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黒の執行者-Black Executer-(旧版)  作者: 黒陽 光
第二章:パーティ・オブ・ザ・ブラッド
9/110

硬い、ダイヤモンドのような”決意”

「おらよっ!」

 掴んだ少女の右手を力づくで刀から引きはがし、そのまま投げ飛ばそうとする戒斗。しかし逆に戒斗は投げ飛ばされ、背中から床に叩きつけられてしまう。少女は短刀のような予備の高周波ブレードを右腰の鞘から逆手に引き抜き、戒斗の喉元目掛けて一直線に突き立ててくる。咄嗟に戒斗は壁に刺さった刀を抜き、少女の短刀にぶつける。すんでのところで刃は止まり、超微細振動を繰り返す刃同士が鍔迫り合いのような形で交差していた。互いの振動が共鳴して、甲高い独特な音が響く。

「へっ、手前の得物を使われるようじゃまだ甘いぜ!」

 がら空きの腹を蹴り飛ばし、少女が吹っ飛んだ隙を見て立ち上がる戒斗。既に銃撃戦で歯が立たないことを悟った彼は、逆手に握っていた刀を握り直し、左手で逆手に構える。一方少女は地面を転がるようにして受け身を取って立ち上がる。二人の距離、約5m。

 戒斗は意を決し、刀を構えて一気に走り、間を詰める。構え、一丁両断せんと振りかぶった。少女も返り討ちにせんと短刀を構える。

「――ッ!?」

「持ち物はしっかり、持ち主に届けないとなァ!」

 予想外。戒斗の行動は少女にとってあまりにも予想外の行動だったのだ。彼はあろうことか手に持った刀を少女目掛けて投げてきたのだ。刃が水平に回転しながら、少女に迫る。

 貰った――刀を投げると同時に左脇のショルダー・ホルスターからミネベア・シグをクイックドロウ。ロクに狙いも付けずに腰だめで引き金を引く。

 衝撃。襲ってきた衝撃は、発砲の反動だけではなかった。左肩に鋭い異物感。熱く、焼けるような痛みが戒斗を襲う。見ると、異物感の正体は少女の投げたクナイだった。視界の端で、脇腹に9mmルガー弾を食らった少女が血を滴らせながら苦悶の表情で立っている。彼女は飛んできた刀を驚きつつも平然と短刀で弾き、空いた左手でクナイを戒斗に投げたのだった。それは奇しくも、戒斗が発砲したのとほぼ同じタイミングだった。

「お互い、無傷って訳にはいかないようだな……」

 左手にミネベア・シグを持たせ、歯を食いしばり右手で左肩に刺さったクナイを引き抜いた。投げ捨てられ、鈍い金属音を奏でて床に落下するクナイ。引き抜いた左肩の傷口からは鮮血が溢れ出してくる。

「さて、双方手負いってところだが……まだやるかい? 嬢ちゃんよ」

 左手でサングラスを取って上着の胸ポケットにしまい、右手に握りなおしたミネベア・シグの銃口を少女に向け、言い放つ。

「えっ……!?」

 初めてこの少女、忍者装束を着たこの襲撃者の声を聴いた様な気がした。意外と高めの、可愛らしい声だった。彼女は今の今まで臨戦態勢で、殺気をこれでもかと放っていたのだが、戒斗がサングラスを取るなりそれが一気に解けてしまった。何だかよく分からないが、これはチャンスだ。そう考えた戒斗は床に落ちたクナイを拾い上げ少女に向かって投擲。同時に走り去って行った。少女が我に返り、クナイを短刀で弾き返した頃には既に彼の姿は視界のどこにも存在しなかった。

