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黒の執行者-Black Executer-(旧版)  作者: 黒陽 光
第七章:Princess in the Labyrinth
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I took Big Gun from My Lord.

「……それで、戒斗。折り入った話とは一体」

「そうよ。遥まで呼び出しといて、焦らすってことないじゃないの」

 自身の営む傭兵事務所と自宅を兼ねた、とあるマンションの一室。その応接間兼リビングに据えられたソファには部屋の主たる戒斗と、その隣に遥。そして対面にはもう一人の住人たる琴音の姿があった。

「今後の件だ」

 二人から同時に降って来た問いに戒斗が答えると、遥と琴音の二人は互いに顔を見合わせ、納得したように頷き合う。

「ふーん。ま、分かってたけどね」

「どういう意味だ」

「どうもこうも無いわよ。戒斗がこのメンツ集めるってんだから、大体の察しは付いてた。そうよね遥?」

 うんうんと頷きながら紡がれる琴音の言葉に遥は頷き、

「大方、連中――”方舟”に関すること。そうでしょう、戒斗」

「ああ全くもってその通りだ。察しが良くて助かるぜ、二人共」

「って言っても、今更新情報って訳でもないでしょうよ」

「残念ながら、な。この間の一件以降、奴らの気配はパッタリ途切れた。あの時、あの場所に奴らが居た理由(わけ)も、結局分からず(じま)いさ」

「……それでは、一体何の為に」

 疑問の色が濃い遥の一言に対する回答を兼ね、漸く戒斗は今回彼女らを集めた真意たる本題を切り出した。

「ここいらで、俺達の今後の方針をハッキリさせとこうと思ってな」

 彼の言う、今後の方針――即ち、今後、確実に激しさを増していくであろう”方舟”との戦い。そのことについて、だ。

「方針?」

「ああ。まずはお前だ、琴音。結局のところ、お前が奴らに狙われる理由に心当たりは無いんだな?」

 戒斗の問いに黙って頷き、肯定の意を示す琴音。

 琴音と再会してから、ここ数ヶ月の間で彼女の自衛力が目に見えて向上した故に、どうにも忘れがちであったが……本来、今目の前に座る折鶴 琴音という少女は”方舟”にその身を狙われている立場なのだ。

 今でこそ戒斗――”黒の執行者”の二つ名で恐れられる傭兵の存在が、彼らに対するある程度の抑止力にはなっているが……しかし”方舟”の連中が彼女を諦めた訳では無い。現に少し前、冤罪を被せられた戒斗があちこちを逃げ回っている間にも彼女は”方舟”の尖兵に襲われている。運良く無事だったのは幸いだが……今後同じようなことで、戒斗が彼女の傍を離れざるを得なくなることが無いとは言い切れない。幸運は二度続くとは限らないのだ……。

 それに元を正せば、戒斗自身が”方舟”なる秘密結社じみた組織と関わる羽目になったのも、琴音の護衛を引き受けたが故のことだ。結局、奴らをどうにかしない限り、二人に安息が訪れることは無い。

「あくまで俺の憶測だが……琴音。恐らくお前は、奴らが喉から手が出る程欲しがる何かを握っている」

「はぁ? 何のこっちゃかさっぱりよ」

「憶測だと言ったろう。心当たりが無くても無理はない……だが仮に、これが事実だとしたら、気味が悪い程に辻褄が合うんだ」

 そう、本当に気味が悪いほどに。

 何故彼女がここまで狙われるのか。どうしても気になって以前、琴音の身辺を徹底的に洗ったこともあったが、殆どシロだった。

 琴音の母は極々普通の一般人。父は優秀な科学者であったらしいが、数年前に他界している。他の親戚連中も目立った節は無く、血縁以外の交友関係も極めて普通の人間ばかりで、”方舟”のようなキナ臭い裏世界の組織に狙われるような真似をする要因は、どこにも見当たらない。

 だからこそ、この仮定を当てはめたとすれば、今までの全てに辻褄が合う。あの夜(・・・)に彼女が襲われた理由も、当時は”方舟”に不本意ながらも利用されていた遥や、あの浅倉までもが出張って来てまで琴音を狙った理由が、全て。

 ここまでの脅威に琴音が晒されていた故、戒斗は何の力も持たなかった彼女に銃を与え、自分の身を護る術を身に着けさせた。本当なら銃把を握るような人間じゃなかった彼女に、不可抗力といえ握らせてしまった。結果的にその選択は間違いでは無かったのだが、しかし戒斗は時折、心の何処かで針のようにチクリと痛む、云わば負い目は感じている。

 不幸なことに、琴音には才能があった。普通の人間として平和に暮らしていたのなら、きっと埋もれていた希有な才能――殺しの才能が。とりわけ、一発必中の精密射撃には天賦の才とも言うべき才覚を、彼女は秘めていた。

 戒斗とは旧知の仲でもある名狙撃手、リサ・フォリア・シャルティラールの手によって琴音の才能は開花した。たったこれだけの短期間での成長、リサの指導力だけでは説明出来ない。まさしく彼女には、才覚があったのだ。

 しかし、仮に”方舟”の連中の脅威を退けられたとして。そんな未来でいつか、琴音が己の過去を振り返った時……彼女は本当に、心の底から笑うことが出来るのだろうか。

 琴音は既に、他人へ向けた銃口の引き金(トリガー)を引くことへ、一切の抵抗を感じなくなっている。それは決して悪いことでは無い……己の身を護る上では。

 昔L.A.に居た頃、引き金(トリガー)を引くのを躊躇った挙句に逆に死んでしまった奴を、戒斗はごまんと見てきている。人としての罪悪感から来る下手な躊躇は、かえって自分を殺しかねない。

 だが――それは、人の在り方として、本当に正しいモノなのだろうか?

