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黒の執行者-Black Executer-(旧版)  作者: 黒陽 光
第七章:Princess in the Labyrinth
86/110

Who will Dance With...?

 翌日。早速リサに琴音の身を預けた戒斗は、燦々と降り注ぐ太陽の下で独り車を走らせていた。

 やって来て早々、リサへ押し付けるのもどうかとは思ったのだが、存外本人は乗り気であり、琴音は琴音で寧ろ楽しそうだったから良しとする。

 戒斗がハンドルを握るのは、父親が日本に残したままだった2シーターのスポーツ・クーペ。この強い日差しの中では少々目立ちすぎるぐらいに輝くサンセットオレンジのボディカラーを煌めかせ疾走するのは、日産・フェアレディZ。型式はZ33、仕様は6速MTのVersion STで、モノ自体はVQ35DEエンジンを心臓部に抱えた前期型だ。

 実父がその手で自らチューニングを施した機体は最早ノーマルの面影は外観と内装程度なもので、咆哮の如きエグゾースト・ノートを叫びながらアスファルトの路面を切り裂くマシンの操作感はピーキーそのものだった。モンスター・マシンという言葉がこれ程までに似合うマシンを、父より受け継ぎ手綱を握る息子こと戒斗は、コイツ以外に知らなかった。

 クラッチを切り、シフトノブを素早く動かしミッションを2速から3速へシフト。HKS製・遠心式スーパーチャージャーを身に纏いしVQ35DEエンジンが唸り、V型配列・六気筒のピストンが生み出すトルクが後輪のブリジストン・ポテンザ・18インチタイヤを容赦なく擦り減らせていく。

 相変わらず、このZは凄まじいマシンだと、ハンドルを握り締める戒斗は痛烈に感じる。自費で購入したWRXと比べてしまうと、天と地ほどの差だ。あちらも決して悪い車では無いのだが、Zのような地上の戦闘機ではない。幾ら大型ウィングやスポイラーで身を固めたところで、所詮は全領域クルーザーの域を出ないのだ。

 父のZと、自身のWRX。両者にはそれぞれの得手不得手がある。一つの視点に固執した評価は出来ない。どちらも戦闘領域こそ違えど、共に良きマシンなのは確実なのだ。両車のハンドルを握った戒斗には、それが理解出来ていた。

 そんなマシンを駆ること、早三十分。漸く片側四車線の広い国道へと乗り入れることが出来た。ここまで来れば、目的地まではそう遠くない。

 決して、戒斗は行くアテも無く走っていた訳ではない。今度の移動には目的地があり、それもこれも全て仕事の関係だった。

 つまりは―――依頼だ。戦部傭兵事務所に舞い込んだ、久しぶりの正式な仕事というわけだ。





 辿り着いた先は、市街中心部に程近い場所に在る、小洒落た外観の喫茶店だった。ここが依頼人に指定された待ち合わせ場所だ。

 偶然にも空いていた客用駐車場にZを停め、やかましいエグゾースト・ノートを奏で続けるエンジンを、ステアリング・コラムの鍵穴に差さったキーを捻り引き抜くことで停止させる。車外に降りると、Zでの久々の長時間運転だったからか、妙に身体の節々が痛む。オイルと冷却水が過熱し切ったZも、戒斗と同様に疲労を覚えていたようだった。

 スマートキー全盛の今となっては見る機会も減って来た原始的なイモビライザー付き物理キーと共にキーホルダーでぶら下げられた、セキュリティ・ロック用のリモコンで遠隔施錠をし、戒斗は喫茶店の扉を潜った。

 チリンチリンと鳴るドアの鈴に迎えられながら店内に足を踏み入れると、中もまた外観と同様に洒落ていた。目に見える場所の大半に木材が用いられている店内の雰囲気はかなり落ち着いており、昔ながらの喫茶店の様相を醸し出している。

 来客に気付き駆け寄って来た若い女性店員に待ち合わせの旨を伝えると、店内の奥の方の席に戒斗は誘導された。

 店の最奥と言ってもいいだろう、窓際と反対に壁際の角に据えられたテーブル席には既に、背広を纏った男の後ろ姿があった。依頼人だろう。

 彼とは対面のソファ、即ち壁に背中を見せる所へ腰を降ろすと、お冷とおしぼりを持ってきた先程の女性店員に、とりあえず戒斗は紅茶を注文。ストレートのホットだ。この際茶葉の種類は気にしないでおく。

 注文伝票と共に足早に去っていく店員を一瞥し、熱過ぎるぐらいに加熱消毒の成されたおしぼりのビニール包装を破りながら、戒斗は口を開く。

「で、アンタが依頼人で間違いないな?」

 その言葉に、対面に座る男は頷いた。見るからに温和で、物腰柔らかそうな風貌だ。頭は白髪で真っ白に染まり、歳は四、五十……いや、それ以上かもしれない。顔付きはおよそ日本人では無く、彫りの深い東欧系の顔立ちだった。

「確か、名前は」

 戒斗の問いに、男は自身の名をモーリヒ・シュテルンと、英語を用いて名乗った。

『ここからはあまり人に訊かれるのが憚られる話題故、英語でお願いします』

『あー、構わねえさ。構わねえが、だったら俺の事務所に来て貰った方が安全だったろうに』

 運ばれて来た熱い紅茶に口を付けながら、戒斗もまた英語で言葉を返してやる。慣れたものだ。L.A.で十年近くも過ごせば、この程度の言語力は嫌でも身に付いてしまう。

『私自身も、少々危うい身でございまして』

『アンタが?』

 モーリヒは頷き、スーツジャケットの裏ポケットから名刺を一枚取り出し、テーブル越しに戒斗へと丁寧に差し出してきた。妙に上等な紙質のそれを受け取り、書かれているであろう彼の情報に目を走らせる。

