GunSlinger
「チッ」
ブローニング・M2HB重機関銃を携え埠頭を闊歩する麻生は、頼りない街灯に照らされる中、独り舌打ちをしていた。
標的との最後の遭遇から五分少々が経過。すぐに姿を見せるものだと思っていたが、意外にも奴はあれ以降全く影も形も消え失せていたのだ。
「出てきてくださいよォ! 鬼ごっこはお互い、そろそろ飽きてきた頃合いでしょう!!」
そんなもどかしい現状に苛立ちを覚え、麻生は引き金を軽く絞り、一発のみ発砲し高らかに叫ぶ。彼の大声と共に、たまたま射線上に存在していた、何の罪も無い不運な大型コンテナに巨大な弾痕が刻まれる。
「楽に殺しちゃつまらないですが。そろそろ面倒になってきましたし――」
そう麻生が言いかけた瞬間、彼の肩口を一発のライフル弾が掠め、義手の装甲版を掠め削り取った。
「来ましたね――!!」
「ああそうさ! 折角のミッドナイト・ライヴだ、スターたる者、客のアンコールには応えねぇとなッ!!」
期待の眼差しを持って振り向いた先、コンテナの上に仁王立ちになり叫ぶ男はやはり、彼の期待通りの男。今回の標的たる因縁の傭兵、”黒の執行者”こと戦部 戒斗だった。
「残念ですが、そろそろパーティは終わりですッ!!」
「そう簡単にはッ!!」
麻生が両手のM2重機関銃を振り回すよりも早く、戒斗は構える古式めいたボルト・アクション式ライフル、スプリングフィールドM1903A3のボルトハンドルを素早く前後させる。薬室から引き抜かれ、エジェクターに弾かれ飛び出す.30-06弾の空薬莢が地面に落ちるよりも早く、彼は引き金を絞る。
鋭い反動と共に銃身を潜り抜け放たれる、重量156グレインの7.62mm口径フルメタル・ジャケット弾。それは狙い通り、奴の眉間――に当たるかと思われたが狙いは逸れ、麻生の右こめかみを浅く切り裂く程度に留まった。
「外したッ!?」
「これで終わりですぅ!!!」
麻生は構える。そして狂気めいた笑みを浮かべると、残弾全てを叩き込まんばかりの勢いでブローニング・M2HB重機関銃の掃射を開始。
「うぉっ危ねぇ!?」
咄嗟に後ろに飛び退き、なんとか襲い来る12.7mmの凶悪な火線から逃れた戒斗はそのまま後方へと走り、豪快にもコンテナの上から飛び降りた。着地し受け身を取りつつコンクリートの地面を前転で一回転。ブーツの靴底が石畳の大地を踏みしめる感触と共に立ち上がり、彼はそのまま駆け出す。
「ふむ。殺れましたかね」
ベルトリンクを全て消費し、残弾の無くなった改造M2を投げ捨て呟いた麻生は一歩踏み出し、左へと一気に振り向く。ロングコートを翻し、空いた金属光沢を放つ機械の両手を回す先は、背中。そこのSOBホルスターにマウントされていた短機関銃、四十発の大型弾倉の装備された一対のイングラム・MAC10を確実に掴む。
「そこですかァッ!!」
「遅いぜ、ボーイ!!」
全力で走り抜け麻生の側面に飛び出した戒斗は横っ飛びに宙を舞いながらM1903を発砲。それに合わせるかのように麻生はMAC10を抜き放つと、ズボンに巻いたベルトに引っ掛けボルトを解放。発砲状態にしたそれを二挺拳銃よろしく構え、連射でバラ撒き始める。
戒斗の放った一発は太腿を掠め、麻生が次々放つ.45口径弾は一発のみが戒斗の左肩口を浅くだが喰らう。
「だああクソッ!!」
そのまま対面のコンテナの陰に飛び込み、転がるようになった後腰を起こし背中を預けもたれ掛かると、灼けるような痛みの走った左肩を抑え傷口を見る戒斗。
大丈夫だ、傷は浅い――!!
