ターニング・ポイント
――といった紆余曲折あった末、二日後に戒斗、遥、琴音の三人は遥々アメリカ・ロサンゼルスくんだりからやって来る来客を迎えるべく、彼らに最も近い空港である中部国際空港へと足を運んでいた。
知多半島沿岸の人工島に敷設された、通称セントレアとも呼ばれるこの空港は開港から約十年と、国内でも比較的新しい部類の国際空港であり、それ故か目に映る施設の殆どが真新しく見える。全体的に洗練された造りの空港は交通手段の通行料こそ結構なお値段なものの、確かにそれに見合っただけの気品は兼ね備えていた。
「ねぇ戒斗、まだぁ?」
「そう慌てなさんな、琴音よ。もうすぐ着くはずさ」
そんな空港にあるターミナルの二階、国際線到着ロビーで戒斗、遥、そして琴音のいつもの三人は到着予定時刻を知らせる掲示板を睨みつつ、遠くロサンゼルスからの来客――リサ・フォリア・シャルティラールの乗る機の到着を待っていた。
あっちを発つ前にリサ本人が寄越した電話によれば、彼女が乗り込んでいるのはデトロイト・メトロポリタン・ウェイン・カウンティ空港発のデルタ航空DL-1981便。確かに掲示板にはその表示が出ており、到着予定時刻は……。
「大体、あと十五分から二十分ってとこか」
「中々に……微妙ですね」
傍に立つ遥の言葉にああ、と戒斗は頷き、しかし十五分とそこそこ程度では何処かでゆっくり時間を潰すと言う訳にもいかないことを思うと、ここで突っ立ったまま待つしかないという結論に達する。
「むー、まだなの」
「だから慌てなさんなって」
「でもさぁ」
「慌てなくてもリサのヤローは逃げねえ、それどころか向こうから近づいて来てんだ。琴音よ、お前はどっしり構えてりゃそれで良いんだよ」
「むむむ……」
別に動きもしない発着時刻掲示板を睨みつける琴音は、家を出る前から妙にそわそわした様子だった。どうやら愛しの師匠様に会うのが、そんなに楽しみらしい。まるで父親の帰りを待つ子供のような表情だ。
(父親……か)
そんな琴音の様子がどうにもおかしくって半笑いを浮かべていた戒斗だったが、ふと自らが思い浮かべた例えに引っ掛かり、それ以上の笑いを浮かべることが出来なくなってしまう。
――父親。
大分前に調べた身辺情報によれば、科学者だった琴音の父親は確か、数年前に他界していたはずだ。その時戒斗は既に渡米していた故、当時の琴音のことは知る訳も無いが……それでも、その時の彼女は何となく想像できてしまう。
今でこそこの調子に見えるが……奥底では、多分未だに引きずっているのだろう、と戒斗は思う。
そんな時に現れたのが、きっと狙撃の師であるリサだったのだ。下手な男よりも男前な性格のアイツに、琴音は失った父親の幻影を重ねているのかもしれない。かなり勝手な憶測ではあるが……それでも、戒斗にはこれ以上の言葉を紡ぐことは出来無かった。
「……戒斗」
またも物思いに耽ってしまっていた所で、ちょいちょい、と戒斗の服の裾を引っ張る遥が呼んでいたことに気付いた。
「ん、どうした」
「外の空気でも、吸いに行きましょう」
「あ、ああ。別に構わねえが……何を藪から棒に」
「いいですから、とにかく」
そんなわけで、戒斗が半ば強引に連れて来られた先は、見晴らしの良い屋外の展望デッキだった。
スカイデッキと大層な名前の付けられたこの場所、要はターミナル建屋の屋上であり、それだけあって中々の広さがある。下まで見下ろせる大きな吹き抜けの天窓を中心に板張り床が延々と続くこの場所は、滑走路までの距離が僅か300m。それだけの至近距離なだけあって、マニア達にとっては絶好の撮影スポットでもあった。
