第4話 混乱
3
獣の力は強大だ。また蘇るだろう。
人々は考え、悩み、決断した。
その娘の一族が”生贄”として、その家に生まれた子供を獣に差し出すと。
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「あいつ絶対変だって!!」
茜が部屋に行ったのを確認してから、私はお父さんとお母さんに相談した。
私は両親にこれまでの女の子の部屋に無断で入ったりにおいかいだりのことを話した。
うちじゃあ手に負えない、ちゃんとした病院で直してもらうべきよ!主にデリカシー面!
これ以上一緒に生活するのがいかに年頃の娘にとって厳しいかを力説した。主にデリカシー面を。
でも、私が期待していた反応が返ってくることはなかった。
「茜くんだって…いろいろ事情があるんだから、ね」
「真里、気持ちは分かるが、もう15なんだし、そろそろ大人になってもいいんじゃないか?」
むしろ、やんわりと逆にたしなめられる始末。むぅ。
どうも、茜に対する両親の態度が釈然としない。
必要以上に気を使ってるというか、それなのに出来るだけ放っておこうとしてるというか。
しかし真里は、今まで一身に受けてきた愛情を、茜に取られると思ってちょっとだけ拗ねた。
「もうすぐ夕飯だから、茜くん呼んでらっしゃい」
「…はーい」
しぶしぶ、といった様子で真里は二階へ上がる。
急に現れて、一体なんなのさ…。
弟が欲しいとは思ったけど、あんなデリカシーのないやつはいらない!
ふいに、頭に思い浮かんだのは、においをかがれたとき。
”いい香りだな”
耳に残る低音と、首に触れるか触れないかの距離。
「うわわわわ!もう!忘れろ忘れろ!」
そうこうしてるうちに部屋の前についた。
なぜか緊張する。
えーい、なんで私があいつに対して緊張してんのよ!
「茜ーご飯だってー」
…
「おーい」
…
「入っちゃうぞー!」
…
我が家というか篠宮真里のルールには沈黙は肯定とみなすべし。というのがある。
どっかの漫画の受け売りだけど。
有言実行。真里はドアを勢い良く開けた。
「うわっ真っ暗じゃん!!」
手探りで電気のスイッチをいれる。
茜はベットにうつむけで座っていた。
「なんだーいたのか。茜、ご飯だよ。…茜?茜!」
肩を掴まれてようやく茜は気づいたようだった。
心なしかだいぶやつれているように見えた。
「っあ、ああ…お前か」
「どうしたの?なんか思い出せそうなの?」
「いや…なにも」
「ふーん」
ちょっとだけ気まずい空気が流れる。キマズイキライ。
このまま茜を置いていこうかと思った。
しかし頭の中ではお父さん天使とお母さん天使が「15歳でしょ」と囁いてくる。
「…ねぇ、あんま思いつめないほうがいいよ」
茜は、ただ目線だけを真里に向ける。
その無機質な目に一瞬たじろいだが、なんとか言葉を絞り出した。
「記憶喪失って、いってもさ、案外そのうちポロっと思い出すかもよ?なんか、どーでもいいようなきっかけで思い出すって、本にも書いてあったし」
あ、このときの本って、漫画のことね。と言って真里は笑った。
茜は案の定無表情だったが、真里の笑顔をみた瞬間、頭を押さえ出した。
「え、ちょ、大丈夫!?」
「ああ…平気だ。行こう」
腕をつかんで支えてあげようとしたが、茜はそれを避け、真里を置いて部屋を出た。
残された真里は「なんか、励まして損したかも…」と一人つぶやいて、茜のあとを追った。
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4
子供が15になると毒を飲ませる。
その毒は非常に強力だが、すぐに死ぬわけではなく、徐々に体を蝕む。
毒には獣を誘惑する成分が含まれている。
その子供の死期が近づくにつれ、甘い香りは強くなる。
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休みの日
茜は体調が悪いのか、朝からベットに寝たきりの状態だった。
今日は両親は定例の親戚の集まり。
予想通り看病を申し付けられた。
なので仕方なく、茜の部屋に来ている。
茜の額にはうっすらと汗が浮かんでおり、その瞳は固く閉じていた。
今日は一緒にいてあげるかーなんて思ってると、家のインターホンが鳴った。
あれ…?なにか大事なことを忘れてる気がする。なんだっけ?
「もしもーし!!真里ー!来たぞー!!」
あ、そうだ亮太だ。
茜を紹介するんだっけ。
でもなー、とチラと茜を見る。今日は茜の具合が悪いし、亮太と会ったら絶対悪化するよね。
よし、亮太は追い返「おっじゃまっしまーす!!」亮太が部屋に入ってきた。
「ちょ、亮太!?どうやって入ってきたの?」
「ん?なんか忘れ物したーって帰ってきたおばさんに入れて貰ったぞ」
あーでもこの部屋には入るなって言ってたっけー。亮太はにひひ、と笑った。
ああもう…こいつ大人にはウケよく対応するからお母さんが騙されちゃったよ。
亮太の目線は茜に注がれていた。
茜も、来客に気づいたようで顔がこちらにむいていた。目は閉じてるけど。
あーあ、紹介するしかないか。
「あの、茜?こちらはね」
「俺、西川亮太っていいまっす!よろしくな!」
茜はそうとう苦しいのか、うっすら細目で亮太を見て、また目を閉じてしまった。
後ろで茜には見えないように真里が小突く。
「もー今日は茜具合悪いんだから会ったりしたら悪いよ!」
「あ、そうなの?いやーわりわり。…それにしてもさ、茜くんってちょっとかっこよすぎね?」
「は?」
「お前が変態な外国人とか言うからすげぇの想像してたんだけどなー」
言われてみれば確かに…。
サラサラの黒い髪、すっと通った鼻筋、切れ目がちな瞳ーーーもしかして、茜ってすごい美形なのかもしれない。
「最初のインパクトが強すぎて…」
「まじで襲われないようにな、お前、一応女だし」
「一応ってなによ!」
ははは、と笑う亮太。心なしか目は笑ってないような気がした。
あれ?怒ってる?
「なんかあったら連絡な」
ぽん、と頭に手を置かれる。そのままぐしゃぐしゃと頭を撫でられた。
髪がぐしゃぐしゃになってしまった。
「子供じゃないんだから、やめてよ」
私はその手を振り払おうとした。
が、その前に亮太に思いっきり頭を引き寄せられ、それは叶わなかった。
…え?こいつ今…?
「じゃーな」
いたずらっぽく笑って、亮太は立ち上がり、部屋を出て行ってしまった。
その間、私はあまりに突然なことで体が固まったままだった。
キスされた。
亮太が、私に、キスをした。