火蓋
こんにちは。久々にお昼の投稿となりました、遊月奈喩多です!
テラニグラ、そしてエデンでの新しい戦いが始まります。
ここから何話かにわたって戦いが続きますが、話の方もきっちり進めていければなぁ……など考えています。それと、短めのお話です。
長々と口上を述べてもよくないですかね。
では、本編スタートです!
ロドリーゴの娘。
その「娘」ならば、ルキウスを捕まえてエデンの中央収容所に連れ戻すことができるだろう……そう言って、ロドリーゴは無防備にもカイルに背を向けた。
その言葉に、カイルは決意した。
どうにかしてその「娘」を止めなければ、と。
ルキウスはこんな所に戻ってきてはいけない。
今まで世界を知らず、ただ苦しみ抜いてきた――実際にカイルはその苦痛を知らないから想像するしかないが――ルキウスには、どうかこのまま逃げ延びていてほしい。そう願ってやまないからこそ、カイルはトルッペン砂漠でルキウスと別れることにしたのだ。
だから、ルキウスを捕まえるようなことだけはさせない。
カイルは足音を忍ばせて立ち上がり、自分の方を向いている汗に塗れた背中を見つめる。
今なら、この無防備な状態なら、あるいはロドリーゴに対して有利な状況を作ることが出来るかも知れない。そうすれば、ルキウスに迫る脅威に対してもなにか有効な手を打つことができるかも知れない。あくまで可能性の話、失敗する確率が圧倒的に高かったとしても。
やりもしないで諦めるなんて、できるわけがない……!
それは、ルキウスたちと旅をしていられたあの日々を、無に帰すことになる。
あの日見たルキウスの姿から、カイルは挑戦する意志をもらった。
何度も呼ばれているうちに、この部屋の構造は理解している。もちろん、どこに何が置いてあるのかも。何度も、何度も、何度も、ベッドの上で揺らされながら、カイルはこの部屋の中を見つめ続けてきた。以前は目の前で自分にのしかかっている『現実』から逃れるために。
ここに戻ってきてからは、現状を打開する機会を探るために。
きっと、今がその時だ。
ベッドのすぐ脇、この看守長室には似つかわしくない、奇妙に愛らしい装飾の施されたラック。そこにはいつも、無造作に拳銃が置かれている。そして、今も。
完全に油断しきっているのだろう、ロドリーゴはカイルが立ち上がっても振り返らない。いつしか言われた言葉を思い出す。
『これでお前は俺のものだな、カイル。これからたっぷりと可愛がってやる』
今のカイルでさえ、思い出しただけで怖気の走る言葉。完全にカイルを所有したという余裕からの言葉。そしてルキウスと出会う前のカイルは、実際この言葉通りだったに違いない。
だけど、今は違う。
カイルは小銃を手に取って、ロドリーゴの背後に立つ。ロドリーゴは背後のカイルに気付くことなく、モニター越しに見える囚人同士の諍いを大笑いして見ている。
銃口を静かに向けたとき、カイルの手は少し震えた。
もし外したら?
恐らくロドリーゴはその失敗によってカイルが自分を狙ったことを察してしまう。そして、その後は抵抗する暇すらなく取り押さえられるだろう。もしそうなったら、何をされてしまうのか、カイルには想像することもできなかった。
しかし、カイルは一瞬芽生えた不安を打ち消す。
目の前の標的は、大きい。決して小さくない。当たる。当てられる。
足を広げて椅子に座っている姿が目に入る。毛深く、肥えた脚が無防備に椅子の外にさらけ出されている。そこに目が行く。
……足を撃って、動きを制限する。
その瞬間、カイルの思考はひどく冷めていて。
カイルは、白く細いその指を、黒く冷たい引き金にかけた。
* * * * *
「う~ん、ほんとかわいいよルキウスくん! エデンに着くまで、う~んと可愛がってあげるからさぁ、一緒に行こ?」
テラニグラ管理局屋上。
簡素なドレスをまとってルキウスの前に現れた少女は、ナイフをルキウスに向けながら、楽しげに微笑んでいる。と、その表情が「あっ!」という声とともに変わり、「そうだったそうだった~」とまた笑う。
「わたしの名前はリデル。これからよろしくね?」
雪のように白い髪を風に舞わせながら、にこやかに手を差し伸べてくる少女――リデル。
当然、ルキウスの答えは決まっている。
「行くわけねぇだろ、あんな所に戻るなんてありえねぇ! あいつらにもそう伝えろ、俺は絶対にエデンになんか戻らない!」
明確な拒絶の意思を込めて、ルキウスはリデルを睨みつける。
敵意のようなものが感じられず、何となく自分からは仕掛けにくい雰囲気の相手だったから、できることならその答えで引き下がってくれと願いはした。しかし、その願いに反して、リデルの目は鋭くなる。リデルは、腰のホルダーから更に数本のナイフを取り出して構える。
「あのね、お父さんからはルキウスくんが生きてればいいって言われてるんだ。別に、動けなくしてもいいんだって」
その言葉が終わらないうちに再びナイフが飛んでくる。
肉眼では見えなくても、予測さえできれば避けることはできる。ルキウスはすんでのところでそのナイフを躱し、内心で舌打ちしながらリデルに向けて走る。
こいつは、倒さなくてはならない敵だ!
