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黒の執行者-Black Executer-(旧版)  作者: 黒陽 光
第七章:Princess in the Labyrinth
83/110

移り行く季節、そして変わらぬ日常

 もう九月も半ばぐらいだというのに、外からは灼熱の太陽光が燦々と降り注ぐとある日の放課後。未だ蒸し暑い夏の残滓が残る私立神代(かみしろ)学園の生徒会室にて、戦部いくさべ 戒斗かいとは最早トレードマークと化した四方八方に吹っ飛ぶボサボサの黒髪を少し汗で濡らしながら、積み上げられた書類の事務処理作業に追われていた。

「暑っつ……」

「言ったところでどうしようもないでしょうが……」

「つってもよぉ琴音ぇ、暑いもんは暑いんだよォ……」

 彼の隣で、同じく事務処理に追われているポニーテールの女子生徒こと折鶴おりづる 琴音ことねと無益な問答を交わしつつ、戒斗は漸く半分の書類を処理し終わったところだった。が……、

「――はい、これ追加ね戦部くん」

 長机越しに戒斗の目の前へと歩いてきた、朱色の長いロングヘアの髪を靡かせる、どこか西洋の血が混ざったような端正な容姿の彼女――三年生にして生徒会長である真田さなだ 亜里沙ありさはそんな風に言いながら、笑顔で新たな書類を山の上に重ねた。

「冗談よしてくれよ、亜里沙……」

 心底疲れ切ったように戒斗は大きく溜息をきながら、無慈悲にも仕事を更に追加せしめた亜里沙の顔を恨めしそうに見上げながら呟く。

「次に名前で呼んだら倍ね」

「すんませんした」

「よろしい」

 そう言って亜里沙は一席のみ独立した会長席に戻り、自身もまた課せられた事務書類の処理へと再び取り掛かり始めた。

「そういえば戦部よ。例の件はどうなった」

 漸く追加の書類に取り掛かろうとしたところで戒斗に話しかけてきたのは、同じ二年生にして副会長の桐谷きりや 一成いっせい。指先でクールに眼鏡をクイッと上げる仕草の彼の口調は、その容姿に相応しく冷静そのものであった。

「例のって、文化祭の奴か?」

「肯定である。人員配置と警備計画についての件だ」

「ほいよ。一応俺の方である程度纏めておいた。不備があれば言ってくれ」

 戒斗は自身のスクールバッグに収められていた資料の束を取り出し、折り曲げ防止のクリアファイルごと一成に手渡す。

「うむ。感謝する戦部。確かに受け取った」

 彼ら生徒会役員一同がこうもせわしなく動く理由は唯一つ。直近に迫った文化祭の為であった。戒斗が渡した資料もその内の一つ。文化祭当日の生徒会役員の人員配置、及び校内警備の計画表である。

 ここ、私立神代(かみしろ)学園の文化祭は一般開放し、外部の客を多く招き入れることが伝統らしい。外部の人間を招き入れるということは地域活性化や学園人気の向上など計り知れないメリットはあるものの、それ相応のデメリットはある。一口に言ってしまえば、不審者と呼ばれる招かれざる客の存在だ。毎年多かれ少なかれ、こういった連中がやって来ることは珍しくないのだ。

 今年の文化祭でも、例年通り学園側の経費で民間の警備会社を雇い入れる予定なのには変わりない。しかし今年度は、学園にとっても嬉しい誤算たるイレギュラーの存在――”黒の執行者”の二つ名を持つ傭兵。即ち戒斗の存在があった。

 幾らこの歳といえ、戒斗はプロの傭兵である。過去にVIPから護衛依頼を数度受けたという経験もあり、その上生徒会に(半ば強制的なものの)所属していることもあって、校内の警備計画の策定に際し、彼に白羽の矢が立った。無論、そんな厄介事を最初に言い出したのは父・鉄雄てつおの旧友にして学園長である有村ありむら 早苗さなえなのは最早言うまでもない。

