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黒の執行者-Black Executer-(旧版)  作者: 黒陽 光
第六章:Gunmetal Color's Fate
81/110

Two men, Three guns.

「さぁ、舞踏会の幕開けだ!!」

「地獄行きの片道チケットだ、今度こそ迷うんじゃねえぞクソッタレ!!!」

 遠く鳴り響いた汽笛を合図に、決闘の火蓋は切って落とされた。

 その合図に呼応するかのように戒斗は右手の、谷岡は両手の自動拳銃を構え、それぞれ横方向へと走り出しながら同時に引き金(トリガー)を絞る。

 両者、計三挺の自動拳銃に備えられた撃鉄ハンマーは既に起きている。引き金(トリガー)を引いた速度に違いは殆ど無い。違いといえば、放つ弾が一発か、それとも二発か。たったそれだけの、簡単な話。

 案の定、と言うべきか。この百戦錬磨の二人が、たかだか一発如きで終わる筈も無く。戒斗の放った9mmと、谷岡の放った二発の.45ACP。互いの撃ち出したフルメタル・ジャケット弾は互いのすぐ傍を掠めるのみで、当たりはしない。

「ホラホラホラ、どうしたどうしたァ!!」

 羽織るロングコートを翻し走りながら、谷岡は次々と両手の中にある、いぶし銀に煌めくM1911クローンの.45口径自動拳銃、AMT・ハードボーラーを連射。

「ヘッ、老いぼれのしなびたタマなんぞ当たりゃしねえさ!!」

 戒斗も戒斗で、走りながら左手に持ち替えたミネベア・シグを連射。次々とコルダイト火薬が撃発し、反動と共にスライドが前後する度、エキストラクターに弾かれた真鍮の空薬莢が排莢口エジェクション・ポートから吐き出されていく。

 いつしか二人は開けた場所から、コンテナが高く、そして数多く積み上げられた荷卸し場へと戦場バトルフィールドを移す。そのタイミングは丁度、両者の握る拳銃のスライドが下がったままホールドオープンし、弾切れを知らせた頃合いだった。

「チッ……面倒なヤローだ」

 適当なコンテナに背中合わせになりつつ、戒斗は再び右手に持ち替えたミネベア・シグのグリップ底部。弾倉を支えている古式めいたコンチネンタル・マガジンキャッチを解除し、空弾倉を引きずり出す。

「奴のハードボーラーは.45口径(ドングリ)を七発。それが二挺ってこたぁ、単純計算で十四発」

 後ろ腰の弾倉ポーチから新たな弾倉を左手で引っ張り出し、グリップへと叩き込む。

「対してこっちときたら一挺。9mmがたかが八発と来た」

 親指でスライドストップを解除し、下がり切ったままだったスライドを解放。重苦しい動作音を響かせると共に、新たな弾倉から薬室チャンバーへと一発送り込み、初弾装填完了。

「せめてコイツがダブルカ―ラム、P226辺りならまだクソ野郎とのハンディキャップは少なかったんだがね……しっかし現実はシングルカーラムときたもんだ、畜生。幾らなんでもハンデがデカすぎるぜ」

 そんなことを戒斗がぶつくさと呟いている間、ほぼ対面の位置で同じようにコンテナに背中合わせになっていた谷岡もまた、焦りと共に高揚感を感じていた。

「へへへへ……つくづく面白れェ奴だこと」

 スライドがホールドオープンしたハードボーラーを握る左手で右肩を抑え見やる。そこ、つまり彼の羽織る黒いロングコートの肩口が、浅くのこぎりか何かで切り裂いたようになっていた。

「結構お気に入りのコートだったのによ」

 尚も嗤いながら、谷岡はハードボーラーのマガジンキャッチを左右同時に押し込み、コンクリートの地面へと二個の空弾倉を落とし捨てる。

「ダメにしやがって、あの坊主」

 スーツズボンのベルトループに通された革のベルトとの間に、入るだけ無理矢理ねじ込んだかのように幾つも挟まった予備弾倉を、両手でそれぞれの腰から一個ずつ掴み取る。

「この代償はキッチリ請求させて貰うぜェ」

 それぞれの予備弾倉を、持った手とは反対側のハードボーラーへと、腕を交差させるようにして装填した谷岡はそのままスライドストップを解除し、ロングスライドモデル故に通常よりも長大だったスライドを解放状態から戻す

