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黒の執行者-Black Executer-(旧版)  作者: 黒陽 光
第七章:Princess in the Labyrinth
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Highway Hunters

 それから、一週間ほどの時が過ぎた。

 特に何事も無く、平静を装いながら神代(かみしろ)学園で五日間の日常を過ごしつつ、同時に戒斗は前金の報酬、及び経費として渡された幾らかの金を使って準備を進めた。

 そうして金曜日の夜。即ち今日――感覚の上で。日付は既に土曜へと跨いでいる――に、戒斗は住み慣れた家を発ったのだ。

 向かう先は花の首都・東京。深夜の東名高速道路を東京方面にブッ飛ばす一台の黒いスポーツカーのコクピット・シートに、彼は収まっている。

 駆るマシンはトヨタ・スープラ。ファンの間では型式のA70から取って『70スープラ』と呼ばれている古いモデルだ。

 戒斗が用意したのは、その中でも最終型である2.5GTツインターボ。1990年代初頭の古い車ではあったが、前のオーナーの管理が良く、その状態は中々だった。

 チューン・アップされたマシンは尻のカスタム・マフラーから、直列六気筒のターボ・チャージャー付きエンジン1JZ-GTEの抜けのいいサウンドを響かせつつ、今では殆どお目に掛かれなくなった上下開閉式のリトラクタブル・ヘッドライトよりハイビーム・ライトを煌々と光らせて、深夜のハイウェイを疾走する。

 良い車だった。簡単すぎる一言かもしれないが、世辞抜きで戒斗はそう感じる。

 この70スープラはモーリヒより『経費』と称し渡されていた金を使って、仕事用の足とすべく購入したモノである。彼の私有車ではあまりに目立ちすぎるからだ。かといってスープラも相当に目立つ車ではあるのだが、最新フラッグシップ・スポーツセダンと400馬力オーバーのモンスター・マシンよりは幾分マシだろう。尤も、戒斗自身の趣味が介してないかといえば、そうでもないのだが。

 これだけ遅い時間にもなれば、幾ら東西物流の大動脈である東名高速といえ、車通りはかなり少ない。北方に新東名高速道路が新しく出来たこともあり、走る車の数はそんなに多くは無い。

 追い越し車線に出て、左側の走行車線を走っていたトラックを一気に抜き去る。バックミラーの中でトラックのヘッドライトはどんどん小さくなり、やがて闇の中へと溶け込んでいく。

 何台抜き去ったかなど、思い出せないぐらいだ。よく走り、よく曲がる。そしてキッチリ止まる。基本中の基本だが、一番大事なことだ。しかし多くのチューンド・カーと呼ばれる連中はこれを出来ていない奴も多い。そんな中で、このスープラはバランス良く調整されていた良いマシンだった。

 それでもやはり、限界はある。先程から何度も後部よりパッシング・ライトを浴びせられては、スープラの横へと素早く滑り込んで走り去っていく連中もいる。大体が、今のご時世ではかなり珍しくなった走り屋連中のイカしたマシンだ。幾ら名機70スープラといえ、かなりのチューニングを施されたスカイライン・GT-Rの加速には敵わない。

 しかしまあ、そんな連中とはたまに遭遇する程度であって、やはりこの時間の東名高速は静かだった。

「……戒斗?」

 そんな静かな高速をすっ飛ばし、丁度日本平トンネルを超えて清水ジャンクションを通り過ぎた頃だったろうか。戒斗の真横、スープラのサイド・シートに身を落とした遥が、唐突に口を開いたのは。

「どうした?」

「任せちゃって、本当に良かったのかなって」

「何をだよ」

「生徒会の件」

 若干眠たげな目で、言葉の端に若干の憂いを見せながら、遥はそう言う。

 ――こうしてスープラを駆り、東京へと向かい出す半日前。週末の神代(かみしろ)学園・生徒会に出向いた戒斗は、会長である亜里沙を始めとした面々にだけ、向こう一週間は仕事の関係で居なくなるということを告げておいたのだ。

 幾ら事情があるといえ、文化祭まで一ヶ月を切ったこのクソ忙しい時期に抜けることに、彼女も少なからず負い目を感じているのだろう。ちなみに彼女の場合、そもそもが戒斗のように(半ば不可抗力といえ)素性がオープンとなっていないが故、病欠ということにするらしい。

「そう気にすることでもないさ。亜里沙や一成も分かってくれている」

「でも……」

 他でも無い生徒会メンバーが理解を示してくれているといえ、やはり後ろ髪引かれる気持ちは拭い切れ無いようだ。そんな様子の遥に、戒斗はダメ押しの如くもう一言を付け足す。

