白昼の邂逅
こんばんは、最近のペースよりは少し早め?に更新できた気がする遊月です!
……仕事が暇になってきて、時間を取れるようになってきたからかしら?
ということで、新しい舞台でお話も新しい局面を迎える……かも知れません。
詳しくは本編で!
本編スタートです!!
白い市門を通り抜けて訪れた、世界有数の規模を誇る商業都市テラニグラ。
商業都市であると同時に、ここは事実上エデンによって統治されている大陸の中にある数少ない完全自治都市の1つであり、他都市からの干渉を受けないことが特徴だ。故に、犯罪歴・病歴・故郷を出た経緯などの要件を満たし、都市での居住を許可されるに至ればほとんど定住を確約されたようなものであり、何らかの事情で故郷を失った――または故郷を追われた者が多く集まる都市でもある。
フランツに背負われながら目を覚ましたルキウスは、彼の背中から下りようとするよりも先に、目の前に広がる光景に目を奪われていた。
エデン商業区にも、様々な大企業の本社ビルが集まっており、更に北商業区にも世界中の品々の集まる露天市が定期的に開催されて賑わいを見せているらしいことはカイルから聞かされていたが、彼の目の前には、カイルと逃げながら見たエデン商業区のバザーとは比べ物とはならないほど賑わった市場が広がっていた。
市門からまっすぐに伸びる、それだけでいくつかの小さな集落は収まってしまうのではないかというほど広い道。両端だけでなく中央部にもいくつか建物が設置されているその道の至る所に世界中の特産品を扱う店であったり、食料品店であったり、様々な需要に答えられるような店が立ち並んでいた。その賑わいたるや、以前カイルと立ち寄った夜のデゼールロジエでさえ及ばないくらいほどのものだった。
「どうだルキウス、初めて来るテラニグラは?」
前を歩くエスタの声も、集中して聴いていないと耳に入ってこないくらいに賑わったバザー。
少し左に目を向けると、テラニグラのある地方よりも遥かに西の谷底でしか採れないという触れ込みの貴重な薬草を使った万能酒なるものが売られていたり、逆に極東の農耕国家で作られた良質な布で仕立てられた衣服、中には過去に存在した氷の大陸から採取された最後の氷と言って透明な石がケースに入れられていたりする光景も見えた。
「凄い……所だな…………」
「裏通りはあんまり行かない方がいいぜ、ルキウス」
フランツが感嘆の余り口数の少なくなったルキウスをからかうように言って、肩を揺らして笑う。
「裏通り?」
エスタに尋ねようとしたが、エスタは出会った町民と話をしているようだった。ただその言葉の響きにでゼールロジエの繁華街のように酒の匂いが強い所なのかと思ってフランツに尋ねてみると、「あぁ、そういうんじゃねぇよ。つーか、お前らあそこに行ったのかよ羨ましい……」と小さな声で返された。
「まぁ、何だ。別に行ってもつまらねぇ場所なんだよ。俺とかエスタの旦那みたいにものを売ってるとかなら行く用事もある場所なんだが、まぁそうでもなきゃ退屈するだけだから、行くことねぇからな?」
だったら最初からそんな場所の話をしなくてもいいじゃないか、とルキウスは思ったが、このテラニグラのバザーの空気には心を解放させるものがあるのかも知れない。斯く言うルキウスも、砂漠でガルゲンやノックスから聞いていた『テラニグラにはエデンの協力者がいる』ということを忘れているわけではないが、つい周囲を浮かれた気分で見回してしまう。
カイルが捕まったままなのに。
やつらは、まだ追って来ているのに。
こんなことをしている場合じゃないのに。
不意に思い至った瞬間に、ルキウスの中に焦りが募っていく。
「……よし、わかった。苦労をかけたな」
エスタが町民との話を終え、何かを受け取ってからルキウスたちの方に顔を向ける。
「待たせて悪い、とりあえず頼んでいた用事が済んだから、管理局に向かおう」
「あぁ。なんか悪いな、旦那」
フランツが少しだけ決まり悪そうに呟き、軽く頭を下げる。
