かに迫っているのに。止められるかもしれない可能性があるのに。それなのに、1つ想定外のことにぶつかったら、もう何もできない。どうすることもできず、涙が止められない。それが悔しくて仕方ない。

 どうすればいい?

 何も持っていない自分に、何ができる……?

 カイルの心を絶望が覆いかけたとき、ロドリーゴの机に置かれた通信端末が音を立てる。数秒は興味なさげに無視しようとしていたロドリーゴだったが、呼出音の長さに何か切迫したものを感じ取ったのか、苛立たしげに拾い上げて通話状態にする。

「どうした。……何だと?」

 ロドリーゴの声に、少しだけ焦りが混ざる。

「馬鹿なことを言うな! ……仕方がない、とりあえずは身を隠せ。現地で目立つ真似はくれぐれも慎め。やつはまだ当分そこに滞在するだろうからな。あぁ、あとはお前たちで判断して構わない」

 通話を終え、ロドリーゴはカイルに向き直る。

 カイルは、向けられる視線を真正面から受ける。

「カイル……お前、何をした?」

 ロドリーゴの目に、訝りと敵意が芽生えている。

 何が起きたのか、カイルにはわからない。しかし、その様子からなにかロドリーゴに――つまりほぼ確実にルキウスを狙う追っ手側にとって、何か不都合なことが起きたという報告だったのだろう。しかし、追っ手側にとっての不都合が必ずしもルキウスの無事を保証するものではない。

 まだ当分滞在するはず……と言っていたから生きてはいるのだろうか。

「あの小僧なら無事だぞ」

 思案するカイルの姿を見て事情を察したのか、ロドリーゴは吐き捨てるように告げる。そして、硬化したままのつま先でカイルの下腹を蹴りつける。

「――――――」

 苦しげに咳き込むカイルを一瞥してから、ロドリーゴは衣服に袖を通して椅子に腰を下ろす。

 苛立たしげな様子から、恐らくルキウスは本当に無事なのだろう。

 しかし、一体何が……?


 * * * * *


 カイルがルキウスの無事を知る数分前。

 ルキウスがアリスの拘束から逃れようと動かした右手は容赦なく踏みつけられてしまっていた。痛みに呻くルキウスを、アリスは冷淡な顔で見下ろしている。と、不意に肺のあたりが軽くなったような感触がして、空気がなだれ込んでくるのを感じた。

 肺が急速に空気で満たされ、たまらずルキウスは咳き込んだ。

「な……?」

 ルキウスの喉から、掠れた声が漏れる。

 手足は相変わらず潰れそうなくらい重い。アリスはルキウスを逃がすつもりなどないのだろう。ならば、何故……?

 訝しむルキウスを見下ろしながら、少女は口を開く。

「標的を生かしておくのって実は初めてなの。だから、一応訊いておきたくて。どうしてルキウスくんは、わたしがリデルじゃないとわかったの? 本当ならあなたが振り切った(、、、、、、、、、)はずのわたし(、、、、、、)が注意を引きつけて、その間に後ろからリデルがナイフで……死なない程度で動けないようにするはずだったのに」

「…………」

 目の前にいるのが本当にアリスなのか、ルキウスにはわからなかった。

 もちろんルキウスはアリスのことをよく知っているわけではない。しかし、先程までの慈悲など欠片も持ち合わせていないような様子とはまったく違って見えた。

「声を出せる程度には軽くしたはずだけど、足りない?」

「……お、まえ、は、ナイフを、持ってなかった……」

 答える義理などない。そう思いながらも、アリスの声になにか妙な――言葉では言い表せないようなものを感じたルキウスは、辛うじて答える。重圧を受けている間はわからなかったが、どうやら肋骨が折れて肺に刺さっているのだろう、呼吸をするたびに激しい痛みがルキウスの脳髄を焼く。

 ルキウスはアリスとリデルの違いを感じたのは、最初重圧を加えられた時だった。

 能力を使ったことではない、それ自体は擬似能力を持った人間でも可能だったからだ。擬似能力を服用すれば、身体能力の差は埋められなくとも、能力の使用はできるようになる。

 恐らく、リデルの仕草を真似たのだろう、アリスは重圧の能力によって地面に倒れたルキウスの前で屈んだ。そのときにドレスの裾から見えた陶器のように白い脚には、よく似てはいたもののリデルが付けていたようなナイフをしまっておくホルダーはなく、そしてその痕も残っていなかった。

 そしてその後、ルキウスが能力を使って一旦逃れた時すらも、ナイフで応戦しようとはしなかった。

「それだけ?」

「それに……、お前の体は、人間リデルよりも強かった……から、」

 ルキウスの衝撃波は、以前立ち寄った集落を襲っていた「レジスタンス」の構成員たちを圧倒できるほどのものだった。かなりの攻撃に耐えうる装備をしていた彼らでさえしばらくは動けない状態になっていたにもかかわらず、それよりも遥かに軽装だったアリスがすぐに立ち上がってルキウスに向かってくることは本来できないはずだ。

