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黒の執行者-Black Executer-(旧版)  作者: 黒陽 光
第七章:Princess in the Labyrinth
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ブラッドショット・フェアリーテイル-Phase.1-

『スティーブ・アルマーが秋葉原に現れた』

 その一報を耳にした戒斗は、来た道を逆戻りする形で秋葉原方面へと、アスファルトの大地を切り裂いてスープラを走らせる。

 奴は現在、秋葉原駅の方へと向け中央通り沿いを歩いているとのことだ。だがこんな遅い時刻では、終電は確実に逃すだろう。とても電車に乗り込むことが目的とは思えない。

 アルマーに何の意図があるのかは知ったることではないが、ともかく奴がそこに現れた以上、戒斗は現場へと向かう他にない。MOMO製の大径レーシング・ステアリング・ホイールを握り締める右手に、自然と力が籠もる。

 蔵前橋通りへと出て、外神田五丁目交差点を曲がり中央通りへと向かう算段。こちらへ来た時と同じ道順だ。

 今は一分一秒が惜しい。紅いシグナルが灯る信号機に、緑色の右折許可を示す矢印の出たのを確認。漆黒のマシーンがタイトなコーナーへと、少々オーバースピード気味に突っ込む。

 ブレーキペダルを踏んで減速、及び荷重を前に動かしつつアクセルペダルを踏みこむテクニック、ヒール・アンド・トゥでタコメーターが示す回転数を合わせつつ、同時にシフトを一段落としてエンジン・ブレーキを掛けながら、最適な回転数をキープしてコーナー脱出の立ち上がり加速に備えた。

 身体が少し前のめりになるぐらいの、強めのブレーキング――ボディに掛けられた荷重が、前輪の方へと移っていく。ステアリングを回し、車体がロールを始めた頃にアクセルを吹かしてやる。

 後輪タイヤのグリップが限界を超え、コントロールを失ったテールが軽くだが流れ始めた。白煙を上げて滑り出すタイヤが路面との摩擦で叫び出す、金切り声にも似た強烈な悲鳴――スキール音が夜の街に木霊する。

 タップ・ダンスでリズムでも刻むかのようにして右足を微細に動かし、細かなアクセル・ワークで後輪に掛かるトラクションを調整。軽くカウンター・ステアを打ち進入角度を調整して、ほんの少し滑りながらもスープラは、普通の神経では考えられない程に凄まじい速度でコーナーをクリアしていく。

 コーナー脱出時の回転数はやや高め。車体の体勢を戻し、後輪のグリップが戻ってくる感触を覚えるや否か、戒斗は更にアクセルペダルを踏み込む。タコメーターのレッドゾーンギリギリの7000回転近くまでシフトチェンジをせずに引っ張ると、シートの背もたれに身体が叩き付けられるかのような、眼孔の奥へ目が引っ張られるような強烈な加速度が容赦なく襲い掛かる。強烈な加速度と横Gのせいで、脳内にアドレナリンが過剰分泌されるのが分かった。

 結局、駅へ到着するまでに要した時間は、たかだか五分少々という短さだった。

 駅の西口にあるロータリーへとスープラを突っ込み、適当な場所でエンジンを停止させてハザード・ランプを炊く。バッテリー上がりが心配ではあるが、そう長い間放置する訳でもない。大して気にする必要も無いだろう。

 強烈な街灯かりに照らされて鳴り響いていた1JZ-GTEの咆哮は、ステアリング・コラムの鍵穴を手前に捻るだけの一瞬で、何事も無かったかのように掻き消えてしまう。

「現着した」

 戒斗は車から降りるなりすぐに古びた二つ折り携帯を開き、モーリヒへと電話を繋ぐ。

「奴は?」

『中央通りを南下中です。ミスター・イクサベは尾行の者と共に、アルマーを挟撃する形で動いて頂きたい』

「あ、ああ。構わねえが……表通りだぜ? 派手にドンパチなんぞ、大丈夫なのか」

 アルマーを挟撃する――要は、奴を力づくで拘束するのだ。当然アルマーは抵抗するだろうし、高確率で交戦になるのは目に見えている。それは構わないのだが、いかんせん場所が悪すぎるのだ。

 幾らこんな夜更けといえ、中央通りは片側三車線で幅の広い大通り。当然行き交う人の量も多く、そんな所でドンパチを起こせば、ほぼ確実に騒ぎになる。面倒事はモーリヒ、ひいてはアルスメニア側としてはなんとしても避けたいと思うのが普通だ。

『構いません。火消しのことは考えなくて結構です』

 だが、モーリヒは言い切った。本当に大丈夫なのかと戒斗は二、三度訊き返すが、彼の返答は全て、気にするなの一点張り。

 雇い主である彼がそう言うのなら、戒斗とてモーリヒの意思に従うつもりだ。意図の掴めない彼の言葉がどうにも気がかりで仕方がないが、しかし今はアルマーを捕まえるのが最優先だ。

