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黒の執行者-Black Executer-(旧版)  作者: 黒陽 光
第七章:Princess in the Labyrinth
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ブラッドショット・フェアリーテイル-Phase.3-

 断続的に響く激しい銃声を耳にして駆け出した戒斗が目にしたのは、胸に紅い血の華を咲かせ崩れ落ちる、背広を着た白人の後ろ姿だった。

『ああっ、ああクソ……畜生ッ!!』

 もう一人の方――尾行の相方役を務めていた、パーカーを羽織るもう一人の白人は一瞬駆け寄ろうとするがギリギリのところで踏み止まり、苦虫を噛み潰すような表情を浮かべると、正面に向けて射撃を継続する。

 そんな彼の視線の向こう――手にするポリマーフレーム自動拳銃、シグ・ザウエルSP2022の照門越しに捉えるのは、一台の車へと向けて全速力で駆けていく一人の男だった。明らかに白人と分かる顔立ちのソイツは、戒斗の位置から見ても一目でスティーブ・アルマーと分かる。

「やっぱ、そういう算段か……!」

 読みが当たってしまった。あの芳香に置いてある車のどれかが、アルマーの逃走手段なのだろう。乗り込む前に奴を止めてしまわなければ、非力な拳銃しか持たぬ自分らに奴を止めることは出来ない。

 焦りに駆られつつ、戒斗も右手で銃把を握り締めたフランス製の回転式拳銃(リボルバー)、マニューリン・MR73の撃鉄(ハンマー)を起こしながら両手で構えた。

 適当に狙いを付け、すぐさま三発を続けて発砲。.357マグナム弾の激しい反動が両腕を襲い、視界の中で強烈な発砲炎(マズル・フラッシュ)が瞬く。

 しかし、彼の放った三発が動き回るアルマーの身体を貫くことは無かった。

 一発目、撃鉄(ハンマー)を起こした状態のシングル・アクションで放った一撃目は奴の服の裾を軽く掠めはしたものの、ダブル・アクションで撃った二発は大きく外れ、遠く彼方に無為な弾痕を刻むのみだった。

『野郎……野郎、生きちゃ帰さねえぞォ!!』

 すぐ隣に立つパーカーの男がSP2022を乱射しながら、怒気を孕んだ声で叫ぶ。彼の足元で朽ちていく、血の池に斃れる生者だった肉塊。それはきっと、彼と親しかった仲なのだろう――激昂に身を任せる男は、最早アルマーを生きた状態で捕縛する命令など、既に頭にないようだった。

 舞い飛ぶ薬莢と、耳が壊れそうな程に叫ぶ発砲音。瞼を閉じれば、ここが中東の激戦地だと言われても納得してしまう程に、地下三階のパーキング・スペースは轟音で彩られている。

 しかし音の迫力とは裏腹に、飛翔する9mmパラベラム弾が命中することは無い。チラリと男の方へと横目で視線を向けてみれば、その理由はすぐに分かった。

 手が震えている。両手で保持するSP2022の銃口が手の震えに揺さぶられ、狙う方向が右往左往しているのだ。

 彼だって訓練された軍人――もとい、憲兵隊の警察官……いや、地位を考えればエージェントと言うべきか。兎に角、法執行機関で適切な訓練を長時間に渡り受けている筈なのだから、普通では考えられない現象だ。震えて狙いが逸れるなんて、素人じゃあるまいし。

 だが、今の彼の足元には死体が転がっている。恐らくは友だったであろう、今は物言わぬ(かばね)がそこにある。彼の憤怒と動揺、そして慟哭を戒斗には計り知ることは出来ない。

 人間という生き物の持つ肉体は脆弱なようで意外と頑丈であり、同時に精神は頑強なようで意外なまでに儚く、脆い。まして、人の死に対しては何よりも敏感だ。対象が自身の友ともなれば、精神の均衡を打ち崩されるのはあまりにも簡単だった。彼のようなエージェントとて、根本は他と何ら変わらない、一人の人間なのだから。

