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令嬢は掃除がお好き

「わったーし掃除大好きルンルルー。大理石の床ピッカピカー」


僕の目の前で求婚相手が掃除をしている。

ものすごい速さで片手に持った布で玄関の大理石を拭いていた。

うーん、見事な乾拭きだ。

左に右に埃が払われ石がツヤツヤと輝き出す。


「申し訳ありません。本日は大事な用があるからとお伝えして、30分前まではきちんとお待ちしていたのですが………」


侍女が冷や汗を流しながらうつむく。


「構いません。彼女のご趣味は分かっています」


そう、彼女の掃除への情熱に打ち勝たなければならない。


「エレノワ様、僕と結婚してください」


彼女の名前を呼んで簡素なプロポーズの言葉をかけた。

結果、掃除をしている背中は何も反応しない。鼻歌を歌いながらご機嫌のようではあるが。


「エレノワ様、両腕いっぱいの宝石と有り余るほどのドレスを差し上げます」


他に彼女への求婚が失敗した人のセリフをそのまま言ってみる。

………やっぱり反応しない。


「エレノワ様、あなたのその美しいエメラルドの瞳、輝く銀の髪。国のどの宝よりきらめいて僕を引きつける。どうか、こちらを見てくれませんか」


いや、エレノワ様床に向かってるから瞳は見えないけれどね。

ちょっと恥ずかしい台詞に顔が熱くなった。

彼女の体勢が入れ替わって今度は頭のてっぺんが見えるようになった。

なんだかよく分からないけれど、正体不明の節で鼻歌は続いている。

今まで伯爵令嬢でこんな人は見たことがない。貴族の令嬢として完全に枠から飛び出している。

でも………こんなに楽しそうにしているなら、やっぱりご両親も続けさせたいと思うのだろう。

僕も続けさせたくなってきた。

そこまで考えて僕はある事を閃く。


「エレノワ様、もっと大きな所掃除させてあげましょうか?」


掃除、という言葉に彼女がバッと振り向く。

キラキラと輝くエメラルドの瞳に僕が映った。

胸がキュッと甘く傷んだ。

かわいい。

侍女や周りにいた執事等がざわめく。


「はいっ!」


なんの躊躇もなくエレノワ様がうなづいた。

そして、ハッとした顔をする。

え、あれ? とでもいうように乾いた布を片手に首をかしげる。

ジッと僕を見つめてから小さな叫びをあげ、その場でぴょんと飛び上がった。


「お客様! 私はユーモレスク伯爵の1番目の娘でエレノワ・ツィツィ・ユーモレスクと申します」


慌てて名乗り礼をとる。シンプルな紺一色のワンピースの裾をつまんでなかなか優雅に頭を下げてこられた。

僕は作戦が成功してにっこり笑う。


「僕は同じく伯爵ノクリス家の長男クレスト・タージ・ノクリスと申します。よろしくお願いします」


まあ、彼女の掃除への情熱には勝ってないけれど。むしろ悪化させたような気もする。


「それで、大きな所を掃除というのは?」


エレノワ様がキラキラした目で見つめてくる。かわいい。


「僕の屋敷です。結婚してくれますね」

「はいっ!」


頬を染め元気な返事をする彼女にもう完全に恋に落ちていた。



そもそも、僕が何でエレノワに求婚するに至ったのかは少し前にさかのぼる。

僕は伯爵家当主である父に呼ばれて執務室を訪れていた。


「ユーモレスク伯爵の長女と結婚してほしい。頼めるか?」

「あの、噂の麗しの月の女神ですね」

「ああ………」


僕は噂の令嬢のあだ名を口に出して少し赤くなる。恥ずかしい………月の女神って。考えたやつは誰なんだ。


「あの令嬢の働きによってユーモレスク家は今まで以上に裕福になったという話だ。本人は趣味の掃除を続けているだけだそうだが」

「存じております」


それで我が家も裕福になりたいという………事ではないだろうな。ウチは伯爵の中でも裕福な方だし、父はそこまで野心家じゃない。


「ユーモレスク家から頼まれた。今は令嬢の掃除への情熱に求婚者達が心を折られて弾かれている。が、いずれは断れない事態になる」

「はぁ………?」


貴族だからそういう話でもない気がするけど。

僕は父の意味ありげな笑みに首をかしげる。


「そうなる前にノクリス家に嫁がせたい、とな。微笑みの貴公子クレスト殿。先方はお前をご指名だ」


そこでニヤニヤしながら父がテーブルの上で手を組んだ。


「やめていただけますか、そのあだ名を」


少し赤くなって斜め下に視線を流す。


「お前は私とは違った伯爵になりそうだな。その微笑みでユーモレスク伯爵令嬢の心を捉え、両家にさらなる繁栄をもたらしてくれ」

「そうですね。好きあっていた方がいいですからね」


僕は父ににっこりと笑ってやったが、気色悪いと眉をしかめられたのだった。



ーーーというような経緯があって、エレノワと僕は結婚する事になった。