「んな気になるんならぁ、帰ってからその分働いてやりゃいいだけさね」

「そう、かなぁ」

「ああ、そうさ。なんせ再来週は文化祭直前も直前。寧ろ今よりか俺達にも仕事は回ってくるだろうよ」

 事実、その通りだ。向こう一週間よりか、帰還予定の再来週の方が忙しいのは、その次週の末に文化祭本番を控えていることもあって火を見るよりも明らかだ。

 彼の言葉で少しだけ肩が軽くなったみたいだ。そんな遥の様子を横目でチラリと見て、少しだけ口角を緩ませながら戒斗は左手をシフトノブへと添える。

 夜明けまでは、まだ遠い。夏の残り香を漂わせる夜空を一瞥し、戒斗は東方へと向けスープラを疾らせる。エグゾースト・ノートの残響を残し、黒きマシンは稲妻の如く駆け抜けていく。





 東名高速の終端である東京インターチェンジから首都高に乗り入れ、上野でハイウェイから降りる頃には、既に太陽が東の空に顔を覗かせていた。

 時刻は午前六時より十五分ほど前。結構な時間が掛かったといっても、途中途中のサービスエリアで結構な休憩は入れていたし、そもそも学園からの帰宅後、出発の少し前まで睡眠を摂っていたから、これといった眠気は覚えていない。それは遥に関しても同様のようだ。

 だが流石にこの時間では、宿泊先のチェックインをするにも少々時間が早すぎる。とりあえずは街中を流しつつ、東京見物がてら時間を潰すことにした。

 眩しすぎる朝焼けに漆黒のボディを煌めかせ、早朝の街をスープラはゆっくりと駆けていく。幾ら首都・東京といえど、この時間は流石に人が少ない。だが眠らない街と呼ばれるだけあり、幾ら少ないといっても、名古屋の街に慣れ親しんだ戒斗らの感覚にしてみれば、それでも多く思えてしまう。

 適当な店で朝食を摂ってから、かの有名な東京駅の駅舎を遠巻きに眺め、そして皇居周辺をぐるりと一周。ビジネス街の方にも足を延ばしたりと暇を潰し、適当な頃合いを見計らって戒斗はスープラの針路を再度、上野方面へと向けた。

 といっても、再び高速に乗る訳ではない。彼が向かった先は、去る昔は日本屈指の電気街。現在では所謂オタク系のサブ・カルチャーが街を彩る魔京、秋葉原だ。

 前を見ても、横を見ても、そして後ろを振り返っても美麗なイラスト垂れ幕の中でやたらと可愛げのある美少女が微笑んでいる。周囲の人間がアレだっただけに、戒斗にとってこんなものは今更何ともないが、初めてこれらのカルチャーに触れる人間にとっては衝撃なんてモノではないだろう。それ程までに凄まじい街だ、ここは。

「す、凄い街ですね、ここは……」

 そして、遥がその例に当たる一人だ。この反応とて無理もない。別論嫌悪とかその類の感情は一切抱いてはおらず、ただただ衝撃的というだけだろう。

「こんなもんさ、いつも、この街は」

 余談だが、戒斗は何度かこの街を訪れている。何度か、といっても渡米前と、神代(かみしろ)学園転入前の短い期間で観光がてらの二度のみではあるが。

「さて、そろそろ向かうとしようか」

 アクセルを踏み込み、戒斗が向かった先はそんな街の一角にある秋葉原・クロスフィールドと呼ばれる施設だった。幾つものビルや商業施設が立ち並ぶ複合施設だ。

 その中に建つビルの一つ、秋葉原UDXビルの地下駐車場へと戒斗は車を突っ込んだ。

 エンジンを止めたスープラから降り、ドアを閉めつつ、長時間の運転で凝った身体を伸ばしてほぐす。

 緊張状態の続いていた筋肉をほぐした後で、戒斗はスープラの物でないもう一つのキーを取り出した。それを持って隣に駐車されていた白い車に近寄り、迷うことなくドアノブの鍵穴へと差し込む。

 捻ると、難なく開錠された。運転席側のドアを開けて、戒斗はエンジンを掛けずにトランクを解放する。

 スープラの隣に駐車されていたその車は日産のブルーバード・シルフィ。G10型と呼ばれる、少々型落ち気味のセダンだ。これといってスポーツ用途というわけでもない、極々普通の車である。

 ブルーバードの後部に回り、ロックの解除されたトランクを上方へと跳ね上げる。彼が何の迷いも無く真っ先にトランクを解放したのには、理由があった。

 広いとも狭いとも言い難いトランクルームに収められていたのは、長細い形状のダンボール箱と、大小様々な幾つかの樹脂ケースと紙袋だった。戒斗はその中からダンボールを引きずって手繰り寄せ、それを迷うことなく開封する。