『落ち着けよ、そう震えてちゃ、当たるタマも当たりゃしねーさ』

『うるせえッ!!』

 シリンダーを振り出し、新しい弾を手早く叩き込みながら戒斗は英語で諭すが、当のパーカー男は一切聞き入れる気配が無く、逆に罵声で返してきた。

『へいへい……そいじゃあご自由に』

 呆れたように呟きながら、戒斗はシリンダーを戻したMR73を片手で構える。

「――ッ!?」

 瞬間、パーキング・スペースを彩る爆音のハーモニーに、新たな奏者が加わった。

 エンジン音――間違いなく、これは車のエンジン音だ。V型の大排気量エンジン……マフラー交換などで改造こそされてはいないものの、独特な重いサウンドは間違いなくV型配列エンジンのモノだ。

 奴が車に乗った――!? MR73の銃把を握り締める右手に汗が滲み、力が籠もる。

 そうこうしている内に、駐車スペースの一角から銀色のセダンが姿を現した。銀のボディは、日産のV35型スカイラインだ。

「なんてこった」

 そのスカイラインのドライビング・シートで必死の形相を浮かべる人物をスティーブ・アルマーと認め、戒斗は背中に冷たいモノが走る感覚を覚える。

 右サイドを隣に止まっていた車へ豪快に擦り付け、火花を散らしながら強引に飛び出してきたスカイラインは、アクセル全開で戒斗達の方へと突っ込んでくる。

 撃つか――!? マニューリン・MR73に仕込まれた.357マグナム弾は車の薄っぺらな装甲程度、易々と叩き潰す威力がある。まして貫徹力に優れるフルメタル・ジャケット弾ならば、尚のことだ。

 しかし、時間が圧倒的に足りない。突っ込んでくる速度を考えれば、撃てて二発。だが仮に一撃でアルマーを無力化出来たとして、車が即座に止まってくれる訳でも無い。惰性で突っ込んでくる車から避ける時間を考えれば、やはり撃てるのは、たったの一発だけ――。

 狙う場所も問題だ。ボンネットかフロントグリルを狙えば、運が良ければ冷却系か燃料系を破壊し、奴の動きを封じられるかもしれない。狙う的は大きいが、だがしかしリスクが大きすぎる。タイヤに関しても同様だ。こちらも一発叩き込めばバーストさせられるが、こっちは的があまりに小さすぎる。

 では、他に狙う場所といえば――フロント・ウィンドウしかない。あんな薄ガラス程度、.357マグナムなら易々と貫ける……!

「クソッタレ、どうしてこうもこうも面倒な奴ばっかよォ……」

 独り毒づきながら、迫り来る銀のスカイラインに向けて、戒斗は狙いを定める。

 チャンスは一度きり。外せばそこで終わり。ジ・エンドだ――。

「当たってくれよ――!!」

 そして、引鉄(トリガー)を一気に絞る。

 重い撃鉄(ハンマー)が落ちて、目の前で盛大な火花が散る。シリンダー・ギャップから噴き出る高圧ガスと、銃口部の発砲炎(マズル・フラッシュ)が織り成す花火だ。

 襲い来る反動に見送られながら、銃身のライフリングを潜り抜けた.357マグナム・フルメタル・ジャケット弾は外界へと飛び出し、飛翔する。向かう先はただ一点。迫り来る銀のスカイライン、そのフロント・ウィンドウだ――!!

 インパクトの衝撃音が、こちらにまで響いてきた。V型六気筒・3.5リットルの大排気量エンジンを唸らせ、フルスロットルで加速するスカイライン。それに激突する.357マグナム弾は音速を超えている。相対速度は計り知れないモノだ。