 自分は今更別に良い。復讐なんてクソみたいな大義名分に駆られて殺しを始めた、愚かな人間だ。自らの意志で、能動的に銃把を握った――しかし、琴音はどうだ?

 彼女に銃を与えたのは、殺しの術を叩き込んだのは、他でもない俺自身ではないのか。引き金(トリガー)を引かせ、人としての彼女を完全に殺させてしまったのは――俺自身なのではないか。

 対面のソファに座る彼女の左脇には今もなお、吊るしたショルダーホルスターに差さる、異様な威圧感を放つ無骨なイタリア製のポリマー・フレーム自動拳銃ベレッタPx4が在る。およそ十代の可憐な少女には似合わない、血生臭い殺しの道具。

 そこには、自分の犯した罪の姿があった。切っ掛けはどうあれ、真っ白で純粋な一人の少女をこちら側(・・・・)の世界へと引き込んでしまった、自分の深い業があった。

「……ッ」

 そんな彼女を見て、思わず戒斗は奥歯を噛み締め視線を逸らす。ただただ辛かった。どうしようもない自分が犯した一つの過ちを、これ以上直視してしまうのが。

「ちょっとちょっと、どうしたのよ戒斗。なんか今日のアンタ、変よ?」

「いや――なんでもない。なんでもないんだ」

 心配そうな面持ちの琴音の言葉に対し、戒斗は苦し紛れに誤魔化す。

 ――確かに、今日の俺は何処か変に見えていたのかもしれない。

 漸く心の余裕らしきモノが生まれたからか、ここ最近は物思いに耽る時間が多くなった気がする。それ故に、こんな感情を抱いたのだろうな……と戒斗は思案する。

 こんなことを考えるようになるなんて、昔の俺が見たら信じられないだろうな――戒斗は軽く頭を振って、今までの思案を思考の外へと追い出す。少なくとも、今の彼女には銃が必要だ。それだけは……それだけは、間違っていないと信じたい。

「兎に角、奴らの狙いが琴音にあることだけは、確たる事実だ」

「……ええ、それは確実かと。私が組織に飼われていた時にも、少しだけそんな話は聞いたことがある」

「本当か?」

 戒斗の言葉に、彼の隣で遥は頷き、言葉を続けていく。

「ええ。事実”龍鳳”での一件以降、私は組織からの命令で、戒斗。隙を見て貴方を始末するようにと――無論、実行に移すつもりはありませんでしたが」

「……ヒューッ、どうやら幸運の女神様とやらは俺を見捨てなかったらしい」

 初めて聞かされた驚愕の事実に、戒斗は思わず冷や汗をかく。

 幾ら遥本人にその気が無かったといえ、奴らに囚われていた彼女の妹――雪山奥深くの研究施設で息絶えた(しずか)を引き合いに出されれば、あの時の遥ならば実行していただろう。

 忍者の本領は諜報と闇討ち。だがもし仮に真っ正面から()り合ったとして、遥に勝利出来る可能性など万に一つも無い。そう戒斗は自覚していた。遥はそうでないと言うかもだが、事実、戒斗自身が彼女と戦って勝った(・・・)ことなど、一度たりとも無いのだ。

 精々”龍鳳”で遥から逃げ延びたぐらいのことだが……アレは偶々、鬱陶しかったサングラスを外して露わになった自分の素顔に動揺した遥の隙を突いたまでだ。左肩に手痛い一発を喰らった上に尻尾を巻いて逃げるなど、あんなもの勝利などと呼べない。単に運が良かっただけだ。

 それらを考えれば、今の状況は本当に幸運に幸運が重なった結果といえる。偶然遥と戦う機会から避けられ、そして”方舟”が彼女を脅してまで戒斗を仕留めようともしなかった。他にも数々の偶然が折り重なった上での、この状況。

「神様ってのがもし居るんなら、今だけは信じてやるぜ」

 考えている内に思わず口元が綻び、戒斗はそんなことを口走る。

「アーメン・ハレルヤ。それとも別の奴か知らんが、今だけはアンタに感謝するぜ」

「……? 何を突然」

「いや、気にするな遥。単なる願掛けさ――それより、話の続きといこう」

「それで、結局のところ戒斗。どうするので」

「ああ。俺にいい考えがある」

「いい、考え?」

「何よそれ、勿体ぶらずに聞かせなさいよね」

 こちらを見上げて疑問符を浮かべる遥と、喰い気味に問いかける琴音を焦らしつつ、戒斗はその提案を口にした。

「俺達だけでは無理がある。だから奴を呼ぶ」

「「奴?」」

「ああ――――リサを、リサ・フォリア・シャルティラール大先生を呼ぶとしよう」

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