「テメェの(タマ)でよォ」

 ドングリのような大きさの.45口径弾の初弾が薬室(チャンバー)へと装填されると、谷岡は再び走り出す。

「早速舞踏会のお誘いかッ」

 彼の革靴の立てる大きな足音を聞き取った戒斗もまた、コンテナから背中を放し駆け出した。

 コンバット・ブーツと革靴が駆ける二つの足音が一歩分近づく度に無煙火薬の撃発音が響き、1m遠ざかる度に暗い埠頭に発砲炎マズル・フラッシュが瞬く。

「ヘイ、二挺拳銃(デュアル・ハンド)!!」

 横っ飛びに飛びながらミネベア・シグを撃ちつつ、戒斗は叫ぶ。

「どうしたァ”黒の執行者”!! ケツの穴増やす覚悟でも出来たってかァ!?」

 それを躱しつつ、右手のハードボーラーを二連射しながら、距離を詰めんと前に向け方向転換した谷岡が言う。

「それはこっちの台詞だ! テメェ程のヤローが人身売買なんてみみっちいシノギに手出すってのが、あんまりにも意外でよォ!!」

「答えは唯一つ! 金だ金ェ!! チンピラ一匹殺すにも、ブリット撃つにも、寝床にさえ金が掛かるのがこの糞溜めみてぇな世の中、それだけが全て、唯一にして絶対的に頼れるモノだァ!!」

「それだけかッ!」

「ああ、それだけの単純な話さ!!」

「本当に!?」

「本当に!!」

 やがて両者の距離は狭まり、遂には間合いが2mを切る。尚も迫り来る谷岡の持つハードボーラー、左手のモノは既に弾切れでホールドオープンしていた。

 千載一遇の好機――!!

「ドレスコードぐらい弁えろ、クソ坊主!!」

「Kiss my ass,Baby!!」

 二人が叫び、そして放ったフルメタル・ジャケット弾はそれぞれの頬を浅く削る。互いに向けあった銃口からは白煙が上り、それを包み込んでいたスライドは、両者共に後退しきったまま。つまりは完全な弾切れだった。しかし、

「まだだぜ、二挺拳銃(デュアル・ハンド)ッ!!」

 闘いはまだこれからと言わんばかりに口角を吊り上げ、袖をロールアップした上着の裾を強く靡かせ回し蹴りを放つ戒斗。

「格闘戦か――悪くねぇ、悪くねぇぜ”黒の執行者”!!」

 谷岡は顔面に向かって振るわれる戒斗のコンバット・ブーツの爪先を、腰を反らせることで躱し、姿勢を低く落として懐に飛び込まんと試みるが、

「――ッ!?」

 自らに向かい来るソレを、咄嗟に顔の前でクロスさせた二挺のハードボーラーで受け止め、はさみの要領で防ぐ。

 彼が受け止めたモノは、エポキシパウダー・コーティングが施され光を反射しない、背に鋸刃の走った黒い440A鋼の無骨なブレード。その刃を振るった主は勿論、戒斗であった。

「へへへ……卑怯だとか言うんじゃねえぞ」

「まさか。丁度いいハンデさ、坊主」

「ハンデをくれてやってんなぁ俺の方さ、二挺拳銃(デュアル・ハンド)

 戒斗は左手で順手に保持している、たった今振り下ろし、そして受け止められたファイティング・ナイフ、オンタリオ・Mk3NAVYを引き戻すと共に一歩後ろに飛び退き間合いを取り、同時に手の中で回転させMk3を逆手に持ち替える。