今日は特に快晴だからか、、転落防止の鉄条網に張り付くようにして一眼レフカメラを構える飛行機マニア達の姿も多い。大気を切り裂くジェットの轟音を間近で聞き、その雄姿を写真に収めるべく血眼になる彼らの姿を横目に――戒斗と遥もまた、蒼穹の空を眺めつつ、そこに立っていた。
「ここに来るのは初めてじゃないが……いつ見ても、悪くない景色だ」
「……ええ」
「遥、なんでたって俺をここに」
「戒斗の様子……特に琴音と話してる時。ここ最近、どうにもおかしかったから」
「――ッ」
図星だった。思わず目を逸らした先には、少し離れた場所で妙にそわそわしつつも、何かを待ち望むかのように、純粋で真っ直ぐな瞳で景色を眺める琴音の姿が。
「何か、あった?」
「それは……」
目を逸らしたまま言い淀む戒斗であったが、遥は自身の両手で彼の左手を包み込むと、戒斗の横顔を真っ直ぐな瞳で見上げる。
「話したくないのなら、別にそれでも良い――けれど、誰かに話すことで楽になることだって、ある」
その言葉が、どうにも眩しかった。彼女の真っ直ぐ過ぎる瞳に、いつしか憧れていた。
「……すまない」
――だからこそ。そんな彼女だったからこそ、戒斗はその一言以上の言葉を紡ぎ出すことが出来なかった。
「……いえ。無理に話すこともありませんし。余計なことを言ってしまいました」
「余計じゃないさ。寧ろ非があるとしたら、俺の方だ」
「そんなことは」
「――話せる時が来たら、必ず話す」
「ええ。分かっています」
「すまない……苦労を掛けるな、遥」
「戒斗は気にしなくていい。元より分かっていたこと」
今は――今はまだ、胸の奥に収めておこう。これは、俺自身が決着を付けるべき問題だ。
戒斗の心の内で一つの回答が生まれたのと同じくして、人の造りし銀翼を羽ばたかせる一機の旅客機――機体側面に『DELTA』のマーキングが施されたボーイングB-737が滑走路へと降り立つ。
「……来たか」
時間もピッタリ、間違いない。漸く主役のご登場らしい。
「どこ!? どこなの戒斗!?」
「だから慌てなさんな。もうすぐ――ホラ、あそこだ」
そう言って戒斗が指差した先。入国ゲートより次々出てくる乗客の群れ。その中で一際目立つ容姿の、金髪を翻す長身の白人女を、琴音の眼は確かに捉えた。
「あっ、来た来た――おーい、リサさんこっちこっちー!」
大きく手を振る琴音に、同じく手を振り返すその女。今の日本には少々時期外れにも思える、黒いプロテクターが各所にあしらわれた真っ赤な革のライダース・ジャケットを羽織り、背中には大きなナイロン製の長方形型バッグ――恐らくはガンケースであろうモノを背負ったソイツの姿を、戒斗は嫌というほどに見知っている。
彼女の名はリサ・フォリア・シャルティラール。L.A.時代から戒斗と旧知の間柄である、すこぶる腕の良い狙撃手だ。背中に背負うガンケースの中身も大体予想できる。ハンターだった祖父から彼女が受け継いだボルト・アクション式狙撃銃のウィンチェスター・M70/Pre64だろう。十中八九そうに違いない。
『ヘイヘイ、久しぶりじゃねえか琴音ェ!! 元気してたかぁ!?』
早足で駆け寄って来たリサは琴音の姿を見るなり開口一番そう言うが、当の琴音本人は「え? え?」と少々困惑気味。
『オイオイ、いきなり冗談は止してくれよリサ。ここは日本だぜ?』
それもそのはずで、ここが日本だということを未だ自覚していないのか、リサはネイティヴ・スピーカー特有のやたらと流暢な英語で話していたのだ。長らくL.A.で暮らしていた戒斗や、反応を見る限りある程度理解出来ている遥と異なり、琴音は日本の平均学生レベルの英語力しかないのだから、聞き取れなくても無理はないだろう。