『アルスメニア王国内務省・国家憲兵隊・特別捜査官だって……? ジョークにしちゃ、チョイとタチが悪すぎるぜ。なぁモーリヒさんよ』

 名刺に記されていた内容を思わず二度見し、まさか冗談だろうと戒斗はそう言うものの、モーリヒの反応は期待とは異なり、その言葉が真実であることを示していた。

 ――アルスメニア王国。東欧にある小国だ。国名から察せられる通り、未だに王政を続けている数少ない国家。尤も、現在の英国のように政治的主権は議会が握っており、半分お飾りに過ぎないのだが。

 その王国の内務省が保有する国家憲兵隊。簡単に言えば、別に存在する王国警察の補佐を担当すると共に、内務省が自由に使える警察組織だ。そんな国家憲兵隊の特別捜査官、要はエージェント様が、なんでまたこんな所に。

『……確か、アンタらのとこのお姫様がこっちに来てたっけな』

 戒斗がふと思い出して口に出すと、苦い顔を浮かべるモーリヒ。大体察せてはいたが、どうやらこの辺りが割と依頼の核心らしい。

 数日前にニュース番組で、アルスメニアの姫様が公務で来日したとの報道を見た記憶がある。成田に到着した王室専用機を盛大に出迎える映像は、今でも辛うじて思い出せる。

『流石は”黒の執行者”といったところでしょうか』

『よせやい。それで? さっさと本題に入ろうじゃないの』

『恐らくは貴方の考えた通りでしょう、ミスター・イクサベ。先日こちらへといらした、我が王国の第一王女。サリア・ディヴァイン・アルスメニア様ですが、その……』

『おいおい、ここまで来て勿体ぶるのは無しだぜモーリヒさん。こちとら伊達に修羅場潜ってねえさ。アンタらンとこの姫様がどうだろうが、今更動じやしねーよ』

 緊張を(ほぐ)すつもりで冗談交じりにそう言うものの、モーリヒの表情は硬いままで、少し後に漸く口を開いたと思えば、彼は震える声で戒斗へと告げる。

『サリア様は……三日前、突如として行方不明に』

『冗談だろ? ンなことになりゃ、大事になるはずだぜ。それに確か、今日帰国の予定だったはずだ』

 モーリヒの口から飛び出してきたのは概ね戒斗が予想した通りの言葉だったが、しかし解せないことが多すぎた。一国の姫様が行方をくらましたとあれば、下手をすれば国際問題になりかねない。規模が規模だけに、帰国の時に姫様が居ないとなれば、マスコミ連中は何処からか聞きつけて大騒ぎするのは目に見えている。

『今の姫様は影武者です。本物は、三日前から行方知れずで』

『……なるほどね。下手に日本政府やらに騒がれても面倒だから、内々に解決したいと』

『ご理解が早く、助かります』

『だが、東京での話だろ? なんでまた、わざわざ名古屋くんだりまで来て俺なんぞに依頼を』

『既に幾つか手は打ちましたが、結果は……』

 彼の言う”手”。即ち他の傭兵連中への依頼だろう。日本一の大都市・東京ともなれば、腕の立つ傭兵はごまんと居ることだ。

『……だが、断られた』

 戒斗の言葉に、モーリヒは黙って頷く。

 確かにキナ臭い依頼だ。それに、マトモな神経の傭兵ならこんなことに首を突っ込みたがらない。国際問題一歩手前のヤバすぎる事件なんぞお断りだと、きっと東京でモーリヒは何度も門前払いを喰らったことだろう。

 だが、意外にも戒斗は内心で存外乗り気だった。本当にただの勘レベルなのだが、この事件の裏に奴らの影が――”方舟”の影が、どことなく見える気がするのだ。それに、

『囚われの姫を颯爽と救い出すナイトってのも、悪くない』

『……! と、ということはミスター・イクサベ』

 一気に顔色が明るくなったモーリヒに、戒斗は不敵な笑みと共に頷いてやると、

『ああ。受けるぜ、その依頼』

 自身の名刺をテーブルの上に滑らせ、彼の前へと差し出す。

 モーリヒはその名刺を受け取ると、まるで賞状でも受け取ったかのように深々と、何度も頭を下げる。

『ありがとうございます! ありがとうございます!』

『おいおい、そう何度もやめろって、みっともない』

 戒斗に制止され、漸く彼は頭を下げるのを止めた。モーリヒの目尻に少しだけ涙が浮かんでいるように見える。それ程までに尊い存在なのだ。彼らアルスメニアの国民にとって、王家の人間というのは。

『では、改めましてミスター・イクサベ、いえ”黒の執行者”。依頼の説明を』

 頷いてやると、モーリヒは至極真剣な顔で戒斗へと、自身の依頼内容を告げる。

『貴方にはアルスメニア王国第一王女、サリア・ディヴァイン・アルスメニア様の捜索、発見後の護衛、及び万が一の事態の場合には奪還をお願いしたく存じます。如何ですかな?』

 差し出されたモーリヒの手を戒斗は握り返し、

『その依頼、確かにこの俺が請けた。任せておけ。アンタらの大事なお姫様は必ず、ナイトの俺が助け出すさ』

 二つの国家を揺るがす、最高にスリリングな綱渡りのド真ん中へと、彼は自ら踏み込んでいった。

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