「そんな……こんなことって」

 唖然とした表情を浮かべて、少女はただただそこに立ち尽くしていることしか出来なかった。





 闇雲に走った先、たまたまあった倉庫のような小部屋に飛び込んだ戒斗は、中に入りドアを閉めると、息を切らしてそのままドアにもたれかかるように腰を下ろす。

「ふぅ……なんだかよく分からんが助かった、か。あのまま殺り合ってたら確実にお陀仏だったろうな。まだ俺はツキに見放されてねえってか。あ痛てててっ」

 大体何者なんだアイツは。突然襲ってきやがったかと思えばいきなり戦意喪失しやがってクソッタレが。戒斗はそう吐き捨てながら上着を脱ぎ、ホルスターを取ってワイシャツのボタンを外して左肩を露出させる。鋭い刺傷から溢れ出る紅い血液。見たところ幸いにも、傷は深いが大したことは無く、致命傷にも至っていないようだった。戒斗はワイシャツの左袖を引き千切り、包帯代わりにして患部に巻き付け応急処置を施す。すぐさま白い布切れに紅く染みが出来始めるが、とりあえずは問題無さそうだ。再びワイシャツを羽織り、ボタンを閉めずにホルスターを再度肩に掛ける。左肩のストラップからミネベア・シグの重みが傷口に響いて痛む。上着を着て視線を上げると、何かが積まれた段ボールの陰で蠢くのが見えた気がした。――敵か? 戒斗は咄嗟に後腰からファイティング・ナイフを左手で引き抜き、右手に持ち替えて逆手に構える。足音を殺して近寄り、段ボールの陰に隠れる。耳を凝らすと、やはり人間らしい何かが動くような布擦れの音が聞こえた。

 一気に踏み込み、人影を目視すると間髪入れずに喉元に刃先を突き付ける。

「……動いたら首と胴体がお別れしちまうぞ」

「アンタこそ両手を上げなさいよッ! 胴体に穴開けたいのッ!?」

 しまった、二人居たとは。恐らく別の物陰に潜んでいたであろう人間、女の声が背後から聞こえると同時に、背中に固い感触が押し付けられた。十中八九、これは拳銃だろう。どうしたものかと思考を巡らせていると、目の前の人影から素っ頓狂な女の声が聴こえてきた。

「あれ……? ちょっと待って。これ戒斗じゃないの?」

「はぁ?」

 戒斗は思わず聞き返してしまう。まさか自分の名前が出るとは思っていなかった。薄暗くて分かりづらいが、正面の人間の輪郭がようやく見えてきた。見れば見る程、既視感がある。それこそ毎日見ているレベルでだ。もしかしてコイツは――

「まさか琴音じゃないだろうな?」

 思考が思わず声に出てしまった。目の前の陰は肯定と言わんばかりに首を縦に振る。戒斗ははぁ、と溜息を吐き、ファイティング・ナイフを鞘に戻した。拳銃らしき物体を突き付けているのも多分香華だろう。

「――で、なんでここにお前らが居るんだと」

「言われた通り逃げてきたのよ。幾ら戒斗が時間稼ぎをしてるとはいえ、アイツに追っかけられたらどうしようもないし。だったら何処かに隠れた方が良いんじゃないかなって」

 そう吐き捨てる香華。振り向いてみれば、押し付けられていたのは確かに拳銃だ。戒斗が渡したP239だった。しかしそのスライドは後退しきったまま。つまりは残弾ゼロだった。

「はぁ。大体分かった。だが弾はどうした? 二つぐらい弾倉渡したと思うんだが」

「アイツに結構な数バラ撒いちゃったし、ここに来る途中でばったり敵に会っちゃったから、ね……命からがらここに逃げ込んできたってわけ」

「分けてやりたいところだが、俺も一戦交えてもう余裕がないからな。佐藤達の所に行く前に保安室に向かうとするか。確か通り道にあったはずだ」

 銃規制が解除されて以降、日本のこういった客船やホテルには必ずと言っていいほど警備員用の保安室が設置されている。大型宿泊施設の類には設置が義務付けられているのだ。そこは警備員用の武器庫も兼ねており、そこで武器弾薬を拝借するのが狙いだ。

「ところで香華、琴音のことだが……」

 香華を声が琴音の耳に届かない隅の方に招き寄せ、小声で呟く戒斗。香華の顔に少し影が差す。

「今は大分落ち着いたみたいだけどね。さっき上に向かう奴等と出くわした時もロクに戦えて無かったし……ああ言ったとはいえ、やっぱりショックが大きかったんじゃないかしら」

 呟き返す香華。お前は大丈夫なのか? と戒斗が聞き返すと、私はとっくに覚悟できてるし、殺してでも生きなきゃいけない理由があるから。そう香華は答えた。

「琴音、立てるか?」

 戒斗は琴音に手を差し出して、そう言った。琴音はうん、もう大丈夫。と呟いて手を取るが、その表情は明らかに暗かった。戒斗の右手の中にある、自分とは違う、陶磁のように白く透き通ったか細い手が小刻みに震えている。

