第5話 悪夢
亮太が、私にキス?なんで?好きなの?いやでもだって今までそういうそぶり見せかなかったじゃん私のこと女って思ってなかったんじゃないの。でもキス。なんでだなんでよ。
だってあいつわりと人気者で女の子もなんだかんだ言って気になってて。でもキス。亮太からキス。ああああああもうどうなってるの。
「…おい」
「ひゃわっ!?」
思わず飛び上がって変な声が出てしまった。
見ると、茜の真っ黒な二つの目がじっとこちらを見つめていた。
今の、見られた!?
恥ずかしさと照れと怒りで顔がどんどん熱くなっていく。
多分、真っ赤なトマトのような顔を自分はしているんだろう。
「…おい、今の」
「は、はいぃ!!」
「…お前と、恋仲なのか?」
茜は無表情だった。
うっすらと額に汗を浮かべて、その真っ黒な瞳が私を見ていた。その表情は窺い知れない。
しかし、その無機質な瞳を見ていると、なんだか赤くなっている自分が滑稽に見えて、私は落ち着きを取り戻していった。
そ、そうだ…亮太相手になにを混乱してるんだ!
「べ、別に!そんなんじゃないし!今のはただの…悪ふざけでしょ」
そうだ。悪ふざけだ。
あいつ、イケメン嫌いだし。多分茜に見せつけたかっただけだろう。
そう考えたら逆に腹が立ってきた。いくら親友といえど女心を弄んだ罪は重い。
今度会ったら、覚えてろよ!
心でそう決心した。
茜はまた頭が痛くなったのか、苦しそうに枕に顔を埋めた。
「あ、茜大丈夫?水持ってこようか?」
「…いい」
「じゃあ何か食べたほうがいいって!何か探してくるね!」
私は立ち上がって部屋を出て行こうとした。
しかし、茜に腕を掴まれて、それはできなかった。
「…ほんとに、いい」
私を掴んでいるその手は、ちょっと力を込めるだけで簡単に振り払えそうだった。
それが、本当に茜が弱ってるんだな、と思わされるのと、先ほどの、亮太の強引さを思い出してしまう。
私はなんだか気まずくなって、掴まれた手のまま、茜のベットに座った。
茜の手はひんやりと冷たかった。
しかし不思議と嫌ではなかった。
茜は目をつむっていた。多分寝たのだろう。
その陶器のような綺麗な顔をまじまじと見つめる。
突然うちにやって来た茜。
どこか浮世離れしていて、儚そうな存在。
ああ…茜には、私しか、いないのかな…
掴まれた手はそのままに、真里はベットに横になった。
顔が近いところにあったが、不思議と照れはしない。
むしろ、茜の顔を見てると落ち着くような気がした。
だんだん真里は自分の意識が遠ざかっていくのがわかった。
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真里は、泣き叫んでいた。
激しい感情の渦にのまれて、自分が何を叫んでいるのかわからなかったし、理由を思い出す余裕もなかった。
ただただ悲しかった。
気づくと真里は、走っていた。
草履の緒が足の指に食い込んで痛かったし、泣いていたので息は苦しかった。
それでも足を止めることはできなかった。
心の奥から溢れ出す気持ちが猛虎のように真里を追い立てるからだ。
着物の裾を踏んでしまい、真里は地面に叩きつけられた。
痛い。痛いはずなのに痛くなかった。
激しい悲しみにそれどころではなかった。
その拍子に、胸から何かが転げ落ちた。
毒だ。真里はその小瓶の中身の正体を思い出した。
婆様が作った毒だ。一体何でこんなところに…。
その時、真里はある考えを思いついた。
これしかない。真里はその考えにとりつかれた。
真里は小瓶の蓋を開けた。
手が震えだした。それが嬉しさからなのか恐怖からなのか分からない。
真里は、一気に、その中身を飲み干した。
「っ!?」
真里は飛び起きた。
動機が激しく、嫌な汗をかいていた。
「ゆ、夢…?」
ここはーーー茜の部屋だ。
そうだ、茜の看病してて、そのまま寝ちゃったんだ。
腕に違和感を感じて見ると、腕は掴まれたままになっていた。
「茜、まだ寝てるんだ」
真里は心がじんわり暖かくなるのを感じ、自然と笑みがこぼれた。
今の夢がなんだったのか、ひとまず真里は考えることをやめた。
今考えはじめたらまたあの激情にのまれてしまう気がしたからだ。
茜はどうやら具合が治ったようで、安らかな顔で眠っている。
真里はそっと腕をはずし、静かに立ち上がった。
気づくと、部屋が薄暗い。
時間はもう午後9時になっていた。
「あ、もうお母さんたち帰ってるな」
茜を起こさないように真里は部屋を静かに出た。