そのことを戒斗が英語でリサに指摘してやると、彼女はしまった、といったような表情を浮かべ、
「あー、悪い琴音。長いこと話してないとどうにも、な」
と、漸く日本語にて言葉を発した。
「ははは……別に気にしなくていいですって」
「にしてもお前ら、何ヶ月か見ない間に随分変わったこったなぁ」
「そりゃ生憎。日本にゃ『男子三日会わざれば刮目して見よ』って言葉もあるぐらいさ。特に俺達なら尚更、な」
「ハハッ、言うようになったじゃねえかカイトぉ。私が居ない間にエラい目に逢ったみてぇだなぁ?」
「全くだ――その件は後にするとしようじゃねえの。大体リサ、お前なんでたってデトロイトなんぞから。成田かどっかで乗り換えた方が早いだろうに」
「あっちにちょいと用事があったのさ」
「……ま、深くは訊かねーよ。とりあえずはさっさと行くぞ、リサ」
前に会った時から一切ブレていないリサとそんな感じで適当に言葉を交わしつつ、戒斗達ご一行とリサの四人は空港を去ろうと、足早に歩いていく。
リサと彼女の荷物を新たに積み込んだ車で復路を走ること一時間と少し。少々長めの旅路を終えた四人は漸く、戒斗が自宅と事務所を兼ねているマンションの一室へと戻ってくることが出来た。
「――ってな感じだ」
そして、いつも通りのリビング兼応接間。テーブルを挟んだ対面のソファで長い両脚を組み、インスタントの珈琲を啜るリサへ。彼女が日本を経ってからの大雑把な成り行きを、自宅から帰ってすぐに戒斗が説明し、たった今終えたところだった。
「成程ねぇ……」
手に持っていたコーヒーカップをテーブルへと置き、少し思案するようにリサは黙り込む。ちなみに現在の位置関係としてはリサと琴音が隣同士に、テーブルを挟んだ対面に戒斗と遥がそれぞれソファに腰掛けているといった感じだ。
「カイト、お前よく生きてるな」
「ああ、自分でもよーく思う。痛いほどに」
ちなみに、遥との一件は敢えて話してはいない。まぁどうせ、この女のことだ。大方察しは付いているのだろう。目を見れば分かる。
「冤罪で逃亡劇なんざ、一昔前のアクション・ムービーじゃあるめぇし」
「残念だったなリサ。俺だって考えたかねぇが、そりゃ現実だ」
「それにしても、エミリアの奴が、な……」
戒斗にあらぬ罪を被せた張本人――”方舟”の手の上で踊らされていたロサンゼルス市警の女刑事、エミリア・マクガイヤーについては、同じくL.A.を本拠とするリサも良く知っている。戒斗と共に、彼女とは少なくとも顔見知り以上の仲だった。リサと組んでエミリアの依頼をこなしていたのは、今でも記憶の中に色濃く残っている。
故に、思うところがあったのだろう。リサは続き言葉を紡ぐことなく、複雑な表情で窓の外の空を見上げていた。
「……気にするな、リサ。過去の話だ」
「お前がそう言うんなら、これ以上は言わねえさ。だが……」
「良いさ、終わったことだ」
話を強引に終わらせ、戒斗は思い出したようにある物を上着のポケットから取り出し、テーブルの上を滑らせてリサへと渡す。
「ん、鍵?」
ああ、と頷き、この部屋の合鍵だと戒斗は伝える。以前にここへ彼女が滞在していた時、リサの使っていたモノと全く同様の鍵だ。
「電話でも話したとは思うが……俺だけでこれ以上、琴音をヤツらから護ってやるのは、正直言ってあまりに無理がある」
「だから私を呼び戻した、と。お前にしちゃ合理的な判断じゃないの、カイト」
「そりゃどうも――コイツは俺からお前への正式な依頼だ。この意味、分かるなリサ?」