 それこそ、人間と魔族という、種族による身体的強度の差異がなければ。

「リデルは俺の攻撃はかわしたけど……、逃げようとしたときには追いつけなかった。だから、あいつは人間だ、もしリデルだったら、あの衝撃の後立ち上がったり……しなか、った。お前とあいつは、別人なんだ、って、思った」

 それだけ答えたところで、また重圧が強まった。

「ふ~ん。こうやって話を聞くことなんてなかったから、参考になったわ。ありがとう、ルキウスくん」

 話を聞くだけ、というのはどうやら本当だったらしい。少し柔らかい表情でアリスがそう言った後強まった重圧に、またルキウスは声を出せなくなってしまった。

 しかし、先程までのように呼吸もできないといった重さでもなかった。辛うじて呼吸ができる程度の負荷を受けているルキウスの耳に、リデルによく似た、しかし静かな声が聞こえてくる。

「わたしは、ただリデルの幸せを守りたいだけなの。あなたに恨みなんてないし、エデンにだって特別思い入れがあるわけじゃないけど、それでも、あの子は父さんを慕っているから」

 だから、あなたのことは何があっても連れ戻す――――アリスは静かな決意を秘めた声で告げた後、ルキウスの顔を覗き込むように屈み込んだ。

「ううん、恨みならあるかな。リデルが大好きで振り向いてもらいたいと思ってる父さんが夢中になっているカイル=エヴァーリヴ。そのカイルが大切に思っている存在、それがあなたなの。あなたを想うカイルを、父さんは今でも自分の部屋に囲っている。あの子だって、あの男がどういうやつか薄々わかっているはずなのに、それでもまだリデルは……」

 父さん、というのが誰を指すのか、ルキウスにはもうわかっていた。

 その瞬間に浮かび上がったのは、目の前でカイルが自分を助けるためにロドリーゴの手に落ちたときの記憶。ルキウスは、アリスの能力によらない胸の痛みを感じていた。

 ここであの男が絡んでくるなんて……!

「ふふっ」

 突然、アリスが笑い声を上げる。その声は、リデルが出すような、聞きようによっては愛らしくも聞こえる声音だった。その顔には、薄い笑みが浮かんでいる。

「ごめんね。何か、こんなに話せる相手がずっといなかったから、ちょっと話し過ぎちゃった」

 ただの八つ当たりだね、と小さく呟いた後、アリスは再び冷たい声音に戻る。

「もうすぐリデルたちがこちらに向かってくるわ。そうしたら、もうあなたはエデンまで眠ったままでいることになる。……ねぇ、その前に、」

 アリスが言いかけた言葉は、「アリス様!」という男の声に遮られた。息も絶え絶えといった風体で現れた長身の男は、割れたメガネも気にならないとでもいうように、必死の形相でアリスに伝える。

「待機していた部隊が襲撃を受けました。生き残ったのはわたしとリデル様だけ……リデル様も深手を負っております!」

「リデルが!?」

 その知らせを受けるが早いか、アリスはそれまでの冷淡な態度を崩して、慌てて大通りへと走っていく。

 アリスの姿を見送った後、男はひとつ息をつき、通信端末を手に「今、路地から出た娘を追え」と通信相手に指示を出している。通話を終え、男はルキウスに向き直って「大丈夫かい?」と声をかけてくる。

 答える為に体を起こそうとしたところで、自分がアリスの重圧から解放されていること、そして右や肺などがひどく痛み、起き上がれる状態ではなくなっていることも思い出す。男は慌てた様子でルキウスを止める。

「あぁ、無理に立ち上がらなくていいよ! すぐに助けが来るから」

 そう言われたところで、ルキウスにとって困った事態であることには変わりない。ルキウスは今、エスタやフランツと分かれている状態になっているから、諸々の判断は、できることなら彼らと合流してからにしておきたい。

 そして、路地に出て行ったアリスたちのことも、気になった。

「大丈夫だよ、ヒューゴ(、、、、)くん。グラディウスさんにはもう連絡してあるし、たぶんあの娘たちの方もボロボロになると思うから。だから、今は安心しておやすみ?」

 その声が耳に入った直後、体から力が抜けて、その意識は暗闇に落ちた。

前書きに引き続き、遊月奈喩多です! こんにちは(投稿時間はまだ「こんにちは」で通用しそうな時間なので、そう書かせていただきますね)!

今回大きく傷ついたカイルとルキウス。2人がこの後決意することとは……? そして、ルキウスの前に現れた謎の男。彼は敵か味方か……?

それは次回以降明らかになっていくと思われます。


それでは、また次回お会いしましょう。

ではではっ!!

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