「坊主みてぇな腕のいいガンマンとり合えるんだ。気が乗らねぇシノギだったが、やってて正解だったと今にして思うね」

「俺としちゃあ金輪際、テメェみてえな頭のイカれたカウボーイ野郎とファックするなんざ御免だ」

「一度は身を引いたが……やはり鉄火場の空気は最高だ。これが終わったらもう一度L.A.に戻るのも良いかもしれん」

「ソイツぁ叶わぬ夢物語って奴さ、二挺拳銃(デュアル・ハンド)。さっさとテメェを片付け可愛い姉ちゃん達を救い出し、俺は白馬の王子様で凱旋さ。そんでもって、たんまり報酬せしめて終わり。テメーはブタ箱に突っ込まれ、運が悪けりゃ即死か一生牢の中。それで全てがジ・エンド。神は天にいまし、全て世は事もなし、だ」

「悪いな”黒の執行者”。俺にゃ信じる神は不在だ」

「ああ、俺もさ」

 二人のグリップ底から落ちた空弾倉、計三つがコンクリートの地面へと落ちる。二挺のハードボーラーと一挺のミネベア・シグ、計三挺には既に新たな弾倉が叩きこまれており、初弾も既に薬室(チャンバー)へと装填されている。

 戒斗の手にはミネベア・シグとオンタリオ・Mk3NAVYファイティング・ナイフ。谷岡の両手には変わらず.45口径自動拳銃のAMT・ハードボーラー。決闘第二ラウンドの幕開けを知らせるゴングが鳴り響くときは、すぐ傍まで迫っていた。





 一方、唖然とした表情で決闘に赴く自社の社長とその敵を見送った、新進気鋭のIT系ベンチャー企業『株式会社エクシード』の専務二人は、遠くで瞬く発砲炎(マズル・フラッシュ)の閃光と、埠頭中に響き渡るコルダイト火薬の弾けた撃発音に困り果て、互いの顔を見合わせていた。

「……どうするべきなんですかね、我々は」

「どうするもこうするも、ねぇ……」

 二人は、それぞれの手に握った、持ち慣れない鋼鉄の塊を見やる。それは古びた自動拳銃。旧ソ連で設計されたトカレフTT-33の中国製コピー品、54式拳銃だった。

 あちこちが擦れて金属の地肌が露出しており、更に幾つもの箇所に錆の走った54式を見る者が見れば、一発で劣悪な密輸品と分かる。素人の専務達の目から見ても大したことのない安物と分かるぐらいには、酷い状態の拳銃を持たされているのだ。

「こんなモノ、我々が持っててもねぇ」

「そうですね……使い方も大して分からないし、私達は社長と違って経験が、ね」

 彼らが自ら口にした通り、二人は実戦経験どころか、マトモに銃を握った経験すら無い。それ故、このような粗悪品でも構わないと社長である谷岡は考え、彼らに54式を渡したのであろうが……。

「とりあえず、待つしかなさそうですね」

「ええ」

 保留で現状待機と、二人の間で結論が出た、その時だった。

「――――!!」

 背中に固い何かを押し当てられる感触に、専務二人は押し黙り、そして額から冷や汗をダラダラと垂らしながら見合わせようとした。が、

「――――動けば、命は無い」

 静かな殺気の籠る一言に、それ以上二人は首を動かせなかった。

 自分らの生命(いのち)の灯火。風前の前に立たされた二つの灯火を三途の川岸に立たせている、音もなく忍び寄った背後の死角の声は、意外にも少女の声だった。それも、何所か幼さの残る、十代の少女の声。

「……君は、一体」

「それ以上無駄口を叩くのは、賢い選択と言えない」

 やっと口に出すことの出来た言葉も半ばで、背後の少女はそれを一方的に制す。背中に押し当てられている、硬く冷たい物体の感触が更に強くなる。

 幾ら素人といえ、押し当てられた物体の正体は流石に察することが出来る。これは――銃口。紛うことなき、自分らの生命(いのち)を刈り取る、死神の大鎌。

「目的は、何だ」

「喋るなと言っている。私の言うことにだけ、黙って従えばいい――まずは、手に持った黒星を捨てて」

 無論、選択肢なぞ存在しない。二人は手に持った慣れない拳銃、54式――『黒星』と仇名されるソレから、言われるがままに手を放した。滑り落ちる54式は激しい音を立ててコンクリートの地面に熱烈なキスをかますが、ハーフコック状態だったが故に暴発は無かった。