戒斗が言うと、リサは渡された鍵を受け取りつつ、
「あたりめーよ。弟子を護ってやるのも、師である私の役目さ」
そして時間は流れ、太陽が地平線の向こう側へと没し、漆黒の闇が空を支配した夜。月明かりに照らされたベランダで夜風に吹かれ、深夜の静寂に支配された街を戒斗は独り、眺めていた。
「ふぅ……」
夜風の心地いい冷たさを感じながら、軽く息を吐く。未だ昼間に蓄積された熱気の残滓は感じるものの、それでも数週間前に比べれば大分涼しい。丁度、季節の転換点なのだろう。
「――カイト」
ふと、背中から声が聞こえた。聞き慣れた声で発せられた英語は、振り向かずとも声の主が誰かぐらいは分かる。
「……リサか」
その声の主――つい数時間前に日本に到着したばかりのリサに倣い、戒斗も同じように英語で返してやった。リサはそのままベランダへと出て、戒斗の真横へと歩み寄る。
「髪、伸びたな」
ベランダの縁に両腕を預ける彼女の横顔を眺めつつ、戒斗は言う。前は短かかった彼女の金髪は見ない内にそこそこ伸び、今では頭の後ろで軽く結べる程度にはなっていた。大分短めの、気持ち程度のポニーテール風味な感じに今のリサの髪はなっている。
「イメチェンさ」
リサは冗談交じりにそう答えながら、ジーンズのポケットから紙巻き煙草を取り出す。それを口元に咥えると、反対側のポケットより引っ張り出した、彼女愛用のジッポー・オイルライターで先端に火を灯す。
ジッポーの蓋がカチン、と気味の良い独特な金属音を鳴らし閉じられると共に、彼女の燻らせる煙草の先端からは濃厚な紫煙の香りが漂う。香りを乗せ漂う仄かな白煙は夜空へと拡散し、そして消えていく。
「……お前、変わったな」
左手の指先で時折煙草を摘まんでは、紫煙交じりの息を深々と吐くリサは言う。
「やっぱ、エミリアの件が効いたか」
「そんなんじゃ無ぇさ……ああ、そんなんじゃ無ぇよ」
「お前の嘘は分かりやすいんだよ、カイト」
「だからリサ――」
「いいから、黙って聞け」
半ば強引に言葉を遮られ、戒斗は渋々ながらも口を噤み、彼女の言葉へと耳を傾ける。
「あの件は、不幸な行き違いだった。それだけの話だ。お前が気に病む必要なんて、ねーんだよ」
「……俺がもう少し、もう少し器用だったなら……アイツを、殺さずに済んだ」
「お前が殺したんじゃねえ。殺したのは”方舟”のクソッタレ共だ」
「だが――ッ、結果的に俺が殺したのと同じことだろ」
確かに、あの時俺はエミリアを殺してはいない。だがアイツは何処からかの狙撃――恐らくは、情報漏洩を恐れた”方舟”の手による口封じ――で殺された。
あの時、もう少し別のやり方があったはずだ。例えば、エミリアの弟を連れ出すとか……。
「落ち着けよ、カイト。エミリアの事情がどうあれ、アイツが”方舟”の側に付いた以上、遅かれ早かれこうなってただろうよ」
「……ッ」
「逃亡犯の身の上だったお前にゃ、どのみちアレ以外の手段なんぞ最初から無かっただろうよ。お前はベストな判断をしたんだ、カイト」
短くなった煙草を携帯灰皿に突っ込みながら言うリサの言葉に、戒斗はそれ以上の反論をすることが出来なかった。
冷静な目で見れば、確かにアレが戒斗に出来るベストな選択肢……いや、恐らくは唯一の選択肢だったのだろう。理解出来る。だが、そうではないと理性が否定してしまう。あの時、もう少しやり様があったのではないか、アイツを殺さずに、解決出来る方法が――。
「なぁ、カイト」
ぐるぐると螺旋階段のように底の見えない思考に陥っていると、二本目の煙草を咥えたリサが呟く。
