第6話 両親
真里は部屋を出て、階段を降りた。
嫌な夢をみたせいで食欲は沸かなかった。
ただ母親と父親を帰りを待とうと思ったのだ。
リビングに明かりがついていた。
帰ってきたんだ!真里は嬉々としてドアを開けようとしたが、父親の「おい、自分が何を言ってるかわかってるのか?」という言葉を聞いてとどまった。
なにやらただならぬ雰囲気だった。
真里はその場にしゃがみ、ドアの隙間から覗いた。
二人はテーブルに向き合って座っていた。
「だって…あんまりにあの子が可哀想だから」
母親が顔を手で覆って泣いていた。
「…あの子が生まれた時に、覚悟はしているだろう?」
「でも、でも、」
「…俺だって辛い。誰だって辛い。だが…もう、手遅れだ。そうだろう?」
「うっ…ううっ…真里っ…!」
「今は薬で引き延ばしているが、あの化け物もじき完全に目覚めるだろう」
お母さんはとうとう声をあげて泣き出してしまった。
お父さんも腕を組み…その腕には深く指が食い込んでいた。
「なに…なんの話なの」
真里はドアから離れた。
両親が真里に対して何かを隠している。それも何か重大な。あの茜に関わること。
ふいに、頭にさっきの悪夢が呼び起こされる。
真里は恐怖で体がこわばるのを感じた。
それでも、必死に体を動かし、階段を登り、自分の部屋に入った。
なんでだろう。
普段の私だったら今出て行って両親を問い詰める。
覚悟ってなに。化け物ってなに。手遅れってなに。茜って…なに。
真里は自分の体を抱きしめるようにしてうずくまった。
夢だ。あの夢のせいだ。
夢と思えないほど鮮明な夢。
誰かの、激しい感情にのまれて私が私じゃなくなったあの感覚。
あの夢は一体なんだったのだろう。
そして、両親は一体何を話していたのだろう。
「もう、わけわかんない」
真里はベットにもぐりこんだ。
眠ってしまうとまたあの夢を見てしまうような気がして嫌だったが、両親のことを考える方がもっと嫌だったし、何より精神的に疲れていた。
心なしか、体もなんだか怠い。
せめて…もう…あの夢は…見たくない…な…。
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また、夢だ。真里はそうわかった。
しかし、先ほどの見覚えのない夢ではない。
これは小さい頃の記憶だ。
週に1回行われる、親戚の定例会議。
大人になるまでは参加できないし、それまでどんな話し合いをしているのかも教えてくれない。
本当は子供を連れて来ちゃいけないんだけど、その時の私は駄々をこねて親について来たんだった。
私は池で鯉に餌をやっていた。
…中学に入ってから知ったけど、この池にいるのは錦鯉という種類で、お値段のはる魚らしい。
小さい頃の私はそんなことつゆ知らず、食べ残しのお菓子を餌にまいていた。
「あーあ…つまんないなぁ」
ああそうだ。
この時、ちょっとした好奇心で、大人たちが何をしているか見に行こうとしたんだ。
いつも会議は母屋では行われず、離れのお堂で行われる。
厳重なことに、会議中はいつも誰かが見張っている。
離れ裏には森があったから、そこから回って行ったんだ。
壁に耳をくっつけて話を聞こうとする。
うーん、よく聞き取れない。
「…だから…決まり…」
「我が一族……」
「…大切な……使命」
「うるさい!!もう決まったことなんだ!!」
大叔父様はいつだって怒っているがこのときは一段と怒っていた。
私は、その声に驚いて、尻もちをついてしまった。
「こら!お前何してるんだ!」
その音は見張りの人たちにきかれたようで、私は捕まってしまったんだ。
私は両親に怒られるのが嫌で必死に暴れたが、結局両親の前まで連れてかれてしまった。
「篠宮さん、困りますよ子供を連れて来ちゃ」
「…はい。すみません。ご迷惑をおかけしました」
「いくら篠宮さんだからって、ルールはルールなんですからね」
「はい…本当にすみません」
お父さんもお母さんもたくさんの人に冷たい目で見られていた。
私はそれがすごく嫌で、悲しくて、申し訳なくて、目が潤むのを感じた。
「真里…ごめんね」
でも本当に辛かったのは、お母さんが怒らないで、私の頭を撫でたこと。
来ちゃダメだって言われてたのに。
約束破ったのは私なのに。
その日から、大好きだった頭なでなでが嫌いになったんだっけ。