「……す、捨てたぞ」

「良い判断。では――少し、眠っていなさい」

 背後の彼女がそう呟いた瞬間、彼ら二人は強い衝撃と鈍い痛みを感じると共に、その意識を闇の中へと堕とした。

「ふぅ。これでまずはひと段落ですか」

 力なく倒れ伏した専務二人を眺めながら、その少女――遥はひとりごちる。

 彼女の右手には愛銃たるスプリングフィールド社製の.40口径自動拳銃、XDM-40。背中には適当に拝借した半自動狙撃銃セミオート・スナイパーライフルドラグノフSVD-Sが、負い紐(スリング)で斜めの袈裟掛けに。そして左手には、行きがけの駄賃に拾ったイスラエル製の自動拳銃、ジェリコ941が握られていた。

「これはもう、必要なさそう」

 遥は左手のジェリコ941を投げ捨てると同時に、右手のXDM-40を腰に着けたカーボン樹脂のシェルパ・ホルスターへと収める。

 そして事前に倉庫内から調達しておいた適当な縄を取り出すと、冷たいコンクリートの上に転がった専務二人を後ろ手に縛り拘束。余った縄で足首も絞め、逃走される可能性を潰した。

「これでよし、と」

 二人を縛った状態のまま放置しておき、次に向かう先は停車した黒塗りの高級車、トヨタ・センチュリー。

 車の右側に回り込み、運転席のドアを開ける。すると、見るからに高級そうなシートには、ステアリングの前でうずくまるようにして頭を抱える、白髪の目立つ頭の初老の運転手の姿があった。先程――丁度、遥が専務二人の背後へ忍び寄ろうと試みた時からこの調子だ。慣れない鉄火場の空気に、完全に怯えきっている。

「……ひとつ、聞かせて」

 一応用心し、遥は再度抜き放ったXDM-40の銃口を運転手のこめかみに軽く当てつつ、問う。

 ひぃぃ!! と運転手は全力で怯えているものの、もう一度遥が同じことを繰り返すと、ゆっくりと首をこちらに傾け、血色の薄く、そして小刻みに震える唇を動かし、「……な、な、なんでしょう……」と、やっとのことで言葉を紡ぎ出した。

「貴方は、この連中と無関係?」

「え、ええ、ええはい。勿論ですとも。というのもわたくし、元はしがないタクシードライバーでして……先月頃に谷岡様にご用命頂き、こうして専属の運転手として派遣されている次第でございます、はい」

「では、その社長達が夜な夜なこんな辺鄙へんぴな場所にやってきて、何をしているかは知らないと」

「勿論ですとも。私共運転手は、お客様の事情などは深く詮索しないのが基本にして絶対の原則でして……。ま、まあ、気にならなかったと言えば、嘘になってしまいますが」

「では、知っていると」

 更に強くこめかみに銃口を押し付けて強い口調で言うと、運転手は「と、とんでもございません!」と若干口ごもりながらも否定し、続ける。

わたくしの仕事はあくまでも、谷岡様をお望みの目的地までお送りすることにございます。それ以上の詮索致しませんし、わたくしめのモットーでもございます」

「……成程。大体の事情は察しました」

 それだけ言って、遥は銃口を降ろし、XDM-40をホルスターに納めた。

 えっ……? と言いたげな困惑の表情を浮かべて顔を見上げ視線を送る運転手に、遥はきびすを返し背を向けると少しだけ振り向き、そして告げる。

「……貴方は無関係の人間と判断した。既にここには警察が向かっている。貴方のことについては、ある程度の口添えをしておきましょう――尤も、多少の事情聴取は覚悟して頂かざるを得ないですが」