「ふむ……」

 顎に手を当てながら、何処か思案するように戒斗から受け取った資料を眺め、時折ぺらぺらとページを繰る一成。「どうだ? 割と真面目に考えてみたつもりだが」と戒斗。

「少なくとも、俺の目から見れば問題は見当たらん。後は会長を経て教務課の承認を経た後、警備会社に提出といった形になるだろう」

「そうかい。また何か問題があれば遠慮なしにその都度頼む」

「ああ。それにしても戦部……なんというか、入場ゲートで金属探知機は些かやりすぎとも思えるが」

 若干引き気味の、しかし冷静な顔つきは崩さない一成が言う。それに対し戒斗は、

「簡易探知機でチェックするだけでも脅威度数はかなり下がる。俺達の商売道具は百発百中で弾けるからな」

「だが、もし仮にセラミック・ナイフでも持ち込まれたらどうする気だ?」

「それはそれで別個に対処が可能だ。飛び道具が無いだけでも対応難易度は随分下がる。それに――」

「それに?」

 頭の上に疑問符を浮かべる一成に、戒斗は少し間を置いて回答を提示した。

「――最悪、俺がドタマブチ抜きゃ良い話だ」

「……笑えない冗談だ、戦部」

「実際そうなっちまったら、そうするしかねーだろうが」

「学園内で流血沙汰は洒落になってないぞ」

 冗談のようで冗談に聞こえない、苦笑い交じりの会話を一成と交わしつつ、戒斗は立ち上がると今しがた終わらせたばかりの書類束を会長席の机へと若干乱雑気味に置く。

「と、いうわけで本日の俺の業務はこれにて終了だ。さっさと帰るとしようぜ、遥」

「……ん、わかった」

 戒斗の言葉に呼応し、短く切り揃えられた白銀の髪を翻しパイプ椅子から立ち上がったのは神代(かみしろ)学園の女子夏制服を身に纏った、150cm前後と小柄で、そして可憐な顔立ちの少女――長月ながつき はるか。彼女は手早く自身のスクールバッグを肩に掛け、そして戒斗の物も持つと彼へ手渡す。「ん、助かる」と戒斗。

「ちょ、ちょっと戒斗ぉ! 私を忘れないでよぉ!」

 唐突過ぎる戒斗の帰宅宣言に狼狽えるのは、意外にも琴音だった。

「つっても琴音、お前終わってないだろまだ」

 ちゅーわけで、お先に失礼っ。

 ひらひらと後ろ手に振って戒斗は申し訳程度の挨拶を告げると、生徒会室のドアを気怠げに開け、遥を伴い退出していってしまう。

「ああもう……! 今終わりまし……た、よっ、と! ちょっと戒斗ぉ! 待ちなさいってば! 置いてかないでぇ!」

 立ち上がり、会長席へと叩き付けるように処理済みの書類を提出した琴音は急ぎ自身のスクールバッグを手に取ると、閉じられかけたドアを強引に開き、戒斗の後を追って駆け出して行った。

「……相変わらず、戦部とその他はやかましい連中だ」

「全力で同意させて貰うわ、一成」

 何処か呆れたように呟く一成の言葉に、亜里沙は頷きながら同意しつつ、思わず溜息すら漏れてしまう。

「ま、アイツらが入ってから賑やかになったのは確かだけどね」

「悪いことでもなかろう――それにしても、会長がそのようなコトを言うとは珍しい」

「事実でしょ。アレぐらいアクの強い人間が居てくれた方が、何かと楽しいじゃないの」

 亜里沙の発したそんな一言を最後に、生徒会室で言葉が交わされることは無く。ただ黙々と、秒針の進む音と共に事務処理が続いていった。

第六章『Princess in the Labyrinth』始動。


お知らせ。本日めでたく『黒の執行者』連載一周年を迎えました。当方がここまでやって来られたのも、読者の方々あってこそ。今後も精進していきます。


お知らせその二。一周年に際してタイトルをこれまでの『黒の執行者~A black executer~』から少し変更。今更文法ミスに気付いただけなんだけども。


お知らせその三。以前に告知した通り、旗戦士様の『なんでも屋アールグレイ』とのコラボ第二弾『The Second Raid of EarlGrey Hound-”黒の執行者”特別篇-』を連載中でございます。いつも通りシリーズ一覧から飛べるかと思いますので、よろしければご一読ください。



改めて、めでたく一周年を迎えられたことを感謝すると共に、読者の皆様への感謝を。戒斗の物語は漸く道半ばといったところですが、まだまだ終わる様子は無し。生暖かい目で見守って頂ければ幸いです。

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