周囲には2人の戦闘に気付かずに観光を楽しんでいる者が多い。相手はエデンの刺客だ。どんな手段に出るかわからないから、できる限り早く倒さなくてはならない! その焦りがあるからこそ、ルキウスは初撃から本気で突きを繰り出す。
できれば気絶させる程度に留めなくてはいけない。そう思いながらも、本気で倒すつもりだった。
ルキウス自身の身体能力は決して高くはない。むしろルキウスの体は幼い頃から研究棟で施されてきた調整によって衰弱に近い状態である。
しかし、見たところ目の前で微笑みながらナイフを構えるリデルは人間のようだ。人間と魔族の身体的ポテンシャルの差はその欠点を補って余りあるほどのものである。実際、ルキウスはその差によって、エデンでは看守たちの追跡を振り切ってカイル共々エスタのいる北商業区まで逃れることができたのだから。
だから、通常ならばその速度に対応されることなどないはずだった。
この時、倒さなければならないと認識していながらも、その少女然とした外見にルキウスは油断してしまった――目の前に立つリデルもノックス同様、エデンが自分を捕らえるために放った「刺客」であることを失念してしまっていた。
リデルは、ルキウスが突き出した――並の人間ならば視認すら難しい速度の――拳を、事も無げに受け流す!
受け流された拳に引っ張られるように、ルキウスは前のめりに転んでしまった。
「くそっ、――――――!!」
立ち上がろうと地面についた手を、黒い靴のヒールで踏みつけられる。
見上げた先には、この結果が当然だと言わんばかりに微笑むリデル。風にドレスの裾が揺れ、形の良い脚が見えた。その太腿に付けられたホルダーには、更に何本ものナイフがしまわれていた。
「痛い?」
リデルが明るい笑顔のまま、静かに口を開く。
「痛いでしょ? 嫌でしょ? だったらわたしと帰ろ? わたしね、できるだけルキウスくんのこと泣かしたくないんだ~。だから、このままわたしと一緒に帰ろうよ。ルキウスくんを連れて帰ったらお父さんに褒めてもらえるし、エデンに着くまでは一緒だし。いいことばっかりだよ?」
その声音に、そして話しながらもナイフを構えるその少女に、ルキウスは「ふざけんな」という言葉で答える。
「誰が戻るかよ、あんな所……!!」
理不尽に自分の命を「観察」して、「調整」し続けたエデンの中枢。あの女。
脳裏に浮かんだ冷徹な眼差しへの憎悪を力に変えて、リデルをはねのける。そして体勢を立て直したルキウス。その様子に、さすがに周囲の観光客もこの屋上階でなにかトラブルが起きているらしいことに気付く。
恋人と観光に来ていたらしい青年が気遣わしげに声をかけようとするのを制するようにリデルが笑顔で「大丈夫です~、ちょっとじゃれあってただけですから~」と立ち上がり、「ね?」と同意を求めるようにルキウスの体側にぴたっ、と体を寄せてくる。
慌てて距離をとろうとしたルキウスの耳元で、一言。
「わたし、あんまり人殺したくないんだけどなぁ」
それは紛れもない脅迫だった。
「一応お父さんにも言われてるんだよね、あんまり目立つようなことをするなよって。だって、いくら『公務』でも無関係の人を殺しちゃったら大変だもん」
そして、静かに付け加える。
「あ、エスタさんたちなら無関係じゃないからいっか」
愛らしく聞こえる声で、静かに囁かれる脅迫。
その声音にはルキウスの態度次第で周囲を巻き込みかねない響きがあった。だから、ルキウスはその場限りでリデルに話を合わせることにした。傍目には、仲の良い友人同士に見えるように。だからだろう、声をかけようとしてきた青年は安心したように立ち去っていった。
その姿を見送ってから、ルキウスは展望スペースの鉄柵めがけて走り出した!