 それと、万が一もあるので一応キーは貰い受けます。

 告げられた運転手は、今このタイミングにて初めて、センチュリーのイグニッション、そしてエンジン始動に必要不可欠なキーが車内から失われていることに気付く。それは、今は遥の手の中に。

「あ、ああ。分かった……」

 自分に背を向け立ち去っていく、和服然とした見た目の一風変わった装束を纏う少女の姿を眺める彼は、その後暫く、マトモな思考を取り戻せなかった。彼が正気に戻るのは、運転席から警官に引っ張り出された後になるが、それはまた別の話。





≪――そういうことで、他の重役二人は既に押えました。後は社長の谷岡だけ≫

「流石に手際が良いな――ッ!!」

 耳に突っ込んだインカムから聞こえる遥の報告に、戒斗は弾除けの遮蔽物としている放置されていたフォークリフトに隠れ、そこから右腕だけを出しミネベア・シグを当てずっぽうに牽制射撃しつつ応える。

≪もう少し持ちこたえて。支援に向かうから≫

 既に駆け出したのであろう、少し雑音の混じった遥の声に、戒斗はいや、と否定する。

「コイツは」

 左手で取り出した新たな弾倉の角でグリップ底、コンチネンタル・マガジンキャッチを弾いて空弾倉を少し押し出すと、戒斗はそれのバンパー部を左手の弾倉で引っ掛け下方へと弾き飛ばす。すぐに持ち替え叩き込み、スライドストップを解除。9mmルガー弾の初弾を薬室チャンバーへと送り込む。彼自身が愛銃との長い付き合いの中で見出した、我流のクイック・リロードであった。

「とんだ酔狂野郎の二挺拳銃(デュアル・ハンド)・プレジデントは、俺が仕留める」

 インカムのマイク部に向かってそう呟いた戒斗は、自身が無意識の内に笑みを零していたことに気付く。

 正真正銘、間違いなく自分は、この一騎打ちの決闘を愉しんでいる。心の底から。

 戦闘時の高揚で脳内物質が過剰分泌された状態――所謂コンバット・ハイに陥っていた戒斗は、熱く燃え滾るような興奮の中、それとは完全に遊離している、完全に冷え切った冷静極まりない思考の中で、そう感じていた。

 これ以上の戦いを望まない自分とは別に、硝煙と死体の臭いが充満する鉄火場をこの上なく愛し、鉛弾(ブリット)同士で殴り合う命のやり取りを至上の喜びとしている自分も、確かに彼の中に生まれていた――いや、元々存在していたのだろうと、戒斗は冷え切った思考の中でふと、思う。

 そして同時に、彼は理解していた。闘争を拒むが故に、漂う血の臭いに酔う自分を。殺戮という、人類史上最も非・効率的なコミュニケーション手段を嫌悪すると共に、それしか方法を知らず、それが大体の事例において最も単純明快で簡潔極まりない解決策という結論に至っている、自分を。

 そんな二律背反を抱えた、どうしようも無く単純にして面倒な人間が、自分という男。それを戒斗は、偶然に等しい確率で再び対峙した二挺拳銃(デュアル・ハンド)との戦いの中で気付かされてしまったようだ。

≪しかし、戒斗≫

「問題ねえ。それよりも他の無粋なヤローに邪魔をさせないでくれ」

≪……御意。でも、戒斗。気を付けて≫

 最早有無を言わさずといったような戒斗の言葉に少しの間の逡巡を見せつつも、遥は彼の言葉を承知した。

「すまねぇな。早速苦労をかけちまって」

≪いえ。もとより全て、承知の上ですから≫

「大丈夫さ。あんなこと言っちまった手前、俺も死なねえ程度には自重するさ」

≪……ええ。無理は、しないで≫

「分かってらぁ。心配無用、ってな――っと」

 通信機越しに遥と会話を交わしていると、彼の隠れたフォークリフトの側面ボディが激しい衝突音と共に次々と弾痕を刻んでいく。鋼鉄の薄板に.45口径の弾痕を穿つ人間は勿論、