コンテナに張り付いた体勢のまま、腕と顔だけを陰から出し当てずっぽうに射撃。
「逃がしませんよぉ!!」
両手に持つ、簡易銃床機構の廃されたMAC10短機関銃の空になった弾倉を地面に落とし、左右の指で摘まみ出したそれぞれの予備弾倉を、銃を交差させるようにして素早くグリップ底面へと装填。再びベルトの角で閉鎖されたボルトを解放し発砲可能状態にすると、麻生は駆け出した。
「チッ、もう一発――!!」
顔のすぐ傍を弾が掠め、隠れるコンテナやコンクリートの地面に次々.45ACP弾が激突し弾ける中、戒斗はボルトハンドルを操作。迫り来る麻生へと狙いを定め、引き金を引き絞った。
「そんなものッ」
しかし麻生は義眼を一瞬のみ起動。弾道を予測し、それに対応した軌道を取ることにより.30-06弾を回避。尚も走り、距離を詰める。
「相変わらずなんてヤローだッ」
毒づきながら戒斗がボルトハンドルを引き切った瞬間、彼は自らの犯した致命的なミスに気付く。
機関部の隙間から覗く薬室と、その手前下側に見える内臓弾倉。そこにある筈の新たな.30-06弾の真鍮薬莢の姿は、どこにも無い。
「弾切れ――!?」
すぐさま戒斗は、転がるようにコンテナの後ろへと身を隠す。しかし麻生は止まることなく、数秒もしない内に曲がり角からその姿を現した。両手のMAC10の銃口を向ける少年との距離、僅か1.5m。
「これで終わりです、”黒の執行者”ァッ!!」
「くたばんのはテメーだ、バカタレ!!」
「何――ッ!?」
地面に腰を落とし片膝を立て、不敵な表情を浮かべる戒斗の手に先程までのボルト・アクション式小銃スプリングフィールド・M1903A3は無く。その両手に収まっていたのは咄嗟に背中から抜いた、極端に切り詰められた散弾銃、サーブ・スーパーショーティ。彼が左手に持つフォアグリップ式のフォアエンドは既に伸びており、その薬室には12ゲージのダブルオー・バックショット弾が装填されていた――!!
「俺の前に跪きな、クソガキ!!」
「なんと――しかしッ!!」
突き付けられる散弾銃の銃口。麻生は咄嗟の判断で左手のMAC10を投げ捨て、金属光沢の輝くその手でサーブ・スーパーショーティの銃口を鷲掴みにした。
それとタイミングを同じくして、引き絞られる引き金。ほぼ接射に近い超々至近距離で放たれたダブルオー・バックショット弾に内包された散弾全てが麻生の左手義手、その掌へと殺到する。
幾ら義手だろうて、所詮はサイバネティクス兵士。確実に腕はお陀仏さ――!!
そう思って疑わなかった戒斗は、しかし変わりなく銃口を握り締めたままの麻生の左手を見て、背筋を刃が走り抜けるような薄ら寒い戦慄を覚えた。
「抜けねえ――冗談だろ!?」
「今までの僕とは違うんですよぉ! これで終わりです、死に晒せ、”黒の執行者”!!」
サーブ・スーパーショーティの銃口を握り締めたまま麻生は自分の方へと引き寄せるように、手前へと散弾銃ごと戒斗の身体を引っ張る。そして残った右手のMAC10の銃口を戒斗の眉間へと押し付け引き金に指を掛けるが、
「ぬぁ!?」
右からの凄まじい衝撃に引っ張られ、そのままの勢いでMAC10は手の中から滑り落ち、彼方へと吹っ飛んで行ってしまった。見ればそのレシーバーには黒く、焦げたような弾痕が刻まれている。
まさか、と思って右方に振り向いてみれば、それは予想通り。距離にして100m弱。荷卸し用の紅白に塗装された大型クレーンの頂点。街灯に照らされ、微かに煌めくスコープの反射光が見えた。
≪なんとか間に合いましたか≫
「いいや、段取り通りさ」
インカムから聞こえる、自らの身を救った一発を放った主。大型クレーンの頂点にて、旧ソ連製半自動狙撃銃ドラグノフSVD-Sを構える遥の声に、戒斗は余裕の声で返す。
「狙撃手――!?」
「ああそうさ、テメェはここで俺とデートだ!!」