準備ができ次第挙式を行う。

まだエレノワと僕は婚約者なのだが………。


「クレストー!さっき蔵を整理してたらこんないいカフスボタンがあったわ。見て見て!」


自分の執務室を出ると婚約者が廊下の向こうから走ってきていた。

ハアハアと息を切らしながら僕に駆け寄ってきて抱きつく。

 最初の頃はウチの使用人たちも走ったり掃除したりする婚約者に目を丸くしていたが、慣れれば慣れるものである。


「廊下を走ったら危ないよ。ただでさえウチの廊下をツルツルに磨いてくれて滑りやすい所があるのに。こんなかわいい婚約者さんが転んでしまったら僕はどうしよう」


そう、待ちきれないエレノワは引きとめる両親を振り切ってもうノクリス家の屋敷に住んでいた。

もちろん掃除の毎日だ。

カフスボタンを掲げながら笑うエレノワがかわいい。


「あ、あら、クレストが転ぶ前に助けてくれるでしょう?」

「廊下は走らない!」


強めにいうとエレノワは渋々うなずいた。


「はい、危ない事をしてごめんなさい」

「うん。それでカフスボタンって?」

「これなの!」


 エレノワに見せられたカフスボタンは金で鳥とツタの細工が施されているものだった。


「箱と箱の隙間に挟まっていて目録にも載ってなかったから」

「目録に載ってないものにしては綺麗だね。きちんと出所と価値を調べて載せたら使えると良いね」

「ええ!ノクリス家って楽しいわ。お部屋が一杯あって掃除のし甲斐があるのね」


 二人で和やかに話していると、何やら玄関の方が騒がしくなった。


「トリアノン侯爵様がお見えでございます!」


 使用人の必死な叫び声が聞こえ、続いて廊下の曲がり角の向こうからバタバタという足音が聞こえた。


「この掃除女。とぼけていないで色よい返事をすればいいものを!」


 あっという間に廊下の向こうにトリアノン侯爵が姿を現した。

 鬼のような形相でエレノワを罵りながら迫ってくる。

 トリアノン侯爵…・・・・・・、夜会で何度も見ているが挨拶だけの関係だった。いくらウチの位が1つ下だからといって約束も無しに訪問してくるとは…・・・?

 僕はエレノワを守るようにぎゅっと抱きしめる。

 走る侯爵にエレノワが注意をしようとした。


「トリアノン侯爵様、そこは先ほど磨いたばかりですからすべ…・・・・・・っ!?」

「あっ!?」


 ずさぁーっとトリアノン侯爵が派手に顔から滑って転んだ。

 これは痛い。


「トリアノン侯爵様!」


 急いで助け起こそうとしたが、少し距離があったのでたどり着く前にトリアノン侯爵が慌てて立ち上がり…・・・・・・、


「ぎゃあーっ!」


 大変な叫びを上げて今度は後ろ向きに頭から転んだ。


「トリアノン侯爵様!しっかりして下さい!」

「侯爵様!」


 助け起こそうとすると、トリアノン侯爵はその場で気を失っていた。

 おでこにも大きな赤い跡ができてしまっていた。



 ---あの後、駆けつけた医者も含めてウチの屋敷の者総出で介抱するとトリアノン侯爵は目を覚ました。ふらふらと呆然とした様子で、


「ここはどこだ。屋敷へ帰らねば…・・・・・・」


 とぶつぶつ言いながら乗ってきた馬車に乗って帰ってしまわれた。

 実はその後も、我が屋敷にとって望まざる客が来ると何故か転んだり居心地が悪かったりするらしく、早々に帰っていく。

 逆に、歓迎したい客の時には我が屋敷の美しさや庭園の手入れされている様子等にニコニコして話も良いようにまとまるのだった。



 エレノワが来てから僕の優しくも平坦な世界はキラキラと輝くようになっていた。

 今まで何でも無かった事がエレノワと一緒だと毎日嬉しい驚きや発見があった。


「ねえ、クレスト」

「なんだい、エレノワ」


 午後の穏やかなお茶の時間。

 僕とエレノワは使用人を下がらせて二人きりの時間を楽しんでいた。

 結婚してから新婚ともなれば二人きりにしてくれる事も多い。


「ちゃんと言ってなかったわ。愛してます。私のような女と結婚してくれてありがとう」


 エレノワの心のこもった微笑みに息が止まりそうになる。


「僕こそ、何の面白みもなくて伯爵なのに結婚してくれてありがとう」


 そう、彼女は侯爵とだって結婚できたかもしれない…・・・・・・。

 うつむく僕の頬にエレノワの白い手が添えられる。

 僕は恐る恐る顔をあげた。


「いいえ、笑ってちょうだい。あなたは、こんな私に更に掃除を許してくれたの、素敵な笑顔で。なかなかそんな人いないわ」


 エレノワのキラキラとしたエメラルドの瞳が潤んで更に輝きをました。


「僕も愛してる」


 キラキラした彼女の作り出すキラキラした空間。

 その中で、僕達の唇は静かに重なるのだった。

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