管理局は、その名の通り各都市に設けられている、都市の管理機能を集中させた機関である。エデンは世界の中心として扱われている点から1つの施設に集中させるのが危険であると判断され、市門付近に入出に関する管理機関が、そして都市内政に関する決定権を付与された中央議会は文字通りエデンの中心に――エデンの秩序を担う中央収容所と共に設置されている。
しかし、その他の都市――テラニグラのようにそれなりの大きさを誇る場所――では、市門から程近い場所に「管理局」としてまとめた状態で設置されている。
エスタたちは、まず入市登録をする為に管理局を訪れる必要がある。
そこでは、訪れた者全員の名前、住所、種族を登録することになっている。登録することによって入市者は都市での滞在権を得ることができるようになり、都市内で何らかのトラブルに巻き込まれた場合は治安機関に保護を求めることが出来るのである。
そしてそれに必要なのが……。
「お前は元々持っていなかったかも知れないが、初めての登録になるだろうから、この証明書が必要になる」
エスタは、先程の町民から受け取った荷物の1つをルキウスに手渡す。見てみるとそれは小さなカードで、そこにはいつの間に撮影したのかルキウスの顔写真と何やら長い桁数の番号、そして「Hugo」という名前らしき文字が書かれていた。
「これから、少なくともここではお前はヒューゴだ。それなりの腕を持ったやつに頼んであるから、恐らくバレないだろう。エデンの収容所から脱走したということで、もしかすると管理局のリストには入れられているかも知れないからな」
エスタが言っていることのほとんどはルキウスの理解を超えていたが、要するにこれからはヒューゴという名前の魔族として暮らすように、ということなのだろう……とルキウスは判断した。
「わかった」
「用心しておけよ」
「……わかった」
エスタからかなり強く念を押されて、少しだけ気圧されながら頷く。
「そうとなれば、行こう。できるだけ早く済ませてしまうに限る」
言いながら、エスタは歩き始める。その後をフランツとルキウスは追いかけるようにして人ごみの中を歩いていく。
管理局自体は程近い場所に見えているが、人ごみのせいか随分と遠く感じられる。
気を抜けばはぐれてしまいそうな大通りを、3人は歩く。エスタも時々後ろを窺っている。それでも、絶え間なく往来がある通りでは、距離が少しでも空くということはその間がたちまち広がっていくことを意味していると言えた。
だから、必死になって少しでも離されないように追いかける。
「ヒューゴ」
前から、気安い呼び声が聞こえる。一瞬反応が遅れたルキウスの背中を「おい」と囁きながらフランツが叩く。
「ど、どうした、おっさん?」
慌てて答えるルキウスを、エスタは少し不安げな目で見返す。そして、ルキウスのすぐ傍で屈み込み、耳元で小さく囁く。
「念の為に言っておくが、お前はこれからヒューゴだ。だから、ヒューゴと呼ばれたらとりあえず返事しろ。それと、ルキウスと呼ばれても返事をするなよ? 大丈夫だな?」
エスタにすれば、この念押しは当然だった。
入市登録をはじめとして、都市内で起こる様々なことはこの身分証を前提として行われる。そこで身分証の偽造が見受けられたら、いくらこの都市の有力者であるエスタといえども罪に問われないわけはない。罪に問われれば、テラニグラだけで済む問題ではない。正確に言えばエスタ自身の罰はテラニグラの範囲内で済むが、トルッペン砂漠でルキウスから聞いた言葉、「テラニグラにもエデンの協力者がいるらしい」という言葉がエスタを慎重にする。
砂漠の遺跡で「レジスタンス」を打倒せんとしていた青年ガルゲンが擬似能力を手に入れていた相手というのが恐らくその「協力者」なのだろう。
偽造がわかればテラニグラに潜む「協力者」にもルキウスのことを知られてしまう。そうなれば、エデンの――ヴァイデ集落付近で遭遇したノックスら深奥に潜む者たちの思う壷だ。ルキウスはすぐに連れ戻され、エデンが目的とするものを完成させるための贄とされることは目に見えている。普通にしていればエデンとはいえ完全自治都市であるテラニグラに干渉はできない。