 遥に「車の中で待ってろ」とだけ告げて、戒斗は走り出す。UDXと駅の広場を繋ぐ『アキバ・ブリッジ』と呼ばれる大きな連絡橋の下を潜り抜け、西へ道沿いに走り中央通りへと出る。

 交差点に出た。腰に捻じ込んだマニューリン・MR73の感触を確かめつつ、あくまでも通行人を装うようにして、戒斗は北方面へと向けて歩き出す。

 一瞬で勝敗が分かたれる抜き撃ち勝負において、ドロウがしやすいに越したことは無い。だからこそ戒斗はジャケットの内ポケットへと納めたベレッタ・M1934でなく、死体から奪ったマニューリン・MR73を選択した。位置的に抜きやすい上、今度は派手な発砲音で騒ぎになるのを気にしなくても良いからだ。

 弾種は.357マグナムのフルメタル・ジャケット。貫徹力が高い故に体内で不用意なダメージを増やさないが故に、奴を殺さない程度に痛めつけて無力化するには丁度良い。

 たまたま通りかかった一般人を装いつつも、しかし遭遇時にいつでもMR73を素早く抜けるように右手を銃の近くへと這わせながら、戒斗は表通りをゆっくりと歩く。日中に比べれば歩く人間の数もかなり減っている為、一人一人の顔を見分けるのは容易い。

 スティーブ・アルマーの顔はここに来る前、そして車内でもう一度写真を眺めて網膜に焼き付けてある。アジア圏のこの国ではただでさえ目立つ白人だ。見つけるのはそこまで難しくなかった。

 15mほど向こうからやって来る、黒いTシャツの上から軍の放出品と思われる濃緑のフライト・ジャケットを羽織り、下はジーンズというラフな格好をしたアングロサクソンの男が、戒斗の目に留まる。目を凝らしてみれば、(まさ)しくスティーブ・アルマー本人に相違なかった。

 その数m奥には尾行と思しき、こちらも白系の男が二人ほど見受けられる。片方はフォーマルな背広、もう片方はラフな黒いパーカーを羽織る出で立ちだ。どちらも戒斗の姿に気付くと、アイ・コンタクトをしつつ少し頷いて合図を送って来た。頷き返してやる。

 尾行の二人が仕掛けるタイミングを待ちつつ、いつでもMR73を抜けるように身構えた。

 歩道が途切れ、道路が交差する丁字路の地点まで迫った時、火蓋は切って落とされる。

「――ッ!!」

 最初に動きを見せたのは尾行の連中でも、そして戒斗でもなく。あろうことか、追われている張本人のスティーブ・アルマー本人だった。

 横道に逸れていく丁字路に差し掛かった瞬間、アルマーは突然方向を変えて全力疾走を始めたのだ。裏の方へと続くその道の先でそびえ立つのは、秋葉原UDXビル。

「野郎……まさかッ!」

 アルマーの狙いが、此処に来て漸く理解出来てしまう。大きく舌打ちをし、アルマーを追って戒斗も走り出した。ワンテンポ遅れて尾行の二人も後に続く。

 あくまで状況を鑑みての推測に過ぎないが、恐らくはアルマーが目指しているのは地下のパーキング。車でも隠してあるのだろう。ならば、この終電も過ぎようとしている時間に駅の方を目指していた理由も、一応は辻褄が合う。

 だが、この狙い澄ましたようなタイミングでの行動。奴は最初から、こちらの尾行に気付いていたのか……?

 少し冷静に考えれば、容易に気付けることだった。そもそも大前提としてスティーブ・アルマーは、さっきまで自分が居た裏通りで既に尾行の二人を始末している。そんな奴が、新たな追っ手に気付かないことなど、あるだろうか。

 いや、気付かぬ筈が無い。ましてお互い、この国では目立ちすぎる白人同士だ。尾行の接近に奴が勘付くのは、さぞ容易かったことだろう。

『おい!』

 少し後ろを追ってくる尾行の二人に、とりあえず通じると思われる英語で戒斗は叫ぶ。

『貴様は――』

『アンタらのボスから聞いてんだろうが!』

『なら奴をなんとか捕まえてくれよ、殺さずに!』

『こうなっちまった以上、保証は出来ねぇさ! 万が一手が滑っても文句言うんじゃねぇぞ!』

 そう叫んだ瞬間、秋葉原の街に鋭い破裂音が轟いた。

 発砲――あの音がコルダイト火薬の撃発ということを理解するのに、完全にスイッチの切り替わった戒斗の頭は、認識するのに一秒も要さない。

 視界の中で、アルマーは握り締めていた自動拳銃を振り向きざまにこちらへと向けていた。米国製のスタームルガー・P90。安価ながら堅牢で信頼性の高い.45口径の自動拳銃だ。