「お前は、やっぱり――いや、なんでもない」
しかし、彼女は紡ぎかけた言葉を止めてしまった。「なんだ」と戒斗が問うてみるが、リサはなんでもないの一点張りで、言う気配が無い。少々気になるところではあったが、仕方なしにそれ以上の追及は止めることとした。
「ところでよ、カイト」
「今度は何だ……」
「あの忍者ちゃん……なんてたっけ、名前」
リサの言う『忍者ちゃん』。十中八九、というか間違いなく遥のことだろう。確信し戒斗は彼女の名をリサに告げてやると、
「あー、そうそう。その遥ちゃんだっけか。なぁカイトよ――――お前、惚れたな?」
なんて、あまりに唐突過ぎる事を彼女は口走った。
「……否定はしねーよ」
「ヘッ、やっぱりな。あの娘見る時だけお前、眼の色が違いすぎるからよ。おっかしーなーとは思ったんだ」
「悪かったな、クソッ」
「にしても意外だったぜ。お前のことだからてっきり、琴音辺りとくっつくんじゃないかと思ってたんだが」
「それこそ悪い冗談だぜ、リサ」
……ああ、本当に、悪い冗談だ。
「ん? 日本では幼馴染ポジションの奴とくっつくのが常識なんじゃねーのか?」
「どこの常識だ、馬鹿野郎」
「違うのか……」
リサよ、何故そこで落胆する。
とまあ冗談は置いておいて、割と真面目にそんな常識は日本には存在しない。
無論、彼女らアメリカ人が思い描くようなジャパニーズ・ニンジャも居な……いや、一応居るか。たった今話題に出た遥こそ、まさしく忍者の末裔だった。
「ま、とにかく良いことだ」
「何がだ」
「お前にゃお似合いさ。いや、勿体なさ過ぎるぐらいか」
「そりゃどうも。で? 何が言いたいんだリサ。いい加減ハッキリしてくれ」
「この戦い……お前ら二人で決着を付ける気だろう」
月明かりで煌めく金色の髪を靡かせ、いつになく真面目な眼差しのリサは告げる。
全くこの女、何処まで……。
「無言は、肯定と受け取らせて貰うぜ」
「――」
「お前の実力で、ましてや忍者ちゃんまで居るような状況で、琴音を護り切れないはずがない……そう、”護る”だけならな」
しかし、奴らと真っ向から殴り合うとしたら、琴音の面倒まで見る余裕は無くなる――その為に、アイツを護らせる為に私を呼び戻した。そうだろうカイト。
リサの奴、何か読心の超能力でも持ってんじゃないかって本気で勘繰るぐらいに、彼女の告げた言葉は戒斗の核心を突いていた。
「……お前にゃいつまで経っても敵わねえよ、リサ」
「ホントのとこ、手掛かりは掴めてんだろ?」
「ああ。確証は無いが……それに、まだ情報が少なすぎる。お前の言う通り、俺達で仕掛けるが、それは今じゃない。今はその機じゃないんだ」
「……ま、一度乗りかかった船だ。最後まで付き合うぜ、相棒」
「本当に、苦労を掛ける……いつもいつも、リサ。お前には」
「気にすんなよカイト。私とお前の付き合いだろ? んなもん百も承知さ」
屈託の無い笑みを浮かべるリサに笑い返し、戒斗は後ろ手に振りながら先にベランダを後にする。
フッと、肩の荷が下りた気分だった。この女は昔からこうだ。ヒトの気を紛らわすのが妙に上手い。だからこそ――この数年間、相棒としてやって来れたのかもな。
部屋の奥へと去っていく戒斗の姿をベランダから見送りつつ、未だ紫煙を燻らせ続けるリサはその背中に聞こえない程度の声で、独り呟く。
「……お前は、やっぱり優しすぎる」
だが――それがお前の弱点であり、同時にお前の強さなのかもな、カイト。
最後の煙草を灰皿へと押し込むと、リサもまた部屋へと戻っていく。後に残ったのは、夜闇の静寂と、天上にて静かに輝く月明かりだけだった。