スーパーショーティは握ったまま、いつの間にかフォアグリップから手を離していた左手で腰のシースからファイティング・ナイフ、オンタリオ・Mk3NAVYを逆手に抜き放つと戒斗は下から斜めへと袈裟掛けに斬り上げる。
「このままでは……!!」
若干動きの鈍った右手義手でブレードを受け止めつつも、麻生は今自分の置かれている状況があまりにも不利と察したのか、後方へと飛び退き、遥の射線上から身を隠すように駆けて行く。
「あっオイコラちょっと待て、待ちやがれ!!」
素早くフォアエンドを前後させ二発続けて散弾を放つが、全て麻生は避けるか、義手にて防ぐかしてそのまま逃げ去ってしまう。
≪……戒斗、後は≫
「ああ。予定通り頼む」
しかし戒斗はそのまま追うことはせず。残弾の切れたスーパーショーティに新たな赤いプラスチック薬莢のダブルオー・バックショット弾を籠めつつ、上がる息を整え告げた。そう、ここまで全てが、大体彼らの予定通りの展開だったのだ。
一方その頃、何も知らず埠頭へ向かい、車通りのほぼ無くなった深夜の公道を走る一台の黒塗りの高級車。名をトヨタ・センチュリーという四桁の数字の後ろに万の単位が付く額の車両の後部座席にて葉巻を咥えた男。IT系の新進気鋭ベンチャー企業『エクシード』の社長である谷岡 誠二は愛用のジッポーライターで葉巻に火を点しつつ、その目線を窓ガラスの外へと向けていた。
「大分雲行きが怪しくなってきたな」
彼がそう呟くとほぼ時を同じくして、車の車体と、そしてウィンドウを濡らし始める小さな雨粒。見ればやはり、自分達の頭上をすっぽりと覆った黒い夜空はいつしか曇天に包まれていた。
「ん? なんだありゃ」
今まで黙りこくっていたにも関わらず、唐突に運転手は間抜けな一言を口に出した。「何だ」と谷岡の横に座る専務役員の一人が不躾な態度を責めるように言えば、運転手は黙ったまま、フロントガラスの向こうを指差す。その先には目的地の埠頭が微かに見えていたが、そこでパラパラと、何かが瞬くような、それこそ花火にも似た一瞬の光がチラチラと見える。
「……ふむ」
助手席と後部座席の専務二人が騒めく中、谷岡は独りその光の正体を何となくだが察していた。それと同時に、奇妙なことだが納得すら覚える。
「諸君」
谷岡が口を開くと、専務二人はおろか、運転手までもが振り向き彼の方へと視線を向けた。特に運転手に対しては、前を見て運転しろと言いたい所ではあったが、今は敢えて指摘しないでおく。
「どうやら向こうでは、想像以上に派手なダンスパーティと洒落込んでるらしい」
「つまり、社長。一体何を……」
隣の専務が恐る恐る呟いた問いに、谷岡はニヤリ、と口角を吊り上げるが言葉は紡がず。ただ、スーツジャケットの懐に突っ込んだ両手で取り出した一対のモノで応える。
「じょ、冗談が過ぎますよ、幾らなんでも……」
「冗談はテメーらの方だ。何の為に高い金出してテメーらに持たせてると思ってんだ。仮にも俺の部下だろうが。腹括れ」
冷や汗をかく専務の一言に、しかし谷岡は嗤ったまま返す。その両手には、古ぼけた一対のいぶし銀に光る自動拳銃――コルト・M1911のクローンモデル、米国AMT社のハードボーラー、ロングスライドモデルがあった。
専務二人は困ったように顔を見合わせるが、今まで見たことも無いような谷岡の表情に冗談の気を一切感じることは無く。震える手で恐る恐る懐からソ連製のトカレフ自動拳銃の中国産コピー、54式拳銃のスライドをぎこちない手付きで前後させていた。
「久しぶりの鉄火場だ。勘が鈍ってないと良いがな――野郎共、撃鉄を起こせ。さぁ、楽しい楽しい、血のバレンタイン《Bloody Valentine》の幕開けと洒落込もうじゃないか」
「クソッ、クソックソックソックソッッッッ!!!」