 戒斗は着弾の結果を見ないままに、小奇麗なコンクリートの地面を蹴って横っ飛びに飛び退いた。

 今まで自分が居た近くを猛スピードでスカイラインが走り抜ける。途中で激しい激突音がしたかと思えば、一度天井に叩き付けられた後で何かが降って来た。

 グチャリ、と生々しい嫌な音を立てて落下したその物体の正体は、先程までSP2022を乱射していたパーカー男だった。どうやら逃げることすら忘れ、スカイラインに刎ね飛ばされたらしい。対人相手に関し、車という1トンを超える鉄の塊は、高価な処刑装置になり得る。ましてブレーキも何も、ハナから止まる気が無いのならば尚のことだ。パーカー男は衝突の衝撃に加え、天井に叩き付けられた後でトドメと言わんばかりに頭部をコンクリートの地面に叩き付けたせいで、顔面は見るも無残な姿に変わり果てていた。手足の関節はどれもがあらぬ方向へと折れ曲がり、口から吐瀉物なのか泡なのか、それとも血液なのかよく分からない液体を垂れ流すその姿は、誰がどう見ても即死だった。

(これで、仕留め切れていればいいが)

 ――でなければ、そこで生ゴミ同然の肉塊に変わり果てた尾行二人が浮かばれない。

 しかし、現実はあまりに非情だった。スカイラインはコントロールを失って壁に激突――することは無く。一度テールの赤いブレーキランプを光らせたかと思えば、曲がり角を曲がり、全速力で何処かへと走り去って行ってしまう。

 去り際、戒斗に見えたのは、フロントとリアのウィンドウに.357口径の弾痕を穿ったスカイラインのコクピット・シートで未だ五体満足にてステアリングを握り締める、スティーブ・アルマーの姿だった。

「なんてこったッ」

 急ぎマニューリン・MR73を構え直すものの、引鉄(トリガー)に指を掛けた頃には、既にスカイラインはその姿を何処かへと消してしまっていた。

「……ああクソ、畜生ッ」

 MR73を握る右手を力なく垂れ下がらせた戒斗は、苦虫を噛み潰したような苦い表情で、左手に作る拳を地面に叩き付ける。

 これだけの犠牲を払って、結局はこの体たらくだ。こんな結末では、そこに転がる二人が浮かばれないではないか。

「クライアントには、なんて説明したもんかね……」

 起こしてしまった撃鉄(ハンマー)を左の親指を添えてそっと戻しつつ、モーリヒへの言い訳を考えながら戒斗は立ち上がる。四人の犠牲を払った結果が『逃げられました』じゃ、先方も納得しないことだろう。さて、どうしたものか……。

 そう思案しながら歩き出すと、少し先の柱の陰から顔を出して、こちらの様子を窺っている遥の姿が見えた。

「丁度良い、相談してみるか――」

 左手を上げて、彼女の名を呼ぼうとした瞬間だった。

「――止まれ」

 背後から、日本語でそう呼びかけられたのは。

「何だって?」

 半ば条件反射的に銃を構えながら振り向くと、殺気に満ちていた戒斗の表情は、一瞬で唖然としたモノへと変貌する。

「武器を棄て、両手を頭の上に上げろ。諦めるんだな。貴様に勝ち目はない」

「……は?」

 思わず彼は素っ頓狂な声を上げてしまう。何せ、その視線の先に立つ何人もの男達は――――日本警察の、警官達だったのだから。

「嘘だろ?」

「痛い目に逢いたくないのなら、あと五カウント数え終わる前にその銃を床に置け」

 突き付けられるのはニューナンブM60やM37エアウェイトなど、幾つもの銃口。それらの主は皆が皆、見慣れた青色の制服を身に纏っている。

 流石にこの数の銃口を至近距離で向けられた状況で、しかも相手が日本警察ともなれば、戒斗に残された選択肢は大人しく従う意外に無い。ゆっくりと、向こうを挑発しない様な態度で戒斗はマニューリン・MR73を指示通りに床へと棄て、両手を頭の上に置いた。

「銃撃戦があったとの通報で駆け付けた。一応訊いておくが、貴様との関係は?」

 近付く一人の警官の問いに、戒斗は引き攣った顔で答えた。

「あー……まあ、何て言いますか。善良な市民が、善意の下で行った愚行とでも言えば良いんですかね?」

 どうやら、ふかふかのベッドで安息の眠りに就くのは、もう暫くの間お預けらしい。

 予想すらしていなかった斜め上の展開に、戒斗は大きく溜息を()く程度しか出来なかった。

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