 音の壁を突き破り突進する.45口径弾が戒斗ら三人を屠ることは無かったが、その発砲音を耳にしてしまった不運な通行人達は一瞬にして恐慌状態に陥り、一瞬でパニック状態が出来上がってしまった。逃げ出す人々の群れに遮られて、三人は思うように身動きが取れない。

「畜生……ッ」

 こんな所で撃って何がしたいのか理解出来なかったが――今のこの状態こそが、奴の狙いだ。混乱する人の群れを障壁にして、自らが逃げる時間を稼ぐ算段らしい。

 激しく舌打ちしつつ、戒斗は不本意ながら強行策に出た。

「――邪魔だ、退けぇッ!!」

 ベルトの間に捻じ込んだマニューリン・MR73を抜き放ち、空に向けて続けざまに二発を発砲。突然のことに驚く民衆は一瞬凍り付くが、彼の手の中にある無骨な回転式拳銃(リボルバー)の姿を見るや否や、今度は戒斗を中心に円を作るようにして逃げ出し始めた。

 あまり気分はよろしくないが、ともかくこれで道は開けた。未だに群衆の中であくせくしている尾行二人組に先んじて、戒斗はアルマーを追い走り出す。





 推測通り、スティーブ・アルマーが目指すのは地下のパーキングのようだった。

 迷うこと無くUDXビルへと入り、アルマーは地下行きのパーキング・エレベータを目指す。それを追う戒斗と、振り切ろうと威嚇射撃を繰り返すアルマーの距離は中々縮まらない。

 何度目かの射撃から身を隠しつつ、遮蔽物にした柱の陰から腕を出してアルマーを狙う……が、人の量が多すぎて、奴以外の人間に当たる可能性が高すぎた。

「チッ……!」

 撃つに撃てないもどかしさに苛立ちを覚えながら、戒斗は再び走り出した。

 そうこうしている内に、アルマーはエレベータへと辿り着く。だが、

『ああクソッ、ツイてねぇ!!』

 英語で思う存分の罵倒雑言を吐き捨てた彼の眼の前に在る扉は、両方が閉め切られていた。運悪く、エレベータは両方ともがかなり離れた所に居るらしい。

「待て、止まれ!」

 不運は重なるもので、そんな時に限って四人の警備員が、アルマーの元へとにじり寄っていく。彼らの手の中には紛失防止のランヤードが括り付けられたS&Wスミス・アンド・ウェッソン社の小型回転式拳銃(リボルバー)のM36チーフ・スペシャル。一見すると玩具のような外観だが、五連発の蓮根式弾倉に収められた.38スペシャル弾の威力は侮れない。

 だがアルマーは、四つの銃口が向けられた最悪の状況下でも尚、思考がパニック状態に陥ることはなかった。

「武器を捨てて、大人しく投稿しろ。でなければ撃つ」

 日本語でそう警告しながら、四人の年老いた壮年の警備員は撃鉄(ハンマー)を起こす。そんな彼らの両腕が小刻みに震えているのを、アルマーは見逃さなかった。

『なんだ、その程度か』

 何の感慨も無く、淡々と言い放つ。

「貴様、不法滞在か? 何を言っているか知らんが――」

 一人の警備員が紡いでいたその言葉は、半ばにして遮られることになってしまう。

 全く気付けないほど、あまりに自然すぎる動作だった。流れるような動きでスタームルガー・P90の銃口を向けたアルマーは一切の躊躇無く引鉄(トリガー)を絞り、次々放つ.45口径弾にて太腿を、肩口を、脇腹を、二の腕を。それぞれ四人の警備員を屠り、僅か数秒にて無力化せしめたのだ。

 床に落ちる、四つの空薬莢。同時に崩れ落ちるのは、四人の男の肉体。手から滑り落ちたM36チーフ・スペシャルはランヤードのお陰で遠くまで吹っ飛ぶことは無かったが、地面に叩き付けられた拍子に一挺の引鉄(トリガー)が誤作動を起こし、誤って発砲された.38スペシャル弾が持ち主の太腿の肉を貫いた。

 それでも気力を振り絞り、手繰り寄せたM36で反撃を試みる者も居たが、その銃口が向く前にアルマーは階段の方へと姿を消していた。

「ああクソ、なんてこった」

 そんな満身創痍、死屍累々といった様相の警備員達の姿を、漸く追い付いた戒斗は目撃してしまうと恨めしそうにひとりごちる。

「アンタは……」

「勇気を振り絞っていらんことをしでかした、善良な一般市民とでも思っててくれ」

 彼の姿に気付いて呼びかけて来た警備員の言葉に、戒斗はそう返すと彼らの身体を飛び越え、アルマーを追って階段の方へと駆け出していく。

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