「お祈りの時間は終わりだぜ、”黒の執行者”!!」

 いぶし銀に煌めく一対のロングスライド仕様の自動拳銃、AMT・ハードボーラーを両の手の中に収めた二挺拳銃(デュアル・ハンド)スタイルの男、今回の標的たる『株式会社エクシード』の社長である谷岡 誠二であった。

「っと、すまねぇ遥。ここいらでタイム・リミットのようだ――ハッ、馬鹿かテメーは。俺もお前も、信じるような神は生憎不在さ。そうだろ!」

 一言告げてから遥との交信を切ると、戒斗はフォークリフトの陰より横っ飛びに飛び出しながら、軽口交じりの言葉を放つ。同時に右手の中にあるミネベア・シグの引き金(トリガー)を軽快に三度引き、発砲。

 それに対し谷岡は言葉で応えることは無く。連射による.45ACP弾の洗礼によって返答を告げた。

「っと!!」

 戒斗は肩から背中で転がるように着地し、その勢いのまま立ち上がり更に発砲。谷岡は谷岡で距離を詰めつつも、戒斗の進む横針路とは逆の方向へと走りながら、彼もまた尚も連射。しかし、両者の放つフルメタル・ジャケット弾はどちらに当たることも無く、空を切る。

「ッチ」

 軽い舌打ちをし谷岡が両手のハードボーラーから二つの空弾倉を落とすのとタイミングをほぼ同じくして、戒斗も最後の弾倉を左手で引っ掴み、先程と同じようにクイック・リロード。

「――よォ、坊主!」

 谷岡は突如として立ち止まると、叫ぶ。好機と見て戒斗は照準を合わせ引き金(トリガー)を絞りかけるが、谷岡に何の意図があるか測りかねた故、その動作を思い留まる。

「おうおうどうしたァ。流れ弾でタマでももげたか」

「残念ながら今突っ込んだので最後のマグさ。今日のところはお開きにするか」

「遂にラリったか、二挺拳銃(デュアル・ハンド)。生憎今は優雅な仮面舞踏会じゃねェ。こちとらテメー目当てでこんな真夜中に出張ってんだ。お開きだァ? 寝言は寝てからほざけ、馬鹿が」

「お前さんならそう言ってくれると思ったぜ、”黒の執行者”。コイツがマジに乗ってくるような玉無し野郎なら、迷わずドタマブチ抜いてあの世送りにするとこだったぜ」

「……何が言いたい」

 戒斗は油断なくミネベア・シグを構えたまま、不敵に笑う男の双眸を見据えつつ問う。

 すぐ目の前に立つ、この谷岡という男の思考が読めなかった。今時アクション・ムービーでも流行らないような二挺拳銃(デュアル・ハンド)なんて決め込んでしまう、相当に酔狂な人間ということは分かっている――尤も、そんな酔狂にも関わらず、そこそこ腕も立つものだから厄介なのだが。