場所は戻り、埠頭・十五番倉庫近くのコンテナ置き場。狙撃手の魔の手から逃れた麻生は銀色に光る機械の両腕を剥き出しに、苛立ちを露わにした雄叫びを上げながら何度も、何度も何度も堅く握りしめた拳でコンテナの側面を殴打していた。見れば彼の殴りつける鉄の箱には幾つもの拳の痕が刻まれ、その数は十やそこらじゃ効かない。戦闘用義肢のパワーを悪戯に振るう彼の八つ当たりは、まるでライフル弾の雨の如く、不運なコンテナに襲い掛かっていた。
「あの男……よくも、よくもよくもよくもッ!! 僕を何度も何度も馬鹿にして、コケにしてッ!!」
渾身の力と怒りを籠めた麻生の右ストレートがコンテナの薄い金属板に炸裂。彼の放った金属光沢を輝かせる拳は巨大な激突音を奏でつつ、遂にはコンテナを突き抜けていた。
「済まさない……このままでは……!!」
麻生はロングコートの裾を翻し、腰に巻いた黒染めのガンベルトの両腰から最後に残った得物たる大型の回転式拳銃、タウラス・レイジングブルを抜き放ち、穴だらけになったコンテナの陰に張り付くと、少しだけ顔を出しその先の様子を窺う。
「――ッ!?」
瞬間、すぐ目の前で火花が散った。咄嗟に顔を引っ込めた麻生はその正体をすぐに理解していた。
「しつこい……!!」
それは、彼の隠れたコンテナの側面にライフル弾が着弾したモノ。先程自分を狙った狙撃手が、未だ目を離していない何よりの証拠だった。
――殺そうと思えば、いつでも殺せる。
そんな無言のメッセージが込められた一発のようで、麻生は酷い怒りと苛立ち、そして僅かな焦燥感を覚える。このままここで足止めを喰らってしまえば、自分の顔に幾度となく泥を塗りたくった”黒の執行者”に逃げられてしまう、そんなことへの焦燥だった。
麻生を再び釘付けにしたライフル弾の弾種は起源古く、一世紀以上前のロシア帝国時代に設計された7.62mm×54R弾。用いた銃は同じく旧ソ連製の半自動式、ドラグノフSVD-S。そして、そのレシーバーに硬く固定された四倍率、純正のPSO-1M2スコープを覗く主は勿論、
「……ターゲット、未だ動かず」
200mの彼方、大型クレーンの頂点から狙い澄ます忍者の少女、長月 遥だった。
≪オーライ。出来るだけそっから動かさないようにしといてくれ。俺は組長さんと直にお話があるんでな≫
「その意のままに。お任せを」
耳に差したインカムから聞こえる戒斗の声にそう返すと、遥は再びスコープを覗く右眼に意識を集中させる。四倍に拡大された視界、赤色に光るイルミネ―テッド・レティクルで狙いを合わせ、標的との距離を考慮し少し上方修正。この距離で、しかも目的は撃破でなく、足止め。この際風向きは考えないことにする。
「……」
麻生が再び少し顔を出したタイミングと合わせ、敢えて少し逸らした狙いで遥は引き金をテンポ良く絞り二連射。肩に食い込む鋭い反動が二度続き、ボルトキャリアが前後し7.62mmの空薬莢が二つ、宙を舞う。それらはクレーンの床板に一度跳ねると、落下。大海に落ち、小さな水柱を上げた。
放たれた二発のボートテイル型ホロー・ポイント弾は狙い通りと言うべきか、一発は先程と同じコンテナの側面。麻生の顔のすぐ近くで弾け、もう一発は風に流されかなり後方の地面へと着弾。コンクリートを抉る。
しかし麻生は意外なことに、負けじと右手の回転式拳銃、タウラス・レイジングブルを連射してきた。しかしこの距離、幾ら.500S&Wという規格外の超大口径マグナム弾といえ、所詮は拳銃弾。届きはしない。
彼のそんな行動を見、完全に錯乱状態に陥っていると判断した遥は再び引き金に指を掛け、残った最後の一発を威嚇代わりに発砲。放たれた弾は麻生のすぐ足元の地面を抉る。最終弾を放ったボルトキャリアは下がったままの状態で制止し、射手に弾切れを視覚的に伝えていた。
「それにしても」
遥は一度スコープから目を離し、空になった弾倉をマガジンキャッチを押して解放。床板に落としつつ、ポーチへと無造作に突っ込んでおいた予備の弾倉をセット。機関部右側面の後退し切ったまま制止したボルトキャリアから生えるボルトハンドルを一度軽く引き、解放。薬室に新たな7.62mm弾を装填。
