第2話 デリカシーのないやつ!
お母さんは台所に立ち、料理を作る。
お父さんはテーブルに座り、夕刊を読む。
私は隣に座る茜に、質問を浴びせて。
茜はそれに無言の返答を返す。
「じゃ、じゃあ好きな音楽とかは?ジャンルとかでもいいよ!」
「んー食べ物とか?茜ってすごい偏食そう!」
「茜って運動するの?すっごい細いね!」
どんな質問を浴びせかけても、最終的に罵倒に近くなっても、茜は一貫して伏せ目で沈黙を保っていた。
見かねた父親が「真里、いい加減にしなさい」と注意するまで、真里は粘ったが根負けしてしまった。
うーん、すごい無口な子みたいだなぁ。
最近生身の友達と遊ぶことが少ないから、おしゃべりとかしたいのになー。
「みんな、ご飯よ」
「はーい!茜、いこっ」
なんにせよ、弟(仮)に変わりはない!
記憶がないんなら、そういう家族っぽい思い出ができるかも!
茜の手を取って、料理の置いてあるテーブルにつく。もちろん隣に茜。
「わあっ!私の好きなものばっかり…!?」
置いてあったのは3日前、誕生日に見たような料理ばかりだった。
お好み焼き、やきそば、たこ焼き…わたしが大好きなB級グルメばっかり!
「はは、今日は豪勢だな」
コレステロール値を気にしているお父さんはさすがにちょっと苦笑いだ。
しょうがないじゃん、好きなんだもの!
「茜、お好み焼きめっちゃおいしいよ!」
茜は見ているだけで一向に食べようとしない。
じーっとみてるから、嫌いというわけではないんだろうけど。
茜はそこでようやく、箸を手に取った。
が、どこかおかしい。箸を握りしめている。
「…なに、これ」
「え?箸だよ箸」
チャップスティックだっけ。テストで知ったよ。
英語の長文で出てきて、そのときはペロペロキャンディのことだと思って見事に撃沈したなぁ。
ジャパニーズカルチャーって出てきたときに疑うべきだったんだよねぇ。
「こんなもの使うのか?」
「え、使ったことないの?」
横からお母さんが入ってくる。
「真里、茜くんはね、ずっと海外にいたのよ」
すごい、私一回も行ったことないのに。
「茜、それどこ?」
聞いたものの茜は押し黙っている。多分思い出そうとしてるんだろうけど無理みたいだ。
お母さんも「真里、無理させちゃだめよ」と私をたしなめる。
ほんとに茜って記憶喪失なんだ…。
お父さんが「ほら、これなら使えるだろう」とフォークを持ってきてくれた。
茜はどこかぎこちない仕草だった。
お好み焼きを滅多刺しのようにしながら、茜は少しずつ食べ始めた。
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楽しい夕食を終え、先にお風呂に入っている。
考えるのはもちろん茜のこと。
外国にいたってことは、外国人なのかな?
いやでも黒髪黒目だから、アジアのどこかなのかな?
でもあの肌の白さと雰囲気がどこか浮世離れしてるんだよなー。
…どんな女の子が好きなんだろ。
結構かっこいいから、もてたりするのかな。
亮太が嫌いそうだなーあいつイケメン嫌いだから。
…あれ、そういえば、私の周りって異性があいつしかいない?
やだやだ、あんなデリカシーのないやつ。
真里はざぶん、とお湯に一回もぐり、勢い良く立ち上がった。
頭にはまだ、真里、と呼ばれたことがよぎってる。
「あ、また着替え忘れた」
いつものことながら着替えは自分の部屋だ。
なんでいっつも忘れちゃうんだろ。
真里はバスオルを巻きつけ、廊下に出る。
さすがにまだ5月なので寒い。
真里は「うーさぶさぶ」と言いながら急いで自分の部屋に向かおうとする。
と、そこで思い出した。今は非日常だったんだ。
「あ、茜!?」
廊下で鉢合わせたのは、相変わらず無表情な茜。
対する自分の格好はバスタオル一枚。
「き、きゃあああああっ!」
女の子の条件反射で胸元をおさえる。
5月の寒さなんて気にならないほど体温が上昇するのがわかる。
頭のどこか冷静な自分が、次のシーンを予想する。
茜が真っ赤になって逃げる。
初めての表情の変化を見れるかもしれない、とちょっと期待を込めて茜を見る。
しかし、ここで茜が予想の斜め上の行動に出る。
なんと、無表情のまま前進してきたのだ。
「な、んなななななな」
思わず内股で後進する真里。胸元をおさえながら。
それでも茜は前進する。それに合わせて真里も後進する。
が、とうとう廊下の端まで追い詰められてしまった。
「ち、ちちちちちちちちち近づかないで変態!!!」
「変態?どうして?」
本気でわからない様子の茜。
真里はもう耐えられなくなりとうとうしゃがみこんでしまった。
「みみみ見ないで見ないでー!!」
羞恥と照れと怒りで顔が真っ赤になる真里。
茜は少し頭をかしげ、「あー…ようは見られたくないのか」真里に聞こえない音量でつぶやいた。
そして、茜は自分の服を脱ぎ出した。
「ええええええ!?」
真里は初めて見る男の人の裸と、初めての状況で軽くパニックに陥っていた。
なになにこれはちょっとなにこれなに!?
真里は自分の膝を抱え込み、身を固くし目をぎゅっとつぶった。
すると、自分になにか温かいものが覆いかぶさった。
「ほら、これでいい?」
茜は、自分の服を真里にかぶせた後、回れ右して自分の部屋に向かった。
残された真里は、隙間風に吹かれて寒さを感じるまで、自分が放心状態だと気づかなかった。
「え、外国って女の人の裸見ても平然としてるものなの!?」
茜の服からは何のにおいもしなかった。