「何、簡単な話さ、”黒の執行者”。お前さんもソイツでラストだろ?」

 事実を見透かしたような一言に、戒斗は肯定も否定もせず黙ったまま、黙秘で応じる。

 すると谷岡は沈黙を肯定と受け取ったのか、再び口角を吊り上げ嗤うと、胸ポケットから指でつまんで取り出した煙草を咥えた後、信じられないような一言を放った。

「――決闘だ」

「……どうやらその随分とイカれた頭、フルメタル・ジャケットじゃなきゃ治らんらしい」

 呆れたように言いながら、戒斗はこの谷岡と言う男の頭を心底疑った。

 決闘というのは恐らく、あの『決闘』だろう。西部劇なんかでよくある、背中を合わせて歩き、スリー・カウントで振り向き早撃ちの、アレだ。

「遂に時間感覚まで吹っ飛ばしたか。今は西部開拓時代じゃねぇ。無限のフロンティアに心躍らせる開拓者達の時代じゃねーんだよ」

「まあまあ。そう焦りなさんな。お互い楽に殺しちゃつまらん、そうだろ?」

「俺としちゃ、今ここでブチ殺しても構わんのだがね」

 そう言うと、戒斗は片手に構えていたミネベア・シグを構え直す。谷岡はハァ、と溜息と共に肩を竦めると、三歩ほど後ろへと後ずさった。

「あーそうかいそうかい。分かった分かった。そいじゃあこうしよう。お互いこのまま、獲物をホルスターに収めた状態でスリー・カウント。折衷案だ。別に背中合わせの振り向き撃ちでもねぇ。別に構わねえだろ?」

「随分と気の狂った提案ではあるが――」

 戒斗はニヤリ、と口角を吊り上げると、愛銃をレッグ・ホルスターに収めることによって回答を示した。

「背中から不意打ち喰らう訳でもあるめーしな――――面白え。乗った」

 その言葉を聞いた谷岡は、今までで最上級の笑みを零すと、自身も二挺のハードボーラーをショルダーホルスターへと収めた。

「まるであの時の再現だな、”黒の執行者”よ」

「ハッ、言われてみればその通りか。L.A.でテメーをブチのめした時も、そういえば同じシチュエーションだったな」

 ニヤニヤと笑いあう二人の間に再び流れる、一時の静寂。

「……スリー・カウントだ」

「オーライ。タイミングは任せるぜ」

 二人が再び黙りこくり、聞こえるのは、打ち付ける大海の波音のみ。



「……スリー」



 谷岡がカウントを開始する。



「ツー」



 戒斗も倣い、二カウント目を呟く。



「ワン」



 再び谷岡が、最後の一カウントを呟いた。











「「――ゼロ」」」




 瞬間、弾けるように二人は動き出した。

 戒斗は右手を右太腿のBLACKHAWK社のカーボン製シェルパ・ホルスターを取り付けたレッグ・プラットフォームへ。谷岡は両脇に吊るしたショルダーホルスターへと両の手を伸ばす。

 素早く抜き放つ二人。戒斗は親指で撃鉄ハンマーを起こし、谷岡はサム・セイフティを解除する。撃鉄ハンマーの起きた状態で携行可能な『コック・アンド・ロック』機構を搭載した後者のハードボーラーの方が、撃鉄ハンマーを起こす手間のかかる前者より、コンマ数秒ではあるが早かった。

 響く二つの銃声と、一瞬遅れる一つの銃声。

「チッ――!!」

「ぐっ……!?」

 谷岡の放った二発の.45口径弾は戒斗の左太腿を浅く掠め、もう一発は左肩の肩口を軽く掠める。一方戒斗の放った9mmルガー弾は、偶然にも谷岡が左手に持っていたハードボーラーのスライド側面へと着弾。無理矢理に吹っ飛ばされたハードボーラーは彼の手から滑り落ちる。

「やるじゃねえか!!」

「ソイツはどうも……ッ!!」

 戒斗は横っ飛びに飛び谷岡の弾を回避。そして前転をするようにして着地し膝立ちになると、空いた左手で転がりながらコンバット・ブーツのポケットから抜き放った投擲用のスローイング・ダガーを横手に投げる。

「ッチ……!」

 それは回転を交え、切っ先が谷岡の左肩口へと鋭く喰い込んだ。コートからスーツジャケット、そしてワイシャツを突き破り肉を切り裂いた傷口からは、黒く濁った血がポトポトと滴り落ちる。

「反則じみてるぜ」

「殺し合いに反則なんて無ぇさ。もう一発オマケだッ」

 そのままの姿勢で戒斗はもう一本、右足のコンバット・ブーツからダガーを抜き放ち投擲。同時に谷岡も引き金(トリガー)を引き絞った。

 戒斗の投げたスローイング・ダガーは空を切り、コンテナに衝突。一方向かい来る.45口径フルメタル・ジャケット弾は戒斗の左肩――いや、厳密には左の二の腕、骨を中心に見て、外側へと喰らい付いた。