「山田殿が言っていたような強敵には見えない」
再び射撃姿勢を取りつつ、頬を銃床に備え付けられたチークピースに付けPSO-1M2スコープを覗き込む。
「とても戒斗が苦戦するような敵には見えな――ッ!?」
独り言を紡ぎかけた所で、遥はその口を止めざるを得なかった。スコープ越しの視界の先、錯乱した麻生を後ろから抑え込むようにしている、長身で血塗れの男の姿を、彼女は数十分前に目にしていた。無論、もう一人の彼の名は山田 勲。麻生と同じく、”方舟”に造られしサイバネティクス兵士である。
「貴方には悪いですが」
遥が生唾を飲み込むと、右手の細い人差し指が、彼女の指と同じく細身なSVD-Sの引き金に触れる。
「今ここが、麻生とやらを始末する千載一遇の好機」
狙いを定める。今度は風の流れもある程度考慮し、高低差、距離、そして確実に必中の照準で狙う。
自分の腕が正真正銘の狙撃手たる琴音や、ましてやリサに敵うとは到底思ってはいないが――たかだか200m。この距離なら、私にだって十分、必中の可能性はある。
「その命、貰い受ける――!!」
そして遥は最後に残った一抹の迷いをかなぐり捨て、引き金を引き絞った。その動きに合わせ、歯車の如く複雑に噛み合ったシアが稼働。内臓ハンマーが落ち、ボルト内の撃針越しに薬莢底部のベルダン式雷管を叩く。衝撃によって発火現象が巻き起こり、薬莢内に充填された無煙火薬、即ちコルダイト火薬が撃発。その衝撃を受けたボートテイル型のライフル弾は銃身を潜り抜け、銃口部から瞬く発砲炎と衝撃波、そして撃発音に見送られ、先を凹ませ殺傷力を上げたホロー・ポイントと呼ばれるその弾は音の速度すら超えた速さで目標へと殺到していく。
しかし、山田は遥との戦闘で傷付いた身体に鞭打ち、麻生を庇うかのように前に出ると共に、腰に差した刀を居合の如く抜刀。義眼を発動させたのか、着弾ギリギリのところで彼女の放った7.62mm弾を一刀両断してしまう。
「相変わらず……常識が通用しない!!」
遥は続けて二発目を発砲。再びの反動と撃発音、そして眼前で発砲炎が巻き起こるが、しかし山田はそれをも刀一本で弾き飛ばしてしまう。この距離からそんな光景を見ていると、まるで古典的なB級アクション映画でも見ているかのような錯覚すら覚えてしまう。
「えっ!?」
その直後耳朶に響く、何かと何かが、それも金属の何かが強く激突したような鈍い音。
彼女が発砲した際に生じた空薬莢は内臓のエキストラクターに弾かれ一時は吹っ飛んでいったが、弾き方が悪かったのか、リコイル・スプリングの反発力で勢いよく戻るボルトキャリアが空薬莢底部の出っ張った部分、即ちリムを挟んでしまい、次弾装填が不完全に行われてしまっていたのだ。『ストーブ・パイプ』と呼ばれる、よくあるパターンの弾詰まりの一種だった。
急ぎ弾倉を抜き、ボルトハンドルを二、三度引いて不完全装填の未使用弾ごと弾詰まりを処理。再び弾倉を叩き込み新たな弾を装填し、スコープを覗いた時には既に彼ら二人の姿は無く。ただ、濃い白煙が辺りに立ち込めているだけだった。
「何をするのです、山田ッッッ!!!」
山田の投げた白煙手榴弾の発する白煙の中、彼の肩に担がれた麻生は激昂し声を荒げていた。
「放せ、放しなさいッ!!」
「しかし隆二、あのままではお前も――」
「放しなさいと言っているんですッ!! 今度こそ奴を、この手で――」
「我々の目的は達した!! 警察もこちらに向かってきているが故、もうここに留まる意味は何処にも存在せん!! そんなことも分からんのか、隆二!!」
宥めるような言葉を聞きもせず、尚も言葉を荒げる麻生であったが、普段は冷静一辺倒な山田の発した怒声に思わず萎縮し、口ごもる。
「あのままでは隆二、お前は件の狙撃手に撃ち抜かれていたに違いない。我々の目的はあくまでも回収。それを達した今、無駄に事を構える必要性は何処にも存在はせん……!」
「だが、それでは僕が強化した意味が――」