しかし、身分証の偽装によって「誰なのかわからない」ということになれば、エデンから調査の口実でルキウスに近付く者がいてもおかしくはない。
エスタにとって、最も防がねばならないことだった。
その緊張はルキウスにも伝わっており、だからこそテラニグラ管理局で『ヒューゴ』として認証され、無事に滞在許可を得たときは安心して腰を抜かしそうになった。次に居住地を失くしたフランツを難民として登録して保護を求めるべく、3人は別の部署に移る。
「おいヒューゴ、あんな所で腰を抜かしたら怪しまれるだろうが」
「仕方ないだろ? だってあいつ、俺のことじーっと見てたんだぞ!? おっさんはあっさり終わったのに!」
「あのな、エスタの旦那はここに滞在しているんじゃなくて定住してるんだ。入市登録だって、そりゃ簡単なものになるさ」
フランツの呆れたような声に返す言葉を探しているうちに、難民登録の部署に着いた。
着いてみると多くの申請者が列を為しており、自分たちの用件を済ませられるまでにはかなりの時間がかかりそうだった。
「随分混んでるな……」
「まぁな。オレたちがトルッペン砂漠で見てきたようなことは、世界中で起こっている。だからここは、毎日こんな調子だよ」
「…………そうなのか」
ルキウスが一瞬口ごもったのは、部屋を埋め尽くさんばかりの申請者――何らかの理由で住む場所を失くして、テラニグラのような都市の保護を必要とする者――が常に訪れている現状に思いを馳せたからではない。その光景を見つめているエスタが、ひどく小さく見えたからだった。
もちろん、エスタはルキウスよりふた回りほど大きく頑強な印象を与える外見をしており、小さくなど見えるはずがない。
だが、難民申請者たちを見るエスタは、普段の悠然とした雰囲気がなく、酷く弱々しく見えた。
「なぁ、おっさ」
「この上の階にテラニグラを一望できる展望台がある。少し見てきたらどうだ? 何もしなければ、とりあえずは安全な場所だ。今日くらいは羽を伸ばしておけ」
そう言ってルキウスを振り返ったエスタの姿は、またいつも通りに戻っていて。
だから、どうしてかルキウスにはそれ以上何も言うことはできなかった。
もやついた気分のまま、ルキウスは展望台からテラニグラの景色を見渡す。
雑踏の中では気付かなかったが、この都市は市門と同じように、ほとんどの建物が輝くように白い。あまり見つめていると目が眩んでしまうほどに白い景色から少し目を逸らし、路上に目を向ける。ルキウスにとって、そこから見下ろす景色は新鮮を通り越して異様にすら感じるものだった。
思えば、エデンの研究棟を出てからというもの、ルキウスは常にどこかを目指して逃げてきた。その中では、こうしてゆっくりと景色を見ていることなどできなかった。もちろん、エスタの言葉を全面的に信じて安心しているわけにもいかないのだろう。
ここ、テラニグラにもエデンの協力者はいるのだから。
それは知っている。知ってはいたが、今は少しだけ、心に訪れた束の間の平和に浸っていたかった。
地上で行き来する人々は、夜のデゼールロジエで見たような浮かれ切った空気をまとった者ばかりではなく、日常を営むために動いている者もいる。昼から夕方に変わる時間帯とあって、夕食支度をしようとどこかの住宅から出てきたと思しき少女が、慌ただしく色々な店を見て回っている。
……俺とそんなに変わらないくらいの年齢かな。
そんなことをルキウスが考えたとき。
その少女が、ルキウスに気付いたかのように手を振った。おーい、とでも言うように大きく開かれた口と眩しくすら見える笑顔に反応しそうになって、慌てて思い直す。
ルキウスがいる管理局屋上階は地上70m近くになる。上から見下ろすのと下から見上げるのとでは、その見え方はまるで違うだろう。それに、地上の少女は忙しく辺りを見ているのだ、ルキウスに向かって手を振るなど、ありえない。
「あれ、せっかく目が合ったのに無視なんて酷いんだね、ルキウスくんは」
背後から、聞きようによっては愛らしく感じられるような声が聞こえた。
振り返った先に立っていたのは、先程地上にいるのを見かけた少女。