「っんなくそ……!!」

 後ろから力ずくで引っ張られたような衝撃。左肩から下の力。丁度着弾点周囲から下が一気に抜け落ちるような感覚を覚えつつ、戒斗は背中をコンクリートの地面へと叩き付けた。

 その後でようやく感じるのは、熱く焼けるような刺激的な痛み。しかし極度に脳内物質の分泌されたコンバット・ハイの中では、かなり痛むものの、高揚感の方が勝るせいか正直言ってあまり気にはならない。

「コイツでジ・エンドだ」

「早々何度も喰らうかよッ」

 無理矢理転がり立ち上がり、放たれたもう一発の.45口径弾を回避。そのまま走り出し、戒斗はジグザグの軌道で谷岡の照準を逸らしつつ、彼に肉薄。そして、

「――消えた、だと!?」

 身体を細かく左右に振ったと思えば、谷岡の視界から彼の姿は『消え失せた』。

「灯台下暗し、ってか!!」

 唖然とする谷岡の懐に、戒斗は潜り込んでいた――身体を小刻みに左右に振り敵の視線を集め、そして身を落とすことによって、敵の視界からあたかも消え失せたかのように錯覚させる『縮地』と呼ばれる技を、この土壇場において戒斗は成したのだ。

「真下だとォォッ!!??」

「God damn right!!」

 谷岡が右手に残ったハードボーラーの銃口を向けるよりも早く、戒斗はガラ空きの胴体へと右肩でタックルをかます。後ろに数歩たたらを踏む谷岡の右手を、高く振り上げた右脚で蹴っ飛ばす。衝撃で滑り落ちたハードボーラーが回転しながら高く舞い上がり、そして海面に小さな水柱を上げた。

「これでシメーさッ!!」

 ダメ押しと言わんばかりに戒斗は引き金(トリガー)を軽快にタップし発砲。撃鉄ハンマーが落ち、コルダイト火薬が弾ける度にスライドが前後し空薬莢を撒き散らす。

 彼の放った数発の9mmフルメタル・ジャケット弾は谷岡の右肩口へ喰い込み、右脇腹を深く喰らう。そして左太腿の外側を浅く抉り取った。

「――っはっ」

 谷岡は力なく仰向けに倒れ伏せ、穿たれた数か所の傷口から垂れ流す自身の血で、冷たいコンクリートの地面に赤い血溜まりを描く。

「どうやらこの勝負、俺の勝ちのようだな」

 谷岡の左肩に刺さったままのスローイング・ダガーを回収しつつ、戒斗は呟く。

「……ああ。そのようだ。さっさと殺せ、”黒の執行者”。それが勝者の特権だ」

「俺としても非常に残念でならねぇが、テメーは殺さねえ。色々と手続きやら調書やらあるんでな。ブタ箱で幸せな余生を送るこった」

 事実上の死刑宣告に等しい戒斗の一言に、谷岡は諦めたように瞼を閉じると、深く大きく溜息を吐く。

「俺もヤキが回ったもんだ。こんな坊主相手に、二度も負けるたぁな」

「Fuck off,Baby.二度と俺の前に現れるんじゃねぇぞ、二挺拳銃(デュアル・ハンド)

 戒斗は眼前に寝転がる男を忌々しそうに眺め、そして視線を上方へと移す。とっくの昔に雨は上がっていた。どうやら夜明けが近いようで、黒一色だった空は東側を起点として、薄くだが明るさを取り戻してきている。

「……来たか」

 遠くから徐々に聞こえてくる、幾つものサイレン音。ようやく高岩刑事率いる警察隊のご到着のようである。

 脳内物質の分泌が抑えられ、異常な高揚感に包まれていたコンバット・ハイが薄れていく。左腕に穿たれた.45口径の銃創の痛みを段々と感じつつ、戒斗は騒動の、そして自身の受けた依頼の終幕を感じていた。

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