「決着を付けたい気持ちは分かる。だが、今宵で無くても良かろうて……! 余りにも状況が悪すぎる、そうは思わんのか」
「それでも構わない!! 僕は、奴を……”黒の執行者”をこの手で屠れれば、それで」
「……頼む、隆二。戦うなとは某とて言いはせぬ。だが……だが、せめて最良の条件が整ってからにしてはくれぬか。でなければ某は、顔向けが出来ん」
先程と打って変わり、絞り出すような山田の言葉に、麻生はそれ以上の言葉を発することが出来なかった。
この山田という男、付き合いこそそこそこに長いものの底が知れず、常に飄々とした態度の掴みどころの見当たらない男ではあったが、彼のこんな姿を見るのは麻生とて初めてだった。だからこそ、言い返せなかったのかもしれない。
「どちらにせよ『エクシード』の連中はこの一件が終われば、遅かれ早かれ切り捨てていた。それが早いか、遅いかだけの違いよ。だがな隆二。某はお前を、そういとも簡単に切り捨てたくは無いのだよ……分かってくれとは言わぬ。死ぬなとも言えぬ。だが隆二。せめて散り際の――いや、一世一代の大勝負の舞台ぐらいは、花道を歩いても良いとは思わぬか」
遥が足止めをしていた麻生が、山田の救出行動によって火薬庫と化した埠頭を脱出したのと時をほぼ同じくして、谷岡以下『株式会社エクシード』の重役達を乗せたトヨタ・センチュリーは十五番倉庫の目の前。大海の望める場所へと到着していた。
先んじて降りた専務によって開かれる後部ドアから降り立つ谷岡は、まず最初に鼻腔を刺激するその臭いを感じる。
「酷い臭いですな……」
「ええ。酷く生臭く、そして火薬臭い……」
隣に立つ専務達の交わす言葉に谷岡は「いや」と否定してから、口角を大きく吊り上げ嗤うと、極まった歓喜の声で言葉を紡ぐ。
「これだ……新鮮な血と死体、そして硝煙の臭い。これこそが鉄火場の醍醐味だ……!! やはり良い。ああ、堪らん。退屈な社長業のデスクワークよりか、よっぽど俺にお似合いだ」
すると谷岡はスーツジャケットの下、懐に両手を伸ばし、街灯に照らされていぶし銀に煌めく一対の得物を抜き放った。.45口径弾を放つ、シングルカーラム式弾倉のAMT・ハードボーラーのロングスライドモデル。
「さぁ、隠れてないで出てこいよ!!」
サム・セイフティを解除し、適当なところに一発撃ち込みながら谷岡は叫ぶ。他の役員二人は初めて聞く撃発音に恐れ慄いているようだが、当の本人たる谷岡は彼らのことなど毛ほども気には止めている様子では無い。
その谷岡の言葉に呼応してか、闇の中からゆっくりと、人の形を模る一つの影が靴底を鳴らしながら、その姿を現す。歩くその姿は気怠げで、街灯の元に一歩進む度に徐々に露わになるその風貌は、意外にも若い男のモノだった。
「――おやおや。折角平和的にお話でもしようとティーパーティの準備をしてたんだが」
そんなことを呟く男の顔に見覚えがあったのか、谷岡はほう、と感嘆の表情を浮かべ鼻を鳴らす。
「どうやらお客人は優雅なティーパーティよか、過激なブリット・ダンスのがお好みらしい」
「どこぞのチンピラが俺の縄張りを荒らしてるモンだと高を括っていたが……まさかお前だとは思わなんだよ、”黒の執行者”」
自分の呼びかけに応じるかのように闇の中から現れた、四方八方ボサボサに吹っ飛んだ黒髪の青年。下はジーンズに上は黒い無地のTシャツ、その上から羽織った上着は袖をロールアップと一見してラフな服装だが、その上から羽織る、黒染めで前掛け式の戦闘集約弾倉収納帯チェストリグと、右太腿に巻いたBLACKHAWKのレッグ・ホルスターに、左腰に差した細身のファイティング・ナイフ。そして何よりも、彼の顔付きからして、どう見ても真っ当な生き方をしてきた人間では無かった。
谷岡は彼の顔を、彼の名を知っていた。”黒の執行者”の異名を持つ腕利きの傭兵、戦部 戒斗の名を。
「止してくれよ、ミスター。その二つ名、あんま好きじゃねえんだ」