「あっ!?」
戦闘での反応速度では及ばなくとも、単純な速度ならばルキウスに分がある。慌ててルキウスの手を捕まえようとしたリデルの手は空を切る。
「くっ……!」
悔しそうに歯噛みするリデル。
そのまま管理局から飛び降りたルキウスの視界には、屋上から自分を呆然と見下ろすリデルの姿が見えた。
その姿を見てこちらから仕掛けるチャンスを作れると安堵し、ルキウスは更に距離を取る。
しかし、人気のない路地に逃げ込んだ時に、不意に気付いた。
それまでのリデルの様子から、屋上から飛び降りたルキウスをただ見つめるだけだったことに微かな違和感を覚え、そして自分が失敗したことを悟った。
何とか距離をとらなければ。その一心で管理局を出てしまったが、リデルが形振り構わず追ってくるようならばあまり意味はなく、更に無用な被害を増やすだけなのではないか……と。
『エスタさんたちなら無関係じゃないからいっか』
軽く呟かれた言葉が、ルキウスの中で反芻される。
あの少女は……リデルは、本気でやりかねない!
慌てて戻ろうとしたルキウスの脚が、不意に重くなった。
「ふーん。ルキウスくんはけっこう怖がりなんだね。大丈夫だよ、心配しなくても」
振り切ったはずの声が、背後から聞こえる。声の主を見るために振り返ろうと動かした体全体が重くなり、ルキウスは地べたに這いつくばるように倒れてしまう!
手をついて立ち上がろうとしても、体が持ち上がらない。
「何……だっ、これ…………!? くそ、重い……」
立ち上がろうと体に力を入れるだけで、骨が軋むように痛い。いや、実際に軋んでいるのだろう。そして、尚も立ち上がろうと突っ張った肩から妙な音がして、涙で視界が滲むほどの激痛が体を駆け巡った。頭上から、愛らしくも嗜虐的な笑い声が聞こえる。
「あ~あ、肩折れちゃったね。痛そう」
言いながら、ルキウスの目の前でしゃがみこんだのは、ルキウスが想像していた通り、管理局屋上でルキウスを襲ってきたリデルだった。
「だから言ったのに、いっしょに帰ろって。そんな風に折れちゃったら、治すのも大変だと思うよ? 砂漠でもかなりの怪我したみたいなのに~。ま、いっか。だって、これならルキウスくんも動けないしね~!」
しゃがみこんだまま、彼の前で首を左右に揺らしながら楽しげに言う。
「お前、誰だ?」
ルキウスは、辛うじて動く顔で目の前の少女を睨みつける。
その声に、彼女は「ん~?」ともう1度首を傾げる。
「俺の……、能力を、わかってないみたいだな!!」
目の前の少女を睨みつけながらルキウスが叫んだと同時に、少女の軽そうな体が吹き飛ぶ!
壁に体を叩きつけられた少女は、恐らく対面してから初めて明確な敵意を持ってルキウスを睨みつけ、謎の重圧から解放されてよろよろと立ち上がる彼に向かって、すこし体をふらつかせながらも歩いてくる。
その姿を見て、ルキウスは確信する。
「お前はリデルじゃない。誰なんだ?」
少女は答える前に崩れ落ちるように地面に倒れ、しかしその口元には不敵な笑みが浮かんでいる。そして、その瞳にはやはり、冷たい敵意が宿っている。
「バレちゃったか……。まぁ、いいけど」
余裕な態度に、ルキウスは少女を警戒する。
しかし。
「別にわたし、追い詰められてなんかないし」
その声が終わらないうちに、背中に悪寒が走る。
振り返った先には管理局の建物が見えて。
その屋上のある方角から無数のナイフが猛スピードでルキウスに向かって降りかかってきていた!
こんにちは、遊月奈喩多です!
次回もまだまだ戦闘中です。ルキウスとカイルの戦いは、果たしてどのような局面を迎えるのでしょう?
それでは、次回をお楽しみに!!
ではではっ!