申し訳程度にフリルのあしらわれた、しかし動きやすさを意識したデザインの質素なドレスを自慢げに見せびらかすようにくるくると回りながら、「これ結構かわいいでしょ?」と微笑みかける彼女の瞳には、しかし鋭さすら感じられる光が宿っていた。
無駄だとは予感していたが、ルキウスはここで滞在する上で使うことになった偽名でその場を切り抜けようとする。
「だ、誰だよルキウスって。俺はヒューゴだ、人違いなんじゃねぇのか?」
少女は柔らかく微笑み、軽く手を振った。
一瞬。
風が耳の横を通り抜けたような感覚があって、次の瞬間、ルキウスの耳に鋭い痛みが走った。
「――――――っ!」
「大丈夫だよ、薄い傷しか付けてないから。……あとね、わたしそういう冗談あんまり好きじゃないんだ。わたしに嘘吐いたら、とっても痛いことしちゃうからね?」
ナイフを片手に、少女は頬を紅潮させながら微笑む。そして、余裕なのか、ルキウスの顔を覗き込むように見つめてくる。予測のつかない行動に困惑しているルキウスをよそに、少女は1人で合点がいったかのように強く頷いた。
「うん、やっぱり写真で見るよりかわいい~! だから人気者なのかな!?」
「……は?」
先程ナイフを投げつけてきた時とは打って変わって明るくなった口調に、ルキウスはまた困惑する。しかし、困惑しつつも目の前の相手を認識する。
偽名を使っているルキウスの本名を知っていたこと。
ルキウスの反応速度をはるかに上回るナイフの投擲。
この少女は。
「ねぇ、わたしと一緒にエデンに帰ろ?」
エデンから放たれた、新たな追っ手。
少女はナイフを手に握って、ルキウスに愛らしい微笑みを向けた。
* * * * *
「そうか。うまくやれよ」
薄暗い看守長私室。
部屋の主であるロドリーゴの趣味なのか、それともこんな男でも雰囲気を醸し出そうとしたりするのか、カイルがロドリーゴの部屋に呼ばれるときはいつも、この部屋の照明は薄暗く絞られている。
いくら心の支えがあっても――ルキウスとの旅の記憶が眩くても――これに抵抗するような力はカイルにはなかった。
だから、ロドリーゴに呼び出されたら、今まで通りそれを受け入れるより他に、カイルに選び取れるものはなかった。
倦怠感に押しつぶされたように起き上がれず、ベッドの上で仰向けになってタール塗れになった天井を見上げているカイルの耳に、ロドリーゴの声が入り込む。淡白なその声音に、カイルはどこか不吉な予感を覚えて、重い体を起こす。
その気配を察してか、ロドリーゴはカイルを振り返り、底意地の悪い笑顔を見せる。
「喜べ、カイル。もうすぐあの小僧に会えるぞ」
「――――っ!?」
カイルには、自分がどんな表情を浮かべていたかわからなかった。
しかし、カイルの顔を見て、ロドリーゴは笑みを深める。
「あの女が放った追っ手とやらはトルッペン砂漠で行方不明になったらしいが、代わりに俺の『娘』があいつに接触した。まぁ、あいつらなら、うまくやれるだろう」
ロドリーゴの、確信に満ちた表情。
それを見た瞬間、カイルの頭からは倦怠感など跡形もなく吹き飛んだ。
代わりに訪れたのは、どうしようもないほどの焦燥感。
何とかして止めなくては!
何がルキウスに迫っているのかはわからない、だけど、この男をどうにかして、その追っ手を止めさせなくては……!
自分に背中を向けている脂ぎった背中を、カイルは見つめる。
やがて、意を決したように立ち上がり、ベッドから少し離れた場所でモニターを見ている半裸の看守長に向けて、足音をできるだけ忍ばせて歩み寄る。
その目に、迷いはなかった。
こんばんは、何だか懐かしの(いわゆる昔の、ではなく私自身が小・中学時代に聴いていたような)アニメソングを無性に聴きたくなってきている遊月です! Twitterも何だかそういう感じの呟きが多くなってきました……。
皆さん、女の子が登場しましたよ(何のお知らせでしょうね)!
うん、何というかお話にも華が出たような錯覚がありますね~、不思議と。
……え、気のせい? そうですかねぇ……(・ω・`)
ということで。
また次回作でお会いしましょう!
ではではっ!!