「好き嫌いの問題じゃねえだろ、こういうのは自然と名付けられちまうもんさ。格好いいお名前で良かったじゃねえか、なぁ坊主?」
「ヘッ、そうかい。そういうアンタはどう見ても堅気の、ましてや新進気鋭のITベンチャー企業の社長なんて面構えじゃねぇな」
「俺が堅気だって? 冗談も休み休み言ってくれ。俺にとっちゃあこっちのが自然体さ」
皮肉交じりの会話をのらりくらりと交わす二人の姿を交互に見やる専務達は、更に困惑の感情を強めていく。しかし二人はお構いなし。完全に眼の色を変えていた。
「てっきり俺ぁ、お前さんがまだL.A.に居るもんだと思ってたが。まさかこんな辺鄙なトコでカチ合うたぁ思わなんだよ」
「なんだ、経営者様ともあろうお方がニュース程度も観てねえのか。ついひと月前にゃあ、俺はなんでも『凶悪逃亡犯』ってことでマスコミと世間様を騒がしてたんだぜ?」
ま、そりゃあ冤罪だったがな。
戒斗がそう付け足すと同時に、二人は大きく笑いだす。専務達にはもう何が何だか分からなかった。
「悪いねェ。丁度先月は取引で日本にゃ居なかった」
「ありゃそうかい。ところでオタク、何処かで一度顔合わせてねぇか?」
「ああ、合わせてるね。忘れもしねえ、二年と半年前のL.A.。この俺の二挺拳銃、忘れたとは言わせねぇぜ」
谷岡の一言に、戒斗はああ、と合点がいった。確かに二年と半年前。まだL.A.で傭兵デビューしたての頃に半殺しにした奴が、こんなツラだった。
「成程。あの時の酔狂な二挺拳銃ね。思い出した思い出した。まさか同郷人とは思ってなかったもんでな。ピンと来なかった」
「お前さんに負けて以来、俺ぁすっかり鉄火場とご無沙汰になっちまってな。丁度その時手を出してたIT系のベンチャー企業を、とりあえずの隠れ蓑ってしたわけよ」
「はいはいはいはい。全部納得いったわ。お前さんの漂わせる死臭も、アンタら『エクシード』のやってるシノギの件も全部、ね」
「下らねぇ会話はこの辺にしようぜ、”黒の執行者”」
「だからその名前で呼ぶなつってんだろ」
犬歯を露わにし嗤う谷岡の一言に辟易したような口調で返しつつも、戒斗の表情にも不敵な笑みが表れていた。
――間違いなく、奴は好敵手。
思想がどうこうでは無い。二人のガンマンの血に刻まれ滾るGunSlingerとしての本能が共鳴し、そして歓喜する。
「――抜けよ。ライフルなんて無粋な得物、今宵は無しにしようや、なぁ?」
「望むところさ。久々に面白くなってきやがった」
戒斗は背負っていたボルト・アクション式ライフル、スプリングフィールド・M1903A3を投げ捨て、そして背中のホルスターに差した散弾銃、サーブ・スーパーショーティごとチェストリグも地面に脱ぎ捨て身軽になる。今の彼が身に纏うものといえば、右太腿のレッグ・ホルスターに左腰のナイフシース。強いて言えば左の背中側に取り付けた予備弾倉ポーチぐらいなものだ。
そして戒斗は黒い本革のフィンガーレス・グローブに包まれた右手で、レッグ・ホルスターから使い古された愛銃ミネベア・シグを抜き放つ。
戒斗はミネベア・シグの、谷岡は二挺のハードボーラーの、それぞれ撃鉄をゆっくりと起こす。
「へへへ……こんな決闘久しぶりだ。まるでここは荒野の一丁目。デッドウッドの酒場みてぇな気分さ。感謝するぜ、”黒の執行者”」
「ほざけ、腐れ味噌の二挺拳銃が」
「無駄話もこの辺にしとこうや。俺達ガンスリンガーの間に、言葉なぞ不要。そうだろ?」
「ヘッ、悔しいが肯定さ。俺達の会話方法は唯一つ。弾丸の殴り合いさ」
そして漂う、一時の静寂。打ち付ける波の音すら、今は聞こえないような錯覚すら覚える。
何秒の時が流れただろうか。ある瞬間、唐突に遠くから響く音――汽笛。
「さぁ、舞踏会の幕開けだ!!」
「地獄行きの片道チケットだ、今度こそ迷うんじゃねえぞクソッタレ!!!」
それが、過激なる拳銃武劇の幕開けを告げる合図だった。