 ったく、仕方のねえ奴だ。戒斗は苦笑を浮かべて、琴音の手を強引に自分の方へ引き、細い肢体を自らの胸に沈めた。

「えっ……?」

 何が起こったか分からないといった様子の琴音。戒斗は胸元付近で互いの手を握る右手に一層力を籠め、左腕は逆に琴音の背中を優しく包み込み、抱き締めてやった。背後で金属の塊が床に激突した音がした。香華が顔を真っ赤にして大口を開けたまま固まって、手に持っていたP239が滑り落ちたようだった。

「これ以上気に病む必要はないさ。お前が悪いんじゃない、誰も悪くないんだ」

 優しい、だが力強い意志を込めて戒斗は呟く。

「でもっ……! 私がっ……! 私のせいでっ……!」

 戒斗の胸に顔を埋めた琴音は嗚咽交じりに声を絞り出す。胸元に湿った感触がした。きっとこれは琴音の涙だろう。戒斗は左肩の傷が痛むのを気にも留めず、抱く腕の力を更に強める。

「お前が悪いんじゃない、元凶はお前に銃を持たせた俺と、お前に撃たせたこの状況だけなんだ……!」

「それでもっ! 私が誰かを殺してしまった事実は変わらない……っ!」

「ああ、それは事実だ。でもな、申し訳ないが今はその事実を悔やんでいる暇は何処にも無い。こうしてる間にも佐藤の奴が死んじまうかもしれない、更に言えば、いつ浅倉の奴がお前をまた狙ってくるか分かったもんじゃない。だから、泣いて、悔やむのは、全てにカタがついた後だ。その時になれば好きなだけ俺が付き合ってやる」

 より一層強い口調でそう言った戒斗。琴音は顔を上げ、潤んだ双眸で戒斗の顔を見上げる。

「別に慣れろとはもう言わないさ。その感情は人間にとって大切な、無くしちゃいけないモノだ。だけど毎回毎回悔やんでたら今度は自分が撃たれちまう。死んじまったら悔やみようもないだろ? だから、何か理由を見つけて自分を納得させるんだ。例えば国の為、家族の為、恋人の為ってのがよくあるパターンさ。振りかえるのは全部終わった後だ。幾らでも時間をかければ良いし、俺も付き合ってやる。だからもう、迷わないでくれ」

 最後に一言、戒斗はそう言うと、それ以上は何も言わなかった。ただただ琴音を抱き締め、感情を受け止めているだけだった。

「……ありがとう。もう大丈夫」

 五分程たった頃だろうか。琴音はそう言って戒斗の胸から離れた。戒斗の眼を見つめる双眸に迷いの色はもう無い。真っ直ぐな、決意を秘めた力強い双眸が、そこにはあった。

「うん……そうだよね。狙われているのは私自身なんだし、その浅倉って奴は戒斗のお母さんの仇なんでしょう? だったら私は、私自身と、戒斗の為に戦う。もう、迷ったりしないから」

 戒斗はその言葉を聞くと、思わず嬉しそうに微笑んでしまう。琴音に近づき、首から下げていたネックレスを琴音の首に掛けてやった。それには銃弾が固定されていた。外観こそ普通の9mmルガー弾だが、何かが違う。琴音の直感がそう告げている。

「戒斗、これは一体……?」

琴音が訊くと、戒斗は目を細め、昔を思い出すようにして語り始める。

「コイツには死んだお袋の遺骨と、俺と親父の骨の一部で作った人工ダイヤモンドの粉末が弾芯に練り込んである。全部で六発ある内の一発さ。一発は二年前のタンカーで浅倉にブチ込んだ。残り三発は357マグナム弾にして親父が持ってる。ソイツは俺の手元に残った二発の内一発さ。本当なら人に渡したくは無いんだが……”俺の為に戦う”と言ったお前になら、コイツを託しても良いと思った。これは俺の信頼の証と思ってくれていい。もし仮に、俺と親父の両方が倒れたら……その時はお前が、浅倉のクソ野郎にコイツをブチ込んでくれ。俺達は死して尚、アイツを殺してみせる」

 琴音は、無言で首に掛けられた銃弾を片手で握り締めた。

「さて、湿っぽい話はここまでにしようや。さっさと行かねえとマジに佐藤の奴死んじまうからな」

 戒斗はそう言って外に出ようとするが、異変に気付く。香華がさっきから微動だにしていない。ずっと大口を開けたまま硬直しているのだ。

「香華? 香華さん? お嬢さん? おーい?」

「ちょっと香華? 大丈夫なの?」

 二人が心配そうに声を掛けるが、香華は顔を真っ赤にしたままうわ言のように何かを呟いている。内容までは聞こえないが。





「クリア。保安室内に敵影は無い」

 数十分後、無骨な乗務員用通路を通って、鉄骨剥き出しの階段を昇って目的の保安室に三人は辿り着いていた。幸いにも道中敵に出くわすことは無かったが、船のコントロールが集中している艦橋――佐藤達の居場所が近いのか、遠くで銃声が連続して聞こえてくる。