「注文通りだな」

 中に収められていたのは、新品のライフルだった。AR-15――M16にそっくりな外観のコイツは、コルト・ディフェンス社の最新鋭モジュラー・ライフルたるLE901-16S。ダンボール側面にはコルト正規品であることを示すロゴ入りシールが貼られていた。

 紙袋の方を探れば、中にはマグプル製の樹脂P-MAG弾倉が幾つかに、工場装薬(ファクトリー・ロード)の.308ウィンチェスター弾が五箱分入れられている。黒一色の樹脂ケースにはそれぞれリューボルド社の狙撃スコープであるMark4と固定用リング、安定用の二脚(バイポッド)がそれぞれ突っ込まれていた。

 その他にはベルギー・FN製の自動拳銃ブローニング・ハイパワーMk.Ⅲと、減音器(サプレッサー)付きのベレッタ・M1934。加えてそれぞれの予備弾倉と対応弾薬が大量に。そして滑車付きの洋弓――コンパウンド・ボウが分解された状態で、幾つかの矢と(やじり)、そして持ち運び用のナイロン製の背嚢と共にガンケース風な樹脂ケースへと納められていた。

 これらの装備は全て、予めモーリヒに調達を頼んでおいたモノである。都内移動用の目立たないナンバーの車と共に、ここに届けられる予定だったのだ。

 時間通りなモーリヒの仕事に満足を覚えつつ、トランクを閉じた戒斗はブルーバードの鍵を遥へと投げ渡す。

「コイツを持って行ってくれ。確か、ホテル近くに有料駐車場があったはずだから」

 言いながら、彼は再びスープラのコクピット・シートへと滑り込んだ。





 程近い場所にある有料駐車場にブルーバードを突っ込んだ遥を再びスープラに乗せ、宿泊先である観光ホテルにチェックインする頃、時刻は既に午後を回っていた。

 最近流行りのICチップ入りカードキーで開錠するタイプの電子ロック・ドアを開けたホテル・ボーイに導かれるままに客室へと二人は足を踏み入れ、ボーイが去るなり戒斗は室内を検め始めた。

 如何にも旅行者を装った風なスーツ・ケースから取り出した盗聴器発見装置などで、二人で手分けして室内を調べていく。幾ら偽名で用意したホテルといえ、万が一の可能性も考えられるからだ。

 しかし、それは杞憂に終わる。別段そういった類のモノは発見できなかったのだ。

 次に戒斗は簡易的な赤外線センサーを部屋の各所に設置し、持ち込んだ.32口径の小型自動拳銃、ワルサーPPKをベッドのマットレスの間へと潜り込ませる。万が一、無防備な状態で襲撃があった場合に即座に反撃を試みる為だ。

 ――彼がここまでの、やり過ぎとも言える用心を重ねている理由は、全てが依頼人にあった。

 幾ら依頼を請けたといえ、戒斗はあのモーリヒ・シュテルンという男をイマイチ信用し切っていないのだ。尤も、ほんの数時間の間だけ言葉を交わした相手を信用しろと言えば無茶な話であるが、そうではない。彼はこの依頼に、どうにも拭いきれない臭いを感じているのだ。

 そもそもが前提からおかしい。アルスメニア王国の王族が行方不明になった件が仮に真実だとしても、その捜索を、単なる一介の傭兵でしかない戒斗に持ちかけること自体が変なのだ。

 それに、モーリヒは自分を、内務省隷下の国家憲兵隊に属するエージェントと名乗った。ならば、自国の危機である現状こそ、憲兵隊に恐らくは何十人も抱えているであろうエージェント連中を使うべきではないのか。他国である日本には潜入させ辛く、思うように動きにくいというのもあるのだろうが、しかしそれで、わざわざ遠方に住む戒斗を雇う理由にはならない。

 最初こそ”方舟”の気配を裏に感じてはいたが、同時に、奴らがこんな回りくどい手段を使うのだろうか、という疑問も感じるようになってきた。

 だが、裏があるのは見えている。見え過ぎている釣り針だからこそ、敢えて戒斗はその釣り針に掛かってみることにしたのだ。

「こんなもんか」

 初弾を薬室(チャンバー)に叩き込み、デコッキング・レバーを兼ねた遊底(スライド)部のセイフティを掛けたPPKを遥の分と二挺を仕込んで、戒斗は漸く、一連の襲撃対策を完了する。

 シャワーで汗を流し、夜通しの運転で疲れた身体を戒斗はベッドに投げ込む。そのまま緩やかに眠りへと堕ちていった。この後に控えた、モーリヒと逢う約束に備える為、彼は一時の休息に身を預ける。

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