 保安室内は監視カメラのモニタと制御系類が並んだデスクと、中央に据えられた簡素なイスとテーブルがあるのみで他に目立つモノは無い。お目当ての武器庫は監視カメラ制御デスクの横にあるドアの向こうか。

「よし、香華はここに残って警戒。琴音は着いて来い」

 先程の小部屋で弾薬を分け与えた香華を部屋に残し、二人はドアの前へ。

「跳弾が危ない。琴音は下がってろ」

 案の定鍵が掛かっていたが、戒斗は琴音を背後に下げてから迷うことなくミネベア・シグを数回発砲。ドアノブを壊してからドアを蹴り飛ばした。掃除が行き届いていないのか、埃を巻き上げながらドアは床に倒れた。ソレを踏みつけ、二人は侵入していく。

 ビンゴだ。中には数個の長物用ガンラックが置いてあり、弾薬類も確認できた。戒斗はとりあえずガンラックに着けられていた簡素な南京錠を9mmルガー弾で吹っ飛ばし、解放。中にはレミントンM870やモスバーグM500などの散弾銃ショットガンにM4A1突撃銃アサルト・ライフル、MP5A4短機関銃サブマシンガンが入っていた。横では琴音が調達した弾薬類を保安室のテーブルに並べようと持って行っている。とりあえずは自分用にモスバーグM500散弾銃ショットガンを肩に掛けてショットシェルの入った紙箱を片手に持って保安室に戻る。

「結構色々あったから好きなのを選ぶといい。弾は各自好きなだけ持って行ってくれ」

 戒斗はショットシェルをM500に装填しながら言った。装填し終わり、残りのショットシェルを上着の左脇ポケットへ乱雑に押し込む。大体15発は持ったか。

「私は昔護身術習った時に使ってたのこれだし。慣れてる方を選ぶわ」

 武器庫から帰ってきた香華は、肩からM4A1突撃銃アサルト・ライフルを提げていた。一方琴音はMP5A4短機関銃サブマシンガンを提げている。

「ソイツの使い方は分かるか? 琴音」

 戒斗は立ち上がってそう訊く。

「この前戒斗が使ってたのを見てたから大体は覚えてるけどね」

 凄い記憶力と洞察力だな。と素直に感心しつつ、琴音から一旦MP5を預かって使い方を教えてやる戒斗。

「まずはセレクターだ。この位置で単射セミオート、一番上まで持っていけば連射フルオートだ。弾倉交換はこのスイッチを下げながら弾倉を引き抜くんだ。再装填したらこのボルトハンドルを引いて初弾装填。どっちでもいいが、撃ち切った時点でボルトハンドルを引き切って上の出っ張りに引っかけておくと後が楽でもある」

「へぇ、やっぱり詳しいのね」

「まあ仕事道具だからな。長居も出来んし、拳銃弾補充したらさっさと行こうぜ。多分奴等は上に集結してる」

 戒斗はMP5を琴音に返すと、テーブルの上に置かれた9mmルガー弾の入った紙箱から一発ずつ取り出し、弾倉に込めていった。





豪華客船”龍鳳”の客室。そのとある一室で、手入れもロクに行っていないボサボサの金髪を揺らして、少し皺が走り始めた顔を見にくく歪めながらベッドの上で鶏肉を咀嚼している男が居た。電気の点いていない、薄暗いその部屋が男の不気味さをより一層強調している。

≪さて、そろそろ仕事の時間だぞ≫

耳に着けた無線機のイヤホンから渋い男の声が響いてくる。金髪の男は鶏肉を喰い終わると、ベッドの上に無造作に投げ捨てられていたペットボトルを呷り、内容物の水を喉に流し込むと、凶悪な笑みを浮かべた。

「……あぁ、もうそんな時間だったのか。やっとメインディッシュにありつける……なァ? ”黒の執行者”さんよォ……」

 男は立ち上がり、テーブルの上に置いてあったステンレス製フレームが眩しい金属光沢を放つ回転式拳銃リボルバー、S&W M629をジーンズを固定するベルトに直接通して右腰に吊るした革製ヒップ・ホルスターに押し込むと、部屋を後にしていった。

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